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アンジェラ・加瀬 text by Angela Kase 
[2011.08.10]

BRB『コッペリア』とビントレー『カルミナ・ブラーナ』他でシーズンを終了

Birmingham Royal Ballet バーミンガム・ロイヤル・バレエ団
Coppelia by Sir Peter Write Passion & Ecstasy Allegri Diversi /Carmina Burana by David Bintley
「 ピーター・ライト振付『コッペリア』デイヴィッド・ビントレー振付『アレグリ・ディベルシ』『カルミナ・ブラーナ』

5月にピーター・ライト版『眠れる森の美女』全幕と『アシュトン小品集』を持って日本公演を行ったバーミンガム・ロイヤル・バレエ(BRB)は、帰国後イギリス各地でシーズン最後の公演を行った。

6月8日ー11日は、マンチェスター近郊の街、サルフォードでライト版『コッペリア』を4日間8公演したのを皮切りに、14日ー18日は本拠地バーミンガムのヒポドローム劇場で『コッペリア』全幕、翌週22日-25日にはビントレーの小品『アレグリ・ディベルシ』と『カルミナ・ブラーナ』2作品による「パッション・エクスタシー」を、そして7月7日ー9日には隣国アイルランドの首都ダブリンに飛び『コッペリア』全幕の海外公演でシーズンを締めくくった。

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6月17日(金)、18日(土)とバーミンガムで『コッペリア』全幕を、23日(木)と25日(土)の昼夜に「パッション・エクスタシー」を観た。
17日にスワニルダとフランツを踊ったのはキャロル・アン・ミラーとジェイミー・ボンド。プリンシパル同士だが、これまで全幕で共演することがほとんどなかった2人である。今回なぜこの作品で共演するのか? と不思議に思ったものだが、幕が上がるとその理由が明らかになった。
『コッペリア』といえば主役バレリーナが全幕を通じて様々な舞踊スタイルを披露する。バレリーナにとって技巧とスタミナを大いに試される作品。このバレエ団で佐久間と共にダンス技術においてトップ・クラスのミラーは、全幕を通じて演舞に充実した舞台を見せたが、特に2幕の人形ぶりからスパニッシュ・ダンス~スコットランド・ジグで見せた音楽性、大胆なキック・ジュテやシャープなフットワークが白眉で、たいへん見ごたえのある舞台となった。
ボンドはジプシー女(ビクトリア・マール)と踊るチャルダッシュでの音楽性、ソロでは大きく、だが優雅に足先を打ち合わせるダブル・カブリオール他、各種跳躍の優美さで観客にアピール。また2幕のコッペリウス博士の工房に忍び込む様子や、博士に見つかってからのマイムのやり取り、睡眠薬の入った酒で眠りこけた後の目覚めの場面では、コミカルな演技で観客を大いに楽しませた。ミラーとのパートナーシップも似合いで、1幕の登場から3幕の結婚のパ・ド・ドゥまで華やかで楽しい舞台となった。
ソリストではジプシー女を踊ったビクトリア・マールが、スワニルダに見せつけるように、悩まし気にフランツの手をとり手相占いをする場面で見せた妖艶さ、「祈り」を踊ったデリア・マシューズが印象に残った。

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18日の夜の部を主演したのは佐久間奈緒とジョセフ・ケイリー。この作品はバレエ団による前々回の日本公演で披露されており、佐久間主演舞台をご記憶のファンも多いことだろう。今回の再演でも1・3幕では美しく元気闊達な村娘を、2幕では美貌の人形コッペリアを踊り、持ち前のスター性でヒポドロームに集まった観客を沸かせ、酔わせた。
友だちと共にコッペリウス博士の工房に忍び込んだ後、コッペリアと対面する場面での演技は忘れがたいし、コッペリアに扮した後、手鏡を持ってアラベスク~パンシェをする場面の美しい人形ぶりには男性ファンの心を鷲づかみにして放さない魅力がある。
フランツ役のジョセフ・ケイリーは健闘したが、バレエ団のトップ・スターである佐久間との全幕共演には、やや役不足。ケイリーの見た目年齢が幼いことも、この作品を佐久間と踊る上でマイナス要因になってしまった。

