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アンジェラ・加瀬 text by Angela Kase 
[2011.03.10]

アメリカン・バレエ・シアター ロンドン公演

American Ballet Theatre in London
アメリカン・バレエ・シアター ロンドン公演
london1103a05.jpg ミルピエ 写真提供:NYCB

2月1〜6日まで アメリカン・バレエ・シアター(ABT)がロンドン公演を行った。
コロシアム劇場で『白鳥の湖』『海賊』といった全幕古典バレエを披露した3年前とは違い、今回はサドラーズ・ウェルズ劇場でバランシンやテューダー、ポール・テイラーなど20世紀の巨匠による小品と、サープ、ラトマンスキー、ミルピエといった21世紀の現代振付家の作品による2つのプログラムを持っての来英であった。
2月1日と2日にA・Bプロの初日を観る。

Aプロ幕開け作品はラトマンスキー振付『7つのソナタ』。ジュリー・ケント、シマオラ・レイエス、加治屋百合子、デイヴィッド・ホールバーグ、エルマン・コルネホ、ゲンナディー・サヴェリエフという個性的な男女6人が踊る作品で、ダンス技術とパートナーリングを織り込みながら、6人の男女間の友愛を爽やかに描いたバレエ。
ケントの洗練、可憐なレイエス、清楚な加治屋、ホールバーグの優美、男性的な魅力の中にシャープな技巧を見せるコルネホ、ロシア・バレエのアカデミズムにつらぬかれたサヴィリエフ。短い作品ながら、作品が踊り手の個性を浮き彫りにし、スター・ダンサーたちが作品をより華やかなものに昇華させていた。

london1103a01.jpg 写真提供:ABT

続いてサープによる『ノウン・バイ・ハート・デュエット』、当初ジリアン・マーフィーとイーサン・スティーフェルが共演するはずが、スティーフェルの怪我によりマーフィーとブレイン・ホーヴェンが主演。ホーヴェンが代役とは思えぬ好演を見せ、見ごたえがあった。
ストラヴィンスキーの楽曲を舞台の上で奏でるピアニストとバイオリニスト。グランドピアノの脇に佇み、時にその音色に聞き惚れ、時に肉体を駆使してその楽曲を視覚化する一組の男女。初日にバランシンの『デュオ・コンチェルタント』を踊ったのはパロマ・ヘレーラとコリー・スターンズ。それぞれ好演したが、個性の強いヘレーラと真面目な持ち味のスターンズの2人は、雰囲気があまりにも異なるため、作品が持つロマンティシズムが充分に生きなかったように感じた。

Aプロ最後の作品はベンジャマン・ミルピエの09年作品『エヴリシング・ダズント・ハプン・アット・ワンス』。サイコ・スリラー・バレエ映画『ブラック・スワン』の振付を担当し、女優ナタリー・ポートマンとのロマンスで今や時の人となった今年30歳のNYCBプリンシパル、振付家による小品だ。
マルセロ・ゴメス、ダニール・シムキン、マリア・リチェットを中心に総勢24人のダンサーが舞台上で入り乱れて踊る非常に現代的な作品。ミルピエ自身のオリジナリティも感じられるものの、やはり踊り手としてNYCBで活躍後、NYを中心に振付家として世界的な活躍をする先輩クリストファー・ウィールドンの影響が強くうかがえた。

london1103a02.jpg 写真提供:ABT

私が「これぞABT!」と、胸を熱くしたのはBプロの演目とそれを踊ったスターたちの演舞であった。
Bプロはバランシンの『テーマとヴァリエーション』に始まり、テューダーの『リラの園』、バランシンの『チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ』、ポール・テイラーの『カンパニーB」という3演目に、日によって『チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ』か『くるみ割り人形』のパ・ド・ドゥ、『グラン・パ・クラッシック』のうちの1つが観られるという構成。
イギリスのバレエ・ファンは、演目と配役が正式に発表されてから、どの日を観るべきか大いに頭を悩ませ、チケットを放出したり、買い足したりで忙しかった。

