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アンジェラ・加瀬 text by Angela Kase 
[2013.01.10]

洗練された美意識を感じさせたノーザン・バレエ『美女と野獣』に高橋宏尚が主演

Northern Ballet ノーザン・バレエ
"Beauty & the Beast" by David Nixon
『美女と野獣』デイヴィッド・ニクソン:振付

ノーザン・バレエ(NB)は『オンディーヌ』(10月号参照)イギリス初演で2012・13バレエ・シーズンを開幕後、10月2日〜12月1日までイギリス国内6都市にて芸術監督であるデイヴィッド・ニクソン版『美女と野獣』を公演した。
NBはシーズンに2つの新作を上演し、本拠地であるリーズ市とイギリス国内を回るツアー・カンパニー。ニクソン版『美女と野獣』は、美しい衣装や舞台装置、切なく心温まる愛の物語が観客を魅了し、昨年12月にリーズで世界初演されて以来、イギリスのバレエ・ファンや家族連れに大いに愛されている作品だ。
イギリスで『美女と野獣』といえば、ニクソンがこの作品に取り組む8年前にバーミンガム・ロイヤル・バレエ(BRB)のデイヴィッド・ビントレー版(03年作品)が世界初演され、評価された。ビントレー版については08年の日本公演でも披露されたのでご記憶の読者も多いことと思う。
NB版とBRB版は、冒頭の王子が野獣に変えられるまでの物語が異なり、音楽や衣装も違うことから、総合芸術としても異なった趣を持つ。だが2つの版ともたいへん夢があり観客の心を掴む作品に仕上がっている。バレエ通であれば2ヴァージョンを鑑賞することで、ビントレーとニクソンというイギリスを舞台に数多くの物語バレエを手がける2人の振付家のユニークな個性やイマジネーションの世界を垣間見ることができるだろう。

london1301c_04.jpg Photo/Angala Kase

ビントレー版はご存じの通り1人の男性プリンシパルが王子と野獣役を演じ踊る。また野獣はマスクを着けるため、観客は野獣役ダンサーの表情の変化を見ることができない。
ニクソン版がBRB版と大いに異なるのは、王子と野獣が2人の男性ダンサーによって踊られることであろうか。NBの『美女と野獣』の王子役は長身で容姿に優れロマンティックな雰囲気の男性プリンシパルによって踊られ、野獣役は王子より小柄で肩幅が広く重量感のあるダンサーが踊る。また野獣は顔に歌舞伎のようなメイクを施すだけでマスクをつけないため、観客は1幕最後では野獣の怒り、2幕では苦悶の表情をはっきり見ることができるのである。
振付的には、1幕冒頭の王子と若い取巻きによるダンスが、音楽性と構築美に満ちており、勢いもあって、観客を物語の世界に引きずりこんで放さないパワーがあった。まだ美女一家が裕福だった時代のハウス・パーティーの場面もエレガントで、借金の取り立て屋も現代的な服装やサングラス姿が小粋だ。王子と野獣役の男性2名のダンサーに対し、魔法使いの美しい姉妹も2名、2対2という数がこの作品の場面、場面を視覚的にたいへん興味深い物にしていた。

london1301c_11.jpg Photo/Angala Kase

2幕の初めで、野獣が「人間に戻れたら美女に愛されるのではないか?」と思い悩む場面の美女と王子、野獣役ダンサー3人のラブ・トライアングルの場面の振付が白眉で、結婚式の場面では男女群舞を巧みに動かし、フィナーレの高揚感をより一層高めることに成功していた。衣装やセットのデザインも美しい。
マニフィックとルミエールの美しい魔法使いの姉妹が身にまとうハリウッドの銀幕のスターを思わせるドレス、野獣の衣装やかつら、ジャン・ポール・ゴルティエ風の執事のなども美しく配色も美しくユニークである。白い薔薇の花が舞台の後方や左右に花開くセットデザインや、美女が白い薔薇の花の中で眠る場面は美的で夢があった。
姉2人は滑稽ではあるが意地悪な面はさほど強調されていないため、老若男女の観客の目にも心にも優しく、お伽噺性が強調されている。

