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アンジェラ・加瀬 text by Angela Kase 
[2012.08.10]

オリンピックを題材としたビントレー世界初演作とアシュトン『真夏の夜の夢』

Birmingham Royal Ballet バーミンガム・ロイヤル・バレエ
Faster, Higher, Stronger by David Bintley『ファースター、ハイヤー、ストロンガー』
The Dream by Frederick Ashton『真夏の夜の夢』

BRBシーズン最後の本拠地公演第2週は、6月27日〜30日までデイヴィッド・ビントレーがロンドン・オリンピックを記念し、五輪の3大スローガンをタイトルに振付た新作『ファースター、ハイヤー、ストロンガー』の世界初演を中心に、昨年の日本公演でも披露されたフレデリック・アシュトン振付『真夏の夜の夢』とジョー・レイトン振付『ザ・グランド・ツアー』を計6公演を行った。
今月号ではビントレーの新作と『真夏の夜の夢』の公演を全キャストでレポートし、『ザ・グランド・ツアー』については秋のロンドン公演の様子を11月更新号で『ファースター、ハイヤー、ストロンガー』世界初演の6月27日と28日(昼夜)の3公演を鑑賞した。

london1208b1_01.jpg 撮影/Angela Kase

ビントレーによる新作『ファースター、ハイヤー、ストロンガー(早く、高く、強く)』は一部Wキャストで、27日はイアン・マッケイ、エリーシャ・ウィリス、アンブラ・ヴァッロ、ジェイミー・ボンド、ジョセフ・ケイリーら5人のプリンシパルを中心に計21人のダンサーによって世界初演された。
本国イギリスでビントレー作品が世界初演されるのは、2010年11月の新『シンデレラ』以来。今回はロンドン・オリンピックに先駆けて五輪をテーマにした新作ということで、関係者からファンまでが熱い期待を寄せていた。
通常BRBでは新作初演前にバレエ団HP上で、ビントレー本人が作品の進行状況を紹介するビデオ・ダイアリーを公開して作品を紹介。音楽や衣装・セットについての詳細も垣間見れるのだが、今回は動画による紹介がなく、作品と衣装についてほんの少しの解説があったのみ。だからこそ世界初演当日とその後の新聞評にイギリス中のバレエ・ファンが注目した。
作品は21人のダンサーが2種類かそれ以上のオリンピック・アスリートに扮する趣向。中心となるペアが踊るデュエットの一つに漠然とした物語がある他ストーリーはなく、フェア・プレーの精神のもと限界に挑戦するオリンピック・アスリートの姿を描いている。

初日に中心になるペアを踊ったのは、『遥か群衆を離れて』に続いてウィリスとI・マッケイ。このペアが踊る場面の一つに怪我をしたアスリートを描いたシーンがある。ウィリスは怪我をした女性アスリートの苦悩を過不足なく表現し作品に深みを与えた。
作品のほとんどの場面が暗い照明の元、披露された中、唯一明るい照明をしょって白い衣装で清々しく登場したのが3人の体操選手たちで、初日はヴァッロとボンド、未だ群舞のメンバーながらバレエ団期待の新人ウィリアム・ブレイスウェルが、翌日はJ・ロバーツ、F・キャンベルとモンティスの3人がつとめ、美しいポーズやムーブメントの数々と超人的なリフトやパートナーリングを見せた。
ビントレーの美意識の高さが最もうかがえたのが、この体操選手たちと4人のフェンシング選手、4人の水泳選手たちがつむぐムーブメントの数々である。
初日にフェンシング選手を踊ったのはレボビッツ、ロッサルド、ミラー、ポール、連日水泳選手に扮したのはナイト、マシューズ、C・ロバーツ、ジャンという美しいバレリーナたち。
ダイナミックな跳躍の数々と音楽性を奮って連日バスケット・ボール選手を踊ったのは、バートン、周、ディングマン、ティルの男性4人組。前の週に『遥か群衆を離れて』のガブリエル・オークを踊って好調の波に乗るディングマン、シーズン初めの移籍以来、何を踊っても関係者の期待以上のパフォーマンスを見せる周による跳躍やムーブメントに観客が沸いた。
作品の冒頭で全アスリートの中心に位置し、勇壮なポーズの数々を披露するアーチェリー選手(男性)には、初日にケイリー、翌日に曹馳(ツァオ・チー)が、女性2名は連日ダウンズとマールが扮し、ポーズ以外にも息の揃った跳躍を披露した。
たった一人競歩の選手に扮し、連日コミカルな姿で観客を笑わせたのはR・マッケイ。
作品後半では21人のダンサーがランナーとなって舞台を縦横無尽に走り、記録と自らの限界に挑む姿を描く。
多数のダンサーがアスリートに扮し舞台を駆け巡った後、一人スポットライトを浴びてスタートラインにつくのはプリンシパルのI・マッケイ。(セカンド・キャストはシングルトン)I・マッケイのフェア・プレーの精神が宿る明るい瞳と彼のスター性や肉体美が一際映えた後、舞台は暗転して幕となる。たいへんドラマティックでロンドン・オリンピックに大きな期待を持たせるエンディングであった。

