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アンジェラ・加瀬 text by Angela Kase 
[2014.02.10]

ロホ、コジョカル、高橋絵里奈、ムンタギロフ、ゴールディングが『海賊』競演

English National Ballet イングリッシュ・ナショナル・バレエ
"Le Corsaire" Staged by Anna-Marie Holmes after Marius Petipa & Konstantin Sergeyev
『海賊』アナ=マリー・ホームズ:演出・振付(マリウス・プティパ、コンスタンチン・セルゲイエフに基づく)

タマラ・ロホ芸術監督率いるイングリッシュ・ナショナル・バレエ(ENB)は、2013・2014シーズンをアナ・マリー・ホームズ版『海賊』全幕で開幕。
10月17日にロンドン近郊の計画都市ミルトン・キーンズで初演してから、サウスハンプトン、オクスフォード、ブリストルと国内4都市をツアーした後、1月9日〜19日までロンドン・コロシアム劇場で凱旋公演を行った。

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1月16日にミルトン・キーンズで初日キャストであるアリーナ・コジョカル(メドーラ)、ワディム・ムンタギロフ(コンラッド)、高橋絵里奈(ギュリナーラ)、ヨナ・アコスタ(ビルバンド)、ジュノー・サウザ(アリ)、ドミトリ・グルジェーエフ(ランケンデム)によるゲネプロを観た時は胸が躍った。
ABTロンドン公演の際に、イーサン・スティーフェルやアンヘル・コレーラらの主演公演を何度も観ていたホームズ版。その『海賊』が今回ENBのためにリニューアルし、今シーズンより移籍したコジョカル、若手男性トップのムンタギロフ、そしてこのバレエ団で長く活躍する高橋という、先シーズンには想像だにしなかった配役で観ることができたのである。それに加えバレエ団に在籍する様々な肌の色のダンサーたちが、このエキゾチックな作品を得て、存分に個性を発揮し舞台で輝く姿を観たのだから。
3つめの公演地であるオクスフォードからは、昨年夏『白鳥の湖』ロンドン公演でタマラ・ロホと共演し、芸術監督でもあるロホに大いに気に入られたオランダ国立バレエのプリンシパル、マシュー・ゴールディングも客演し、ロホの相手役としてコンラッドを踊り、ロンドン公演に備えた。先シーズンの終わりに多数のベテラン・ダンサーとコジョカルが退団し、人気プリンシパルが半減したロイヤル・バレエとは対照的に、きら星のようなスター・ダンサーとベテラン・ダンサー、気鋭の新人が満載の布陣である。

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1月17日コジョカル、ムンタギロフ、高橋、アコスタ、サウザ、グルジェーエフ組のロンドン最終公演と、翌18日(夜)の舞台を観た。
客席に入ると、美しいデザインと配色の幕に気が付く。幕には作品のタイトルと共に、イギリスの詩人バイロン卿の名前があった。そう『海賊』のストーリーは19世紀に36歳の若さでオスマン・トルコに客死した、イギリスのロマン派詩人バイロン卿の詩に構想を得ているのである。
幕が上がるとすぐビルバンドのヨナ・アコスタ、コンラッド役のムンタギロフが雄々しいジャンプと共にコロシアムの大舞台が現れた。2人が技の掛け合いを見せて観客を盛り上げれば、ワガノワ・バレエ学校卒業後キーロフ・バレエ(現マリインスキー)と活動を共にしていたランケンデム役のグルジェーエフもアッサンブレからグラン・プリエに降りるこの役のトレード・マークであるジャンプや大技を豪快に決めてみせたし、ベテランらしい緻密な役作りと巧みな演技で舞台を引き締めてみせた。ミルトン・キーンズでのゲネプロでもそうであったように、この配役の主役・準主役ダンサーたちと群舞が織りなすチームワーク、舞台に醸し出すエネルギーにはたいへんなものがあり、コロシアムに集まった観客を圧倒した。

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バレリーナとして円熟を重ねても少女のように愛らしいコジョカル(メドゥーラ)、同じように若々しく清純な個性の持ち主である高橋(ギュリナーラ)、美しい手足のポジションや指先、腕使いなどの芸術性と若さに似合わぬ巧みなパートナーリングでバレリーナを引き立たせることに重点を置きながらも、役と作品に完全燃焼するムンタギロフ(コンラッド)。3人の清らかにして善良な個性が作品と融け合い、また互いを引き立たせて見事であった。小柄ながらコンラッドと対立し、彼を亡き者にしようと企てる悪役ビルバンドを男らしさたっぷりに演じ踊ったヨナ・アコスタ、細身だが長い四肢で美しいラインを紡いで見せるジュノー・サウザによるアリもそれぞれの個性と技量を観る者の目に焼付ける好演で印象に残った。
長いことロイヤル・バレエと活動を共にしながら、キャリアの半ばで前芸術監督のモニカ・メイスンの意向で主演回数が減らされ、海外に活躍の場を求めたコジョカル。ロホを頼って「ENBに移籍し、また以前のように主演回数も増えたいへん幸せ」だと語る。ミルトン・キーンズでもロンドンでも、彼女の体からあふれる「幸せのオーラ」は目に眩しいほどで観客の心を温かく満たした。今シーズン下半期のENBは『ロミオとジュリエット』『コッペリア』などコジョカルに似合いの全幕作品が目白押しだ。特に6月にロイヤル・アルバート・ホールで6000人の観客を前に上演される予定のデレク・ディーン版『ロミオとジュリエット』では、フリーデマン・フォーゲルとのイギリス初共演(6月12、14日)も決まっており、感動の舞台が期待される。

