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アンジェラ・加瀬 text by Angela Kase 
[2011.04.11]
今回この場をお借りし、3月11日の関東東北大震災で被災した皆さまと、現在様々な不安を抱えながら、日本で暮らしておられる読者の皆さま方にお見舞い申し上げます。
私自身は震災当日、BRBとの5月の来日公演前のリハーサルを行うために来英されておられた吉田都さんとのお仕事のためバーミンガムにおりました。
BRBの佐久間さん、曹さんはプロモーションのため、芸術監督のビントレーさんと、元プリンシパルで現バレエ・マスターのアントヌッチさんは新国立劇場バレエのご指導のため、東京におられたことからBRBの関係者は4人の安否を大変ご心配されていました。
私が現地に到着すると共に4人と吉田さんのご主人やご家族も皆ご無事だとわかり仕事を進めましたが、私自身は同日深夜ロンドンに戻った直後に千葉県在住の両親が地盤の液状化のために家を失い被災したことを知らされました。他にも登山家の友人や東北在住の友人夫妻など未だに安否がわからない知人がおり、一時は私自身非常に仕事を続けるのが大変困難でした。 震災以来日本ではバレエ公演のキャンセルが続いているとうかがっております。大変微力ではありますが、ロンドン発のレポートや舞台写真、ダンサーたちから皆さまへのお見舞いのメッセージをDance Cubeにお届けすることが、少しでも日本の皆さまのお慰めになればと思い、毎日自分に鞭打つような気持ちでパソコンに向かっております。 一刻も早い被災地の復興をお祈り申し上げます。

ビクトリア朝時代のアリスの世界を見事に視覚化したウィールドン新作

The Royal Ballet 英国ロイヤル・バレエ団
Alice’s Adventures in Wonderland by Christopher Wheeldon
クリストファー・ウィールドン振付『不思議の国のアリス』世界初演
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ロイヤル・バレエは2月28日、ウィールドン振付の新作全幕作品『不思議の国のアリス』を世界初演した。この日はガラ公演で一般公演は3月2日~15日まで計7公演が行われた。
ロイヤル・バレエが全幕新作を上演するのは実に16年ぶり。また題材がイギリス人なら誰もが子供時代に紐解く「アリス」であったことから、バレエ・ファンから通常はバレエをほとんど観ない一般人の間でも非常な話題となり、6回の公演チケットは、昨年のうちに完売となっていた。

ここ25年ほどの間に世界のバレエ地図は大きく様変わりした。
ロシアは体制を変え、バレエ・ダンサーを志す若者の数こそ減ったものの、モスクワやサンクトペテルブルクの著名バレエ団は、富裕な企業や億万長者をスポンサーに潤沢な予算を得て、毎年のように全幕新作を発表。振付家としてはラトマンスキーが国境を越えた活躍を続けている。
ドイツもマラーホフ率いるベルリン国立バレエは、物語バレエの全幕新作や復刻版を定期的に発表している。
イギリスは?といえば、ド・ヴァロワ、アシュトン、マクミランという巨匠を過去に芸術監督、常任振付家として擁し、『シルヴィア』『オンディーヌ』『マノン』『マイヤリング』といった大作を発表して海外のバレエ界に影響を与えていたロイヤル・バレエに16年もの間、全幕新作がなかったのである。
16年前の全幕作品とはアメリカの振付家トワイラ・サープを招いて作った『ミスター・ワールドリー・ワイズ』。バレエ団や付属バレエ・スクールと何ら関わりを持たないアメリカ人女性の作品は、予算をかけた割に内容が伴わず、イギリスの観客に愛されることもなく、バレエ団の演目として残るまでにはいたらなかった。
ロイヤル・バレエがイギリス的な物語バレエの全幕新作を最後に発表したのは、91年に当時常任振付家であったビントレーが作った『シラノ』(オリジナル版。現在BRBの演目にある物とは音楽が異なる)で、実に20年前のことであった。
ロイヤル・バレエ出身のイギリス人振付家がバレエ団に全幕作品を作るのは20年ぶりであったのだから関係者やファンの期待は大きく、発表前の各種イベントのチケットですら入手困難を極めた。
 

