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アンジェラ・加瀬 text by Angela Kase 
[2012.05.10]

切り裂きジャックやボーイ・ジョージが登場したロイヤル・バレエの衝撃的舞台

Royal Ballet 英国ロイヤル・バレエ団
Polyphonia by Christopher Weeldon, Sweet Violets by Liam Scarlett, Carbon Life by Wayne McGregor
クリスタファー・ウィールドン振付『ポリフォニア』、リアム・スカーレット振付『スィート・ヴァイオレット』、ウェイン・マクレガー振付『カーボン・ライフ』

この春ロンドンのバレエ関係者の元に、ロイヤル・バレエ団より現シーズンの改訂版プレス・リリースが2部届いた。
これはバレエ団最年少プリンシパルであったセルゲイ・ポルーニンの突然の辞任に伴い、ポルーニン主演予定日の主演者欄が一度全くの白紙に戻り、バレエ団側が再度スケジュールを調整・代役を決定して関係者に知らせなければならなかったからである。
ポルーニン本人は辞任後、やはりロイヤル・バレエ団元プリンシパルのイヴァン・プトロフの公演に出演。その後日本ではアリーナ・コジョカル・ドリーム・プロジェクトに参加、グルジアのトビリシやロンドン、NYで時折ガラ公演に出演。
本人はツイッターでロイヤル・バレエに戻って『ラ・シルフィード』に出演する云々と発信してイギリスのファンの間で話題になったが、バレエ団側がこれを否定。結局ポルーニンの名前はロイヤル・バレエ団HPや改訂版プレス・リリースから抹消された。

london1205a06.jpg 『カーボン・ライフ』
Photo/Bill Cooper

バレエ団は3月23日に、英5大新聞の一つであるガーディアン紙とコラボレーションし、バレエ団の1日をインターネットでライブ配信。朝のレッスンから1日のうちに行われる数々の作品のリハーサルをダンサーや振付家、指導者のインタビューやナレーション付で紹介した。
この日は4月5日から5公演行われるバレエ小品集の内、ウェイン・マクレガーの『カーボン・ライフ』とリアム・スカーレットの『スィート・バイオレッツ』というまだ観ることのできない新作2作の片鱗がうかがえるとあって、バレエ・ファンの間では大変な話題で、平日の朝から夕方までの配信であったにもかかわらず、学校や会社に行く必要のない者は自宅で紅茶を片手に、会社勤めをしている者はランチ休憩にサンドイッチを頬張りながら、パソコンのスクリーンを食い入るように見つめたと聞く。
現代作品の小品集で内2つが新作ともなると、通常世界的なスターが踊るかバレエ団広報がよほど巧みな広報活動をしない限りチケットを完売にするのは難しい。だが今回に限っては、インターネットのライブ配信という非常に21世紀的な情報提供手段が功を奏し、まだマクレガー、スカーレットの新作が大変センセーショナルな内容であることも幸いして、世界初演前からバレエ・ファンのみならずトレンドに敏感な若者から50代初め音楽ファン層の間でたいへんな話題となった。
クリストファー・ウィールドンの『ポリフォニア』は以前レポートしているので、今回は世界初演作品2点に焦点を絞ってご紹介する。