初日は『チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ』を含むABTの多彩な演目に、マーフィー、ホールバーグ、レイエス、コルネホ、ミッツィー・コープランドらのスターが出演。
紫のチュチュに金のティアラの女性コール・ド・バレエに囲まれ『テーマとヴァリエーション』の主役を踊ったのはマーフィーとホールバーグ。絵本から抜け出したかのように美しい2人は濃いピンク色のチュチュと上衣をまとっている。
マーフィーは女王然とした存在感とスター性で、貴公子ホールバーグを従え作品に君臨。旋回技に持てるテクニックを駆使しながらも、立ち振る舞いはあくまでも優美だ。
ホールバーグはツィッターでもこぼしていたが、この作品には苦手意識を持っているらしい。作品の豪奢な雰囲気を充分に体現できる踊り手でありながら、勇壮な音楽にのって披露するトゥール・ザン・レールの繰り返しでは、後半スタミナ切れから肩が上がってしまい着地の位置も大きくずれ、最後の着地で彼が足を怪我するのではないか? 心配しながら見守った観客も多かった。
この作品では主役2名に留まらず、ABTの群舞男女の揃った身長やプロポーションの良さも目に迫る。ホールバーグと共に、長身のジャレッド・マシューズのラインの美しさや瞬発力も一際鮮やかにわれわれの眼に映ったものである。

london1103a04.jpg 写真提供:ABT Photo:Gene Schiavone
london1103a03.jpg 『リラの園』写真提供:ABT Photo:Paul Kolnik

『リラの園』はイギリス人振付家アントニー・テューダーが1936年にロンドンで初演した心理劇バレエの傑作。エドワード朝のイギリスを舞台に、愛し合いながら結婚することを許されぬ男女を描いた作品。だが近年イギリスで上演されることは極めて稀であった。
あれはいつのことだったか、ロイヤル・バレエ時代のシルヴィ・ギエムがヒロインを踊りたいと熱望し、ジョナサン・コープを相手役にこの作品に挑戦したことがあった。その後、昨年夏ロイヤル・バレエ・スクールが学校公演で取り上げ、YAG(ユース・アメリカ・グランプリ)でグランプリ受賞のウィリアム・ブレイスウェルが卒業を前にヒロインの恋人役を踊り注目されるまで、長いことロンドンの観客がこの作品を観る機会がなかったのである。
リラの花が咲き乱れる初夏のイングリッシュ・ガーデン。ヒロインの愛なき結婚の披露宴に新郎新婦の友人が招待されている。その中にはヒロインの恋人もいて、人目を忍んでは彼女と視線を絡ませ、手を握り恋人の手に口づけする。
若き恋人との最後の逢瀬に切なさをにじませ、夫となった男の横で屍のように青ざめた姿で佇む女優バレリーナ、ジュリー・ケントの演技が見事だった。またヒロインの恋人役を踊ったコリー・スターンズは、礼装に身を包んだ軍人姿が、真面目でどこか禁欲的な持ち味の彼によく似合い、ケントと共に報われぬ愛に苦しむ若き恋人たちを熱演。ロンドンの観客を唸らせたのである。

『チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ』を踊ったのはシマオラ・レイエスとエルマン・コルネホ。レイエスが音楽を巧みに体現しながら可憐な笑顔と共にシャープなダンス・テクニックを披露すれば、コルネホは芸術性の中に大人の男の包容力をふりまき、空高く飛翔しては刃物のように鋭いダブル・カブリオールを見せる。短いパ・ド・ドゥながら、2人のスター性とペアとしての魅力によって深く心に刻まれた。

今年のABT来日公演の「クロージング・ガラ」で上演されるポール・テイラー作品『カンパニーB』は、男性はシャツにスラックス、女性はフラワー・プリントのシャツにフレア・スカートというレトロな衣装、ラテン・ムードいっぱいの音楽が楽しい。お色気ムンムンのミッツィー・コープランドの魅力に惹かれ、一喜一憂する男の子たちの様子は何ともアメリカ的で、今年も厳しい冬に閉ざされ、クリスマス前後の空港閉鎖や大陸への足を絶たれたイギリスのダンス・ファンの心を大いに和ませたのであった。

「たくさんのスター(星)を擁すが、それを輝かせる充分な空を持たない」と評されるABTならではのスターの競演に、ロンドンの観客が大いに沸いた6日間、8公演。バレエ関係者として加治屋とシムキンの『テーマとヴァリエーション』や、ホールバーグの『グラン・パ・クラシック』なども是非観ておきたかったが、ローザンヌ・バレエ・コンクールと日程が重なり果たせなかった。
(Aプロ 2011年2月1日、Bプロ 2月2日 ロンドン サドラーズ・ウェルズ劇場)

写真:ABT提供 (ベンジャマン・ミルピエの顔写真のみNYCB 提供)