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アンジェラ・加瀬 text by Angela Kase 
[2012.12.10]

オヘア芸術監督の新シーズン、オシポワとラムによるオデット、オディール

The Royal Ballet 英国ロイヤル・バレエ団
"Swan Lake" by Marius Petipa & Lev Ivanov. Additional Choreography Frederick Ashton (Act 3 Neapolitan Dance) & David Bintley (Act 1 Waltz)
『白鳥の湖』マリウス・プティバ、レフ・イワノフ:振付、フレデリック・アシュトン(3幕ナポリの踊り)、デイヴィット・ビントレー(1幕ワルツ)追加振付

10月8日、新芸術監督ケヴィン・オヘア率いるロイヤル・バレエ(RB)が、2012・13新バレエ・シーズンの幕を開けた。
演目は『白鳥の湖』、初日をつとめたのは09年版DVDと同じくマリアネラ・ヌニェズとティアゴ・ソアーレス、悪魔ロットバルトはクリストファー・ソーンダースであった。
今回の上演は10月8日〜11月24日まで7配役20公演が予定されていたが、先シーズンの終わりに足の手術を受けたローレン・カスバートソンが舞台を降板したため、一部配役の変更があった。
またチケット売り出し当初予定されていた10月10、13、25日のタマラ・ロホとカルロス・アコスタによる公演は、ロホが先シーズンでバレエ団を離れイングリッシュ・ナショナル・バレエの芸術監督になったことから一時配役未定となっていたが、ナターリア・オシポワがロイヤル・バレエに客演し、アコスタと共演した。
バレエ団がオシポワの客演を発表したのは7月19日。以来10月10、13、25日の公演チケットを求めるファンが後を絶たず、オシポワ、アコスタ初共演の10日は平日であったにもかかわらず、朝早くから当日券を求めるファンが劇場チケット売り場外に並んだと聞く。かつてシルヴィ・ギエム主演当日には日常茶飯事であったこのような現象も最近のロイヤル・バレエの公演ではたいへん珍しい。
日本のロイヤル・バレエ・ファンの多くは10月24日に映画館でヤノースキーとキッシュによる公演映像をご覧になられた事と思う。よって私は10月10日、11日の2公演を鑑賞し、ご紹介することにした。

london1212a06.jpg photo/Alice Pennefather

オシポワのロイヤル客演初日である10日は、悪魔ロットバルトをギャリー・エイヴィス、王妃をエリザベス・マクゴリアン、ベンノをヴァレリー・フリストフがつとめた。
1幕のパ・ド・トロワを踊ったのはイッツァー・メンディザバル、小林ひかる、先シーズン『くるみ割り人形』の王子や『ラ・シルフィード』のジェイムス・デビューを遂げた期待の新人ダヴィッド・トルーゼンシミエッヒ、ワルツを踊る王子の友だちには蔵健太、平野亮一、ブライアン・マロニーの姿もあった。
スターと呼べるダンサーが少なくなったバレエ界で、男性ダンサーの頂点に君臨するゲスト・プリンシパルのアコスタが紺色の軍服にコートを羽織って舞台に登場すると客席から大きな拍手が送られた。
2幕、固唾を呑んで見守るファンの目の前にオデットに扮したオシポワがグラン・ジュテでロイヤル・オペラ・ハウス(ROH)の舞台に登場した。ボリショイ、ミハイロフスキーというロシアの大バレエ団に所属しながら、祖国では踊るチャンスを与えられなかった『白鳥の湖』。この古典の全幕を若手に辛らつな批評家揃いで知られるイギリスで、ロイヤル・バレエと共演し、カルロス・アコスタと踊ることに対して、オシポワは一体どのような気持ちでいたのあろう。
そんな我々観客の思惑をよそに、オデットを踊るオシポワに緊張は微塵も感じられなかった。初めて踊るオデットに思いの限りをこめ、王子と出会い恐れる姿やジークフリートとのマイムのやり取りには「ドラマ」に重きを置くボリショイ劇場の元バレリーナらしい雄弁さがあり、腕の使い方やグラン・セゴンドで見せる足の高さもイギリスのバレエの規範を大きく上回る大胆なもの。通常バレリーナが技巧を抑える2幕でも男性の庇護欲を誘う儚さ、フェミニンな魅力や優美さといったものはない。
2幕の最後、ロットバルトの登場により王子から引き離され観客に背を向けて上手に退場する場面の腕の動きにも、波打つ美しい腕使いが見られなかった。
オシポワ、アコスタの共演となると、3幕黒鳥のグラン・パ・ド・ドゥでその魅力が爆発するのか、と期待をつないだ。

london1212a07.jpg photo/Alice Pennefather london1212a08.jpg photo/Alice Pennefather

