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アンジェラ・加瀬 text by Angela Kase 
[2012.02.10]

ライト卿85歳バースディ記念と7000人集めた『くるみ割り人形』ロンドン公演

Birmingham Royal Ballet バーミンガム・ロイヤル・バレエ団
The Nutcracker by Sir Peter Wright, Vincent Redmon
ピーター・ライト、ヴィンセント・レドモン振付『くるみ割り人形』

BRBは11月25日〜12月11日まで本拠地バーミンガム・ヒポドロームで、12月27日〜30日まではロンドンのO2アリーナを使用して、ピーター・ライト/ヴィンセント・レドモン版『くるみ割り人形』を上演した。
ライト卿の抜擢で今シーズンのバーミンガム初日はエリーシャ・ウィリスとジェイミー・ボンドが、2日目の夜の400回記念公演、およびバレエ団初の元万博会場02アリーナでの公演初日は、佐久間奈緒とセザール・モラーレスがつとめることになった。
だが本拠地初日前日の24日にウィリスが足の痛みを訴えたことから、急遽バーミンガム初日も佐久間が金平糖の精を踊ることになり、ジェイミー・ボンドを相手役に舞台に立った。

london1202b06.jpg Photo/Angela Kase

11月25日金曜日にはバーミンガムでの公演初日に先立って芸術監督のデイヴィッド・ビントリーが観客の前に姿を現した。バレエ団は先シーズン、本拠地のバーミンガム移転20周年を祝ったばかり。現在上演されている『くるみ割り人形』は、本拠地を移し、名前を改めたバレエ団初のクリスマス・シーズンに当時の芸術監督であったライト卿がイワーノフの振付を元に、バレエ団の若きダンサーであったヴィンセント・レドモンのアイディアも一部取り入れ改作したもの。同じライト卿のロイヤル・バレエ版とは花のワルツの振付にほんの少し共通点がある他、ストーリーや登場人物、王子の登場場面など異なっている。
ビントリーは満場のヒポドローム劇場の観客に向かい「今夜がピーター・ライト卿の85歳の誕生日であること」「翌26日土曜日夜の公演が作品の通算400回目の公演となること」を語りかけた。その後ビントリーが音頭を取ってロイヤル・バレエ・シンフォニアの伴奏と共にヒポドロームに集った全観客と批評家がライト卿に向けて「ハッピー・バースデー」を合唱。大いに盛り上がったところで幕が上がり、398回目の公演が始まった。

当日はライト卿のバースデーを祝う公演だけに5人のプリンシパルを導入したスペシャル・キャストであった。佐久間、ボンドの主役のほか、ドロッセルマイヤーを今シーズン限りで引退し、秋から付属校エルムハーストのアーティスティック・ディレクターに就任予定のロバート・パーカーが、クララを技巧派のキャロル・アン・ミラー、クララのダンス・パートナーを今シーズンからプリンシパルに昇進したジョセフ・ケイリーが踊った。
元バレリーナという設定のクララの母はヴィクトリア・マールが、クララの祖父母をバレエ団のダンス・ミストレスでキャラクター・ダンサーのマリオン・テイトと夫君で脳卒中から回復したデイヴィッド・モースが、ドロッセルマイヤーのアシスタントをジェイムス・バートンが踊った。
パーカーのドロッセルマイヤーは上品で優美な立ち姿の中に秘めた力を宿した存在。ミラーは通常は技巧に優れた役を得意とするが、毎年この時期にこの役を踊り続けることで、プリンスに導かれ雪の国やお菓子の国を旅する少女役が板についてきた。新プリンシパルのケイリーは2003年のローザンヌ賞受賞者。今では20代半ばになったが、相変わらず少年の甘さを残した容姿でクララのダンス・パートナーのようなティーン役がぴったりである。

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BRB版は1幕にジャック・イン・ザ・ボックスという下半身がバネ仕掛けの人形が登場し、華やかな跳躍技の連続を見せる。かつて山本康介が得意としたこの役を、今シーズンは秋の移籍直後からアシュトンのネオクラシックから物語バレエのキャラクターまで大車輪の活躍を続ける台湾人ダンサー周子超(チョウ・ツ・チャオ)がつとめ、観客の目を奪った他、コロンビーヌ人形のレティシア・ロッサルドが素晴らしい音楽性を、くるみ割り人形役のジョナサン・カグイオアは、おもちゃの兵隊を率いてネズミの大群と戦う姿に勇ましい軍人らしさが香った。また黒人系ダンサーのタイロン・シングルトンは、膝の故障からカムバックして以来、『美女と野獣』の野獣をはじめとする主役、準主役への抜擢が続いたことから、スター性がますます大きくなり、ネズミの王様の着ぐるみの中に入って登場してもその存在感はあたりをはらうものがあった。
雪の国の場面で、女性群舞が踊るこな雪や(BRB版の雪の国の場面では女性群舞のみならず、バレリーナが演じるこな雪の精を華麗に舞わせる男性群舞による風の精も登場するが)風を統べる雪の精は、ジェンナ・ロバーツがつとめ、清楚な魅力で純白の衣装が良く似合い、長い手足がつむぐ所作が印象に残った。
風の精の4人はヴァレンティン・オロヴィヤニコフ、トム・ロジャース、ウィリアム・ブレイスウェルとイングリッシュ・ナショナル・バレエ(ENB)から移籍のマックス・ウェストウェルが踊った。吹きすさぶ風のように舞台の上手、下手からグラン・ジュテの連続を見せたり、男性4人が中央でジュテ・アントラルセの連続を見せる。オロヴィヤニコフのロシア仕込みのラインの美しさ、ユース・アメリカ・グランプリ受賞のブレイスウェルの優美が際立っていた。

