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アンジェラ・加瀬 text by Angela Kase 
[2012.03.12]

コジョカル、マルケスとオベロンを踊ったマックレー、ゴメスも一夜だけ登場!

The Royal Ballet 英国ロイヤル・バレエ
The Dream by Sir Frederick Ashton, Song of the Earth by Sir Kenneth MacMillan
フレデリック・アシュトン振付『真夏の夜の夢』、ケネス・マクミラン振付『大地の歌』

英国ロイヤル・バレエのシーズン上半期は、バレエ団最年少の男性プリンシパル、セルゲイ・ポルーニンのあまりにも突然な退団により、混乱収拾に追われながらその幕を閉じた。

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アシュトンの『真夏の夜の夢』とマクミランの『大地の歌』というバレエ団の2大巨匠振付家によるダブル・ビルの初日は2月1日。当初『真夏の夜の夢』をアリーナ・コジョカルと踊りオベロン役デビューするはずだったポルーニンが、1月24日にバレエ団を辞めてしまったのである。
インターネットの普及により世界のニュースが瞬時に地球を駆け巡るようになった現代。このニュースも瞬く間にイギリス国内のバレエ関係者やファンに衝撃を与え、また世界中のバレエ・ファンの知るところとなった。
イギリスでは25日のBBCの朝のニュースに始まり、5大新聞の1つ「テレグラフ」紙の1面ニュース、民放のニュースからフリーペーパーにまで、事件から2週間ほどの間、ポルーニンの名前を目にしない日はないほどの大騒動に発展してしまった。
バレエ団とバレエ団広報部は、急な事件の対応に追われ、残された男性プリンシパルたちのうち何人かは、ポルーニン退団のあおりをうけて、急な過密スケジュールを言い渡されることになった。
セカンド・キャストのオベロン役として、初日の翌日2月2日にロベルタ・マルケスを相手に主演するはずだったスティーブン・マックレーは、初日の午前にコベント・ガーデン友の会とバレエ団招聘写真家を前にゲネプロを行い、19時30分からポルーニンの代役としてコジョカルを相手に初日をつとめ、翌日12時30分からもオベロンを踊るというハード・スケジュール。翌週の月曜日もポルーニンの代役として舞台に立たねばならなかった。
 イギリスの関係者やファンらが、マックレーが全公演のオベロンを踊ると信じた頃、当初ポルーニンが踊るはずだった2月8日(水)の公演1晩だけのためにABTからマルセロ・ゴメスが客演し、コジョカルと共演するというニュースが飛び込んできた。ゴメスにとってのコベント・ガーデン・デビューは、このようにあまりにも突然決まってしまい、バレエ関係者やファンの大半が何も知らないうちに、ニュースを聞きつけた一部のファンにより残り少いチケットが完売してしまった。
2月1日のゲネプロを撮影し、夜の初日と8日、ゴメス客演の9日の3公演を観る。

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初日当日11時30分からのゲネプロに姿を現したマックレーは、夜の初日と翌日の公演に体力を温存するため、オベロン役に多数ある大小のジャンプのほとんどを跳ばずにリハーサル。上演時間52分の小品とはいえ、難解なパートナーリングや頭飾りに衣装をからませないよう気を使って行わねばならない所作やリフト、演技、跳躍と、ロイヤル・バレエ団の代表的作品の男性主役の中では、最初から最後まで相当気を張って踊らねばならない役である。その上、翌日の公演というのが平日にもかかわらず12時30分開演。24時間以内に3回オベロンを踊らねばならないのだから、ゲネプロで振付をはしょるのは致し方ないことであった。
マックレーのオベロン・デビューはヨハン・コボーの代役としてアリーナ・コジョカルと共演し、東京バレエ団に客演した2007年の10月に遡る。本国イギリスでも既にデビューしているのだが、そのさいはゲネプロの撮影キャストに選ばれなかったため、マックレーにとっては今回がコベント・ガーデンでのオベロン撮影キャスト・デビュー。それだけに写真家たちにとって彼のオベロンをベストの状態で撮影することができなかったのは何とも残念だった。
 
19時30分からの初日、コジョカルと踊ったマックレーの舞台は可もなく不可もなく、といったところ。ゲネプロではマルケスと、夜はコジョカルと、2人の異なるパートナーと短時間に共演し、それぞれの相手役の良さを引き出し、自らも彼女らと共に異なる世界を生き、最高の舞台を見せるというのは、よほどパートナーリングに優れたベテランでもない限り難しい。特にこの作品では不可能である。そういう意味ではマックレーはゲネプロ、初日と共によく頑張った。

