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アンジェラ・加瀬 text by Angela Kase 
[2013.12.10]

バーミンガムはビントレーのアシュトンへのオマージュ『トムボー』ほか3作品を上演

Birmingham Royal Ballet 英国バーミンガム・ロイヤル・バレエ団
" E=mc2 " , " Tombeaux" , " Still Life at the Penguin Café " by David Bintley
『E=mc2 』『トムボー』『ペンギン・カフェ』デヴィッド・ビントレー:振付

バーミンガム・ロイヤル・バレエ(BRB)は9月25日にイングランド北部マンチェスター郊外のサルフォード、ローリー劇場にてピーター・ライト版『眠れる森の美女』で新シーズンを開幕。シーズン開幕初日をつとめたのはバレエ団が世界に誇る佐久間奈緒と曹馳(ツァオ・チー)組であった。
 本拠地のバーミンガム、ヒポドローム劇場では10月3日にバレエ団の芸術監督で振付家のデヴィッド・ビントレー新旧3作品によるトリプル・ビルでシーズン初日を迎えた。3日の初日と4日の昼の部を鑑賞した。
 
『E=mc2』は2009年にバーミンガムで世界初演された作品。その後、新国立劇場で日本初演されているのでご覧になった読者も多いかもしれない。アインシュタインの相対性理論をデヴィッド・ボタニスによる著作を元にしてバレエ化したもので、「エネルギー」「質量」「マンハッタン計画」「光速の二乗」の4つのパートからなる。
3日の初日に「エネルギー」の男女主役を踊ったのは世界初演キャストと同じプリンシパルのエリーシャ・ウィリスとジョセフ・ケイリー。「質量」はジェナ・ロバーツ、ジャン・イージン、イベット・ナイトの長身のバレリーナ3人とイアン・マッケイ、タイロン・シングルトン、スティーヴン・モンティス、ファーガス・キャンベル、トム・ロジャース、ブランドン・ローレンスの男性6人。「マンハッタン計画」はサマラ・ダウンズ、「光速の二乗」の男女主役はムレイア・レボヴィッツとマティアス・ディングマンのアメリカ人ペアがつとめた。
4日昼の部は「エネルギー」の男女主役をセリーヌ・ギッテンズとタイロン・シングルトンが踊った他、主要キャストは初日と同じ配役。
ダイナミックな音楽と共に幕開けから観客の心をつかむ「エネルギー」、一転して暗い照明の中、スローなスコアにダンサーが漂うかのごとく振付をつむぎ、数々のポーズを作り出す「質量」、原爆投下を示唆する「マンハッタン・プロジェクト」、舞台上のきらめく照明を背景に主役の男女と群舞が入り乱れて踊る「光速の二乗」。
アインシュタインの相対性理論のバレエ化というこのユニークな小品は、保守的な英バレエ関係者から、古くはリンゼイ・ケンプの血まみれのパフォーマンスやマイケル・クラークのパンク・バレエ、近年ではマシュー・ボーン作品に熱狂したイギリスのダンス・ファンを熱狂させた。その結果イギリスではサウス・バンク・ショー・アワードを受賞。今回のバーミンガム再演初日はチケットが完売となる人気で、初日から最終日まで老若男女の新しい観客にその魅力を大いにアピールした。
今回の再演で私が見ることの出来たダンサーの中では、「質量」のイアン・マッケイ、「光速の二乗」のディングマン、(3日午後の最終ドレス・リハーサルでこのパートを踊り4日の夜にデビューした)平田桃子、周子超のスター性が光った。
バレエ団は今回、期待の新人を3作品に抜擢。09年のローザンヌ・コンクール受賞者で入団2年目の水谷実喜が同期のマックス・マスレン(昨年のローザンヌ・コンクール・ファイナリスト)を相手役に「光速の二乗」の男女主役にデビューしたが、スケジュールの関係で舞台を観ることが叶わなかった。
 
『トムボー』はビントレー初期の作品。サドラーズ・ウェルズ・ロイヤル・バレエでキャラクター・ダンサー、振付家として活躍後、アントニー・ダウエル芸術監督時代のロイヤル・バレエに、プリンシパル・キャラクター・ダンサー兼常任振付家として招かれ移籍。若くしてバレエ界の頂点ともいえる地位に上りつめながらも、尊敬する師であり英国バレエのスタイルを作ったフレデリック・アシュトン作品から離れてゆこうとする当時のロイヤル・バレエのトレンド、あるいはバレエ団の雰囲気や人間関係に馴染めなかったビントレーは、振付家としてもダンサーとしても幸せを感じることが出来なくなっていた。これは当時のビントレーが、アシュトン・スタイルのエスプリをこめてロイヤル・バレエのために創作した小品である。
作品のタイトルは「墓」を意味し、1993年2月11日にロイヤル・オペラ・ハウスで世界初演された。男女主役はヴィヴィアナ・デュランテとブルース・サンソム。ビントレーはこの作品を創作していた時期にロイヤル・バレエを離れる決意をし、バレエ団に辞表を提出したという。

