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アンジェラ・加瀬 text by Angela Kase 
[2011.12.12]

BRBのド・ヴァロワ、アシュトン、クランコの傑作トリプル・ビル

Birmingham Royal Ballet バーミンガム・ロイヤル・バレエ団
Checkmate by Dame Ninette De Valois ニネッタ・ド・ヴァロワ振付『チェック・メイト』
Symphonic Variations by Sire Frederick Ashton フレデリック・アシュトン振付『シンフォニック・ヴァリエーションズ』
Pineapple Pole by John Cranko ジョン・クランコ振付『パイナップル・ポール』

バーミンガム・ロイヤル・バレエ(BRB)は、新シーズン第2週目の10月6日〜8日、バレエ団ゆかりの3人の振付家による「バレエ小品集」を上演。10月18日〜22日には、バレエ団のかつての本拠地サドラーズ・ウェルズ劇場で新シーズン最初のロンドン公演を行った。
ロンドンでは18, 19日に「バレエ小品集」を2日間3公演、続いて20日〜22日まで『リーズの結婚』を3日間5公演した。

「バレエ小品集」は、バレエ団とバレエ学校の創設者であるニネッタ・ド・ヴァロワ女史の37年の作品『チェックメイト』に始まり、ロイヤル・バレエの初代主任振付家フレデリック・アシュトン卿46年作品『シンフォニック・ヴァリエーションズ』、バレエ団の前身サドラーズ・ウェルズ・バレエ黎明期に20代初めの若さで常任振付家となり活躍したジョン・クランコの51年作品『パイナップル・ポール』の3作品。バレエ団の新旧プリンシパルとソリストが様々な役を踊ってロンドンの観客を楽しませた。

london1112b05.jpg 撮影/Angela Kase

10月18日と19日の夜の部を鑑賞する。
ド・ヴァロワ振付の『チェックメイト』は、チェスの対局をバレエ化した異色作で、同じく女史の手になる35年振付『ザ・レイクス・プログレス/ 放蕩者のなりゆき』と共に、世界初演から70年以上たった今もバレエ団とバレエ・スクールが上演する傑作である。
20世紀初頭にバレエ・リュッスの踊り手として活躍後、ロンドンにバレエ学校を創設し、31年5月にはロイヤル・バレエとBRBの前身となるヴィック・ウェルズ・バレエを設立したド・ヴァロワは、バレエ団運営のすべてを稀代の興行師セルゲイ・ディアギレフから学んでいる。
そんな女史の代表作『チェックメイト』は、バレエ・リュッスの作品の多くがそうであったように、37年の世界初演当時は振付、音楽、衣装、装置、照明のすべてが観る者の目に斬新で芸術の香り高く、21世紀の今観ても総合芸術として非常に完成度の高い作品である。

バレエは「愛」と「死」を象徴する男女がチェス盤を前に対局するプロローグから始まり、チェスの対局を人間の戦いとして描く本編の2つのパートからなる。クールで性的な黒のクィーンに率いられる「黒」と、善良な赤のキング、クィーン、ナイト1、2を擁する「赤」の戦いと攻防が、このバレエの物語である。第二次世界大戦前夜に創られたこの作品には、当時ヨーロッパを席巻しつつあった「ファシズムへの脅威」が作品の根底に流れるテーマであるともいう。
黒のナイト2人を引き連れ現われた黒のクィーンは、赤のナイト2人のうち、ハンサムな赤のナイト1に薔薇の花を投げ、自らの興味と関心を告げる。美しい黒のクィーンから薔薇の花を貰った赤のナイト1は、彼女と剣を交合せ戦い追い詰めるも、自らの高潔さと赤のキングの嘆願により彼女の命を救う。だが戦いに勝つため、ナイト1を誘惑したにすぎない彼女は、その後に赤のナイトを刺殺、赤のキングをも追い詰め殺害し戦いに勝利する、というストーリー。

