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アンジェラ・加瀬 text by Angela Kase 
[2012.09.10]

シーズンの最後のトリプル・ビル「誕生日の贈り物」「田園の出来事」「結婚」

The Royal Ballet 英国ロイヤル・バレエ
Birthday Offering, A Month in the Country by Sir Frederick Ashton, Les Noces by Bronislava Nijinska
フレデリック・アシュトン振付『誕生日の贈り物』『田園の出来事』ブロニシスラワ・ニジンスカ振付『結婚』

ロイヤル・バレエは6月30日〜7日までシーズン最後のトリプル・ビルを2配役5公演した。
2011・12シーズンをもって芸術監督を勇退したモニカ・メイスンは、退任に先立ってのトーク・イベントで「自分が現役時代のロイヤル・バレエは、古典バレエの全幕作品と共に常に興味深いトリプル・ビル(3つの作品からなる小品バレエの夕べ)を上演していた」と語り、異なる作品世界と舞踊言語で観客を楽しませる小品集を上演する重要性について語った。
ロイヤル・バレエといえば、バレエ団の黎明期にド・ヴァロワとアシュトン、その後にはクランコやマクミランも加わり、彼ら4大巨匠が自らの創造性と手腕を競ったバレエ団であった。今見ても色あせぬ作品の数々が世界初演された当時、それを目の当たりにしたバレエ・ファンの驚きや感動は、一体どのようなものであったのだろうか。
メイスン芸術監督時代最後のトリプル・ビルに選ばれた作品は、アシュトン振付『誕生日の贈り物』と『田園の出来事』、ニジンスカ振付『結婚』の3作。

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7月4日と6日の公演を鑑賞した。
『誕生日の贈り物』は(ロイヤル・バレエの前身)サドラーズ・ウェルズ・バレエの設立25周年を祝うガラ公演(1956年5月5日)で世界初演された作品。マーゴ・フォンティーンとマイケル・ソムズを中心に、当時のバレエ団の7人のスター・バレリーナと男性舞踊手が個性と技量を奮い競演した作品である。
作品は7人のバレリーナが踊るヴァリエーションに始まり、7人の男性ダンサーによる勇壮なマズルカ、フォンティーンとソムズが踊ったパ・ド・ドゥ、そして7組のダンサーによるフィナーレで締めくくられる。
初演当時ヴァリエーションを踊ったのは、エレイン・フィフィールド、ロウェンタ・ジャクソン、スヴェトラーナ・ベリオソヴァ、ナディア・ネリナ、ヴィオレッタ・エルヴィン、ベリル・グレイ、トリは当時ロイヤル・アカデミー・オヴ・ダンスの総裁に就任したばかりのマーゴ・フォンティーンがつとめた。
今回の再演は、作品リバイバルのスポンサーとなったロイヤル・バレエ(およびロイヤル・オペラ)の愛好家たちによるコベント・ガーデン友の会が、会の発足50周年を祝したもの。
イギリスのバレエ関係者と古参のロイヤル・ファンは、公演プログラムに第1、第2と記される7つのバリエーションを今も世界初演したバレリーナの名前で呼ぶ。

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7月4日の配役は、第1のフィフィールドを崔由姫、第2のジャクソンをラウラ・モレーラ、第3のべリオソヴァをサラ・ラム、第4のネリナをロベルタ・マルケス、第5のエルヴィンを小林ひかる、第6のグレイをヘレン・クローフォード、第7のフォンティーンをタマラ・ロホが、男性主役(マイケル・ソムズ)はフェデリコ・ボネッリがつとめた。
6日は第3のベリオソヴァをイッツァー・メンディザバル、第5のエルヴィンをクローフォード、第6のグレイをサラ・ラム、フォンティーン役はマリアネラ・ヌニェズ、男性主役はティアゴ・ソアーレスであった。
2配役とも見ごたえがあったが、主役男女についてはロホのバランス能力とスター性、ボネッリの貴公子ダンサーとしての技量が冴えた4日により大きな充実が見受けられた。
他6人のバレリーナの中では、崔の可憐さ、モレーラの音楽性とシャープなフット・ワーク、ラムの優美、小林の存在感、マルケスの跳躍が印象に残った。
7人の男性の内、主役のソムズ役を除く6人は両日アレクサンダー・キャンベル、リッカルド・セルヴェーラ、ヴァレリー・フリストフ、ブライアン・マロニー、ジョナサン・ステパネク、トマス・ホワイトヘッドがつとめた。

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19世紀のロシアの上流階級の夏の別荘での出来事を描いたツルゲーネフの戯曲を元に、アシュトンが76年に振付けた『田園の出来事』は、ギエムが昨年「シルヴィ・ギエム・オン・ステージ」や05年に「愛の物語」で取り上げ上演しているので、日本のファンにも馴染みの深い作品であろう。
8人という限られた登場人物、上演時間44分という小品ながら、演舞に優れたプリンシパルやソリストが揃えば、観客に物語バレエの全幕に匹敵する感動をもたらす。
女性主役ナタリア・ペトロヴナは、女優バレリーナでたいへんな存在感とスター性の持ち主であったリン・シーモア、家庭教師のベリャーエフは美しいラインと節度、演技派ダンスール・ノーブルとして知られたアントニー・ダウエルが世界初演している。