london1312b01.jpg (C) Angela Kase

BRBは97年にこの作品を初演。今回は2002年以来実に11年ぶりの再演。
初日に主役を踊ったのは佐久間奈緒とセザール・モラーレス。佐久間は夏に足を痛め、シーズン始めも現在も日常生活においても痛みを抱えている状態なのだが、持ち前のスター性を発揮し、観客には故障を一切感じさせない好演で初日の舞台を踊った。
アシュトン作品は目には美しいが、踊り手にとってはたいへんな作品だ。特に主役の男性にはスタミナが求められると共に、ステップやジャンプをクリアに見せるダンス・テクニック、リフトに代表される相手役のバレリーナを美しく見せるサポート技術が求められる。
そのアシュトンを尊敬するビントレー作品もまた主役の男性にとってハードな作品が多い。『トムボー』にはアシュトンのエスプリをこめているだけに、主役男性ダンサーへの難易度も高く、今回主演のモラーレス、ジョセフ・ケイリー、ウィリアム・ブレイスウェルの3人はリハーサル過程からバーミンガム公演、10月中旬のロンドン公演、下旬のイングランド南部の港町プリマスでの最終日までたいへんな思いをしていたという。中でもモラーレスは先シーズン後半に上腕の靭帯を切る故障をしているだけに、この作品の主演は楽ではなかった様子。初日の舞台は「可もなく不可もなく」纏めたが、スター性の大きな佐久間の相手役をつとめる場合、どうしてもモラーレスが地味に見えてしまい残念 であった。
 4日の午後は平田桃子とジョセフ・ケイリー、3日午後のドレス・リハーサルと4日夜はムレイア・レボヴィッツと2010年のユース・アメリカ・グランプリ、シニアの部のグランプリ受賞者で入団3年目のバレエ団次代のスターであるウィリアム・ブレイスウェルが踊った。世界初演時のブルース・サンソムを思い出させるブレイスウェルのクリーンなステップと、難易度を感じさせないサポート面のセンスの良さが印象に残った。
ペアとしては佐久間とモラーレスより、佐久間とブレイスウェルを組ませた方が良かったのではないだろうか。

london1312b03.jpg (C) Angela Kase london1312b04.jpg (C) Angela Kase london1312b05.jpg (C) Angela Kase

『ペンギン・カフェ』は88年3月ロイヤル・バレエによって世界初演されて以来、世界中で愛されているバレエである。世界初演直後にRBの日本公演で紹介され、その後、近年では新国立劇場バレエによって上演されたので日本のバレエ・ファンにもお馴染みの作品である。
初日の3日のペンギンはルース・ブリル、ユタ州の大角ヒツジが登場する「プレリュードとヨーデル」はアンジェラ・ポールとイアン・マッケイ、テキサスのカンガルーネズミはジョセフ・ケイリー、豚鼻スカンクにつくノミはローラ・デイ、ケープヤマシマウマは曹馳(ツァオ・チー)、熱帯雨林の家族はセリーヌ・ギッテンズとタイロン・シングルトン、ブラジルのむく毛サルが登場する「ミュージック・バイ・ナンバーズ」はジェイミー・ボンドとカーラ・ドーバー、淵上礼奈がつとめた。
4日昼はペンギンを入団したばかりの中国人バレリーナのシャン・ヤオキャン、テキサスのカンガルーネズミをジェイムス・バートン、豚鼻スカンクにつくノミは水谷実喜、ケープヤマシマウマは入団3年目のブランドン・ローレンス、熱帯雨林の家族をサマラ・ダウンズとトム・ロジャース、ブラジルのむく毛サルを厚地康雄が踊った他、主要キャストは初日と同じであった。
3日午後のゲネプロと4日夜には、タイロン・シングルトンがケープ山シマウマ、周子超がテキサスのカンガルーネズミ、熱帯雨林の家族をグルジア国立バレエから2年前に移籍してきたアナ・アルブタシヴィリとブランドン・ローレンスが踊った。
3キャストの中で印象に残ったのはシングルトンのシマウマ、ケイリーと周子超のカンガルーネズミ、水谷実喜のノミ、熱帯雨林のアルブタシヴィリ、厚地康雄のむく毛サル、イアン・マッケイの「プレリュードとヨーデル」。
シングルトンのシマウマは世界初演のフィリップ・ブルームヘッドを彷彿とさせる体格の良さとセンシャルな魅力があり、イアン・マッケイ、厚地康雄の2人はかつてバレエ団に在籍していた時代と復帰後の今を比べると、踊り手としての成長が著しく、スター性が以前の2倍にも3倍にもなったようで作品を引き締めた。アルブタシヴィリと水谷は各々の個性が作品と役柄に見事にフィットし印象に残った。
 (2013年10月3日午後の最終ドレス・リハーサルを撮影、3日夜、4日昼を鑑賞。バーミンガム ヒポドローム劇場)