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アンジェラ・加瀬 text by Angela Kase 
[2012.05.10]

エイフマンのドラマティック・バレエ『アンナ・カレーニナ』『オネーギン』英国初演

Eifman Ballet エイフマン・バレエ
Boris Eifman by Anna Karenina, Onegin ボリス・エイフマン振付『アンナ・カレーニナ』『オネーギン』

6月初旬のエリザベス女王戴冠60周年の記念式典、夏のオリンピックと、ロンドンは現在世界的なイベントの準備に余念がない。
だが今年はオリンピックゆえに毎年恒例のロシアの著名バレエ団によるロンドン・サマー・シーズンがないことをご存知だろうか? 旅行代理店が世界からの観戦客用に市内と郊外のホテルの客室を押えてしまっているため、ボリショイ、マリィンスキー、ミハイロフスキーといったバレエ団によるロンドン公演が不可能なのだ。

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ボリショイとマリィンスキーのイギリス公演招聘元ハッハウザーは、当初夏ではなく4月の復活祭の連休にマリィンスキーのロンドン公演を企画し、バランシン版『真夏の夜の夢』を上演する予定でいたのだが、その話もいつしか立ち消えとなった。
代わって同時期にロンドンを訪れたのがエイフマン・バレエ。同団体が最後にロンドン公演を行ったのはかれこれ10年以上も前のこと。『赤いジゼル』と『チャイコフスキーが』の2作品を持っての来英でたいへん話題となったが、その後のなぜかこの国を訪れることがなかった。
今回の公演はイギリス、ドイツ、イタリアを巡るバレエ団のヨーロッパ・ツアーの一環で、ロンドンでは由緒格式高いコロシアム劇場にて、4月3日〜7日『アンナ・カレーニナ』と『オネーギン』の英国初演作品2作を4公演した。

初日と最終日を観る。
初日を飾ったのは『アンナ・カレーニナ』。この作品については2010年と今年に新国立劇場バレエ団が全幕上演し、最近もルグリ率いるウィーン国立バレエ団がガラでパ・ド・ドゥを披露しているので、ご覧になった読者も多いことだろう。
まずエイフマンのチャイコフスキーの音楽への造詣の深さと選曲センスの良さに感心する。またこの巨匠はジョン・クランコがそうであったように、音楽の持つパワーに振付の視覚的インパクトを重ねる才能に長けている。時にむせび泣くようなメロディに、ヒロイン・アンナの情念と、ダイナミックでスリリングな振付、主演ダンサーの熱演が重ねあわされた時、観客はこの鬼才の才能の前にひれ伏すことしかできない。
振付についていうと、時にマーサ・グラハムに似たスタイルが見受けられ、いく分古さを感じさせる物の、エイフマン・オリジナルのダイナミックな舞踊言語は見事としかいいようがない。また群舞を巧みに動かし作品に深遠さや視覚的な奥ゆきを与えていることも見逃してはならない。
たとえばアンナが体にフィットしたレオタードで一人狂気におののく場面の後、同じく体にフィットした衣装の男女が、時にもつれ合うように踊る「肉欲の煉獄」のシーン。作品のクライマックスで、黒い衣装を着た男女群舞が表現するアンナを殺す凶器である機関車など。

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昨年夏、マリィンスキーがラトマンスキー版『アンナ・カレーニナ』をイギリス初演した。ロパトキナとヴィシニョーワという2大バレリーナがタイトル・ロールを踊り、多くの観客がロパトキナの美貌と至芸に心打たれた。だがマクミランによるドラマティック・バレエに慣れたイギリスの観客の多くが、ラトマンスキー版の中に原作の持つ「情念のドラマ」を見出すことができず、洗練された衣装や場面展開を見守りながらも、心から満足することができなかった。
初日の配役はアンナをニーナ・ズミエヴェッツ、ヴロンスキーをオレグ・ガビシェフ、カレーニンをオレグ・マルコフがつとめた。新国立劇場での同作品にも客演しているダンサーたちである。エイフマンの観る者の心をえぐる作品と、ダンサーの熱演は、コロシアム劇場の1・2階に集まったイギリスのバレエ関係者や富裕層に属するロシア人客、天井桟敷のダンス・ファンまでをも魅了。
熱狂した観客による拍手とブラボーの声に包まれたカーテンコールに主演ダンサーから群舞の踊り手が感無量になった頃、ボリス・エイフマンその人も観客の前に姿を現し、熱気に包まれた公演初日はその幕を下ろした。

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『オネーギン』は2009年春に世界初演された作品。タチアナとオネーギンの出会いは90年代のロシアの片田舎、再会は21世紀初頭のサンクト・ペテルブルグと、作品の舞台を現代に移し変えているところは、マシュー・ボーン作品を思い出させる。
原作で拳銃による決闘にのぞむオネーギンとレンスキーは、この作品ではナイフを手に闘う。2人と彼らを取り巻く男たちの持つ怒りのパワーは、ミュージカル『ウェスト・サイド・ストーリー』の若者たちのようだ。
90年代のロシアの片田舎だという場面は、私にはベトナム戦争時代のアメリカのように見え、『ウェスト・サイド・ストーリー』を思い出させる場面もあいまって、たいへんアメリカ色の強い作品に感じられた。
09年の世界初演を観たロシアの批評家たちは賛否両論で、中にはオネーギンとレンスキーの友愛に現代のホモセクシャリズムを見出す者もおり、イギリスの主要ダンス雑誌、ダンシング・タイムスの「ペテルブルグ便り」でも話題になっていた。
確かにエイフマン版『オネーギン』は、男女主役によるデュエットより、オネーギンとレンスキー男性2人のデュエットのほうが圧倒的に心に残る作品である。
この作品は両日とも同じ配役で公演され、オネーギンをオレグ・ガビシェフ、タチアナはマリア・アバショワ、レンスキーはドミトリ・フィッシャー、オリガをナターリア・ポヴォロズニク、タチアナの夫はセルゲイ・ヴォロブエフがつとめた。

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アバショワは清純な雰囲気を持つ美貌のバレリーナで、ペテルブルグ社交界の華となった後、白いドレスで登場する場面にスター性が炸裂した。夫役のヴォロブエフも20代のダンサーとは思えない恰幅のよさとあたりをはらう存在感があり印象に残った。
バレエ団がロンドンを離れてから聞いたところによると、『アンナ・カレーニナ』の2日目はアバショワとヴォロブエフが主演したとのこと。この2人のほうが原作のイメージに近かったのではないか? と思い、同作品を2つの配役で見ることが叶わなかったことを残念に思った。
ガビシェフはヴロンスキーよりは、現代を舞台にしたエイフマン版『オネーギン』のタイトル・ロールのほうが似合いであった。レンスキー役のフィッシャーをリフトしたり、振り回したりと、細身であるにもかかわらず、鋼の上半身の持ち主であるに違いない。
この作品についていうとクランコ版というバレエ史上に残る名作が存在すること、また私自身がシュツットガルトやコベント・ガーデン、日本で世界のスター競演によるクランコの『オネーギン』の数々を目にしているだけに、どうしても2つのバーションを比較せずにはいられない。
マシュー・ボーン作品や『ウェスト・サイド・ストーリー』を連想させるエイフマン版には、作品のところどころに既視感があり同じ振付家による名作『アンナ・カレーニナ』ほどの熱狂を感じることはなかった。
作品はオネーギンがタチアナに恋文を書く姿を、舞台上の空間を舞うたくさんの便箋がふちどり、暗転して終わる。美しい幕切れであった。
(2012年4月3日、7日 ロンドン・コロシアム)

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