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アンジェラ・加瀬 text by Angela Kase 
[2011.11.10]

BRB新シーズンは佐久間奈緒、I.マッケイによる『美女と野獣』で開幕

Birmingham Royal Ballet バーミンガム・ロイヤル・バレエ団
Beauty and the Beast by David Bintley ディヴィッド・ビントレー振付『美女と野獣』
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開幕作品は芸術監督・振付家デイヴィッド・ビントレーによる2003年振付作品『美女と野獣』。
当初初日はエリーシャ・ウィリスとロバート・パーカーが踊る予定であったが、初日直前にパーカーが腰を痛めた関係でこのペアの降板が決まり、初日前夜のゲネプロおよびシーズン初日を佐久間奈緒とイアン・マッケイが踊ることになった。
今回の再演はウィリスとパーカー、佐久間とIマッケイ、ナターシャ・オートレッドとタイロン・シングルトンの3キャスト計6公演。この作品の男性主役は全3幕のうちほとんどを厚い着ぐるみとマスクをつけて踊ることから、1度の舞台で体重が2, 3キロ落ちるほど体力を消耗する難役。初日前日にこの役に予定されていたダンサーの1人が欠け、2人になってしまったことから、私が撮影のため現地を訪れた27日夜には、バレエ団関係者達が「最悪の場合は過去に何度も野獣役を踊っている曹馳(ツァオ・チー)を登板させねばならない」と語っていた。

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初日を降板したロバート・パーカーは今年36歳。ビントレー芸術監督就任前年の94年に入団して以来、振付家としてのビントレーを触発し続けたダンサーである。『カルミナ・ブラーナ』の第2神学生、『アーサー王1』の若きアーサー、『アーサー王2』では父アーサーの命を奪うモードレッドを、『シラノ』ではタイトル・ロールを世界初演している他、03年に『美女と野獣』の野獣役を世界初演したのもまたパーカーであった。オフ・ステージの飾らない人柄もたいへん魅力的で、内外にたくさんのファンを持つ他、ここ数年はバレエ団や付属バレエ・スクールのエルムハーストで指導もしており、世界の檜舞台を夢見る若者たちにもたいへん慕われている。

ロイヤル・バレエ・スクールと共にBRBの付属校であるエルムハーストは、今期限りでアーティスティック・ディレクターのデズモンド・ケリーが退任することから、バレエ関係者の間では誰が後任の座につくかが話題になっていた。新シーズン開幕直前の9月19日、バレエ団はケリー退任後の2012年秋からロバート・パーカーが同校のアーティスティック・ディレクターに就任すると発表。多くの関係者を喜ばせたものの、パーカー・ファンにとっては、この1年が踊り手としての彼の舞台に接する最後のシーズンとなる。バレエ団本拠地で野獣を踊るパーカーの姿を今一度瞼に焼き付けようと、彼の主演日にチケットを求めた者も多かった。

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10月1日(土)夜の部とバーミンガムでのこの作品の千秋楽10月2日(日)の舞台を鑑賞した。
1日は主役ベルを佐久間奈緒、野獣をマッケイ、ベルの父の商人役をマイケル・オヘア、祖母をマリオン・テイト、意地悪な2人の姉のうちフィエールをアンジェラ・ポール、ヴァニテをサマラ・ダウンズ、準主役のワイルド・ガール=雌狐をキャロル・アン・ミラー、2幕で舞踏会の式典長もつとめる男性準主役のカラス役にはオーストラリア・バレエ団より移籍の台湾人ダンサー周子超、ムッシュー・コションをロバート・グラブナーが踊った。
日本のバレエ・ファンは3年前のBRB日本公演中、(エリーシャ・ウィリス降板のあおりを受けて)佐久間奈緒が主役ベルを連日のように踊ったことをまだご記憶かもしれない。佐久間は今回も27日夜のゲネプロ、28日のシーズン初日と元々自らの主演が予定されていた29日と3日連続公演。中1日休んだ後の10月1日、バーミンガムと近郊、そしてロンドンから劇場に足を運んだ満場の観客の前に姿を現した。

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重厚な書斎のセットで観客に背を向けながら一冊の本に手を伸ばし、物語の世界に埋没する佐久間の前に、バレエの登場人物たちが次々と姿を見せる。立ち姿こそ美しいが、狩を愛し、動物たちに残忍な行為を繰り返したため野獣に姿を変えられてしまう王子(マッケイ)、動物に姿を変えられる王子の側近たち。本を読みふけるベル=佐久間の前に舞台での存在感がますます大きくなったマッケイが貴公子姿で現れ森の賢者のマントの中に消えた。
今回世界初演以来8年ぶりにこのバレエを撮影し舞台を観て、重厚にしてミステリアスでありながら夢のあるこの作品に再度魅了された。暗い夜空を飛ぶカラスの一群の背に乗り野獣の城に導かれる美女ベル、野獣の城での舞踏会に現れソロを踊るウサギ、プロローグからエピローグまで出ずっぱりで物語をリードする雌狐=ワイルド・ガール。原作通りのバレエの所々にビントレー・オリジナルのキャラクターが登場し、観る者に夢を、そしてバレエ団のプリンシパルやソリストに活躍の場を与えている。