london1112b06.jpg 撮影/Angela Kase

まずチェスの対局を恋愛仕立てのドラマに仕上げるという発想が素晴らしい。また今観ても驚異的なのは振付である。チェスの対局=人間同士の攻防という物語の中に、様々なバレエの舞踊技術が盛り込まれているのだ。冒頭の赤と黒のナイトの各2名が見せる勇壮な跳躍の数々、男性主役である赤のナイト1のソロに見られるクリーンな足さばきとバットリー(つま先を打ち合わせるパ)、そして男女主役のソロには古典バレエの技術と共に、ド・ヴァロワ・オリジナルともいうべきユニークなステップや、身体や腕の使い方が見られる。主役・準主役の振付のみならず、群舞にもダンス・シーンが多く、主役・準主役・群舞の織り成す形象美(フォーメーション)も見事だ。
アーサー・ブリスの音楽は、赤と黒のナイト登場、黒のクィーンのソロなどのメロディが印象的で、クライマックスである「赤のキングの死」のオーケストレーションが大変パワフルで忘れがたい。クライマックスでは照明使いもまた印象的で、マシュー・ボーン作品他に今もその影響の跡がうかがえる。
ド・ヴァロワ没後10年にあたる今年は、ロイヤル・バレエ・スクールも7月8日のロイヤル・オペラ・ハウスでの学校公演でこの作品を披露し、イギリスに2つのバレエ団とバレエ学校を創設し、世界のバレエ地図を塗り替えたこの女傑の偉業を称えた。

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10月18日のロンドン公演初日は、黒のクィーンをヴィクトリア・マール、赤のナイト1はI.マッケイ、2をジェイミー・ボンド、赤のキングはジョナサン・ペイン、赤クィーンをジェンナ・ロバーツが踊った。2日目19日夜は、黒のクィーンをサマラ・ダウンズ、赤のナイト1を曹馳(ツァオ・チー)、2をジョセフ・ケイリー、赤のキングをマイケル・オヘア、赤のクィーンをレティシア・ロッサルドがつとめた。
初日は女性主役マールの「性的な悪女」、男性主役Iマッケイは「善良で疑うことを知らない戦士」という役どころが似合った。I.マッケイの赤のナイト1は、ロマンティックな役作りで、黒のクィーンから薔薇の花をもらった後の恍惚とした表情や、黒のクィーンに命を奪われる場面での表現力が印象に残った。
ロマンティックな役作りのI.マッケイとは対照的に、赤のナイト1を「高貴な勇者」として演じ踊って見事だったのは2日目の曹馳(ツァオ・チー)である。各種の跳躍やバットリーに持ち前のクリーンな足さばきを見せ、また立ち姿は高潔な勇者そのもので観客に清々しい男らしさを感じさせながらも、指先まで神経が行き届いたエレガントな腕の運びや上半身使いを見せるのも曹らしい。残念だったのは2日目の女性主役ダウンズが黒のクィーンを踊るには今ひとつ役不足で、曹馳やケイリー、Mオヘアと充実した男性陣を揃えながらも、今ひとつ作品が締まらなかったことであろうか。

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撮影/Angela Kase

 

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アシュトン卿の抽象バレエの傑作『シンフォニック・ヴァリエーションズ』は、21分という小品ながら踊り手にとっては非常に消耗する作品として知られている。当初ロンドンでの2日間3公演は、全公演を佐久間、ウィリス、ナターシャ・オートレッド、曹馳(ツァオ・チー)、セザール・モラーレス、ジョセフ・ケイリーの6人が踊ると発表されていたが、直前になって2日目の夜はジェンナ・ロバーツ、アランチャ・バセルガ、ローラ・ジェーン・ギブソン、I.マッケイ、ジェイミー・ボンドと周子超(チョウ・ツ・チャオ)が踊ることになった。
初日は佐久間のスター性と求心力に富んだパフォーマンス、曹馳(ツァオ・チー)の跳躍の美しいアラインメント、迸る若さの華やぎが印象的なケイリー、2日目はジェンナ・ロバーツのフェミニンな魅力、周子超の男性離れした柔軟な四肢や軽い跳躍が印象に残った。

