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アンジェラ・加瀬 text by Angela Kase 
[2011.12.12]

カスバートソン、ポルーニンがマノン、デ・グリュー役でデビュー

The Royal Ballet 英国ロイヤル・バレエ団
Manon by Sir Kenneth McMillan ケネス・マクミラン振付『マノン』

英国ロイヤル・バレエは11月3日〜6日まで『マノン』を上演した。
バレエ団はシーズンごとに上演する作品を決め、それぞれの作品を特定の期間に複数の配役で上演するブロック・システムをとっている。『くるみ割り人形』や『シンデレラ』といったクリスマス・バレエを除いて、1つの作品が毎シーズン上演されることはないため、ダンサーやファンは、病気や怪我、個人のスケジュールの関係でチャンスを逃すと、次に踊る機会を数年待たねばならないことも多い。
だが今年はバレエ団が先シーズンも4月21日〜6月4日まで『マノン』を上演していたことから、ファンや関係者がマクミラン振付のドラマティック・バレエの傑作を半年も空けずに観られるという珍しい恩恵にあずかった。

london1112a01.jpg 撮影/Angela Kase

春の上演時にベンジャミン、モレーラ、ロホ、コジョカル、ガリアッツィ、マルケス、ラム、ヌニェズの8人がタイトル・ロールを踊ったのに対して、今回この役に挑戦したのはラム、ヌニェズ、カスバートソン、マルケスの4名のみ。男性主役のデ・グリューにはペネファーザー、キッシュ、マックレーという春にこの作品の男性主役デビューした3人に、今回デビューのポルーニンの4人という布陣である。10月22日〜12月21日まで上演されている『眠れる森の美女』と共に、芸術監督モニカ・メイスンが自らの任期の最後のシーズンに、新人や若手、これまでこの作品の主役に挑戦するチャンスのなかったプリンシパルを導入しようとしたことがうかがえる配役である。

春には関係者やファンの間で、サラ・ラムとルーパート・ペネファーザー、マリアネラ・ヌニェズとネヘミア・キッシュという2組のペア・デビューとスティーブン・マックレーのデ・グリュー役デビューが話題を集めた。この秋最大の話題は、11月8日のイギリス人女性プリンシパル、ローレン・カスバートソンとバレエ団最年少のプリンシパルであるセルゲイ・ポルーニンの主役デビューである。

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11月8日のカスバートソン/ポルーニン、9日のヌニェズ/キッシュ、17日のラム/ペネファーザー組の3公演を観る。
カスバートソンは2002年入団の27歳。06年にヴァルナ国際バレエ・コンクールで銀賞を受賞している。バレエ団唯一のイギリス人女性プリンシパルとして、ここ数年は同じく英国人男性プリンシパルのエドワード・ワトソンやルーパート・ペネファーザーと共演することが多かった。ポルーニンとの共演は今年になってからで『不思議の国のアリス』『バレエの情景』に次いで『マノン』が3作目。ここ数年は古典、ネオ・クラシック、現代作品と何を踊っても光を放つオールラウンドなバレリーナとして内外の関係者に高く評価されている。
ポルーニンは07年入団の21歳。06年のローザンヌ・コンクールで傑出したティーンにのみ与えられる金メダルを受賞した他、第6回リファール・コンペティションでも金メダルを、07年のユース・アメリカ・グランプリではグランプリを受賞している。古典の全幕はこれまで『ラ・バヤデール』と『シンデレラ』を崔由姫と、『眠れる森の美女』を小林ひかると、『ジゼル』をロベルタ・マルケスと踊っている。かつてはパートナーリングの弱さが目立ったが、近年その弱点もなりをひそめ、踊り手としての成長著しい。

カスバートソン、ポルーニンは、まずデビュー5日前の11月3日にバレエ団招聘舞台写真家10名とコベントガーデン友の会会員が集まる公開ドレス・リハーサルに登場した。
カスバートソンは、修道院に入る前に一目兄のレスコーに逢おうと乗合馬車から広場に降り立つ登場シーンから落ち着いており、沼地で死を迎えるまで、通常のパフォーマンスと同じレベルの演舞を見せ、友の会のメンバーを歓喜させた。バレエ団を代表する全幕作品である『マノン』のデビューにあたり、周到な準備をした様子で、物腰や所作、そして舞台化粧も非常に洗練されたものであった。
一方のポルーニンのデ・グリューは本を読みながらの登場場面にスターらしい華がなかったばかりか、1幕のソロも観る者に「怪我でもしているのでは?」と思わせるほど一つ一つのポーズで充分なバランスがとれず、美しいラインをアピールすることができなかった。また当初、問題ないと思われたパートナーリングも場面が進むごとに破綻が目立ち、ポルーニンの支えなしに頑張ろうとするカスバートソンとの食い違いが素人目にも明らかになっていった。ポルーニンには珍しく大変あがっていたようで、本来の彼らしさが出てきたのは作品の終盤である3幕の沼地の場面からである。ドレス・リハーサルのカーテン・コールで、バレエ団期待の2人に熱狂する友の会のメンバーのブラボーの声を聞きながら、私自身は5日後の2人のデビューを思い暗澹たる気持ちで帰途に着いた。

