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アンジェラ・加瀬 text by Angela Kase 
[2012.09.10]

勇退する芸術監督モニカ・メイスンがバレエの将来に夢を託した3部作世界初演

The Royal Ballet 英国ロイヤル・バレエ  
Metamorphosis Titian 2012 - A colaboration with the National Gallery
「Machina 」 by Wayne McGregor, Kim Brandstrup,「Trepas 」by Alastair Marriot, Christopher Wheeldon, 「Diana & Acteon」by William Tucket, Johathan Watkins, Liam Scarlet
「メタモルフォーシス ティツィアーノ 2012」
『マッキナ』=ウェィン・マクレガー、キム・ブランドストラップ振付 『トレパス』=アリステア・マリオット、クリストファー・ウィールドン振付 『ダイアナとアクティオン』=ウィル・タケット、ジョナサン・ワトキンス、リアム・スカーレット振付 

ロイヤル・バレエは7月14日〜20日まで2011・12シーズン、およびモニカ・メイスン芸術監督時代の最後を飾る新作「メタモルフォーシス ティツィアーノ 2012」を4公演行った。
これはトラファルガー広場(ロイヤル・オペラ・ハウスから徒歩15分ほどの場所)に建つナショナル・ギャラリー(国立美術館)とのコラボレーションの一環として企画・製作・世界初演されたもの。
この夏のオリンピックとパラリンピック開催地に選ばれたロンドンは、世界中から集まる関係者や観光客のために「ロンドン2012フェスティバル」という総称のもと、様々なアートやパフォーマンス・イベントを企画・開催した。
「メタモルフォーシス ティツィアーノ 2012」も「ロンドン2012フェスティバル」のイベントの1つである。
これはイタリア・ルネッサンスの巨匠画家ティツィアーノが、古代ローマの詩人オヴィドの詩「メタモルフォーセス」を基に描いた「ダイアナとカリスト」「ダイアナとアクティオン」「アクティオンの死」という3枚の絵が、18世紀以来久しぶりに3枚一緒に展示されることを記念し、現代美術家、作曲家、振付家や詩人が3枚の絵にちなんだ創作活動を行う企画。
ナショナル・ギャラリーでは7月11日〜9月23日まで「メタモルフォーシス ティツィアーノ 2012」という入場無料の展覧会を開催し、3枚の絵を展示すると共に、美術家による絵やオブジェ、舞台背景のミニチュア各種、詩人たち自らが自作の詩を朗読する映像やバレエの創作過程の映像展示を行った。
ロイヤル・バレエはバレエ団ゆかりの7人の振付家が振付を、また3人の現代美術家に背景や衣装を、3人の作曲家に新作のスコアを依頼し、彼らが3枚の絵からインスピレーションを得て創作した『マッキナ』『トレパス』『ダイアナとアクティオン』という3部作を世界初演した。

london1209a04.jpg Photo/Angela Kase

7月16日の2度目の公演の模様は、トラファルガー広場の特設スクリーンに生中継され、夏の夜に屋外のスクリーンでバレエを観たいというバレエ・ファンから、普段はオペラ・ハウスに足を運ぶことも稀であろう外国人観光客らを多数集めて上映された。
モニカ・メイスンは芸術監督退任にあたり、ロイヤル・オペラ・ハウス(ROH)とロイヤル・バレエの関係者に「現役時代の代表作を現在のロイヤル・バレエのスターが踊る趣向のガラ公演を行ってはどうか?」と持ちかけられたが、「自分は過去を振り返ることには興味がない。バレエの将来により強い関心を持っている。」と断り、ユニークなコラボレーションである「メタモルフォーシス ティツィアーノ 2012」の実現に力を注いだという。
当初「3枚の絵にちなんだバレエ」ということで、バレエ団ゆかりの「3人の振付家」=現常任振付家のウェイン・マクレガー、過去に常任振付家をつとめたデイヴィッド・ビントレー、そしてバレエ団出身で現在世界的な活躍をするクリストファー・ウィールドンに企画を持ちかけたが、ビントレーより「バーミンガム・ロイヤル・バレエ団と新国立劇場バレエ団の芸術監督として忙しいため、創作にさく時間がない」と断られた。
「それなら3人ではなく、自分の芸術監督時代にバレエ団に新作を提供してくれたすべての振付家にこの企画を依頼しよう」と、マクレガー、ウィールドンの他、キム・ブランドストラップ、ウィル・タケット、アリステア・マリオット、ジョナサン・ワトキンス、リアム・スカーレットらに声をかけ、3部作を共作させることにした。
驚いたのは振付家たちである。特にタケットは(これまで常に1人で1つの作品を振付けてきたのに)「どうやって(ワトキンスやスカーレットと)3人で1つの作品を作れというのか?」という疑問を寄せたという。
タケットの問いにメイスンは「ジョナサン(ワトキンス03年入団)とリアム(スカーレット05年入団)は年が近いから上手くやれると思ったし、ウィル・タケットは彼らより一世代上の先輩として、若い2人の振付家を監督するような立場から創作を進められるのではないか、と思ったのよ。」と語っている。
作品上演前のトーク・イベントでの振付家たちのインタビューや、作品製作過程とバレエの世界初演を収めたBBCのテレビ・ドキュメンタリー、ナショナル・ギャラリーの展覧会の映像展示を見る限り、『マッキナ』を振付けたマクレガーとブランドストラップは作品を2分した。バレエの前半でベンジャミンとアコスタが踊るデュエットをブランドストラップが、後半のロホとワトソンのデュエットをマクレガーが振付けた。『トレパス』を共作したマリオットとウィールドンは「それぞれパ・ド・ドゥを1つずつ作ろう」と話し合い製作を進めたという。タケット、ワトキンス、スカーレットの3人もメイスンの想いとは別に、1人の振付家が作品の1つの場面を振付け、それをつなぎ合わせることで「ダイアナとアクティオン」を完成させた。

