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アンジェラ・加瀬 text by Angela Kase 
[2012.07.10]

マクミラン版『パゴダの王子』16年ぶりのリバイバル上演で平野亮一が主演

The Royal Ballet  英国ロイヤル・バレエ団
The Prince of the Pagodas by Sir Kenneth McMillan
ケネス・マクミラン振付『パゴダの王子』

バレエ・シーズンも終盤にさしかかりダンサーはみんな疲弊し、いく人かのプリンシパル・ダンサーが怪我に倒れた。関係者やバレエ・ファンは往々にしてこのような時、代役として大抜擢を受け彗星のように舞台に登場した新人や中堅ダンサーによる感動的な舞台の目撃者となる。
From Londonでは今月号でロイヤル・バレエのアーティスト(コール・ド・バレエ)のベアトリス・スティックス-ブルネルとソリストの平野亮一による『パゴタの王子』のデビュー公演を、来月号ではバーミンガム・ロイヤル・バレエのアーティスト(コール・ド・バレエ)ウィリアム・ブレイスウェルによる『真夏の夜の夢』のオベロン・デビューを含むレポートをお届けし、日本の読者と感動を分かち合えればと思っております。
ロイヤル・バレエは6月2日〜29日まで、シーズン最後の全幕作品『パゴダの王子』を3配役、8公演を行った。
日本では最近、新国立劇場バレエがビントレー版を上演し話題になったが、ロイヤル・バレエ版は1989年に晩年のマクミランが振付けた作品。音楽はこのバレエのオリジナルであるクランコ版のためにベンジャミン・ブリテンが作曲したスコアが使われている。

london1207a09.jpg 撮影/ Angela Kase

1幕、老いて病の身にある皇帝は2人の娘に国土を分け与える。だがお気に入りのローズ姫により多くの国土を与えたことから、腹違いの姉エピーヌが激怒する。ローズ姫の婚約者であるハンサムな王子に呪いをかけサラマンダー(火トカゲ)に姿を変え、父である皇帝から王冠を奪い、求婚に来た4人の王を手下として宮廷を我が物とする。
ローズ姫は優しい道化に導かれ、4人の王(粗野な北の王、自分美貌にしか興味のないナルシストの東の王、脆弱でシニカルな西の王、粗暴な南の王)の魔の手をくぐりぬけ旅を続ける。そして道化の目隠しにより、サラマンダーから真実の姿に戻った愛しい王子とつかの間の甘い夢に酔いパ・ド・ドゥを踊る。だが目隠しをはずせばそこにいるのは婚約者とは似ても似つかぬサラマンダーがいるだけであった。王子の変わり果てた姿におののきながらも憐憫の情に心動かされたローズ姫はサラマンダーをかき抱き2幕の幕が降りる。
3幕、ローズ姫と道化が旅から帰ると、エピーヌが4人の王を従え宮廷に君臨している。父の代とはあまりにも違う荒れ果てた宮廷の様子に2人が言葉を失っているとサラマンダーが現れる。ローズ姫がサラマンダーに口づけすると、愛の力で呪いが解け、美しい姿に戻った王子が佇んでいた。
王子は剣や棒術・素手で4人の王と闘いそれぞれを倒す。家来を失ったエピーヌは王権と国土を放棄し宮廷をあとにする。宮廷には再び秩序と平和が訪れ、ローズ姫と王子が婚約を祝う宴が華やかに繰り広げられバレエは幕となる。

london1207a01.jpg キャプション

マクミランは自らの『パゴダの王子』を作るに当たって、88年当時サドラーズ・ウェルズ・ロイヤル・バレエ(現バーミンガム・ロイヤル・バレエ)に在籍していた19歳のダーシー・バッセルをローズ姫役に抜擢。ロイヤル・バレエに移籍させ89年の世界初演キャストに据えた。相手役の王子/サラマンダーはジョナサン・コープ。道化は世界初演キャストではサイモン・ライスがつとめ、熊川哲也もロイヤル・バレエ在籍時代に同役を踊っている。
今回はファースト・キャストのローズ姫役をマリアネラ・ヌニェズ、エピーヌをタマラ・ロホ、王子/サラマンダーをネマイア・キッシュが、他2キャストはローレン・カスバートソン、ゼナイダ・ヤノースキー、ルーパート・ペネファーザー、サラ・ラム、ラウラ・モレーラ、フェデリコ・ボネッリ組が踊るはずであった。
だがペネファーザーが怪我で、またカスバートソンも足の故障と手術のため降板したことから、急遽コール・ド・バレエの新星ベアトリス・スティックス-ブルネルがローズ姫を、ペネファーザーの代役としてリハーサルを続けていた平野亮一が王子/サラマンダーを踊ることになった。

