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アンジェラ・加瀬 text by Angela Kase 
[2012.03.12]

ENB芸術監督イーグリング版 『くるみ割り人形』、高橋絵里奈も出演

English National Ballet イングリッシュ・ナショナル・バレエ
The Nutcrackerr by Wayne Eagling イーグリング版 『くるみ割り人形』

イングリッシュ・ナショナル・バレエ(ENB)は12月8日〜30日までロンドンのコロシアム劇場で芸術監督・振付家のウェイン・イーグリング版『くるみ割り人形』を上演した。これはイーグリングがオランダ国立バレエの芸術監督時代に発表したヴァージョンの舞台をビクトリア時代のロンドンに直し、2010年の冬にイギリス初演したもの。

london1203c01.jpg Photo/English National Ballet

幕が上がると重厚なエドワード朝のロンドンの大邸宅を背景に、凍ったテムズ川で当時の衣装を着た男女がスケートに興じている。クララはお姉さんと弟のフレディと共にクリスマス・パーティが始まるのを今か今かと待ち受けている。
クリスマス・パーティには、ドロッセルマイヤー氏とその甥で士官学校の生徒である若者も招待されてくる。クララはハンサムなドロッセルマイヤー氏の甥にほのかな恋心を抱く。
イーグリング版は伝統的でありながら作品の舞台を古きよき時代のロンドンにすることで、このバレエを観る子供たちがクララやフレディにより一層感情移入しやすいようにしている。
またネズミの大群と戦い、雪の国を訪れた後、気球に乗って空を旅する、というのも夢があるし、退治し切れなかったネズミたちが、クララが乗っている気球についたカゴにぶら下がってまで後を追ってくるという1幕の幕切れの場面も、子供たちに次の幕への期待を抱かせる。
振付のセンスにも優れているイーグリング版なら、美しい振付の数々も満喫できる。特に2幕の「スペインの踊り」や「アラビアの踊り」、コール・ド・バレエによる形象美の数々が印象に残った。

ロンドン公演初日の8日と16日(夜)の2公演を観る。
初日は、現在のバレエ団のゴールデン・ペアであるダリア・クリメントヴァとワジム・ムンタギロフを主役に、くるみ割り人形はフノア・サウザがつとめた。
クリメントヴァはチェコ出身のベテラン・バレリーナ。ムンタギロフはロシアのチェリビンスク生まれ、ペルミ・バレエ学校からローザンヌ・コンクールの奨学金を使ってロイヤル・バレエ・スクール(RBS)に留学。2009年にバレエ団に入団した21歳の新星だ。
ムンタギロフは06年のローザンヌ賞受賞者。この年のコンクール1位受賞と視聴者賞を受賞したのは、先頃一身上の事情からロイヤル・バレエを突如退団したセルゲイ・ポルーニン。ムンタギロフはコンクールでも、RBS留学後もポルーニンの影に隠れ地味な存在であった。ENB入団後、クリメントヴァのパートナーとして数々作品の主役に抜擢され、めきめきと実力をつけ、クリメントヴァとたいへん素晴らしいパートナーシップを築いている。
絶世の美男美女ではないが、舞台での華やかさ、またそれぞれの踊りににじむ優しさや暖かさが観る者の心を打つのである。自分に対する尊敬のあつい年若いパートナーを得て、クリメントヴァのバレリーナ人生はここ数年ますます盛り上がりを見せている。またムンタギロフもクリメントヴァという優しい大先輩のアドバイスがあるからこそ、大変なスピードでさまざまなパートナー技術に磨きをかけられたのであろう。実際は年齢差の大きなペアであるにもかかわらず、舞台ではまったくそれを感じさせないのが不思議だ。
ロンドン初日も2人はソロを踊って良し、アダージォはしっとりと、コーダでは火花を散らすたいへんな好演でコロシアムに集った観客が盛んにブラボーを叫んでいた。
ムンタギロフは今シーズンABTに客演予定で、2月4日のワシントンDCでデビューする。5月23日にも同バレエ団に客演しMETデビューの予定である。

16日はバレエ団の日本人シニア・ソリスト高橋絵里奈と現シーズンから移籍の男性シニア・プリンシパル、ズデニック・コンヴァリーナの舞台を観た。
高橋は今年で入団15シーズン目。当時からまったく変わらない若々しい容姿でロンドンの観客を魅了し続けている。イーグリング版は、少女のクララが1幕の早いうちに大人の主役バレリーナに変身する。大人びたクリメントヴァが急に舞台に登場すると違和感があるのだが、少女に見まごう姿の高橋の場合、この変身シーンも自然で物語が途切れることがない。
過去に日本の世界バレエ・フェスティバルにも出演しているコンヴァリーナは、腕をひとふりするだけで気品がこぼれる今では数少ない典型的なダンスール・ノーブルである。共演するようになってまだ日の浅い2人だが、たいへん充実した舞台を見せてくれた。残念だったのはくるみ割り人形役の若手ソリストのエストバン・バルランガが、仮面をつけていて視野が良くないせいか、パートナーリングにやや問題があり、高橋を難儀させたことだろうか。
冒頭と最後のシーンでは子役がクララと弟のフレディを演じるが、これには提携バレエ学校より実の姉と弟のペアが抜擢された。実の姉弟だけに舞台上でのやりとりにも愛があり微笑ましかった。
また両日とも「中国の踊り」の女性パートを期待の新人,加瀬栞が踊り、観客からさかんな拍手を贈られていたほか、「アラビアの踊り」のアリオネル・ヴァルガスの存在感が忘れがたい。
バレエ団には今シーズンから2010年ローザンヌ・コンクールのファイナリストの男性3人、猿橋賢、ヴィットーとギヨームの双子のメネゼス兄弟が入団。ロイヤル・バレエ・スクールから入団のバリー・ドラムントも芸術性あふれる優美なダンサー。芸術監督に元ロイヤル・バレエのスター・ダンサーであったイーグリングが就任して以来、芸術性をたいへん重視し、興味深い演目を揃えるようになった。
イーグリングは、ロイヤル・バレエを退団しイギリスでの雇用先を失ったために、最悪の場合はウクライナに強制送還もありえると噂されるポルーニンにENB入団のラブ・コールを送っているが、果たしてその結果はどのようになるのであろう。
(2012年12月8日, 16日ロンドン・コロシアム)舞台写真はバレエ団提供

london1203c02.jpg Photo/English National Ballet london1203c04.jpg Photo/English National Ballet
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