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アンジェラ・加瀬 text by Angela Kase 
[2013.07.16]

マーラ・ガレアッツィ、リアン・ベンジャミンがロンドンでさよなら公演『マイヤリング』

The Royal Ballet 英国ロイヤル・バレエ
"Mayerling" by Kenneth MacMillan
『マイヤリング』ケネス・マクミラン振付

バレエ団は4月19日から本拠地でのシーズン最終日である6月15日まで『マイヤリング』を12公演した。だが4月25日、30日と6月5日に3度この作品を主演するはずであったヨハン・コボーとアリーナ・コジョカル双方が怪我のため4月中の2公演から降板。コジョカル・コボーによる魅惑のパートナーシップを待ち望んでいたファンを落胆させた。

london1307d01.jpg photo/ Angela Kase

またこの作品を最後にベテラン・バレリーナのマーラ・ガレアッツィとリアン・ベンジャミンが退団するため、2人のさよなら公演である6月13日と15日は早くからチケットが完売となっていた。
関係者やファンの誰もが想像だにしなかったのが、アリーナ・コジョカルとヨハン・コボーの突然の退団発表である。バレエ関係者の元に(イギリスでのバレエ団とのさよなら公演2日前の)6月3日午前遅くバレエ団広報部より2人の退団を発表するプレス・リリースが届いた。その情報を漏れ聞いた1人のバレエ・ファンがお昼時にファン・サイトに詳細を書き込んだことから、情報はあっという間に世界のバレエ・ファンの知るところとなった。
コボーの場合コベントガーデンでのさよなら公演当日が41歳の誕生日。年齢そして怪我もありここ数年バレエ団との主演公演が激減していた。しかし春の新シーズン演目発表記者会見で芸術監督オヘアより、ロイヤル・オペラが10月17日〜11月11日まで上演予定の『シシリアの晩鐘』のバレエ場面の振付をコボーが担当すると発表があったばかり。コジョカルも秋の新シーズン配役表に名前があったため、誰もが2人は2013・14シーズンもロイヤル・バレエ団と活動すると信じていた。
熱心なファンは6月5日のスケジュールを調整し、当日券を購入してたいへん感動的であったという2人のさよなら公演を鑑賞した。筆者はバーミンガムに平田桃子主演の『コッペリア』を観に行く予定があったため、同公演を観ることが叶わなかった。
6月7日、ロイヤル・オペラはコボーの振付により、英国ロイヤル・バレエ、デンマーク王立バレエのプリンシパルを含む総勢35人のダンサーが出演する予定であった『シシリアの晩鐘』(ロイヤル・オペラとデンマーク王立オペラの共同新制作)の振付について、コボーとディレクターのステファン・ヘルハイムの意見が対立したため、コボーが製作チームを離れ、新しく振付家としてアンドレ・デ・ヨングが起用されたこと、またこの変更によりロイヤル・バレエとデンマーク王立バレエのプリンシパルを含むダンサーの出演もなくなったことを発表。コジョカル・コボー両名の突然の退団の背景には、どうもこのオペラ新制作プロジェクトの頓挫が関係しているようだ。

london1307d02.jpg photo/ Angela Kase

6月13日にガレアッツィ、15日にベンジャミンさよなら公演を鑑賞する。
ガレアッツィのさよなら公演は、毎夏BP(英国石油)がスポンサーとなり、コベントガーデンのバレエやオペラをイギリス主要都市の広場や公園の野外スクリーンに中継し、バレエやオペラ・ファンに無料公開するBPビッグ・スクリーン・リレーの一環として、ロンドンではトラファルガー広場で観ることができた。お天気にさえ恵まれればライブ・スクリーン会場のほうがダンサーのリハーサル風景やインタビューなどのお宝映像が観られることあもりファンには人気が高い。筆者もこの日はトラファルガー広場で公演を鑑賞した。
トラファルガー広場は7時過ぎからバレエを観に来たファンや通りすがりの外国人観光客やロンドンっ子で一杯になった。鑑賞希望者はBPから帽子やレインポンチョ、クッションを貰い、思い思いの場所に場所取り。友だちや恋人、家族と誘い合わせてピクニックバスケットを持参し、手製のサンドイッチやパイとワインを飲みながらバレエを観る者もあれば、近くのスーパーからお惣菜やパンを買ってきて頬張る者もある。
ガレアッツィは1992年入団。今年40歳になるベテラン・バレリーナである。マクミランのドラマティック・バレエとマクレガーの抽象作品の双方を得意とし、ワトソンとのパートナーシップに定評があった。この日はワトソンのルドルフ皇太子、ガレアッツィのマリー・ヴェッツラ、サラ・ラムのラリッシュ夫人という配役。
6月中旬のロンドンは21時半頃まで空が青い。当日は21時ごろに夕日が差しスクリーン後方のビッグベンを赤く染めた。
幕間には当日舞台に出ていないバレリーナを招いてバレエの基本ポジションのデモンストレーションや解説など、バレエ豆知識の紹介あり、ガレアッツィとワトソンを本拠地のバレエ・スタジオに訪ね、ガレアッツィが舞台前にトゥ・シューズに自分なりの工夫を加える場面の映像やインタビューが映し出された。ガレアッツィが最後の舞台で履いた2足のトゥ・シューズの1つは抽選でBPリレー鑑賞者にプレゼントされた。