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1月8日(夜)はタマラ・ロホとマシュー・ゴールディングによる主演公演を観た。ギュリナーラ役は美貌のバレリーナでロホ期待の新星ロレッタ・サマースケールズ、アリ役は日本で大ヒットしたバレエ映画『ファースト・ポジション』のコロンビア出身の少年で、ロイヤル・バレエ・スクールを卒業しENBに入団したばかりのジョアン・セバスチャン・サウザ、ビルバンド役はミルトン・キーンズなどツアー初めの行程でタマラ・ロホの相手役をつとめたソリストのフェルナンド・ブッファラが踊った。
ロホは愛らしさと豊かな肢体、踊り手としての技量で、コンラッドやパシャ、コロシアムに集まった観客を魅了。フェッテやピケ、ピルエットなど得意の旋回技では3回転、4回転といった美技を立て続けに披露して作品に君臨した。ゴールディングも男らしい魅力とダイナミズムでロホの期待に良く答えた。
筆者が大いに感心したのがサマースケールズのギュリナーラである。ロホはこのバレリーナをたいへん評価しており、昨年夏のロイヤル・アルバート・ホールの『白鳥の湖』では主役に抜擢し、オデット、オディール役でデビューさせている。実際ロホ主演の準主役に抜擢されるだけに、跳躍・旋回とロホと共に舞台に立ってもロホに負けないだけの技術の持ち主である。筆者が評価するのは技巧以上に踊り手としての表現力である。ヴェールを被って奴隷商人のランケンデムと踊るデュエットで、見ず知らずの男性に売られてゆく我身を嘆く演技で印象に残った。

ENBのロンドン公演は12月11日の『くるみ割り人形』に始まり、1日2公演する日も多く、ダンサーたちは疲弊していた様子。この日ビルバンドを踊るはずであったファビアン・レイマーは不調から降板、群舞も昼公演の後で疲れていたのか、舞台に前日のような覇気が感じられなかった。
またロシアで徹底して基礎を学んでいるムンタギロフのアカデミックにして渾身の舞台を観た翌日にゴールディングを観ると、ダイナミックながらも大きな跳躍からの着地や、各種ポジション、指先使いなどがどうしても雑に見えてしまうのも残念であった。
バレエ団に多数在籍する日本人もロホ芸術監督の抜擢を受け大いに活躍。高橋絵里奈はロンドン公演2日目にメドゥーラを主演、加瀬栞はギュリナーラ、猿橋賢はランケンデム役でデビューしている。

1月11日にはロホとゴールディングの主演日にムンタギロフがアリを踊るという、バレエ・ファンにとって何とも豪華な配役もあった。翌12日の配役はコジョカル、ムンタギロフ、高橋。1月10日はロイヤル・バレもコロシアムから至近のロイヤル・オペラ・ハウスで『くるみ割り人形』を上演し、高田茜が金平糖の精を踊ることもあり、この時期にロンドンに遠征し、ロイヤル・バレエとENBの舞台を毎晩のように堪能した日本のバレエ・ファンもいた。
多数の登場人物を必要とするホームズ版『海賊』は、バレエ団のベテランからスター・ダンサー、中堅ソリストや期待の新人まで多数の優れたダンサーをイギリスのバレエ関係者やバレエ・ファンに印象付け、地方でも首都ロンドンでも好意的に受け入れられた。
ミルトン・キーンズでの初演前から積極的な広報活動を行ったこともあり、ロンドン公演は連日2400席のコロシアム劇場の9割が埋まり観客動員にも強さを見せた。
バレエ界からスターが激減した今、ENBのダンサーの充実には目をみはるばかり。『ロミオとジュリエット』や『コッペリア』など、夏のロンドン公演にイギリスの・バレエ関係者と世界のバレエ・ファンの期待が寄せられている。
(2014年1月17日、18日夜 コロシアム劇場。1月16日ミルトンキーズで撮影)

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Photos/Angela Kase(すべて)