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撮影/Angela Kase
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小品集最後を締めくくったのはクランコ振付作品『パイナップル・ポール』。今から60年前、「第二次世界大戦からの復興と人類の明るい未来」をテーマにイギリスで行われた万博「フェスティバル・オブ・ブリテン」のイベントの一環として、バレエ団の前身サドラーズ・ウェルズ・バレエが世界初演したバレエである。ギルバート&サリバンの人気オペレッタを元に、クランコがストーリーに幾分手を加えて改作したハッピー・エンディングのコメディ・バレエで、初演時から大変な成功を収めた。
ある晴れた朝、イギリス南部の港街ポーツマスに英海軍の船が入港し、船長以下乗組員たちは、しばしの休暇を楽しむべく下船する。街の若い娘たちは、若い船員たちと恋仲になるが、花売り娘のパイナップル・ポールも娘たちも、実はスマートでハンサムな若き船長に心を奪われている。宿屋の下働きジャスパーはポールに夢中だが、海軍船の船長が恋敵ではポールの心を勝ち取れるはずもない。
一方、船長は街で出会った娘ブランシェと恋に落ち、口やかましいブランシェの叔母ディンプルに辟易しながらも結婚の約束をかわす。船乗りたちは自分の恋人たちをも含む街中の娘が船長に首ったけになっていることに激しい嫉妬の炎を燃やし、船上軍事訓練の日にストライキをおこす。だがそれを幸いとポール以下船長に恋する娘たちは、何とか憧れの君に近付こうと、船乗りの服に身を固め乗組員に変装して乗船。船長と共に軍事訓練に精を出すも、今や海軍総司令官に昇進した彼は許婚のブランシェと船上結婚式をあげようとする、というストーリー。
クランコ作品らしく主役から群舞にまでダンス・シーンが多く、45分の小品ながら全幕作品を観たような充実感が得られる。花かごを持って大きな跳躍で舞台に登場するおきゃんな花売り娘ポールのソロ、望遠鏡を手に持ったり、手綱を引くといった海軍軍人らしい振付の船長のソロ2つなど冒頭からからクライマックスまで見所が盛りだくさんだ。

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ロンドン公演は3公演3キャストが組まれ、初日はポールをキャロル・アン・ミラー、船長をロバート・パーカー、ジャスパーを周子超、ブランシェをアランチャ・バセルガが、2日目夜はポールにエリーシャ・ウィリス、船長をセザール・モラーレス、ジャスパーをマティアス・ディングマン、ブランシェをローラ・パーキッスが踊った。ブランシェの口うるさい叔母ディンプルは両日ともヴィクトリア・マールがつとめた。
この作品の男女主役(船長とポール)を踊るダンサーは、ダンス技術と共に喜劇役者としての才能が必須不可欠。初日のミラーとパーカーは演技が達者で観客を大いに笑わせる大成功。またミラーは登場のグラン・ジュテの高さで1階席の観客を驚かせ、パーカーは観客を笑わせながらも小さな跳躍やバットリーが多用された第1のソロ、望遠鏡の第2ソロを踊る場面では品性に富み、観る者に高位の軍人らしさを印象づけた。

2日目は、これまであまり演技が達者な印象のなかったモラーレスが、「浅黒く日焼けしたいかめしい海軍軍人」というオリジナルな役作りで、闊達なソロと共に観客を楽しませ、ウィリスは夢見る乙女の風情で当日劇場に集った男性客を魅了した。宿屋の下働きからバレエの終盤に英海軍の船長となり愛する女性と結ばれる出世魚ともいうべき役回りのジャスパーは周、ディングマン共に健闘したが、演舞の表現力の高さで周子超(チョウ・ツ・チャオ)に軍配を上げたい。

初日と2日目の夜はロンドンの舞踊評論家が多数集るとともに、バレエ団前芸術監督のピーター・ライト卿、『チェックメイト』の黒のクィーンを世界初演したベリル・グレイ女史ら英バレエ関係者重鎮の姿もあり、ロンドンとその近郊から劇場に集ったファンと共にイギリスにバレエ芸術を根付かせた3人の巨匠振付家の作品を楽しんでいた。
(2011年10月18、20日夜 ロンドン サドラーズ・ウェルズ劇場。10月5日夜 バーミンガム・ヒポドロームの最終ドレス・リハーサルを撮影)

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撮影/Angela Kase