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アンジェラ・加瀬 text by Angela Kase 
[2011.07.11]

ワトソンの驚異的な「春の祭典」、カスバートソン、平野、金子が活躍

The Royal Ballet 英国ロイヤル・バレエ団
Scene de Ballet by Sir Frederick Ashton
Voluntaries by Glen Tetley
The Rite of Spring by Sir Kenneth MacMillan
フレデリック・アシュトン振付『バレエの情景』、グレン・テトリー振付『ヴォランタリーズ』、ケネス・マクミラン振付『春の祭典』
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ロイヤル・バレエは5月28日から6月11日までシーズン最後のトリプル・ビル(小品3作品集)を7公演した。
5月初旬に上演したトリプル・ビル(6月号でご紹介)が、マクレガーの新作や、バランシンの『王妃の舞踏会』など、新作やイギリス初演作品中心だったのに対し、今回の3作品はバレエ団創設時の振付家で英国ロイヤル・バレエのダンス・スタイルを築いたアシュトン卿による『バレエの情景』(47年)、卿の後を引き継ぎバレエ団の常任振付家となったマクミランによる『春の祭典』(62年)、グレン・テトリーがジョン・クランコ亡き後のシュツットガルト・バレエのために振付けた『ヴォランタリーズ』(73年作品)というイギリスとヨーロッパのバレエ史の中に燦然と輝く名作揃いのラインナップ。

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5月28日(土)に昼夜2公演・2キャストを鑑賞した。
『バレエの情景』は、日本在住のバレエ・ファンなら小林紀子バレエ・シアターが同作品を上演したさいに吉田都主演でご覧になっているかもしれない。また舞台をご覧にならなかった皆さんも、吉田指導のNHKスーパー・バレエ・レッスンのテキストの表紙写真でご存知のことと思う。
アシュトン作品の中でも『シンフォニック・ヴァリエーションズ』と共に、抽象バレエの最高傑作であるが、ロンドンでは何故かここ7年ほど上演されていなかった。
久々のリバイバル上演の女性主役に抜擢されたのは、ローレン・カスバートソンとサラ・ラム。男性主役はカスバートソンの相手役をバレエ団の男性ホープ、セルゲイ・ポルーニン、ラムの相手役は当初フェデリコ・ボネッリが予定されていたが、ボネッリの降板によりヴァレリー・フリストフがつとめた。
ロイヤル・バレエ・スクール時代にロシア人教師アナトーリ・グレゴリエフを尊敬し、入団後も恩師の早すぎる死の直前までアドバイスを受けていたカスバートソンと、ウクライナに生まれ14歳でロイヤル・バレエ・スクールに留学以来、ロンドンに住まうポルーニン。

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踊りのどこかにロシアとイギリス双方のダンス・スタイルが見え隠れする2人は、共演を重ねれば良いペアになる可能性も充分だ。
イギリス人バレリーナとして始めてヴァルナ国際バレエ・コンクールで銀賞を受賞し、将来を嘱望されながらも、怪我とそれに続く難病により復帰に約1年を費やしたカスバートソン。彼がコベントガーデンの舞台に復帰したのは昨年11月のこと。以来バレリーナとしての成長著しく、アシュトンの『シルヴィア』『シンデレラ』、古典の『白鳥の湖』からウィールドンの新作『アリス』、バランシン作品、マクレガーの最新作と、何を踊っても関係者やファンを唸らせ続けている。『バレエの情景』でも、アシュトンの難しいステップの連なりや、小さく打つパを難なくクリアしながらも、優雅で品性高くフェミニンな魅力にあふれ素晴らしかった。
ポルーニンは跳躍や所作も美しいが、ルティレ・パッセで片足の膝まで引き上げるつま先の位置や1つ1つのアントルシャから完璧な5番ポジションに着地する、といったようなバレエの基本が見事で、作品を通じて一切破綻がなかった。

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夜の部のラムとフリストフは、中世の騎士物語(美しき姫と姫を守る騎士)を髣髴とさせるペア。美しくエレガントなバレリーナと、品性良く節度のある男性舞踊手という組合せは、初演のマーゴット・フォンテインとマイケル・ソムズの昔からアシュトンの美学を体現する組合せである。
またこの作品で群舞を踊りながら、ソロで波打つようなパド・ブレや軽やかなシェネを披露し関係者や観客の目を奪ったのは、4月にバレエ団に入団したばかりの金子扶生〔かねこふみ〕。08年のヴァルナ国際バレエ・コンクールでジュニアの部金賞、続く09年のモスクワ国際バレエ・コンクールでジュニアの部銀賞と、世界の主要コンクールでの華麗な受賞歴を誇る金子はコール・ド・バレエの中にあっても一際目立つ存在。入団2ヶ月目とは思えぬ存在感を見せ、その容姿は私に若き日の吉田都の姿を思い出させた。秋からの新シーズンでは益々の活躍が期待される。

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昼に『ヴォランタリーズ』を主演したのはリアン・ベンジャミンとネヘミア・キッシュ。シーズン初めのロイヤル移籍以来、物語バレエを踊って好評を博したキッシュだが、ウィールドンやテトリーといった新しいダンス・スタイルはまだ慣れておらず、この作品の美しいが難解なパートナーリングやソロでの流れるようなムーブメントを紡ぐことができなかった。
夜の部はこの作品を得意とするヌニェズとペネファーザーが主演。パ・ド・トロワはカスバートソン、フリストフ、ポルーニンが踊り、それぞれが叙情と音楽性に優れたパフォーマンスを披露し、テトリーの最高傑作ともいえるこの作品をより一層輝かせてみせたのである。