16年ぶりのリバイバル初日であった6月2日とスティックス-ブルネルと平野のデビュー公演の9日、13日のラム、ボネッリ組を観る。
この作品の見所といえば、サラマンダーの踊りやローズ姫と王子のパ・ド・ドゥ、4人の王のソロに見られるユニークな振付、道化を踊るダンサーによる超絶技巧を散りばめた舞踊技術、フィナーレのローズ姫と王子の婚約式である豪華なグラン・パ・ダクション、そしてブリテンによる素晴らしいスコアであろう。
王子は人間とサラマンダーとしてソロ、4人の王との闘い、ローズ姫とのパ・ド・ドゥなどと、たいへん見せ場が多く、4人の王たちのソロもそれぞれユニークでたいへん見ごたえがあり、マクミランの全幕バレエの中では最も男性ダンサーに活躍の場の多い作品である。
89年の世界初演はバッセルがその後,、国民的バレリーナになるきっかけとなった舞台である。私を含め当時を覚えている関係者やファンが多数存在するロンドンでの16年ぶりの再演とあって、関係者やファンの間には現在のロイヤル・バレエのスターでこの作品を観ることができるという大いなる期待が、ダンサーの間にはバッセルとコープというロイヤルの2大スターと比べられるという不安があったはずだ。

london1207a03.jpg 撮影/ Angela Kase

6月2日、初日のヌニェズは、体操選手出身で強い脚力とアスレティックな技巧の持ち主であったバッセルのために振付られたダンス・パートをダイナミックに再現。エピーヌ役のロホも『不思議の国のアリス』以来の悪女役をコケティッシュに表現し、得意の旋廻技に技量を奮った。王子/サラマンダーのキッシュは、巧みなパートナー技術でヌニェズをよく助け、4人の王との闘いでは男らしさを見せたが、サラマンダーの踊りにいくばくかの逡巡があり残念であった。
4人の王は北をベネット・ガートサイド、東をヴァレリー・フリストフ、西をスティーブン・マックレー、南をリッカルド・セルヴェーラが踊った。フリストフは東洋人風のメイクが似合いで自己愛に満ちた王をたいへん優美に表現。この役をフリストフの生涯の当たり役として記憶に留めるファンも多いのではないだろうか。マックレーも西の王の持つコミカルで軽薄な様子を良く表現した。セルヴェーラの南の王のソロは音楽性に優れ、たいへん気迫に満ち見ごたえがあった。オリジナル版を良く覚えている私のような者には、コントラクションなどの表現が充分なされていないように見えた。

london1207a02.jpg 撮影/ Angela Kase

9日スティックス-ブルネルと平野のデビュー公演は、スティックス-ブルネルが登場直後に緊張していた様子を除けば、デビュー公演とは思えぬ充実した演舞で関係者やファンを驚かせた。
スティックス-ブルネルは、ニュ-ヨーク出身の19歳。スクール・オヴ・アメリカン・バレエやパリ・オペラ座バレエ学校で研鑽を積んだ後、振付家クリストファー・ウィールドンのカンパニーであるモルフォーセスに入団。モルフォーセスがロンドン公演を行った際、ロイヤル・バレエの団員クラスを受け芸術監督のモニカ・メイスンに注目され、2010年の春オーディションなしでコール・ド・バレエの団員となっている。長身に長い手脚という素晴らしいプロポーションの持ち主。まだ群舞の団員ながら今年3月24日にウィールドン振付の「『不思議の国のアリス』のタイトル・ロールを踊り、関係者やファンの間で話題になっていた。5月23日にロイヤル・バレエ団の友の会会員のため『パゴタの王子』の作品や音楽・振付について学ぶイベントがあった。このイベントで指導者のジョナサン・コープから初めてローズ姫の振付を学んだ。
平野亮一はローザンヌ・コンクールの受賞者としてロイヤル・バレエに研修に来た翌年の2002年に入団。今シーズンで入団10年目である。ウェイン・マクレガーの作品に抜擢されてきた他、『スケートをする人々』の白のカップルのようなロマンティックな役から『オネーギン』のグレミン伯爵のような熟年役、『ベアトリクス・ポターの世界』のカエルのジェレミーのように華やかな技巧を奮う役などオールラウンドな活躍を続け、着実に実力を蓄えてきた。身長185cm。日本人ながらバレエ団で最も背が高い男性ダンサーのグループに属している。
ロイヤル・バレエの日本人ダンサーとして初めてマクミランのドラマティック・バレエの主演者となった平野は、1幕サラマンダーに姿を変えられた後の登場で、装置の間から飛び出すさいのジャンプの大きさにスター性が炸裂。サラマンダー/王子のソロ、パートナーリング、格闘場面の男らしさと、演舞ともに関係者の期待を上回るたいへん素晴らしい全幕デビューを遂げた。
リハーサル期間の短かったスティックス-ブルネルにとっても、平野という包容力に満ちた相手役を得たことは、たいへん心強かったであろう。彼女の登場の緊張が解けてゆくにつれ、この2人の共演はその魅力と輝きを増し、観客は1幕からフィナーレの婚約の宴まで大いに感情移入し見入ってしまった。容姿的にも似合いでたいへん絵になるペアであり、全幕作品での更なる共演が待たれる。
スティックス-ブルネルのダイナミックなパフォーマンスと19歳という若さが醸し出す汚れを知らぬ風情は、89年の世界初演時のバッセルを髣髴とさせ、当時を覚えている古参のロイヤル・バレエ・ファンの多くが、ベテラン揃いの3人が主演したファースト・キャストよりも、スティックス-ブルネル・平野組を好み、ある者はこの2人を再度観ようと当日券を入手し舞台に足を運んだ。