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現在バレエ団の男性2大ホープといえばスティーブン・マックレーとセルゲイ・ポルーニンである。明るいスター性と技巧のマックレーに対して、憂いと芸術性のポルーニンという対照的な2人の個性はここ数年のロイヤル・バレエの舞台を非常に興味深いものにしている。演技力に問題があるため物語バレエより現代作品を大いに得意とするマックレーに対して、ポルーニンは物語作品を踊っても『ジゼル』のアルブレヒト、『オネーギン』のレンスキーと充実しており、殊にレンスキー役はデビュー公演から大変ロマンティックで初役らしからぬ演舞を見せたことから、関係者やファンのほとんどがデ・グリューもさぞかし似合いの役であろうと信じ、心待ちにしていた。

11月8日、カスバートソン、ポルーニン組のデビュー公演の幕が上がると、そこには3日のゲネプロとは別のポルーニンの姿があった。あがっている様子もなく、ソロもドレス・リハーサルよりは良く踊り、パートナーリングもほとんど破綻がなかった。ただマクミランがアントニー・ダウエルの踊り手としての個性を生かして振付けた静謐な趣に満ちたソロに、自分ながらの個性を加え踊り倒そうとする力みが見え、また運命の恋のためにすべてを投げ打って異国に堕ちて行く、恋の呪縛に囚われた神学生には見えなかった。
カスバートソンは、ダンスとドラマ性に持てる技量のすべてを奮い、満を持した『マノン』デビューとなった。ただ持ち前の上品さからマノンというよりもマリー・アントワネットのように見え、また大人びて洗練された立ち姿は観客の目にデ・グリュー役のポルーニンとの年の差を強調する結果になってしまった。

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私が今回のポルーニンのデビュー公演を手放しで喜べなかった背景に、私自身がポルーニンのデ・グリュー役デビューに大変な期待を寄せていたこと、またこれまで20年以上コベントガーデンでこの作品を繰り返し観ており、今まで観た『マノン』の最も優れた舞台として88年のジェニファー・ペニー引退公演でペニーとアントニー・ダウエルが最後に共演した奇跡パフォーマンスに立ち会っていることがある。
このバレエは74年にアントワネット・シブレーとダウエルによって世界初演されているが、実は初演に先立っての振付期間にシブレーが長期降板したため、作品の3つのパ・ド・ドゥはすべてペニーとダウエルに振付けられている。その2人が14年に渡って練り上げた舞台と、ポルーニンのデビュー公演を比較してはいけない。ダウエルの最後のデ・グリューなど観ていない若いバレエ・ファンの目からすれば、入団4シーズン目、弱冠21歳の若者のデ・グリューのデビューとしては、それほど悪い物ではなかったのではないか。
熱心なポルーニン・ファンの中には、3日のゲネプロ、8日のデビュー、15日の2度目にして今シーズン最後のポルーニンのデ・グリューと3度すべて観た人たちもいるが、彼らによると「15日(2度目)の公演はたいへん素晴らしかった」という。カスバートソンもポルーニンも今後それぞれ役に深みを加えて自らの物にしていくのであろう。主役2人以外では1幕で泥棒の首領(ベガー・チーフ)を生き生きと踊った07年のローザンヌ賞受賞者、ジェイムス・ヘイが印象に残った。