london1205a01.jpg 『スィート・ヴァイオレット』
Photo/Bill Cooper

4月12日と18日に2つの配役で鑑賞した。
リアム・スカーレットは今年25歳。ロイヤル・バレエ・スクール時代から振付を手がけ、在学中に学校公演で作品を発表するなどしていた。バレエ団入団後も作品を発表し続け、今回の『スイート・バイオレット(甘やかな暴力)』はロイヤル・オペラ・ハウスの大劇場で紹介された作品としては2作目。
学生時代から大人数を動かすことの出来る振付家で、大劇場デビュー作『アスフォデルの花畑』でも、タマラ・ロホやマリアネラ・ヌニェズ、ルーパート・ペネファーザーらスター・ダンサーたちを前面に押し出しながら、群舞をも巧みに動かし老成した作品を披露して関係者を唸らせた。
抽象作品で舞台装置の入れ替えや場面展開のない『アスフォデルの花畑』に対し、今回の『スイート・バイオレット』は、ビクトリア時代のロンドンで、娼婦たちを次々と殺害して恐れられた「切り裂きジャック」事件と、その秘密の鍵を握っていたとされる画家ウォルター・シッカートや画家を取り巻く人々が多数登場する物語作品。
娼婦が客を相手にする小さな寝室、画家シッカートのアトリエ、ボックス席のお金持ちから天井桟敷の労働者までが踊り子の芸を楽しむ劇場、ガス燈のうす暗い明かりにぼんやりと浮かび上がる東ロンドンの路地裏と、様々な光景の中で、スター・ダンサーから芸達者な中堅ダンサー、話題の新人が個性や技量を奮った。

london1205a04.jpg 『スィート・ヴァイオレット』
Photo/Bill Cooper

5日の世界初演および18日のファースト・キャストは、画家シッカートをヨハン・コボー、娼婦エミリーをリアン・コープ、シッカートの友人ロバート・ウッドをティアゴ・ソアーレス、エディをフェデリコ・ボネッリ、シッカートのアトリエで働くメアリー・ジェーン・ケリーをアリーナ・コジョカル、ラウラ・モレーラ、ケリーの友人アニーをラウラ・モレーラ、時の首相ロード・セイリスベリーをクリストファー・ソーンダース、シッカートのモデルのマリーをタマラ・ロホ、踊り子のドットをエマ・マグワイアー、ジャックをスティーブン・マックレーが踊った。
12日のセカンド・キャストは、画家シッカートをベネット・ガートサイド、娼婦エミリーをミーガン・グレイス・ヒンクス、シッカートの友人ロバート・ウッドをトマス・ホワイトヘッド、エディをリッカルド・セルヴェーラ、シッカートのアトリエで働くメアリー・ジェーン・ケリーをラウラ・モレーラ、ケリーの友人アニーをリアン・コープ、シッカートのモデルのマリーをマリアネラ・ヌニェズ、踊り子のドットをエマ・マグワイアー、ジャックをアレクサンダー・キャンベルが踊った。
娼婦や踊り子、画家のモデルといった当時の女性たちの日常がリアルに描かれ、モデルのマリーは一部トップレスで登場するなど、コベント・ガーデンで上演されるバレエの舞台では通常目にすることのない場面も多い。
スカーレットは老成した手腕でビクトリア朝のロンドンで起こった迷宮入り事件をバレエ化し、ダンサーたちも振付家の要求によく応えた。小さな寝室で暴力的な客と共にデュエットを踊る娼婦エミリーを踊ったコープとグレイス・ヒンクスの熱演、作品の後半で狂女となるアニーとメアリー・ジェーン・ケリーを日によって巧みに踊り分けたモレーラ、香りたつような豊かな体とコケットリーで画家を翻弄するモデル、マリーを踊ったロホの魅力は、作品の数々の場面と共に脳裏に刻まれ忘れがたい。

london1205a02.jpg 『スィート・ヴァイオレット』Photo/Bill Cooper london1205a03.jpg 『スィート・ヴァイオレット』Photo/Bill Cooper

