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アンジェラ・加瀬 text by Angela Kase 
[2013.03.11]

シュツットガルトからレイリーが客演、ヌニェズとラムがタチアナ・デビュー

The Royal Ballet 英国ロイヤル・バレエ
" Onegin" Choreographed by John Cranko 『オネーギン』ジョン・クランコ:振付

ロイヤル・バレエは、1月19日〜2月8日まで、ジョン・クランコ振付『オネーギン』を4配役で14公演開催した。
クランコの名作バレエ、『オネーギン』といえば、大人の観客のためのドラマティック・バレエの代表作であり、今や世界の著名バレエ団の多くが上演演目に加えている。世界的な男性舞踊手がタイトル・ロールを踊ることを夢見、また女優バレリーナの多くが女性主役のタチアナを踊りたいと熱望する。だが作品の著作権を持つシュツットガルト・バレエの重鎮が配役その他をコントロールするため、短いダンス人生の間に憧れの役を踊るチャンスに恵まれず涙をのむダンサーも多い。キャリアの後半で演技に開眼したシルヴィ・ギエムもタチアナ役を熱望したが、その夢を果たすことが出来なかった。
2003年にロイヤル・バレエがこの作品を上演した際の初日は、オネーギンをアダム・クーパー、タチアナをタマラ・ロホが踊った。ロホのタチアナは素晴らしく、絶賛されたにもかかわらず、彼女はその後この役を踊るチャンスを剥奪されてしまう。男性主役にとって肉体的に酷なリフトが多用されているこの作品の女性主役を踊るにはロホは重過ぎ、相手役男性の故障を招く、というのがシュツットガルト・バレエ側の理由であった。
今回の再演にあたっては、マリアネラ・ヌニェズとサラ・ラムのタチアナ・デビューすることになり、英バレエ関係者やファンの期待が集まっていた。
リバイバル初日の2月19日は、ヨハン・コボーとアリーナ・コジョカルという英国ロイヤルが現在この作品を上演するにあたって最高の布陣が組まれていた。ところが直前になってコボーが怪我に倒れ、コジョカルの相手役がいなくなってしまったため、配役に大変更が加わることになった。コジョカルの相手役として初日を含む公演の主役をつとめたのは、シュツットガルト・バレエのプリンシパル、ジェイソン・レイリー。レイリーは、ロイヤル・バレエが過去に『月とピエロ』『ヴォランタリーズ』を上演した際に客演しているが、全幕作品を踊って、海外からの客演ダンサーや新人に対して容赦ない英国の批評家の目にさらされるのは、これがてで初めてであった。

london1303a01.jpg Photo/Angela Kase

リバイバル初日の1月19日と26日、2月5日と8日に全4配役で鑑賞する。
レイリーのオネーギンは登場より立振舞が上品で優美であった。タチアナの読んでいる本を見て返してやるときも、彼女の家に集まる人々を前にしても小馬鹿にしたような冷めた様子はない。またブラウンの肌が醸し出す体感温の高さも感じさせ、田舎の夢見る文学少女なら誰もが近づきになりたいと願う都会の貴族のエレガンスと、その肌や唇に触れてみたいと思わせる魅力があった。コジョカルとは突然の顔合わせとなったため、初日の数日前に行われた非公開のゲネプロでは共に模索や確認中心だったというが、身体能力に優れた2人のこと、初日の19日はパ・ド・ドゥなど、まるで長く共演を重ねている踊り手同士のようにさえ見え、関係者や観客を納得させる素晴らしい舞台を作り上げた。
小さく儚く壊れやすい魅力のコジョカルのタチアナは1幕で恋文を破られる場面、3幕でオネーギンの恋文を読んで心乱れる場面がよく似合った。似合うだけではない、今のコジョカルには観客を物語の世界に引きずりこみ感動させる円熟もある。ライリーのオネーギンはエレガントでありながらも、どこかやんちゃで手を伸ばせば届きそうな等身大の若者のような雰囲気もあり、3幕でタチアナのドレスのすそに纏わりつく場面では、女性の母性を揺さぶる抗いがたい魅力があった。初日キャストのオリガは高田茜、レンスキーはスティーブン・マックレー。長引いた膝の怪我を克服しコベント・ガーデンの舞台に戻ってきた高田には踊る喜びがあふれ、そんな彼女を再び目にすることのできたファンの口元をほころばせた。マックレーは技術的にはパーフェクトともいえる好演で、複雑なパートナーリングも難なくクリア、演技面でもレンスキー役デビューの頃のような過剰さはなくなり、踊り手としての成長がうかがえた。