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london1208b1_07.jpg 撮影/Angela Kase london1208b1_08.jpg 撮影/Angela Kase london1208b1_10.jpg 撮影/Angela Kase
london1208b1_03.jpg 撮影/Angela Kase london1208b1_11.jpg 撮影/Angela Kase

イギリスではこの夏オリンピックをテーマにした2つのバレエが世界初演された。ビントレーによる『ファースター、ハイヤー、ストロンガー』とマシュー・ハート振付『神々に捧げる競技』である。ハート作品は、7月中旬にロイヤル・オペラ・ハウスで行われたロイヤル・バレエ・スクールによる学校公演でお披露目されている。
『神々に捧げる競技』は古代オリンピックをテーマに、バレエ・スクールの初等科生徒がギリシャの神々や競技者に扮して多数出演。美しい作品に仕上がってはいたものの、作品が冗長でアンチ・クライマックスに終わっていたことが残念であった。
一方ビントレーによる『ファースター、ハイヤー、ストロンガー』は、それぞれのアスリートによるポーズやムーブメントの数々場面が印象的で、観客に「また観たい!」と思わせる魅力がある。
ベックス・アンドリュースによる衣装も洗練されており、マシュー・ヒンドソンによる音楽、ピーター・マンフォードによる照明も効果的で、ビントレーと優れたコラボレーションを見せている。10月のロンドン初演も楽しみである。
イギリスのバレエ関係者が多数ヒポドローム劇場に集った「バレエ小品集」初日の27日に『真夏の夜の夢』を主演したのは、佐久間奈緒と曹馳(ツァオ・チー)のペア。
曹と佐久間は、バレエ団の春のロンドン・シーズンでも『コッペリア』の初日を務め、ロンドンでは久しぶりに全幕で共演。素晴らしいパートナーシップを披露して関係者より高い評価を受けた。だが曹はロンドンに先立つ地方公演以来、足の不調に悩まされており、毎年5月に行われるスプリット・ツアーでも、佐久間と『ドン・キホーテ』を踊るはずが降板し、サマーシーズン主演の可能性についても心配されていた。相手役の佐久間も『真夏の夜の夢』初日直前に首の問題が再発。2人ともベストとは程遠い体調であったが、事情を知らぬ関係者やファンにいつも通りの優れたパフォーマンスを披露し踊り手とペアとしての充実を印象付けた。
28日昼にこの作品を主演したのはE・ウィリスとジョセフ・ケイリー。ケイリーについては3月に「NHKバレエの饗宴」で吉田都と同作品のパ・ド・ドゥを踊った姿をご覧になった読者も多いことであろう。
10代の少年のようなケイリーの容姿は、たとえば『遥か群衆を離れて』のガブリエルのような役を踊るような場合災いするのだが、妖精王オベロン役では彼の持つ容姿や技が大いに映えるため、デビュー以来ケイリーの当たり役になっている。数年前ロイヤル・バレエ・スクール(RBS)が夏の学校公演で同作品を上演する直前にオベロンを踊るはずの生徒が怪我をした。その際,ゲイリーン・ストック校長に請われ、母校に戻ってオベロンを踊り救世主となったのもケイリーであった。28日昼も落ち着いたパートナーリングでウィリスを良く助け、またソロでは優美な腕使いや流麗なピルエットの6回転を見せるなど好演し、観客にプリンシパルとしての成長を印象付けた。

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28日夜の公演でナターシャ・オートレッドを相手役にオベロン・デビューしたのは、入団2年目にして弱冠20歳のウィリアム・ブレイスウェルである。ランク的にはコール・ド・バレエのダンサーとはいえ、2010年のユース・アメリカ・グランプリのグランプリ受賞者で、RBS卒業後、鳴り物入りでBRBに入団している。
長身で長い手脚に高い足の甲というバレエ・ダンサーとして理想的なプロポーションを持ち、将来イギリスの貴公子ダンサーの系譜にその名を連ねるであろうエレガンスと節度あるステージ・マナーを備え、またRBS時代よりパートナーリングにも秀でた逸物である。
入団初年の先シーズン夏にビントレーの『アレグリ・ディベルシ』(昨年8月号でご紹介)に抜擢された他、今年は曹馳が降板した5月のスプリット・ツアーで佐久間奈緒と『ドン・キホーテ』のパ・ド・ドゥを踊り関係者やファンより高い評価を得ていた。今回のオベロン・デビューは今年初めの怪我以来休養を取っているセザール・モラーレスの不在を埋めるための抜擢である。
アントワネット・シブレーとアントニー・ダウエルが世界初演した『真夏の夜の夢』といえば、振付家フレデリック・アシュトンの美意識が最も顕著にうかがえる作品の一つ。RBとBRBの代表的な演目でもあり、多くのダンサーが主役を踊るを憧れ夢見るバレエである。
だがオベロンついていえば、ソロを踊っている最中に身体に纏う薄物が頭飾りに絡まる、パ・ド・ドゥでティターニアの衣装や鬘に絡みつくなど、上演中のアクシデントも多く、ベテランになっても主演中は一時も気を抜くことが許されない。またBRB版はRB版より一層照明が暗いため、ダンサーたちでも足元がよく見えず危険も多いと聞く。
ブレイスウェルは、まず27日午後のゲネプロに相手役のナターシャ・オートレッドと登場。大いに健闘したがパ・ド・ドゥの最後で頭飾りとオートレッドの衣装が絡まるハプニングに見舞われた。当日はパック役の周子超(ツ・チャオ・チョウ)もソロの途中で頭飾りが取れるなど、主役・準主役ダンサーにアクシデントが多発した。

