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アンジェラ・加瀬 text by Angela Kase 
[2012.10.10]

ノーザン・バレエ、デイヴィッド・ニクソン版『オンディーヌ』をイギリス初演

Northern Ballet ノーザン・バレエ
"Ondine" by David Nixon 『オンディーヌ』デイヴィッド・ニクソン振付

現在イギリスには5つの主要バレエ団があり、それぞれがユニークな活動を続けている。ロンドンにはコベントガーデンのロイヤル・オペラ・ハウスを本拠地にするロイヤル・バレエ(RB)と、かつてダイアナ妃がお住まいであったケンジントン・ガーデンズの南にリハーサル・スタジオを持つイングリッシュ・ナショナル・バレエ(ENB)があり、RBがロイヤル・オペラ・ハウスでほとんどの国内公演を行うのに対し、ENBは春、夏、冬のロンドン・シーズンの他は国内をツアーしている。

london1210b01.jpg Photo:Martin Bell

イギリス第2の都市であるバーミンガムにはバーミンガム・ロイヤル・バレエ(BRB)があり、ビントレーの現代作品や前芸術監督ピーター・ライトの優れた古典の全幕バレエをレパートリーとして活動を続けている。北に目を向けるとスコットランドのスコティッシュ・バレエ、そしてイギリス北部の都市リーズを本拠地に活動するノーザン・バレエ(NB)がある。
ノーザン・バレエは創設1969年。創設時の芸術監督はカナダ人ダンサーのレヴァーン・メイヤー。その後87年〜98年には振付家ケネス・マクミランを触発したロイヤル・バレエの踊り手で映画やテレビでも活躍した、クリストファー・ゲイブルが芸術監督に就任し、バレエ団の世界的名声を高めた。現芸術監督はデイヴィッド・ニクソン。カナダ人ダンサーで夫人の日系アメリカ人バレリーナ、ヨーコ・イチノと共に日本の世界バレエフェスティバルに参加するなど、日本でも人気のあった元ダンサー・振付家だ。2001年年以来バレエ団を率いると共に、振付家としても数々の作品を発表している。

近年イギリスのバレエ団やダンス・カンパニーは、RBやBRBのようなロイヤルの名を冠する団体をも含め、アーツカウンシルからの助成金削減の憂き目に会い、企業や富裕な個人のバレエ・ファンをスポンサーとして多数獲得しなければ、これまでと同じレベルでの活動が難しくなっている。
英5大バレエ団の中で最も深刻な危機に見舞われたのがノーザン・バレエで、一時は団員数削減ギリギリまで追い詰められたのだが、バレエ団立て直し政策と広報活動が功を奏し、企業や富裕なバレエ・ファンからごく一般のリーズ市民までが、バレエ団とダンサーを守ろうと立ち上がったことから、これまで通りの活動が可能になった。
この様子は先頃BBCのテレビ・ドキュメンタリーで紹介されたことから、現在ニクソン率いるバレエ団と振付作品、そしてダンサーにイギリス国民とバレエ・ファンの注目が集まっている。

バレエ団にはゲイブル時代には長尾千晶と高橋宏尚という2人の日本人ダンサーが在籍し、『マダム・バタフライ』から『ドラキュラ』のようなビクトリア時代のイギリスを舞台にしたバレエでも活躍。現在日本人はプリンシパルに相当するプレミア・ダンサーの高橋の他、ソリストとして神田彩奈が在籍。神田は『マダム・バタフライ』のタイトル・ロールを踊り、イギリス北部のバレエ・ファンの間で高く評価されている。また今年春から昨年のローザンヌ・コンクールのファイナリストで関係者に入賞確実と目されながら受賞を逃したケヴィン・パン(イングリッシュ・ナショナル・バレエ・スクール出身のフランス人)が、同校卒業の夏までの期間研修生として、8月からは正団員になり目覚しい活躍を続けている。

バレエ団は2012・13年シーズンを、芸術監督で振付家でもあるデイヴィッド・ニクソン版『オンディーヌ』のイギリス初演で幕を開けた。
これはニクソンがフランスのバレエ・ド・リン(Ballet du Rhin)に振付け、世界初演した作品である。

london1210b02.jpg Photo:Martin Bell

プロローグ 浜辺
若い漁師が浜辺で魚取り網をつくろっていると、どこからともなく小さな女の子が現れ、漁師に微笑みかける。あたりに保護者の姿はない。家に帰ろうとするとついてくる女の子を漁師は家に連れ帰り保護する。