筆者は2007年の5月、モスクワのボリショイ劇場を訪れ、コンドラチェーワ女史のプライベート・レッスンを受ける当時21歳のオシポワを取材・撮影している。女史はレッスンの後半で旋廻技が得意なオシポワに、グラン・フェッテ・アン・トールナンをすべてダブルで回るよう指示。それに答えるオシポワの姿を見ているだけに、コベント・ガーデン・デビューでも同じ技が披露されるに違いない、と思った。実際オシポワは最初の何度かダブルで回ったものの、その後は1回転のみ。3幕では王子を誘惑する黒鳥オディールらしい表情を作りながらも、実年齢より若く見え、未だにお転婆な少女のような外見のオシポワには、大人の女の色香や磁力といったものを表現するには無理があった。
ロホとアコスタは、それぞれがバレエ界のスーパー・スターとして、容姿、カリスマ、技巧と三拍子揃った魅力を有し、2人の共演となれば、1+1が4にも5にもなる関係である。オシポワとアコスタの場合、オシポワが実年齢より若く見えることもあいまって、相手役のアコスタと愛の物語を踊るにあたっても教師と生徒のように見えてしまうのも残念だった。
思えば本国で『白鳥の湖』を踊る機会のなかったバレリーナの全幕デビューである。同じロシアのバレリーナでも、この作品を踊って定評のあるロパートキナやザハロワのようなエレガンスと長い手脚が描くラインの美しさや、2・4幕での叙情性を期待してはいけなかった。オシポワもロイヤルへの初客演が、本人に似合いの『ドン・キホーテ』であれば、辛口で知られるイギリスの批評家たちにも大いに評価されたであろうと思うと残念である。
昔からロシアが世界に誇るバレリーナたちによる『白鳥の湖』を観ている英バレエ関係者やイギリスのロシア・バレエ・ファン、公演を観たバレエ・ダンサーの多くが、オシポワの公演に失望した一方で、前回のボリショイ・バレエのロンドン公演で、オシポワ・ワシリエフ組を売り出そうとするバレエ団の広報活動に洗脳されてしまったファンたちは、オシポワ登場の第2幕からたいへんな盛り上がりよう。新芸術監督ケヴィン・オヘア就任後、初めてのシーズンの「話題作り」という意味では、バレエ団のオシポワ招聘は成功したといえるだろう。

london1212a01.jpg photo/Angela Kase

翌10月11日に『白鳥の湖』を主演したのはサラ・ラムとルーパート・ペネファーザー。オシポワとアコスタとは対照的に、節度ある演舞と叙情、容姿やラインの美しさで見せる2人である。
ラムはロイヤル・バレエの男性ダンサーの誰と踊っても絵になり、長身のペネファーザーもガリアッツィやカスバートソン、ハミルトンらのパートナーとして活躍した。その2人が『マノン』全幕で共演した際、他のパートナーとの舞台では見られない化学作用が起こった。
生粋のロイヤル・バレエ・スクール出身の男性プリンシパルらしく、控え目な感情表現で知られるペネファーザー扮するデ・グリューが、マノンと出会い恋に落ちる場面から、いつになく豊かな感情のほとばしりを見せ、美しく悲劇が似合う2人の愛の交流とパートナーシップはコベント・ガーデンに集まったファンを酔わせる魔力を持っていた。
ラムとペネファーザーは『白鳥の湖』全幕でも、2人で巧みに「哀しく美しい愛の物語」踊り演じて、観客の心をつかんだ。ラムは湖畔の登場から男性の庇護欲をそそる哀しみの姫そのものであったし、ペネファーザーはイギリスの貴公子ダンサーらしく控え目でありながら王族らしい品位を備え、オデットとのマイムの交換には誠があり、初めて知る真実の愛に心奪われている様子が手に取るようにわかった。2幕の終わりで再び悪魔ロットバルトの囚われの身となるオデットの運命を目の当たりにした後は、オデットへの想いを秘めた両の瞳の輝きと、愛する女性を救おうとする若き貴公子らしい凛とした態度を見せ、観客に忘れがたい印象を残した。

3幕、黒鳥オディールの衣装で舞台に登場したラムは、清潔な色香ふりまき、意志的な眼差しでロットバルトとアイコンタクトを取り、ジークフリート攻略を企む。
驚いたのは黒鳥のグラン・パ・ド・ドゥのクライマックス、グラン・フェッテの場面。ラムは始め立て続けにダブルを3回、次いでダブル、シングル、ダブル、シングルと、当日コベント・ガーデンに集まった観客にウルトラC級の技を見せたのである。私自身、特にこれまでラムを技巧派バレリーナとして意識したことがなかっただけにたいへん驚いた。
オシポワ客演がバレエ団既存のスター・バレリーナを刺激し、特筆すべきパフォーマンスを披露させたのであろう。容姿とラインに優れ、白鳥らしい腕使いに加え、演技力や詩情もあり、愛の物語を踊るにあたって定評のある相手役ペネファーザーと踊ったこの日のラムの充実には目を見張るものがあった。
前日のオシポワ、アコスタの舞台とは一転、この日は主役を取巻くダンサーたちも非常に英国ロイヤル・バレエらしい配役で、王妃をクリスティーナ・アレステス、ロットバルトにクリストファー・ソーンダース、家庭教師をジョナサン・ハウエルズ、1幕のパ・ド・トロワはジェイムス・ヘイ、フランチェスカ・ヘイワード、エマ・マグワイアという付属バレエ学校出身の若き新星たち、スペインの踊りにはローラ・マクロッホ、トマス・ホワイトヘッド、チャルダッシュの中心にはクレア・カルヴァートの姿もあった。
10日のナポリの踊りは崔由姫とポール・ケイ、11日はエマ・マグワイアとリアム・スカーレット。それぞれフレッシュで愛らしい魅力とシャープな舞踊で観客を大いに楽しませた。スカーレットは踊り手としても優れていただけに、11月初旬にバレエ団のアーティスト・イン・レジデントに就任し、踊りを辞めて振付家としての活動に専念することになったのは残念である。6人の求婚者の中には両日金子扶生と、11日には去年のローザンヌ国際コンクールの受賞者でロイヤル・バレエ・スクールを経てこの秋入団したばかりのマヤラ・マグリの姿もあった。10日のスペインの踊りの平野亮一、11日の蔵健太、11日にチャルダッシュの中心の男性踊ったブライアン・マロニーの優れたパフォーマンスも印象に残った。
当初オデット・オディールを主演する予定ながら、長引く怪我のため高田茜とローレン・カスバートソンが降板を余儀なくされたのが残念であった。2人の一刻も早い復調と舞台へのカムバックを祈りたい。
(2012年10月10日、11日 ロイヤル・オペラ・ハウス)

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