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7月16日の公演を観る。
作品の幕開けはマクレガーとブランドストラップ共作の『マッキナ』。舞台の上手後方に金属で作られた巨大なオブジェが登場する。オブジェにはリモートコントロールで動くアームがあり、その先端にはライトを発する照明装置がついている。パフォーマンス中、このアームが音を立ててうごめき、前後左右そして後方からダンサーを照らし出す。
このオブジェを作ったのは現代美術家のコンラッド・ショーケースである。
「50頭の狩猟犬を率いて狩りに出たアクティオンは、偶然女神ダイアナが水浴している姿を見てしまう。怒った処女神はアクティオンを鹿の姿に変える。鹿となったアクティオンは自らの猟犬に噛み殺される」という神話から、ショーケースはダイアナを象徴するオブジェ=マッキナを作ることを思いついたという。ショーケースの構想では、オブジェは雄鹿となったアクティオンを追い、支配する女神そのものなのだという。
作品の前半のデュエットを踊ったのはベンジャミンとアコスタ。跳躍や旋廻など煌びやかな技巧を見せる作品ではなく、ゆったりとしたムーヴメントとベンジャミンの身体とのコンタクトを中心としたブランドストラップの振付を踊るアコスタはたいへん凡庸に見え、古典のみならず現代作品を得意とするベンジャミンとのパートナーシップもまた映えなかった。
後半のロホ、ワトソン組は、ロホ=ショーケース作のオブジェ=アクティオンを追い詰める怒れる処女神ダイアナ、ワトソン=アクティオンとして見るとたいへん見ごたえがあった。
スター性の強いロホは男性を惹きつける女神そのものであったし、ワトソンは水浴をしているダイアナを偶然目にし、その魅力に静かに支配されてゆくアクティオンが似合った。ワトソンの柔軟な四肢がオブジェの照明に映し出されて暗闇の中にぼんやりと浮かび上がる様子もたいへん美しかった。

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3部作の中で、私が気に入ったのは第2部の『トレパス』である。
処女神ダイアナは、狩猟の女神、そしてまた月の女神でもある。「トレパス」ではダイアナが月の女神であることに焦点をあて、スティックス・ブルネルとラムの衣装には、イタリアのシエナ大聖堂のピッコロミニ図書館床のタイルの三日月のデザインからアーティスト、マーク・ウォリンジャーがインスピレーションを得てデザインしたモチーフがついている他、サラ・ラムとスティーブン・マックレーが踊るデュエットは振付家ウィールドンが語るところによると、月の満ち欠けを表現しているのだという。
衣装や装置が美しく、主役男女のパ・ド・ドゥも洗練されており、群舞のパフォーマンスも楽しめる。美的にしてミステリアス、バレエとしてまた総合芸術として大きな魅力を持った作品である。
冒頭でネマイア・キッシュとベアトリス・スティックス・ブルネルが登場した時、スティックス・ブルネルのスター性の強さに、まるで平手打ちを受けたようなショックさえ覚えた。弱冠19歳、コールド・バレエの踊り手でありながら『トレパス』を踊る姿には、大女優のような存在感と年齢にそぐわぬ大人の女の魅力や色香が漂う。『不思議の国のアリス』『パゴタの王子』と全幕作品への抜擢が続いたのもうなずけるたいへんな逸材である。長身で品格高く落ち着いた雰囲気を持つキッシュとは似合いのペアである。
サラ・ラムとスティーブン・マックレーは、ウィールドン振付によるデュエットを踊った。月の満ち欠けを表現しているという冒頭の部分は、片手倒立したラムをマックレーが支え静かに回転した後、マックレーの腰に手を置きブリッジの姿勢を取るラムをマックレーが支え回転するという、非常に難易度の高い振付に始まり、その後アップテンポの音楽にのって2人が跳躍など軽快な振付を披露する流れ。小柄で腕力に欠けるマックレーは、冒頭のサポートやリフトに苦戦したが、アップテンポになってからは音楽性とダンス・テクニックが光り、ラムと共に作品を好演した。
男女群舞をバックに美とひそやかな色香を放ったのはメリッサ・ハミルトンである。2010・11シーズンで『マイヤリング』のマリー・ヴェッツラでデビュー、2011・12シーズンではジュリエット役にもデビューした美貌のバレリーナである。たいへん柔軟な身体を持ち、これまで現代作品では主としてマックレガー作品で活躍してきた。『トレパス』では、まるでスフィンクスのようなポーズで作品と群舞に君臨し、観客を魅了した。
バレエ団の3人の美貌のバレリーナ、ラム、ハミルトン、スティックス・ブルネスの魅力を余すところなく伝え、キッシュ、マックレーら男性プリンシパルから、トルーゼンヒミエッヒ、ズケッティ、ダイアー、アーロン・スミスら精鋭の若手男性も群舞で活躍。『トレパス』には、関係者やバレエ・ファンに「また観たい」と思わせる魅力があふれていた。将来単独で再演されるチャンスを待ちたい。