london1301c_03.jpg Photo/Angala Kase

バレエ団は10月30日〜11月3日まで、ロンドン近郊の街ウォーキングでこの作品を6回公演。11月1日午後は、オリアン王子をバレエ団きっての貴公子ダンサーである高橋宏尚、美女をロイヤル・バレエ・スクールから入団して4年目の新星アントワネット・ブルックス・ダウ、野獣役は春〜夏の研修生時代から新作の初日に抜擢され、秋の正式入団以来はバレエ団の台風の目ともいえる存在としてバレエ関係者の注目を集める期待の新人ケヴィン・パン(20歳)が踊り、全幕作品の主要役デビューを果たしたほか、執事役はこれまで数々のニクソン作品の主役を務めるダンスール・ノーブルのトバイアス・バトリーが、マニフィクとルミエールには、美しいジェシカ・モーガンとハナ・ベイツマン、父役をダレン・ゴールドスミスが踊った。
高橋宏尚は入団20年目。イギリスのバレエ団には過去も現在も多くの日本人男性ダンサーが在籍・活躍したものだが、高橋とかつてロイヤル・バレエで活躍した佐々木陽平の2人ばかりは、イギリス人やヨーロッパの白人男性ダンサーたちの中にあっても、その品性の高さと貴公子の甘さや優美さで大いに抜きん出た存在であった。
高橋は2幕の美女、野獣と3人で踊る場面の王子の幻を踊ってはロマンティックで、1幕冒頭の自らの美貌に自信を持つ王子を巧みに表現し踊っている時ですら、その黒い魅力の中に馥郁と香る男のエレガンスが見え隠れして、女性客を大いに触発・魅了した。実年齢はベテランの域に達しながらも、舞台姿は20代初めにしか見えない「永遠の青春」を生きている。
ブルックス・ダウは清純・可憐でこの作品の美女役が大変よく似合った。節度ある生粋のイギリス・バレエのスタイルと自然な演技力で新人ながら作品の中で大いに光を放つ。

london1301c_09.jpg Photo/Angala Kase

ケヴィン・パンは醜い野獣に姿を変えられて鏡の中から登場する1幕中ほどから、全身で野獣の怒りや苦しみ、美女に愛を求め苦悶する姿を表現、技巧満載の大きな跳躍各種でも驚異的な身体能力を見せ、片手で美女を高々と掲げるリフトも強く巧みで、とてもこれが全幕作品の主役デビューとは思えぬ充実を見せてハーフターム(学期の中休み)中の子供たちを含む老若男女の観客の目を奪った。
バレエ団は12月初めに行った寄付金集めも大いに成功し、3月1日には新作『華麗なるギャッビー』の世界初演が、12月には新『シンデレラ』の世界初演を予定している。
美意識高く、振付のみならず衣装にも造詣の深いデイヴィッド・ニクソン以下ノーザン・バレエの制作スタッフのこと、『華麗なるギャッツビー』もたいへん目に美しく、また見ごたえのあるバレエ作品になるのではないか、と関係者・バレエ・ファンから大きな期待が寄せられている。
(2012年11月1日ウォーキング、ニュー・ヴィクトリア・シアター。12月1日バース、シアター・ロイヤル公演を撮影)