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初日の舞台で特筆すべきパフォーマンスとなったのは『大地の歌』であった。この日の配役は、死の使者をカルロス・アコスタ、女性主役をタマラ・ロホ、男性主役をルーパート・ペネファーザーがつとめた。アコスタとロホは以前この作品で共演しており、その際の男性主役はロイヤルを代表する貴公子ダンサーとしてギエムやバッセルの相手役をつとめ、現在は指導者として活躍するジョナサン・コープ。今回コープに代わってぺネファーザーが加わることで、作品に大変な化学作用がおきたのである。
作品の後半、男性主役が死の使者の誘惑に抗いきれなくなるあたりでぺネファーザーが見せる苦悶の表情、死の使者アコスタ、女性主役のロホ、ぺネファーザーの男性主役が前後に並び、左右に体を傾け何かに耳をすませるような部分の振付で3人が醸し出す雰囲気、死の仮面をつけた後のぺネファーザーの変貌、それぞれが作品に深みを与え、見るものの心を掴んだ。死の使者を演じ踊りながら体感温の熱いアコスタ、死の仮面をつけた後のぺネファーザーの冷え冷えとした演舞、生と死の境に一人立ち苦悩するロホ、ロイヤルの個性豊かな3大スターの共演が作品を一際輝かせた一夜であった。

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8日のセカンド・キャストの公演もまた良かった。
『真夏の夜の夢』は、ロベルタ・マルケスとスティーブン・マックレー、『大地の歌』は、死の使者をエドワード・ワトソン、女性主役をリアン・ベンジャミン、男性主役をヴァレリー・フリストフという布陣である。
マルケスのティタニアは所作や振付の端々に肉感的な女らしさをふりまき、ほれ薬のせいでボトムと一夜を共にしたと知った後に見せる彼への嫌悪感、その後の恥じらいにも男心を惑わせ惹きつけてやまない魅力があったし、この日のマックレーは本来自分が踊るはずだったパートナーとの共演で、水を得た魚のようにアシュトンのオフバランスを含む難解な振付を御し、関係者の目を見張らせるものがあった。
2月1日、『大地の歌』のゲネプロの配役は死の使者をワトソン、女性主役をマリアネラ・ヌニェズ、男性主役をネマイア・キッシュがつとめた。実際にはこの配役はキャストの実際のパフォーマンスでの共演はないが、ヌニェズとキッシュが初役ということで写真に残しておく必要があったため、ゲネプロでのみ共演することになったのである。
長身だが細身のワトソンに対してキッシュは上背も幅もある美丈夫。自分の体格を大きく上回るキッシュの隣や背後に立ちながら、彼を操り支配する存在感を見せたワトソンに、ゲネプロ当日戦慄を覚えた友の会のメンバーも多かったことだろう。
マクミラン晩年のミューズの一人ベンジャミンと繊細にして優美なフリストフ、冴え冴えと輝く細身の刃のようなワトソンの3人もまた見事な配役の妙で、観客を作品の世界に誘い酔わせた。

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2月9日『真夏の夜の夢』のコジョカルとマルセロ・ゴメスの一晩だけの共演は、大変豪華で興味深い物であった。アシュトンの振付を世界初演以来遵守し、踊るロイヤル・バレエのダンサーに対して、アメリカン・バレエ・シアターのスター、ゴメスの踊るオベロンは、振付に自分らしいアクセントを加味した物。男性的なゴメスが中性的な魅力のアントニー・ダウエルのために振付られた妖精王を、時に大胆に踊る様子はロイヤル・バレエのオベロンのみを観てきたイギリスの関係者やファンにはたいへん目に新しく映った。
男性的で包容力のあるゴメスのオベロンは、小柄で儚いコジョカルのティタニアと似合いで、中世の騎士物語を髣髴とさせる雰囲気。オフ・バランスを大胆に御して時に男性的に、だが優雅な腕使いとエポールマンで夜の森の中、美しく舞うゴメス。確かなリフトやサポートを見せるゴメスのたくましい腕の中で守られるかのように美しいラインを描き踊るコジョカル。コベント・ガーデンの舞台に花咲いた新しいパートナーシップに満場の観客が惜しみない拍手を送った一夜であった。
かつてダンスール・ノーブル(貴公子ダンサー)からマクミラン作品のドミ・キャラクテールまで、充実した男性ダンサーのラインナップを誇ったロイヤル・バレエ。それがオペラハウス再建前後の男性トップ・ダンサー多数の離団以来、男性不足から立ち直れないでいる。
現在ワトソン、ペネファーザーという個性の異なるイギリス人男性プリンシパルがそのキャリアの頂点を極めているとはいえ、今回海外から久々に男性ゲストを迎えることによって、その事実が明らかになってしまったようだ。
(2012年2月1, 8, 9日 コベント・ガーデン ロイヤル・オペラ・ハウス。2月1日午後の最終ドレス・リハーサルを撮影)

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