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作品の最後を飾ったのは『ダイアナとアクティオン』。3つのうち唯一の物語バレエである。猟犬を連れて狩に出たアクティオンが偶然、女神ダイアナの水浴を眼にしたことから、鹿に姿を変えられ自らの猟犬に殺されるまでを描いた作品。
冒頭でダイアナ役のマリアネラ・ヌニェズが水色のガウンをまとって舞台に登場する。その後、ガウンを脱ぎ水浴を示唆する場面に移る。ガウンの下は朱色と金の総タイツ。顔には金や鮮やかな青を使ったアイメイク。
この作品のセットや衣装デザインを担当したのは現代美術家クリス・オフィリー。熱帯雨林のような色とりどりの背景で、ダンサーたちを彩り観客を夢幻の世界に誘った。
狩人アクティオン=フェデリコ・ボネッリは、ダイアナを目にすると、ティツィアーノによる同名の絵そのままに、やや上半身を反らして女神の裸身と美に打たれる姿を表現する。
女神ダイアナと若くハンサムな狩人アクティオンの出会い。抗いがたい魅力の女神を目にし、心を奪われるアクティオン。2人のパワープレイがうかがわれるデュエット。突然の闖入者に怯えるニンフたちとアクティオンの猟犬達による群舞。雄鹿に変えられ自らの猟犬に噛み殺されたアクティオンの死体の前で勝ち誇ったように佇むヌニェズの姿を残してバレエは幕となる。

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ヌニェズの女神ダイアナは、アマゾネスのような存在感と観る者を呪縛してやまない大人の女の魅力で圧倒的な印象を残した。古典バレエより現代作品が似合うバレリーナだけに、この作品を得た事は彼女のキャリアの中でも大変幸運な出来事であったと思う。
ボネッリは登場直後から狩人としての勢いを演舞でよく体現。また優れたパートナーリングで大柄なヌニェズを良く助けた。
狩の一行には 崔由姫、クレア・カルヴァート、リッカルド・セルヴェーラ、ダヴィッド・トルーゼンヒミエッヒら優れたソリストが配役されたものの、この場面を担当した振付家の技量不足により充分その魅力を発揮させてもらえずに終わったようだ。
狩の一行に対して、ディエドル・チャップマン、ヘレン・クローフォード、トマス・ホワイトヘッド、蔵健太、ブライアン・マロニーら実力派が扮した猟犬たちは、作品の中でよりよく生かされ、振付や個々のダンサーの表現力もあいまってたいへん印象に残った。
メイスンが実現に力を注いだ「メタモルフォーシス ティツィアーノ 2012」は、ロホ、ワトソン、スティックス・ブルネル、ラム、ハミルトン、キッシュ、マックレー、ヌニェズ、ボネッリら、バレエ団のスターを輝かせ、また7人の振付家と3人の現代美術家、音楽家など多くのクリエーターに作品発表のチャンスを与えた。
バレリーナとしてロイヤル・バレエの歴史上全ての芸術監督を知り、巨匠振付家の創造の場にいたメイスンは、バレエの将来のためには振付家の発掘や育成が必須であると、若手振付家に作品創作と発表のチャンスを与え続けた。
メイスン退任前に、このような優れたコラボレーションを目にする事が出来た我々は幸運であった。そして創作のチャンスを与えられたアーティスト、新作に実力を発揮するチャンスに恵まれたダンサー達もまたしかりである。バレエの将来に夢を託したメイスンの信念と勇断に心から感謝したい。
(2012年7月16日 ロイヤル・オペラ・ハウス。7月13日夜の最終ドレス・リハーサル(非公開)を撮影)

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写真に登場するダンサーたち
『マッキナ』タマラ・ロホ、エドワード・ワトソン
『トレパス』ベアトリス・スティックス・ブルネル、ネマイア・キッシュ、サラ・ラム、スティーブン・マックレー、メリッサ・ハミルトン
『ダイアナとアクティオン』マリアネラ・ヌニェズ、フェデリコ・ボネッリ