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今回のリバイバルは当初ゼナイダ・ヤノースキーとルーパート・ペネファーザー、アリーナ・コジョカルとセルゲイ・ポルーニンの2組が予定されていたが、今年初めのポルーニンの出奔によりコジョカルの相手役をフェデリコ・ボネッリがつとめることになった。
4日はヤノースキーのナタリア・ペトロヴナとペネファーザーのベリャーエフ、ソーンダースの夫、ベリャーエフと共に密かにペトロヴナ夫人を愛するラキーティンにエイヴィス、養女のヴェラをエマ・マグワイアー、息子のコーリャをルドヴィック・オンデヴィエラ、女中のカーチャはシャーン・マーフィーが、6日はコジョカルとボネッリを中心に、夫をハウエルズ、ラキーティンをステパネク、ヴェラをイオナ・ルーツ、コーリャをポール・ケイ、カーチャはターラ・ブリジット・ブハヴナニが踊った。
ヤノースキーは、美貌の女主人という役柄がたいへん良く似合い、自分に思いを寄せるラキーティンをからかう様子、一人になるとまるで少女のようにペネファーザーのベリャーエフを想い煩う姿が瑞々しかった。ベリャーエフと相思相愛である事の発露を冗談めかして取り繕う姿にも貴族階級の夫人らしい優雅と余裕がうかがえた。
ペネファーザーはロイヤル・バレエのダンスール・ノーブルらしい節度を持ってアントニー・ダウエルが世界初演したベリャーエフ役を演じ踊った。悲劇が似合うダンサーだが今回のヤノースキーとの共演は『マノン』でサラ・ラムと踊った時ほどの化学作用が起こらなかった。故障により『パゴタの王子』を降板した直後であったのだから、まだ100パーセント復調してはいなかったのかもしれない。
ソーンダースの夫、エイヴィスのラキーティンは作品を引き締め、マグワイヤーのヴェラ、少年らしいオンデヴィエラのコーリャも作品に花を添えた。
女性として熟した貴婦人とその息子の若き家庭教師という設定を演じ踊る事は、少女のような容姿のコジョカルと実年齢でコジョカルよりいくつか年上のボネッリには試練であったかもしれない。
だがこの2人の間にはヤノースキー、ペネファーザー組以上に、許されぬ愛への苦悶や、人目を偲んでの豊かな愛の交流が見て取れた。
ハンブルグ・バレエにたびたび客演しノイマイヤー作品に挑戦することで、女優バレリーナとして更なる成長を遂げたコジョカル、イタリア人であるボネッリ演ずるベリャーエフには人柄の良さや暖かさがあふれ、コーリャに見せる優しい眼差しや態度には「この作品の女性登場人物の全てが彼に恋してしまうのも無理はない」と観客を納得させるだけの誠があった。
ヴェラに扮したルーツ、コーリャ役のケイは、それぞれ闊達なソロを踊って印象に残ったし、ラキーティンを伊達に演じてみせたステパネク、退屈な夫イスラエフに扮したハウエルズの役作りも興味深かった。

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ニジンスカ1923年振付作品『結婚』は、いつ見ても新鮮であり、その構築性やダンス言語の豊かさに振付家の知性を感じる傑作である。
男女の群舞が飛び跳ねる場面は、振付家の兄ニジンスキーによる原点版『春の祭典』を彷彿とさせもするが、『結婚』の群舞による舞はより深遠にして静謐、かつ洗練されている。
4日は花嫁役をクリスティーナ・アレスティス、花婿を平野亮一が、6日は花嫁をクリスティン・マクナリー、花婿はヴァレリー・フリストフがつとめた。
2人の両親には両日ジェネシア・ロサート、アリステア・マリオット、エリザベス・マクゴリアン、ギャリー・エイヴィスが扮した。
主役とソリスト、群舞のダンサーが一丸となって見せる視覚的なフォルムの妙が作品の最も大きな魅力となっている。
主役2キャスト、両親役のベテラン・ダンサー達、そして花婿の友人を踊ったセルヴェーラ、マロニー、蔵健太らの好演が光った。
バレリーナとしてロイヤル・バレエに入団してから芸術監督を勇退するまで50年のキャリアを持ち、バレエ団の小品を知りぬいたメイスンならではの選択眼の確かさに唸らされた夜であった。
(2012年7月4日、6日 ロイヤル・オペラ・ハウス。3日午後の最終ドレス・リハーサルを撮影)

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写真に登場するダンサーたち 
『誕生日の贈り物』
第1ヴァリエーション 崔由姫、第2ラウラ・モレーラ、第3 イッツアー・メンディザバル、第4 ロベルタ・マルケス、第5 小林ひかる、第6 サラ・ラム、第7 マリアネラ・ヌニェズ、パ・ド・ドゥ=マリアネラ・ヌニェズ ティアゴ・ソアーレス
『田園の出来事』
ナタリア・ペトロブナ/アリーナ・コジョカル、ベリャーエフ/フェデリコ・ボネッリ、コーリャ/ポール・ケイ、ヴェラ/イオナ・ルーツ、イスラエフ(夫)/ジョナサン・ハウエルズ、ラキーティン/ヨハネス・ステパネク、カーチャ(女中)/タラ・ブリジッド・ブハヴナニ
『結婚』
花嫁/クリスティン・マクナリー、花婿/ヴァレリー・フリストフ他