シーズン終盤のバレエ団は、ガリアッツィ、ボネッリ、小林ひかる、蔵健太、ブライアン・マロニーらが怪我に倒れていたが、そんな中にあって『バレエの情景』の男性ソリスト、『ヴォランタリーズ』のパ・ド・トロワを踊った平野亮一の好演が光った。
これまで佐々木陽平や蔵健太といった日本人の先輩ダンサーの活躍の陰に隠れがちであった平野だが、ロイヤルの白人ダンサーの中にあっても一際目立つ長身に長い手足という恵まれた肢体を生かし、『くるみ割り人形』のアラビアの踊り、『ベアトリクス・ポターの世界』のカエルのジェレミーといったキャラクター役から『オネーギン』のグレミン伯爵のような熟年役、マクレガーの現代作品から抽象作品まで、01年の入団以来10年の間にバレエ団の中に確固としたポジションを築いている。

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今回のトリプル・ビルで最も話題になったのがマクミラン版『春の祭典』の再演であった。コヴェント・ガーデンの舞台に初めて男性プリンシパル2人による「選ばれし者(生贄)」が誕生したのである。
このバレエは60年代の若者パワー吹き荒れるロンドンで、ある晩パーティーで踊り狂うモニカ・メイソンを目にしたマクミランが、メイソンが踊っていた南アのズールー族の踊り(メイソンは南ア出身)に興味を持ち、当時21歳だった彼女を主役に振付けたもの。
メイソンは20年の長きにわたり同作品を主演し続けたが、マクミランの最晩年にあたる88年、建国200周年を祝うバレエ団のオーストラリア公演の際、振付家の意向により初めて主役である生贄役が男性ダンサー2名によって踊られた。
その2名とは、当時バレエ団の貴公子ダンサーとして王子役やロミオ、アポロなどを得意としたウェイン・イーグリングと、小柄で技巧に優れたソリスト、サイモン・ライス。全く対照的な個性を持つ2人が抜擢されたこの試みは現地で大成功をおさめたが、それ以来生贄役は男性によって踊られることは無く今に至ったという。
モニカ・メイソンは自らが芸術監督を務める最後の『春の祭典』リバイバルにあたって、再びこの作品の主役を男性に与えることを思いついた。そして今回エドワード・ワトソンとスティーブン・マックレーという対照的な個性を持つ2人のプリンシパルを抜擢したのである。

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初日前日の27日、舞台写真家を集めて行われたゲネプロに登場したのはマックレー。跳躍他に「若きエネルギーの炸裂を見せるのでは?」と想像していたわれわれを大きく裏切る解釈と演舞で、儀式ゆえに命を奪われる若者の心の慄きを表現。その姿は中性的で脆く痛々しくすらあった。
翌日の初日28日(昼)も同様の解釈。高い跳躍やエネルギッシュなダンスを期待していた観客の一部は期待を裏切られ何やら判然としない気持ちで帰路に着いた者もいたようだ。だが私自身は『オネーギン』のレンスキー、『白鳥の湖』のジークフリートと、物語バレエを踊って演技面に問題を露呈したマックレーが、演技者として何かをつかんだ作品であったと信じている。

驚異的だったのは夜の部を主演したエドワード・ワトソンであった。
ワトソンは二の腕を痛め手術し、舞台にカムバックしたばかり。『オンディーヌ』のパレモンのような貴公子役から、バレエ団きっての演技派プリンシパルとして『レッスン』のバレエ教師に代表される狂気にとりつかれた男までを踊る。バランシンの『4つの気質』ではバレエのアカデミー賞であるブノワ賞にノミネートされるなど抽象作品を踊ってもその独自の役の解釈と音楽性、ラインの美しさで抜きん出るなど踊り手として稀にみる芸域の広さを誇るダンサーである。
すでに充分すぎるほどの代表作を持つワトソンだが、28日夜コヴェントガーデンに集ったバレエ関係者と観客は、即座に『春の祭典』の「選ばれし者(生贄)」こそ、彼の名前と共に後生に語り継がれる作品であることを悟った。
マクミランの振付を最も美しく紡ぐ肉体とラインの美しさ、鬼気迫る演舞と表現力。目にするワトソンのパフォーマンスとそれが観る者に与えるパワーに戦慄すら覚えた私は、途中からストラヴィンスキーのあのパワフルな音楽が全く聞こえなくなっていた。そしてただただこの特異な個性を持つ踊り手がそのキャリアの頂点で見せる名演中の名演に、圧倒されていた。
これまで20年以上何度も目にし、撮影したマクミラン版『春の祭典』。誰で見ても判然としなかったこの作品に、ここまで打ちのめされ感動する日が来るとは夢にも思わなかった。
コヴェントガーデンでバレエを観始めて24年。数々の伝説の舞台の目撃者となった。その中でも最も恐怖と戦慄を覚えた公演がこの夜のワトソンの生贄であった。
私と共に新たな伝説として語り継がれるであろうパフォーマンスを見る幸運にあずかったコヴェントガーデンの観客の驚きは、終演と共に爆発。熱狂した観客が口々にブラボーを叫び、汗にまみれ呆然とカーテンコールに佇むワトソンをいつまでもつつんでいた。
(2011年5月28日昼夜2公演。27日最終ドレス・リハーサルを撮影)

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Photos: Angela Kase
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