かつての故障を克服し、今や演技力も増しハンブルグ・バレエとの『椿姫』全幕やノイマイヤーの新作『リリオム』に主演し、バレリーナ人生の充実を図るコジョカル。コジョカルとコボーは今シーズン、ロイヤル・バレエとの共演が数えるほどしかなかっただけに、ファンや関係者の多くが、新作の中での活躍を期待した。
コジョカル演じたケリーは、シッカートのアトリエで働きながら、時に路上で体を売るという難しい役柄。巧みな演技で観客の心を掴みはしたが、小柄で清純な魅力が持ち味のコジョカルが、このような汚れ役に挑戦したことにショックを受けたファンも多かったようだ。
コボーのシッカートは時に演技過剰に傾き、苦悩するイギリス人画家シッカートには見えなかった。この役についていうとセカンド・キャストのガートサイトのほうが圧倒的に似合いで、かつよく演じ表現していた。
マックレーとキャンベルの切り裂きジャックは対照的で、それぞれがたいへん心に残った。殺人場面についていうとマックレーのジャックは狂気の殺人鬼、キャンベルのジャックはより静謐で人々の心の闇と想念が生み出した幻のようでありながら、どこか肉体の温かさをも感じさせる不思議な存在であった。

london1205a05.jpg 『カーボン・ライフ』
Photo/Bill Cooper

マクレガー作品『カーボン・ライフ』は、エドワード・ワトソン、エリック・アンダーウッド、スティーブン・マックレー、サラ・ラム、ローレン・カスバートソン、メリッサ・ハミルトンといったマクレガー作品でお馴染みのダンサーと身体能力に優れた新人計18人が、80年代後半〜90年代にかけて英国パンク・バレエのヒーローとして世界を席巻したマイケル・クラークとリー・バウリーのコラボレーションに見られたようなファッションに身を包み、ボーイ・ジョージをはじめとするシンガーと共にコベント・ガーデンの舞台に登場する作品。
世界初演の4月5日以降は既存のロイヤル・バレエ・ファンより、作品の噂を聞きつけた(80年代後半〜90年代にかけて青春を謳歌した)ミュージック・ファンやダンス・ファン、トレンディなゲイたちがコベント・ガーデンに押し寄せ、バレエ・ファンが当日券を入手するのが困難になる、というコベント・ガーデンではたいへん珍しい現象を巻き起こした。
関係者やファンの多くが「マクレガー作品は『クローマ』以外はどれを見ても似たり寄ったりで『クローマ』以上の驚きがない」と感じていたのだが、この作品には大いに驚かされることになった。
ダンサーたちはサイボーグを連想させるような特殊メイクで、ロイヤル・バレエ・ファンがオペラ・グラスを片手に目を凝らしても、なかなか判別がつかなかった。またダンサーによってはマスクで顔を包んだり隠したりといった衣装で踊るので、カーテンコールになってダンサーたちがマスクを取って、やっと彼らが誰かわかった。
ワトソンとアンダーウッドは作品最後にブーツを履いて登場。このブーツがトゥ・シューズのような作りになっており、2人が柔軟な肢体を奮って時に爪先立ってマクレガー作品を縦横無尽に踊る姿には、ただただ圧倒されたし、作品後半で鬼気迫るソロを踊ったマックレーもまさに圧巻というしかなかった。
スカーレットの『スィート・バイオレッツ』と共に、この作品でも新人が大いに活躍。トリスタン・ダイアー、オリビア・カウリーらが強い印象を残した他、ジョナサン・ワトキンス、平野亮一ら中堅ダンサーもマクレガーの振付で大いに光を放ったアーティストたちであった。
カーテンコールでは熱狂した一握りのファンがスタンディング・オベーションを見せながらも、ロイヤル・オペラ・ハウスの1階席に陣取る年配の知識階級や富裕層の中には作品に違和感を持った者も多かった様子。
通常ロイヤル・オペラ・ハウスで披露される作品とはおおいに異なり、現代作品を紹介するダンス・ハウスで、よりトレンドに敏感な観客が集うサドラーズ・ウェルズ劇場で披露されるような作品であっただけに、批評家と観客の賛否や評価が大いに分かれたようだ。
(2012年4月12日、18日 ロイヤル・オペラ・ハウス)

london1205a07.jpg 『カーボン・ライフ』Photo/Bill Cooper london1205a08.jpg 『カーボン・ライフ』Photo/Bill Cooper