ガレアッツィは観る者に全幕を踊ってもまだまだ肉体的に充分余力があるのではないか、と感じさせるパフォーマンス。全幕通じて軽やかなステップが印象的であった。ワトソンは3幕の狩猟の場でのライフル暴発事件を父である皇帝暗殺計画と噂され、宮廷に居場所を失った後のソロからが圧倒的。独自の役の解釈と柔軟な四肢を存分に使ってのパフォーマンスで、マクミラン・バレエの男性主役中、難役中の難役といわれるルドルフ皇太子役に自らの刻印をくっきりと刻んでみせた。サラ・ラムのラリッシュ夫人は演技過剰にならず彼女らしい節度のある振舞で魅力的であった。
3幕開始ごろからトラファルガー広場は真っ暗となり冷え込みが厳しくなったため、常連客は持参の毛布にくるまるなどして引き続きバレエを鑑賞。スクリーンには終演後のカーテンコールでファンの有志が舞台に降らせる花のシャワーに埋もれて佇むガレアッツィの姿が大きく映し出された。

london1307d03.jpg photo/ Angela Kase london1307d04.jpg photo/ Angela Kase london1307d05.jpg photo/ Angela Kase

15日はルドルフ皇太子をカルロス・アコスタ、マリー・ヴェッツラをリアン・ベンジャミン、ラリッシュ夫人をラウラ・モレーラ、皇后エリザベートをヤノウスキー、ルドルフのショーファーに相当する御者のブラットフィッシュをブライアン・マロニー、ミッツィ・カスパーをローラ・マクロッホが踊った。
ベンジャミンのマリーは登場から少女のあどけなさとティーン・エイジャーらしい力がみなぎり、とても今年49歳のバレリーナが踊っているようには見えなかった。バレエ団入団以来晩年のマクミランのミューズとして『ユダの木』の女性主役を世界初演。マクミランのドラマティック・バレエを夢物語としてではなくリアルに演じることに定評があったバレリーナである。また30代後半でウィールドン作品に挑戦するなど、いくつになっても新しいダンス・スタイルに臆することなく挑戦し我が物とした。当日のマリー役もたいへんリアルに演じ、その大きな存在感は主役のアコスタさえ支配しているように見えた。

この日は主役以外にも皇帝をソーンダース、皇后エリザベートをヤノウスキー、マリーの母をジェネシア・ロサートが踊るなど、大スターのさよなら公演にふさわしい配役で、見ごたえのあるパフォーマンスとなった。
当日はまたブラットフィッシュを踊ったブライアン・マロニーのさよなら公演でもあり、多くのファンがマクミランからバランシンにいたるまで様々な役に活躍したこのソリストの早すぎる引退を惜しんだ。
有志によるフラワー・シャワーを浴びてカーテン・コールで微笑むベンジャミンの元に、ワトソン、ボネッリ、ソアーレスら当日非番の男性プリンシパルらが駆けつけ、ハグしたりキスする一幕もあり、当日オペラハウスに集った多くのファンを喜ばせた。
バレエ団はその後モナコで公演。7月号が出る頃は、日本のバレエ・ファンの多くが来日公演中のバレエ団による『不思議の国のアリス』を観て楽しんだことだろう。
1年の間にタマラ・ロホ、リアン・ベンジャミン、マーラ・ガレアッツィ、アリーナ・コジョカルという4人のスターを失ったロイヤル・バレエ。ケヴィン・オヘア芸術監督2シーズン目の秋からも、これまでのような観客動員ができるのか、バレエ関係者やファンの心配するところである。