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28日夜は、バーミンガムとその周辺都市やロンドンからブレイスウェルのデビューを一目見ようという熱心なファンが多数駆けつけ、またバレエ団付属校であるエルムハースト・スクールの高等科男子生徒たちも劇場に集結。観客の期待と不安が入り混じる中、幕が上がった。
その夜舞台に登場したブレイスウェルは前日の午後のゲネプロとはまるで別人。妖精の女王ティターニアや悪戯者パック、2組の恋人たちハーミアとライザンダー、ヘレナとディメトリウスら作品の登場人物すべてを俯瞰的に見て、それらを統べる妖精王としての存在感にあふれていた。
薄暗い舞台空間に彼の長い手脚が描く美しいライン、力まずに佇みながら、それでいて要所要所で披露するバランスの強さ。若い踊り手だけが持つ清廉な色気が舞台に発散され、瞬く間にヒポドローム劇場に集った観客を魅了した。ソロやパ・ド・ドゥ、演舞にも一切破綻はなく、アクシデントとも無縁で、初共演のオートレッドと共に物語を生きた。
オートレッドは通常『くるみ割り人形』の金平糖の精のような役を踊っても人間的な魅力にあふれ、それがチャーム・ポイントの一つとなっているが、ティターニアは手を伸ばせば消えてしまうような儚さとコケッティッシュな魅力に溢れ、前の週に演じた『遥か群衆を離れて』のヒロインとは全く異なる面を見せた。
周子超はやわらかい股関節が可能にするラインの美しさや高い跳躍で観客の目を釘付けにし、2組のカップルのうちヘレナとディメトリウスを演じたマールとボンドは、コミカルな演舞で、ハーミアとライザンダーを踊ったマシューズとロジャースは自然な演技と品性の良さで作品に彩を与えた。
初日のパックはディングマン、28日昼はバートンがつとめ、関係者や観客に男性陣の充実で知られるの魅力を大いにアピールして見せた。
イギリス国内ではオリンピックを前に聖火ランナーが主要都市や名所を駆け巡り、6月30日にはイギリス第2の都市であるバーミンガムに到着。当日、市とバレエ団を代表して屋外の特設ステージで『海賊』のパ・ド・ドゥを踊ったのは佐久間奈緒と曹馳(ツァオ・チー)であった。

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その後BRBは2011・2012シーズンをスペインでの海外公演で締めくくった。アルハンブラ宮殿中庭にて7月5日にピーター・ライト版『コッペリア』全幕を、7日にはビントレーの『テイク5』、ジョン・レイトンの『ジ・グランド・ツアー』とアシュトンの『真夏の夜の夢』による「バレエ小品集」を上演。世界遺産に集まった4000人の観客を夢の世界に誘った。『コッペリア』と『真夏の夜の夢』を主演したのは、佐久間奈緒と曹馳(ツァオ・チー)であった。
バレエ団では来シーズンからジェンナ・ロバーツがプリンシパルに昇進するほか、ディングマン、周、ポール、ロッサルドがファースト・ソリストに、バセルガ、パーキッス、バートン、カグイオア、ロジャースがソリストに、ブレイスウェル、マシューズら計6名がファースト・アーティストになることが決定している。
またスペインのコレーラ・バレエに移籍し活躍していた平田桃子がバレエ団に戻って来るほか、ローザンヌ国際バレエコンクールのスカラシップを使ってイングリッシュ・ナショナル・バレエ・スクールで学んでいた水谷実喜の入団も決まっており、古典の全幕作品が多い来シーズンの活躍が期待される。
(2012年6月27日28日昼・夜の3公演を鑑賞。写真は27日午後の最終ドレス・リハーサル)

写真に登場するダンサー
『ファースター、ハイヤー、ストロンガー』
曹馳、ジェンナ・ロバーツ、ビクトリア・マール、サマラ・ダウンズ、ジェイムス・バートン、周子超、マティアス・ディングマン、オリバー・ティル、ジェイド・ヒューセン、マウレイヤ・レボビッツ、レティシア・ロッサルド、アンジェラ・ポール、ファーガス・キャンベル、スティーブン・モンティス、セリーヌ・ギッテンズ、タイロン・シングルトン、イベット・ナイト、デリア・マシューズ、キャリー・ロバーツ、イージン・ジャン
『真夏の夜の夢』
ティターニア/ナターシャ・オートレッド
オベロン/ウィリアム・ブレイスウェル
パック/周子超
ボトム/ファーガス・キャンベル
ハーミア/デリア・マシューズ
ライザンダー/トム・ロジャース
ヘレナ/ビクトリア・マール
ディメトリウス/ジェイミー・ボンド