佐久間はサルフォードではセザール・モラーレスと共演したが、モラーレスが新国立劇場バレエ団の『ロミオとジュリエット』主演のために日本に飛んで、バーミンガムでは別の相手役と踊ることになった。バーミンガムでは曹馳(ツァオ・チー)と踊るとの発表があり、公演当日までバレエ団HP上に変更が加えられなかったため、地元のファンは2人の共演を期待してチケットを購入。劇場に足を運んでから配役変更を知ってたいへんショックを受けていた。だがそんなファンが終演後楽屋口に行ってみると、同僚に逢いに来ていた曹馳がいる。一時楽屋口は憧れのスターにサインをねだるバレエ団付属校の生徒たちとファンでたいへんな混雑となった。

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翌週は『アレグリ・ディベルシ』と『カルミナ・ブラーナ』による「パッション・エクスタシー」を撮影し、3公演鑑賞した。
『アレグリ・ディベルシ』はビントレーが87年に創設40周年記念シーズンに沸くサドラーズ・ウェルズ・ロイヤル・バレエ団(現BRB)のために振付けた小品。中心になる男女のペアと男女各3名、計8人のダンサーによって踊られる抽象バレエ。今回の再演では中心となるペアに佐久間奈緒とジョセフ・ケイリー、曹馳(ツァオ・チー)とエリーシャ・ウィリス、ジェンナ・ロバーツとジョセフ・ケイリーが予定されていた。

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異色作『カルミナ・ブラーナ』は、95年にピーター・ライト卿の後任としてBRBの芸術監督となったビントレーが、同年に自らのバレエ団に振付けた作品。カール・オルフの同名のカンタータを音楽に、カンタータの元になった11~13世紀のドイツの神学生や修道僧が書いた恋愛や酒・性についての詩歌から構想を得て、現代に生きる3人の神学生が愛や欲望・性愛に溺れ神を欺き堕落してゆく姿を描く。古典バレエのムーブメントやトウ・シューズを履いたバレリーナは、ロースト・スワンの場面に数分出てくるのみで、作品のほとんどは現代舞踊やビントレーが創作したダンス・ボキャブラリーによって踊られる。筆者は95年のロイヤル・オペラ・ハウスでのロンドン初演を観ているが、当時たいへんな話題となりバレエ・ファンからトレンドに敏感な若者層に絶賛された。
日本では新国立劇場バレエの演目になっている関係で時おり上演されるが、イギリス本国で全編上演されるのは稀なこと。イギリス初演から16年、当時3人の神学生を主演したダンサーで今回も再演キャストに入っていたのは、プリンシパルのロバート・パーカーただ1人。作品の再演と新たに神学生を踊るダンサーに関係者の注目と期待が集まった。

初日前夜の6月21日、バレエ団友の会会員と舞台写真家を集めてのゲネプロ(ドレス・リハーサル)があった。当日は装置他の関係から作品の順番を入れ替え『カルミナ・ブラーナ』『アレグリ・ディベルシ』の順に上演。配役は初日を飾る予定のファースト・キャストで運命の女神をビクトリア・マール、神学生1をアレクサンダー・キャンベル、2を曹馳(ツァオ・チー)、3をイアン・マッケイ、ロースト・スワンを佐久間奈緒が踊った。
ところが作品中盤、第2部「居酒屋で」の場面で酒を飲み暴力に若さと怒りを撒き散らす神学生2を踊っていた曹馳(ツァオ・チー)が、男性群舞を従えて踊る暴力的なシーンの途中で脳震盪をおこして倒れてしまうというハプニングがあった。ゲネプロは幕を下ろして一時中断され、その後の場面はそれまで客席でリハーサルを見学していたジェイミー・ボンドが急遽飛び入り出演して、神学生2を踊り事なきを得た。だがこのハプニングが元になり、曹馳(ツァオ・チー)は翌日の初日を含む全公演から降板。2つの作品の配役変更が相次いだ。

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『アレグリ・ディベルシ』はビントレー作品の中では『ガラントゥリーズ』と同じように音楽の視覚化をテーマにした小品。ゲネプロも踊ったファースト・キャストの佐久間・ケイリー組とセカンド・キャストのエリーシャ・ウィリス・曹馳(ツァオ・チー)組によるパフォーマンスを楽しみにしていたのだが、佐久間・ケイリー組は私の鑑賞スケジュールでは網羅できず、またセカンド・キャストは曹の降板によりウィリスとアレクサンダー・キャンベルが踊った。
23日と25日(夜)はウィリスとアレクサンダー・キャンベル、25日(昼)はジェンナ・ロバーツとジョセフ・ケイリー組を観た。
BRBのダンサーはバレエ団と同意の上なら一部振付を自分向きにアレンジして良い様子で、キャンベルとケイリーは見所の一つである男性ソロに、それぞれ自身が得意とするダンス・テクニックを披露していたのが興味深い。
ウィリスとJ・ロバーツは健闘したが、欲を言えばやはりこのような作品の女性主役は佐久間や、長くBRBで活躍し最近スペインのアンヘル・コレーラ・バレエに移籍した平田桃子のような、音楽性と技術に優れたバレリーナで観たかった。群舞のダンサーでは、レイ・ジャオと入団1年目で昨年ユース・アメリカ・グランプリでグランプリを受賞しているウィリアム・ブレイスウェルが印象に残った。