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ガラ公演と一般公演の初日をつとめたファースト・キャストはアリスにローレン・カスバートソン、リデル家の使用人でアリスにほのかな恋心を寄せるジャック役をセルゲイ・ポルーニン、ルイス・キャロルと白兎の2役をエドワード・ワトソン、アリスの母とハートの女王の2役をゼナイダ・ヤノースキー、父とハートの王をクリストファー・ソーンダース、マジシャンといかれ帽子屋の2役をスティーブン・マックレー、ラジャと芋虫の2役をエリック・アンダーウッド、牧師と三月うさぎの2役をリッカルド・セルヴェーラが、公爵夫人役にはウィールドンのたっての希望でローレンス・オリビエ賞受賞の英劇壇の有名俳優サイモン・ラッセル・ビールが扮した。
セカンド・キャスト(ゲネプロ撮影配役に同じ)は、アリスをサラ・ラム、ジャックをフェデリコ・ボネッリ、ルイス・キャロルと白兎をジョナサン・ハウエルズ、アリスの母とハートの女王をタマラ・ロホがつとめた。

幕があがると舞台はビクトリア時代のオクスフォード。夏の昼下がりにアリスの家の庭でティー・パーティーが開かれている。写真家としても有名なルイス・キャロルは写真撮影をしている。
パーティーには、牧師からインドのラジャ、マジシャンまで多彩な顔ぶれが招待されている。
ウィールドンはバレエ化にあたって主人公アリス・リデルの年齢を原作よりやや高めの15, 6歳に設定。初恋を知る年頃にした。
リデル家の使用人のジャックはアリスにほのかな恋心を抱いており、庭に咲いた薔薇の花を一輪、彼女に贈ろうとするが、その様子をアリスの母に見咎められ、使用人の任を解かれてリデル家を去るよう言いわたされる。
その後「不思議の国」への旅が始まるのだった。

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バレエは2幕仕立てで、1幕がプロローグから原作の第7章「キ印のお茶会」(A Mad Tea-Party)まで。2幕は原作の第8章「女王様のクロケー場 」(The Queen's Croquet-Ground)以降とエピローグ。
ウェイン・マクレガー振付の『クローマ』を作曲したジョビー・タルボットが音楽を担当。芋虫のテーマなど印象に残る曲を提供した。音楽のみならず衣装やセットも大変素晴らしく、チェシャ猫、フラミンゴ、芋虫など原作でお馴染みのキャラクターが目を見張る仕掛けやカラフルな衣装で登場。世界中で愛読される原作の世界を見事に視覚化した。
踊り手としてはファースト・キャスト、セカンド・キャスト双方のアリス(カスバートソン、ラム)とジャック(ポルーニン、ボネッリ)は適役であるし、芋虫を踊ったアンダーウッドの黒人らしいずばぬけた身体能力と音楽性に富んだパフォーマンス、得意のタップを披露したマックレーのいかれ帽子屋、ファースト・キャストで母とハートの女王を演じたヤノースキーの2幕での鬼気迫る演技、セカンド・キャストのロホの女の魅力いっぱいのハートの女王、ウィールドン指名の名優ラッセル・ビールによる公爵夫人もヤノースキーやロホの向こうを張る存在感で忘れがたい。
舞台構成も、アリスのモデルになったアリス・リデルとその家族や原作者のルイス・キャロルも登場するビクトリア時代のオクスフォードを描いたプロローグ、原作、プロローグと同じオクスフォードのアリスの家の庭に現代のカップル現れるがエピローグと起承転結がはっきりしておりわかりやすかった。
原作を視覚化するという意味では大いに成功しているし、良い踊り手や演者に恵まれた。
ただこれまでウィールドンの手になる素晴らしい抽象作品の数々を観ているだけに、振付については今ひとつ物足りなさを感じた。
また原作の第11章「誰がタルトを盗んだのか?」(Who Stole the Tarts?)の部分で、ハートの女王がタルトを手にしながら踊る『眠れる森の美女』のローズ・アダージォを模した振付のパロディに観客は大笑いしていたのだが、ビントレー振付2007年版『シラノ』に、これと全く同じアイディアが使われていること(10年1月号参照)、それぞれのダンサーが2役を踊り、舞台が時空を超えるといった構成もビントレーの新『シルヴィア』(09年5月号参照)で観ているだけに、何やら胸に判然としないものを残した状態で、口々にブラボーを叫ぶ観客を後に、ロイヤル・オペラ・ハウスを後にした。
(2011年2月28日ガラ公演 同日午後セカンド・キャストによるゲネプロ撮影)

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撮影:Angela Kase
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