1日はベルに佐久間奈緒、ワイルド・ガールにキャロル・アン・ミラーとバレエ団きっての技巧と音楽性を持つ2人の女性プリンシパルが配役されたことで、1幕のベルとワイルド・ガールが踊る数分のデュエットがたいへん見ごたえのある物となった。この場面でのワイルド・ガールは人間に姿を変えられた雌狐であるが、ミラーの目にも留まらぬスピーディなフットワークや跳躍が、観客に彼女が人間を超越した存在であることを伝え、佐久間との数分のデュエットにはこの2人だけがつむぐことのできる魔力に満ちてたいへんエキサイティングであった。こんな嬉しいハプニングがあるのだから、遠くバーミンガムまで遠征した甲斐があろうというものである。

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BRBは男性プリンシパルにロバート・パーカー、曹馳(ツァオ・チー)、ジェイミー・ボンドと物語バレエの主役を踊って輝く演技派揃いだ。そんな中マッケイは、コレーラ・バレエ移籍前は演技が大味であったり、BRBに戻ってきた後も時として演技過剰になってしまうことが多かった。だがそんなマッケイの資質が大いに生きたのが『リーズの結婚』と『美女と野獣』であった。
特に今回のマッケイは、プロローグの残忍な王子としての登場場面から、1幕で末娘の約束を果たそうと一輪の白薔薇を手折った商人の腕を掴んで、観客に恐ろしい姿をさらす野獣の姿での登場場面、暗い館の中、一条の光を背負って重々しい足取りで美女ベルの前に現れるシーン、2幕の舞踏会で見せる包容力と脅威のパートナーリング技術、ベルの2人の姉に薔薇の花を散らされベルの帰りを待つことなく死を迎えようという場面それぞれで存在感が光り、作品の最後で人間に戻るシーンでは生来の優しさがにじんだ。

佐久間はカラスの群れの背に乗って野獣の城に向かう場面の演舞、初めて野獣と対面する場面のおののき、舞踏会で見せた華やかなスター性と存在感、全編通して見る者の眼を楽しませる確かなダンス・テクニックと、相変わらずたいへん充実した舞台を作り上げた。ベルが人間の姿に戻った野獣と結ばれる作品最後のパ・ド・ドゥでは、観客の多くがその頬を涙でぬらし、カーテン・コールは熱狂した満場の観客のブラボーの声でたいへんな騒ぎとなった。

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10日2日(日)のバーミンガムでの千秋楽には、当初この作品のバーミンガム公演から全面降板を伝えられたロバート・パーカーが腰の怪我を押して野獣役を主演。彼の舞台を楽しみにチケットを買っていたファンの期待に答えた。ベル役はエリーシャ・ウィリス、雌狐=ワイルド・ガールはアンブラ・ヴァッロ、2人の姉はフィエールにヴィクトリア・マール、ヴァニテをサマラ・ダウンズ、カラス役は新プリンシパルのジョセフ・ケイリーが踊った。
ウィリスはベル役がたいへんよく似合うが、前夜に大きなスター性と煌びやかなダンス・テクニックを奮った佐久間の舞台を観た私の目にはやや地味に映った。パーカーも腰が完治していない状態で、分厚い着ぐるみを着て数々のリフトをこなすのに難儀している場面が一部見受けられた。
準主役ではアンブラ・ヴァッロのワイルド・ガールが、超人的なムーブメントをつむいだ前夜のミラーとは対照的に、コケティッシュな女らしさを全面に押し出した役作りで興味深かった他、姉の1人であるフィエールを踊ったヴィクトリア・マールの確かな役作りと表現力が光った。

また両日を通じてベルの父である商人を演じたマイケル・オヘア、祖母を怪演したマリオン・テイトらベテランの演舞が舞台を格調高いものにしていたことも忘れてはならない。カラス役は周とケイリーという才能豊かなダンサー2人が踊ったにもかかわらず、世界初演時と3年前の日本公演でこの役を踊って日英の観客の心を掴み、幸せで満たした山本康介(09年退団)を凌ぐことはできなかった。

バレエ団からは日本公演後に美貌のバレリーナ、アンドレア・トレデニックが引退した他、先シーズンの終わりにマリオン・テイトの夫君で『リーズの結婚』のシモーヌ未亡人役などで知られたデイヴィッド・モースも引退、日本公演でも活躍したアレクサンダー・キャンベルはロイヤル・バレエに移籍するなど離・退団ラッシュに見舞われた。
その穴を埋めるべく、オーストラリア・バレエ団から前述の周子超、カナダのロイヤル・ウィニペグ・バレエより米国人バレリーナのマウレヤ・レボヴィッツが、イングリッシュ・ナショナル・バレエ団からマックス・ウェストウェルが、付属校のロイヤル・バレエ・スクールからは、長身の大型新人ブランドン・ローレンスが、エルムハーストからはローザンヌで研修賞受賞後バレエ団と1年活動を共にしたルイス・ターナーが正式に入団した。
(10月1日(夜)、2日(昼)バーミンガム・ヒポドローム。9月27日(夜)の最終ドレス・リハーサルを撮影)

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