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翌9日ヌニェズ、キッシュ組の舞台は、前日の2人とはまた全く違った個性が際立った。このペアは今年5月4日に『マノン』を踊って以来、11月9日が2度目の挑戦であった。
大人っぽく豪奢な魅力の持ち主であるヌニェズなら、ムッシューGMの愛人として高級娼婦の館に絢爛豪華な衣装を纏って登場する2幕が最も素晴らしいか? と思えば、その期待は良い意味でものの見事に裏切られた。
美しいドレスも宝石も毛皮も失い、髪を切られた女囚としてニュー・オリンズに流され、沼地で息絶える3幕の演舞が白眉で観る者の心をえぐったのである。キッシュはパ・ド・ドゥなど相当練習した後がうかがえたが、大人びた容姿が「初心な神学生」には見えず、ソロにももう少し機敏さが欲しい。ただ全幕を通じて非常に優れたパートナー技術の持ち主であることをうかがわせ、3幕の沼地パ・ド・ドゥの難解なパートナーリングのサポートも完璧で包容力にあふれ、ヌニェズの好演を大いに助けた。バレエ団にはカルロス・アコスタ、ヨハン・コボーというパートナーリングに優れた男性プリンシパルが在籍するが、2人の主演公演数が少なくなった今、パートナーリングの名手であるキッシュに助けられ名舞台を紡ぐバレリーナが多くなるのではないだろうか。
この日はレスコー役をヌニェズの私生活のパートナーであるティアゴ・ソアーレスが踊ったのだが、2幕でデ・グリューと連れ立って高級娼婦の館に登場した直後に、たくさんの娼婦たちを前に卑猥に腰を揺れ動かしてみたり、酔いどれのパ・ド・ドゥとソロでもこれまで以上にパワーアップされた怪演を見せ、ムッシューGMに捕らえられなぶり殺しにされる最期まで、コベントガーデンに集った満場の観客の目を奪い、作品を大いに盛り上げていた。
私は偶然8、9日の2公演を、やはり20年以上ロイヤル・バレエを見ているというイギリス人のバレエ関係者と隣り合わせの席で鑑賞したのだが、彼もまた8、9日共に「女性は良いが男性主役がなっていない。」と不満を口にしていた。

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今回の『マノン』再演で11月3日夜の初日の舞台をつとめたのは、サラ・ラム、ルーパート・ペネファーザーであった。春のそれぞれの主役デビューと、ペアとしての公演が大変素晴らしく、関係者やファンが今シーズンの再演を心待ちにした2人である。
私自身5月10日の2度目の公演を観て、この2人の間に芽生えほとばしるロマンティシズムに圧倒された。数年前『マノン』デビューの準備中に足を怪我し回復や再起が心配されたサラ・ラム、マクミランの『マイヤリング』のルドルフ皇太子を好演し、ロイヤルの貴公子ダンサーならいつか対峙しなければならないデ・グリュー役に挑んだペネファーザー。フェミニンにして品性に富み、デ・グリューを想う気持ちも優しい、上品な小悪魔マノンを踊ったラム、ダウエルのために振付けられたソロを長身と長い四肢を存分に生かし、生粋のロイヤル・バレエ・スクール出身の踊り手らしくマクミランの意図した通りに美しく体現するペネファーザー。品性あふれる2人は少女と神学生というより貴婦人と大貴族の子息のようにすら見えた。
2人にとって4度目の挑戦となった11月17日の公演では、5月に比べより解釈や表現力が深まり、それぞれが役を自分の物にしている様子がうかがえた。5月には喜怒哀楽の表現があっさりしていたラムは、要所要所でますます豊かに演じられるようになっていたし、特に3幕で看守に陵辱される部分、沼地で死を迎える前の場面には相手役と話し合い、独自の解釈や表現をしていた。
ペネファーザーは、2幕の高級娼婦の館にマノンを追っていった後の再会の場面で真実の涙を見せる熱演である。2幕の後の幕間や終演後、無表情で演技力を最大の弱点にしていたデビュー当時の彼を知る関係者やファンの多くが「ついにぺネファーザーも真の演技者になった」と、感慨深く語り合っている姿が見受けられた。

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今回の『マノン』再演はロベルタ・マルケスを除けばみな今年主役デビューしたダンサーばかり。フレッシュな反面、充実した演舞を見せられない者もいたのは大変残念である。
だがこれはダンサー個人の問題というより、バレエ団側に問題があるのではないか? たとえば15年前のロイヤル・バレエであれば、マクミランやアシュトンの代表作や古典全幕の主役デビューの準備ができていない者はプリンシパルに昇進させなかったため、プリンシパル・ダンサーが大役を踊りきれない、という事例も少なかったからである。古くからのロイヤル・バレエを知る私や多くの関係者が、話題作りのために一部の踊り手や海外から移籍してきたダンサーをあまりにも早く安易に、プリンシパルに昇進させてしまっているのではないか? と感じている。
まあ結果としては外国人プリンシパル優勢となった現在のロイヤル・バレエで、ロイヤル・バレエのスタイルを体現できる生粋のイギリス人ダンサーであるペネファーザーが、マクミランの振付を遵守し、ダウエルの後継者としての資質を大いに花咲かせたのであるから「終り良ければ、すべて良し」と締めくくるべきであろうか。芸術監督メイスンが、この結果を見越して今回の『マノン』の配役をしたのであれば、もうこれ以上何も言うまい。
(2011年11月8日、9日、17日。写真は11月3日公開ドレス・リハーサルを撮影)

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撮影/Angela Kase