1幕 浜辺
漁師がオンディーヌを養女として暮らすようになって長い時がたった。オンディーヌは魅力的な女性に成長し、漁師は年老いている。
突然、騎士ブランドが現れ、漁師とオンディーヌと食事を共にする。ハンサムなブランドと無邪気なオンディーヌの出会い。ブランドにはベアトリスという婚約者がいるのだが、オンディーヌと結婚する。
無残な恋の結末に涙するベアトリスをオンディーヌは抱きしめ慰める。ベアトリスはオンディーヌの魅力に抗うことができない。
ブランドは水の精が彼を誘惑するという悪夢にうなされている。目を覚ますと海の水位が上がり、ベアトリスを飲み込み連れ去る。恐怖に陥った人々をよそにオンディーヌは海に飛び込みベアトリスを救出する。ブランドはオンディーヌを抱きしめ、幕がおりる。

2幕 海の近くに建つブランドの館
ブランドはオンディーヌを館に連れ帰る。ベアトリスとオンディーヌは姉妹のように仲むつまじくなり、夫妻と共に暮らしている。だが海の近くで自由に育った無邪気なオンディーヌは、貴族の暮らしに馴染むことができない。ブランドの心はオンディーヌから、再びベアトリスに移りつつあった。館での3人の暮らしは不協和音を醸すようになった。
ベアトリスはそんな緊張を和らげるため「船旅に出ること」を提案する。オンディーヌは止めるが、ブランドとベアトリスが船旅を希望するため、ついてゆくことにする。
ベアトリスとブランドは船の上でまどろんでいる。オンディーヌは海に飛び込み波と戯れる。目を覚ましたブランドはオンディーヌが人間ではなく水の精であることに気付き、恐れる。彼の心は今やオンディーヌから完全に離れベアトリスを求める。気がついたオンディーヌは海底に姿を消す。

3幕 ブランドの寝室 ベアトリスとの再婚前夜
ブランドはオンディーヌの夢を見る。かつて愛した女性は彼が自分を裏切りベアトリスと結婚するのなら、彼を海に誘い殺さねばならないと伝える。恐怖に目を覚ましたブランドは結婚式の準備にとりかかる。
館の前の海辺にブランドとベアトリスの結婚式に招待された人々が集まってくる。結婚式が始まると空が瞬く間に暗くなり、海鳴りが起こる。嵐の到来に海は荒れ狂う。一人海辺に残されたブランドの前にオンディーヌが現れる。涙にくれるオンディーヌの前に跪き、悔恨の念に貫かれるブランド。オンディーヌの優しい口づけはブランドの命を奪い、ブランドはオンディーヌの腕に永遠に抱かれるのだった。

エピローグ
海は今日も優しくゆらめく。

london1210b03.jpg Photo:Martin Bell

9月13日(木)に昼夜2公演を鑑賞した。
昼はオンディーヌを若手のハナ・ベイツマン、貴公子ブランドにハヴィエ・トレ、夜の部はオンディーヌ役をベテランのマーサ・リーボルト、ブランドをトバイアス・バトリー、ブランドの婚約者は昼夜共にドレダ・ブロウが踊った。
バレエ団はリーズ市のグランド・シアターを本拠地とするが、今回はウェスト・ヨークシャー・プレイハウスという小劇場を使っての公演であった。円形舞台をすり鉢状に客席が囲むプレイハウスでのこの作品の上演は、観客がダンサーを見下ろすことで、観客を上手に海上や海の底での出来事に誘導する視覚的効果を醸していた。
ニクソンの振付は、人間で貴族であるベアトリスにはトウ・シューズを履かせ、水の精であるオンディーヌはバレエ・シューズで踊らせることで、観客に2人の存在の違いを揶揄している。
衣装やセットはミニマルでありながら、海の波の映像を効果的に使うことで、このバレエに夢幻のような雰囲気を添え、プロローグと2幕の水の精男女が登場する場面がたいへん美しかった。

ダンサーとしては昼の部のベイツマンもフレッシュな魅力でオンディーヌらしかったが、夜の部を踊ったリーボルト(英国批評家賞、最優秀バレリーナ賞受賞)の表現力が白眉で、相手役のバトリーも貴公子ブランド役がたいへん良く似合った。
ニクソンは男女群舞の振付も巧みで、騎士であるブランドの仲間3人が勇壮なソロを踊る。昼の部では今年ロイヤル・バレエ・スクールから入団したショーン・ベイツが、夜の部ではケヴィン・パンが観客の目を奪った。
特にパンは昼の部で群舞の一員として舞台に出ているだけでも他から抜きん出た存在感と、シャープなダンス技術と品性の良さで目を惹く存在である。今後ますますの活躍を期待したい。

バレエ団は来年3月にニクソン振付『華麗なるギャッツビー』を世界初演する予定。来年2月はBRBがビントレーの『アラジン』をイギリス初演することもあり、イギリスのバレエ関係者とファンはこの2つの作品に今から大いに関心を寄せている。
(2012年9月13日昼・夜 リーズ市 ウェスト・ヨークシャー・プレイハウス)