26日はマリアネラ・ヌニェズのタチアナ役にデビュー公演を観た。オネーギン役は私生活のパートナーでもあるティアゴ・ソアーレス。このペアはまず19日午後の公開ドレス・リハーサルでコベントガーデン友の会会員とバレエ団公認舞台写真家の前にその姿を現した。
1月中旬のロンドンは大雪に見舞われ、19日朝も大分雪が積もっていた。この時期は早くからチケットを購入していたファンの多くが劇場に来られなかったため、ROHは雪でバレエやオペラを観に来られない観客のチケットを転売する新サービスを行っていた。19日のゲネプロは土曜日であったことも幸いし、会員ではないもののチケットを買ってゲネプロを観たい、というロンドンと近郊在住の熱心なファンが大勢押し寄せたいへんな熱気。幕間のフォアイエでは幸せそうな姿の非会員の姿が多数見受けられ微笑ましかった。
その風貌から悪役や性的な役に抜擢されることが多かったソアーレスのオネーギン役での公開ゲネプロ登場はこれが2度目。今回は1幕の登場から存在感にあふれ、観る者に「ああ、この人はこの役で後世に名を残すのだな」と思わせる重厚さがあった。26日の公演では、ニヒルにして虚無的、何やら暗い過去を持っていそうな謎めいた雰囲気と都会の貴族らしい毅然とした大人の男のムードを漂わせ、登場から観客の心をつかんで離さなかった。
ヌニェズといえば、明るく健康的でゴージャスな魅力の個性の持ち主である。だが19日のゲネプロでも、26日のデビュー公演も、幕が上がってみると紗幕の後ろには内省的で本の世界に埋没する夢見る令嬢の姿があった。1・2幕のヌニェズは、見事なまでに自らの個性を封印し物語と役を生きたのである。3幕ともなればゴージャスで大人びた美女であるヌニェズは自らの個性を思う存分発揮できる。デビュー当日も3幕のヌニェズのタチアナは輝くばかりに美しく、また洗練された貴婦人の姿で原作とバレエのヒロインを見事なまでに体現し、関係者や観客に踊り手として今が技量と魅力の頂点にあることを印象付けた。
ソアーレスとは難解なパートナーリングも夫婦ペアならではの信頼と絆で全てがスムースに運び、関係者や観客に安心と、作品と振付・パートナーリングの妙を堪能するチャンスを与えた。古くからのロイヤル・バレエ・ファンの多くが、ゲネプロでこのペアのオネーギンでの共演に感服し、中には当日券を入手しデビュー公演以来、何度も通いつめる人もいたほどである。
オリガ役はミーガン・グレース・ヒンキス、レンスキー役はヴァレンティーノ・ズケッティーが踊り、それぞれ作品の準主役としてデビュー。当初ズケッティーは、フェデリコ・ボネッリとラウラ・モレーラ主演日に崔由姫と踊る予定であったのだが、12月にシュツットガルト・バレエ関係者の視察が入った際に、崔と踊るには背が低いことを指摘され、ヒンキスと組むにいたった。ヒンキスのオリガはヌニェズのタチアナとは対照的な健康的で明るい少女であった。ズケッティーのレンスキーはヒンキスを丁寧にサポート。オリガがパーティでオネーギンと楽しむ姿に激昂する様子や決闘前の苦悩の表現も良かった。
グレミン公爵役は平野亮一。先シーズンから大役への抜擢が続いたこともあり、舞台での存在感がますます大きくなってきた。村の若者たちが次々と現れ踊る場面で大きな開脚ジャンプを見せて観客をあっと言わせたのはダヴィッド・トルーゼンヒミエッヒ。3幕冒頭の舞踏会の場面では金子扶生が大人びた雰囲気で光を放っていた。

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Photo/Angela Kase(すべて)