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2幕のグラン・パ・ド・ドゥ(GPD)で登場した佐久間とボンドは美しく品格高く、美と格調高い舞台芸術、人間愛や友愛といったテーマを生涯追い求めるライト卿の誕生日を祝うペアに何ともふさわしい。豪奢な魅力の持ち主である佐久間の金平糖の精は、特別キャストによるこの夜のライト/レドモン版『くるみ割り人形』を忘れがたいものに高めて見せた。
21年前、ド・ヴァロワと特別列車に乗って、バレエ団とダンサーをヒポドローム劇場に移し、イギリス第2の都市バーミンガムにバレエ芸術を根付かせようとしたライト卿。イギリス・バレエ界の長老になった今、ド・ヴァロワと自分がバーミンガムに撒いた種が見事に花開き、一般市民に自身の作品が今も愛されている様子を見るのは何よりも嬉しいことであったであろう。
2000年に当時はミレニアム・ドームという名前で万博の中心会場として使用された建物は、今ではジO2アリーナという名でコンサート会場や有名テニス・スターを招いてのテニス大会などの催しに使用されている。去年の夏、ロイヤル・バレエがマクミランの『ロミオとジュリエット』を上演したのに続いて、年末にはBRBがライト/レドモン版『くるみ割り人形』を上演することになった。
今回はステージ前方上に舞台の様子を映し出す大スクリーンを設置し、最高7000人収容の会場にして、12月27日から30日まで5配役5公演を予定していた。

クリスマス前後に行われる『くるみ割り人形』は、ここイギリスでも誰もが一生に一度は見てみたいと憧れるバレエである。今回BRBは一般人が歌手デビューを目指して戦うテレビ番組で優勝し、人気ポップス歌手となり、その後、一般人がオペラ歌手を目指すテレビ番組にも出場し、見事優勝して、秋に「クリスマス・キャロル」のアルバムをリリースした人気男性歌手ジョー・マクエルデリーを前座に、家族で「きよしこの夜」などのクリスマス・ソングを聞いた後に、バレエも楽しめるという付加価値をつけたこともあって、チケットの売れ行きが進み、最終的に追加公演まで出る人気となった。
去年の暮れは、コベント・ガーデンのロイヤル・バレエ、コロシアム劇場でのイングリッシュ・ナショナル・バレエとO2アリーナのBRBと、イギリス3大バレエ団がロンドンでそれぞれの『くるみ割り人形』を上演していた。

london1202b04.jpg Photo/Angela Kase

初日の27日(夜)佐久間・モラーレス、28日(夜)のウィリス・ボンド、29日のヴァッロ、曹馳(ツァオ・チー)による3公演を観る。
 O2の舞台といえば、BRBの本拠地ヒポドロームの3,4倍はあろうという巨大なもの。ロンドン入りを前に本拠地バーミンガムにある同規模のナショナル・インドア・アリーナでリハーサルをしていたとはいえ、クリスマス翌朝早くにバーミンガムを出、O2に到着したダンサーたちは会場の大きさと、途方もないステージの広さに圧倒されると共に、この大舞台で7000人の観客に見守られる幸せを想像し、どれだけ胸はずませたことだろう。
実際大きなステージと大観衆にエネルギーをもらい、O2ならではスペシャル・パフォーマンスを見せるダンサーが続出。私が観た3組ともヒポドローム劇場での公演とは一味違う存在感や、大舞台でより映えるダンス技術を投入するなど入魂の演舞を見せてくれた。
遠くの観客にも届けとばかりに、いつもより細やかな演技に心を砕き、グラン・パ・ド・ドゥのコーダで、脚を打ち合わせた後に見事なラインのグラン・ジュテを立て続けに2度披露するウルトラCを見せファンを驚かせたのは曹馳(ツァオ・チー)である。
ソリストや群舞のダンサーについても、長身のジェンナ・ロバーツが、大きな舞台で水を得た魚のようにのびのびと雪の精を踊る姿を見たり、大舞台を大きな歩幅の急ぎ足ではけてゆくウィリアム・ブレイスウェルがダンサーズ・ハイのような境地で踊っていた。
ファンや関係者、ダンサーの家族や友人・知人にとっても、ダンサーたちが巨大スクリーンに映し出されるのを観るのは、大変特別な瞬間であった。
 
また上演中も主要通路から会場の外に出ることができるO2のつくりは、バレエをはじめから終わりまでじっとしてみていることの出来ない年齢の小さな子供を連れた家族には、便利であったろう。ただ何分バレエを観るための作りとは違うため、プレス席もある1階平土間は、床に傾斜がまったくなく、よほどの座高の持ち主ではない限りダンサーの足元が見えない。結局舞台上のダンサーよりも首を伸ばしてスクリーンを見ることになった。また舞台を上から見下ろすアリーナ席は、ダンサーの全身が見えるとはいえ、場所によってはアングルが悪いなど一部問題もあったが、一般市民が「クリスマス・キャロル」とバレエを満喫することの出来た特別な4日間であった。
 (2011年11月25日 バーミンガム・ヒポドローム。12月27日、28日夜 ロンドン、O2アリーナ。11月25日最終ドレス・リハーサルを撮影)

london1202b07.jpg Photo/Angela Kase london1202b08.jpg Photo/Angela Kase
london1202b02.jpg Photo/Angela Kase london1202b05.jpg Photo/Angela Kase

●写真に登場するダンサー
佐久間奈緒/金平糖の精
セザール・モラーレス/王子
クララ/レティシア・ロッサルド
ドロッセルマイヤー/ロバート・パーカー
くるみ割り人形/キット・ホルダー
クララの母(元バレリーナ)/ジャン・イー・ジン
ねずみの王様/トム・ロジャース他