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『カルミナ・ブラーナ』の配役は、23日と25日(夜)運命の女神フォルトゥナをサマラ・ダウンズ、神学生1をジョセフ・ケイリー、2をジェイミー・ボンド、3をロバート・パーカーが、25日(昼)はフォルトゥナをビクトリア・マール、神学生1をA・キャンベル、2をマティアス・ディングマン、3をイアン・マッケイが踊った。
第1部「春に・草の上に」は若き神学生1が恋を知り、その初恋に破れるまでの物語。10代の若者のような容姿を持つジョセフ・ケイリーには、この役がたいへん良く似合い、跳躍技の繰り返しも目に鮮やか。また同じ役を踊ったA・キャンベルはより求心性に富んだ役作りで、若者を惹きつけ翻弄する「恋する乙女」役のアンブラ・ヴァッロと共により心に残った。

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第2部「居酒屋で」は、何かに追われている神学生2が、夜道を疾走する場面から始まる。欲望という悪徳に飲み込まれ堕落する神学生2のソロは激しいムーブメントが多く、通常は技巧に優れたバレエ団のトップ・ダンサーか期待の若手が踊る。95年の世界初演時は若き日のロバート・パーカーがこの役を踊り、現代的な若者の姿を描いて一躍脚光を浴びた。
ヴァルナ国際コンクール銀賞受賞のアメリカ人ダンサー、マティアス・ディングマンは、神学生2に持ち前の技巧とスター性を炸裂させ、居酒屋で男性群舞を後ろに従えボクシングの動きをみせる場面や、酒を飲む場面が大変華やかであった。
25日(昼)のディングマンは、役と振付に没入しダンサーズ・ハイともいえる境地に達してしまったようで、フィナーレで3神学生が並んで踊る場面でも、A・キャンベル、イアン・マッケイと舞台を分かち合いながらも、まるでディングマン1人にだけスポットライトがあたっているかのように見えた。
一方ジェイミー・ボンドは演技派プリンシパルらしい解釈で、この役に深みを与え作品をより興味深いものにしていた。ボンド演ずる神学生2は完全犯罪さえ可能な知性や怜悧さを感じさせ、昼は優等生、夜は自らの欲望に身を任せて神を欺く確信犯、というストーリーが見え隠れし、ディングマンとは全く違う役を生きた。

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第3部「求愛」で、性愛に溺れ神を裏切る神学生3を演じ踊ったロバート・パーカーとイアン・マッケイは、過去にそれぞれ新国立劇場に客演しているので、ご記憶の方も多いことだろう。
おずおずと娼館を訪れ、後ろめたさ一杯に服を脱ぎ女性に手を差し伸べる神学生3。人間の中に潜む獣性と本能の赴くままに神に背を向け、その後初めて知る女性とのむつみあいの楽しさに我と我が身、そして神を忘れる、ダンス・テクニックよりも演技力の必要とされる役どころだ。今回の再演では、時にキリストその人すら感じさせたパーカーの存在感と演技力が心に残った。
運命の女神役ではビクトリア・マールが、人間の運命を操る秘めた力を感じさせ、佐久間は作品初演以来踊っているロースト・スワンに短いながらも華やかな存在感を奮った。
残念だったのは曹馳(ツァオ・チー)の降板である。ゲネプロでの彼は、悪と欲望にまみれた役を演じ踊れば踊るほど、持ち前の高貴なオーラに包まれ、たいへん興味深かった。久しぶりの再演で、そんな曹馳の姿を観ることができたのは本の一部の関係者と友の会の人たちのみであったことが悔やまれる。
(2011年6月23日、25日昼・夜。舞台写真は22日の最終ドレス・リハーサル)

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撮影:Angela Kase
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