2月5日は、フェデリコ・ボネッリのタイトル・ロール、ラウラ・モレーラのタチアナを観た。ボネッリは数年前の上演の際にオネーギン役でデビューしている。脛の疲労骨折による長期休養後の公演であり、ファンは心配しながら見守ったものだが、鏡のパ・ド・ドゥの魔性、パーティでオリガと戯れ踊る場面の音楽性、3幕で見せる激情、モレーラとの完全無敵のパートナーシップと、たいへん素晴らしいパフォーマンスを見せ、関係者やファンを熱狂させた。今回もその魅力は一切色褪せてはおらず、モレーラと共に優れた公演を披露。チョエは愛らしく無邪気なオリガを表現、ラインの美しさや身体のコントロールでも観客の目を奪った。前述の理由からズケッティーが別の公演日に移されたため、レンスキー役はネマイア・キッシュが踊った。演舞に好演したものの、細身で若々しい魅力のボネッリや崔、小柄なモレーラと並ぶとレンスキー役のキッシュが1人年長に見え、何やら違和感があった、グレミン公爵役はギャリー・エイヴィス。熟年軍人らしい恰幅の良さで、作品を大いに引き締めてみせた。
当日のオペラ・ハウスにはバレエ団のゲスト・ティーチャーとしてロンドン入りしていたモニク・ルディエール、脛の疲労骨折後のリハビリのためロイヤル・オペラ・ハウスに来ていたパリ・オペラ座のマチアス・エイマン、ローザンヌ・コンクール後ロイヤル・バレエ・スクールで短期コースを受講していた日本人生徒や指導者らの姿もあり、公演後の出待ちも大いに盛り上がって微笑ましかった。
今回の上演でヌニェズと共にタチアナ・デビューを遂げたのがサラ・ラム。ローザンヌ・コンクールの取材・撮影のため、2月2日のデビュー公演を観ることが叶わなかった筆者は8日の2度目の公演に足を運んだ。タイトル・ロールはヴァレリー・フリストフ、オリガ役は入団3年目のヤスミン・ナグディ、レンスキー役はダヴィッド・トルーゼンヒミエッヒ。主要登場人物4名全てが2月2日にデビューというフレッシュな顔合わせであった。
金髪で色白、儚い風情ながらもフェミニンな魅力を持つ主サラ・ラムには、タチアナ役がたいへん良く似合った。足の故障からのカムバック以来、演技力・表現力が増した彼女のデビューはまさに時を得た抜擢といえよう。
フリストフは過去にレンスキーを踊り、ロシアの詩人そのものの知的な立ち姿と品性、オリガに見せる優しさや決闘前の苦悩に満ちたソロで、関係者やファンの胸に強い印象を刻んでいる。豊かな黒髪、時にメランコリックな風情のフリストフとブロンドのラムは、まるで絵画から抜出したような美しいペアであった。
難易度の高いパートナーリングやリフトが満載されているこの作品の男性主役は、演舞に長けているだけではなく、パートナーとしての充実がなければつとまらないのだが、静謐な佇まいの中に優れたパートナー技術を隠し持つフリストフは、パ・ド・ドゥにおいて一切破綻が無くすべてが流麗に行われた。オネーギンという大役を得、またこの作品の全幕を踊る上での数々のハードルを見事にクリアしながらも、唯一つ残念な場面があった。鏡のパ・ド・ドゥである。オネーギンのイメージそのままの美しさで鏡の中から登場した直後はファンに多大いな期待を抱かせたのだが、この場面に必要不可欠ともいえる悪魔的な魅力に欠けたのである。
サラ・ラムのタチアナは恋心を手紙に綴る少女の場面、失恋、オネーギンとレンスキーとの決闘でオリガと共に心破れる2幕と、それぞれの幕に魅力があったが、最も輝きを放ったのが、社交界の美貌の女主人となった第3幕で、最後のパ・ド・ドゥはドラマに満ち、見ごたえがあった。フリストフ・ラム共に今後もまたこの作品を踊るチャンスに恵まれれば、役に深みを与え、ダンサーとしても更なる成長を遂げることができるであろう。
ポーランド人のトルーゼンヒミエッヒは、穏やかな詩人レンスキーの心に潜む激情を自らの血の中に持っている。オネーギンと戯れるオリガに激昂し、決闘を申し込む場面には東欧人特有の感情の揺れの大きさを十二分に表現した。
今回の上演の指揮者はピーター・マニングとドミニク・グリア。グリアはチャイコフスキーの音楽を魅力的に表現し、また踊り手にも優しい指揮で印象に残った。
私自身は今回もこの素晴らしい全幕バレエを全配役で見ることができ、忙しいながらも充実した日々を送ることができた。だが20年以上ロイヤル・バレエを観ている古参のファンの中には全配役の公演チケットを複数購入しながらも、途中で連日観に来る情熱を失い、チケットを売場に戻したり、他人に譲ってしまう者も見受けられた。理由を尋ねると、前回の上演の時のように、心楽しめないからだという。前回はボネッリ、モレーラ組に感動できたのに、今回は心揺さぶられなかった。今回はレンスキー役が似合うダンサーが誰一人いない。雪の中観に来たのに、素晴らしかったイヴァン・プトロフやセルゲイ・ポルーニンのレンスキーを思い出し、この作品に100パーセント感情移入できなかった、と。
確かに同じ想いが私の中にもあった。前回ボネッリとモレーラがこの作品で共演した際のオリガはメリッサ・ハミルトン、レンスキーはポルーニンであり、フレッシュな顔合わせながら4人全員が作品と役に似合いで、感動的な舞台を作り上げたのであった。また数年前にロイヤル・バレエを追われたプトロフはレンスキーを当たり役とし、優しくロマンティックな登場の1幕とオネーギンに決闘を申し込む場面の激昂、決闘前の苦悩の踊り分けも鮮やかで、ソロではラインの美しさを見せてわれわれの眼を奪ったものである。
上演にあたり4人の魅力的なダンサーを複数必要とする作品だけに、ハミルトン、ポルーニン、プトロフの不在は、ファンにとって淋しい。ポルーニン、プトロフの2人についてはレンスキー役でコベントガーデンの舞台に戻って来ることすら期待できないだけに、古くからのファンの幾人かはコベント・ガーデンの舞台に背を向け、鉛色の空と大雪に閉ざされた家で過去を懐かしんだのであった。
(2013年1月19日、26日、2月5日、6日 ロンドン ロイヤル・オペラ・ハウス。1月19日午後の最終ドレス・リハーサルを撮影)

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london1303a06.jpg Photo/Angela Kase(すべて)

●写真に登場するダンサー
オネーギン:ティアゴ・ソアーレス
タチアナ:マニアネラ・ヌニエズ
オリガ:ミーガン・グレース・ヒンキス
レンスキー:ヴァレンティーノ・ズケッティー
グレミン公爵:平野亮一