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13日のローズ姫のラム・ボネッリ組は準主役モレーラ、道化のズケッティーを含め、4人が4人とも素晴らしく踊り、また物語をたいへん良く表現して観客を大いに感動させた。
美しく儚い容姿のラムはローズ姫役が大変よく似合い、また王子を踊るボネッリにも貴公子の甘やかさがあり、バレエの主演者として夢のあるペアであった。モレーラはシャープな技巧と華のある悪女ぶりで舞台を引き締め、道化役のズケッティーは跳躍やピルエットといったダンス技術と共に、ローズ姫に見せる優しさや思いやりにペーソスがあふれ、姫や王子を魔の手から救う姿には不思議な力を秘めた存在として舞台上に確かな存在感があった。ボネッリはサラマンダーに姿を変えられた苦しみを巧みに表現。またバレリーナを最も美しく見せるサポート技術でラムと共に美しいパ・ド・ドゥをつむいだ。
4人の王は北をガートサイド、東をステパネク、西をワトキンス、南をマロニーが踊った。この4人はそれぞれ問題を持っており誰一人として姫たちの婿にはふさわしくない存在である。西の王のワトキンスは冒頭の跳躍が印象的で、南の王のマロニーはオリジナルの振付を今回の3キャストの中で最も良く踊り表現したが、この日はソロの終盤で王冠が外れるというアクシデントに見舞われてしまった。
当日は皇帝役をギャリー・エイヴィスが踊り、この配役も舞台を大いに引き締めよりいっそう素晴らしい物に高める要因となっていた。
フィナーレのグラン・パ・ダクションはファースト・キャストで、ヘレン・クローフォード、イッツァー・メンジザバル、エマ・マグワイアー、金子扶生が登場。スティックス-ブルネル・平野公演日は小林ひかると金子、ラム・ボネッリ公演日は崔由姫も登場し、作品中最も華やかな場面を彩った。
グラン・パ・ダクションにはまた男性群舞によるたいへん勇壮なダンス・シーンもあり晩年のマクミランの振付家としての充実がうかがえるが、この場面では初日に蔵健太、ヴァレリー・フリストフ、ダヴィッド・トルーゼンシミエッヒが、スティックス-ブルネル・平野主演日はブライアン・マロニー、ラム・ボネッリ公演日はアレクサンダー・キャンベルも加わって女性陣と共に舞台を華麗なものにしていた。
(2012年6月2、9、13日 ロンドン ロイヤル・オペラ・ハウス。ラム&ボネッリ組の舞台写真は6月2日の最終ドレス・リハーサル)

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写真に登場するダンサー
ローズ姫=サラ・ラム、ブアトリス・スティックス-ブルネル
王子/サラマンダー=フェデリコ・ボネッリ、平野亮一
エピーヌ=ラウラ・モレーラ
皇帝=ギャリー・エイヴィス
道化-ヴァレンティーノ・ズケッティー
北の王=ベネット・ガートサイド
東の王=ヨハネス・ステパネク
西の王=ジョナサン・ワトキンス
南の王=ブライアン・マロニー
グラン・パダクション 小林ひかる、崔由姫 ほか