[ディヴィット・ニクソン版『美女と野獣』ストーリー]
1幕 

オリアン王子は今宵も城内の鏡の部屋で取巻きに囲まれ遊蕩に耽っている。美辞麗句を並べて王子に取り入ろうとする若き男女を前に、自分の美貌に自信を持ち、社交界に君臨する王子。するとその場にマントを羽織った1人の女が現れ、王子に「食べ物を恵んで欲しい」と頼む。闖入者に華麗な宴の邪魔をされた王子は大いに怒り、女を嘲笑しぞんざいに扱うのだった。
マントを脱ぎ捨て現れた女は、美貌の魔法使い(妖精)マニフィックで、「美しい外見とは裏腹に傲慢な性格をしている」王子を野獣に変えてしまう。
すると別の魔法使い(マニフィックの妹・妖精)ルミエールが現れ、(野獣に姿を変えられた王子の前に)薔薇の花を投げる。そしておぞましい姿の野獣を覗き込みながら「おまえが人を愛し、想いを寄せる相手と相思相愛になれた時、マニフィックの呪いはとけ、再び美しい人間の姿に戻れる」と告げ消え去る。城には野獣と執事、召使の妖怪たちだけが残された。今や野獣に姿を変えられたオリアン王子は城の鏡に映る醜い我が身を嘆き、呻き苦しむのだった。
王国のある町に、お金持ちの父とその3人の娘たち、姉のイザベルとシャンタル、美しい末娘(美女)が住んでいた。末娘は美貌だけではなく、父親想いの優しく気立てのよい娘で、毎日薔薇の花を摘んでは、父に朝食を運んでいた。一方姉たちは美しいドレスや買物、ボーイフレンドたちとの社交にしか興味がなく、湯水のように父の財産を浪費していた。
ある日、姉たちがパーティーの準備をしていると借金の取り立て屋が現れ、娘たちの父が破産した事を告げ、家財一式を借金のかたとして差し押さえる。家を失った4人は森に向かい一夜を過ごそうとする。するとまるで魔法のように4人が着る為の衣服の入ったスーツケースと廃車になったバスが一家の前に現れ、4人はバスを家代わりに暮らし始める。
家長である父は、食べ物を求めて森の中を彷徨う内に方向感覚を失い、美しい庭園に迷いこむ。そこにはこれまで見たこともないような美しい薔薇が咲いていた。末娘へのプレゼントとにと、その薔薇を手折った父の前に恐ろしい姿の野獣が現れ、命を助けてやる代わりに娘の1人を城に送るよう言い渡す。
家では末娘が父の帰りを待ちながら姉たちを手伝っている。家事の合間にうたた寝をする彼女に魔法使いルミエールが王子の幻を見せる。父が帰宅し、野獣の為に窮地に陥った事を知った美女は、父を救うため野獣の住む城に向かう。
美女は野獣と執事の住む城にたどり着き、生活するようになる。初めてディナーを共にした彼女は、野獣のおぞましい姿に怯え、嫌悪感を抱く。だが時がたつにつれ、姿こそは恐ろしいが心優しい野獣の真実に気が付くのだった。

london1301c_02.jpg Photo/Angala Kase

2幕
野獣は美女の寝顔を見ながら、自分が人間に戻れさえすれば彼女の愛を勝ち得ることができるのではないか?と苦悩する。昔を想い、他人に無礼だった自分を恥じ、良い人間になりたいとも願う。人間に戻り、美女に愛を捧げ、幸せな人生を送る自分を夢見ながらも、その願いが叶えられることはないと絶望・苦悶する。
野獣の心に美女への愛が芽生え、良い人間に生まれ変わりたいという想いが膨らむにつれ、城内の空気が変わる。城には愛と喜びの雰囲気が満ちあふれ、美女は心優しい野獣を愛おしむようになる。野獣は美女といつまでも幸せに暮らしたいと願うが、病に苦しむ父の幻を目にした美女は「必ず城に戻るので一度だけ家に帰してほしい」と嘆願。美女を愛するあまり野獣は帰宅を許可するが、2度と再び彼女をこの目にする事はないと将来を儚み、絶望する。
だが美女は約束通り城に戻って来た。それだけではなかった。赤い薔薇を一輪、野獣に手渡し、彼への愛を告白する。野獣も美女に愛の言葉を囁こうとしたその瞬間、マニフィックの呪いがとけ、野獣は元の美しい王子の姿に戻る。
城では2人の華やかな結婚式の宴が催される。イザベルとシャンタル、父も駆けつけ美女と王子の結婚を祝福し、バレエは幕となる。

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