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アンジェラ・加瀬 text by Angela Kase 
[2011.02.10]

ダイジェスト版を廉価で楽しめ人気企画「サドラーズ・ウェルズ・サンプルド」

Sadler's Wells Sampled 2011
「サドラーズ・ウェルズ・サンプルド 2011」
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今年も1月28、29日の2日間、サドラーズ・ウェルズ劇場にて毎年恒例の人気企画「サドラーズ・ウェルズ・サンプルド」が行われた。
これは2月~5月までに同劇場で公演予定の人気団体のいくつかが、上演作品の小品や作品の一部(サンプル)を披露する公演。公演鑑賞が目的のダンス・ファンは、一晩で古典やネオ・クラッシク・バレエから現代作品、ヒップホップといった様々なスタイルのダンス公演に触れ、人気の団体とスター・ダンサーたちを堪能することができるし、将来ダンサーを目指しているティーンや踊ることが趣味というダンス・ファンは、公演前に劇場の各階フォワイエで行われているバレエ、コンテンポラリー、フラメンコ、ストリート・ダンスなどの各種ワークショップに参加することもできる。

今年ライブ・パフォーマンスを行ったのは、
・バレエ・ボーイズ
・アメリカン・バレエ・シアター(ABT)
・シディ・ラルビ・シェルカウイ・コンテンポラリー・ダンス
・ズー・ネイションの4団体と、
昨年同劇場が企画したグローバル・ダンス・コンテストの覇者、ジェイムズ・ウィルトン・ダンス

サンプルドでは毎年恒例のことだが、劇場の1階席前半分は椅子がすべて取り払われ立ち見スペースになる。立ち見客はスポーツでも観戦するかのようなリラックスした雰囲気で、友達の肩にもたれたり、恋人同士は腕をからませたりしながら目の前で行われるダイナミックなパフォーマンスを見入っていた。
ライブ・パフォーマンスの他にも同劇場の芸術監督にして今年のナショナル・ダンス・アワードで功労賞受賞の鬼才ダンス・キュレーター、アリステア・スポールディングが映像で観客に語りかけたり、ツアーなどでこの企画のライブに参加できない人気団体のパフォーマンス映像が紹介されたり、と盛りだくさんだ。上演時間2時間10分のすべてが見所と言っても過言ではない。
この充実のパフォーマンスが、立ち見席6ポンド(800円)、全席13ポンド(1600円)で楽しめるのである。
コベントガーデンのロイヤル・オペラ・ハウスやコロシアムといったウェスト・エンドの由緒ある劇場では考えられない廉価企画だけに、毎年ロンドンに住むトレンドに敏感な若者から中高年の舞台ファンまで、さまざまな年齢・国籍の観客を集め、劇場はたいへんな熱気につつまれる。

london1102a01.jpgPhoto:Hugo Glendinning

バレエ・ボーイズは、元ロイヤル・バレエのファースト・ソリストとプリンシパルのマイケル・ナンとウィリアム・トレヴィットが立ち上げたダンス・ユニットだ。シルヴィ・ギエム自身が希望したことから実現したラッセル・マリファント作品『ブロークン・フォール』での共演で、日本公演も行っているのでご存知の読者も多いことだろう。
正式なカンパニー名はジョージ・パイパー・ダンシィズ(GPD)だったが、いつの間にかバレエ・ボーイズ(BALLET BOYZ)という名前が定着してしまった。踊り手として、キュレーターとして、ダンス・フィルムやドキュメンタリー作家として、一世を風靡してきたナンとトレヴィットも今年で44歳と42歳。
この春の公演から2人はプロデュースに回り、カンパニー名も正式にバレエ・ボーイズに改め、昨年自分たちが見い出した9人の若き才能、タイラー、カイ、ミゲル、アダム、アントニー、エドワード、レオン、マット、ヘススをフィーチャーし、国内ツアーに送り出すことになった。

今回は3月末の公演で披露される予定の(ダイアナ・ロスやロビー・ウィリアムズ、ボーイゾーンの振付家として有名な)ポール・ロバーツの現代振付作品『アルファ』を披露。
ロンドン出身のシンガー・ソングライター、キートン・ヘンソンの歌曲にのって青春まっただ中といった風情の9人が踊る姿は何ともフレッシュで印象的だった。
だがギエムを向こうに回しても互角の存在感とカリスマを持っていた元祖バレエ・ボーイズのナンとトレヴィットと、9人の踊り手のルックスやカリスマ、踊り手としての技量にはあまりにも大きな差がある。唯一ポルトガル出身のミゲル・エステベスが、持ち前のダンス・テクニックと甘いルックスで光っており、将来人気を博すかもしれない。
またこれはロイヤル・バレエ出身のトレヴィットとナンから受け継いだ団体名なので仕方がないのだろうが、「バレエ・ボーイズ」という名前でバレエ色の希薄な現代作品を踊るのは奇妙に感じられた。

ABTからはパロマ・ヘレーラとデヴィッド・ホールバーグが一足早く来英して『チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ』を踊った。
2月1日~6日のロンドン公演では共演しないこのこの2人、まるでアマゾネスと端正な貴公子といった顔合わせには違和感があったが、スター同士の競演にかわりはない。
これまで肩の故障に苦しんできたホールバーグのこと。小柄なヘレーラと踊れば本公演前に体を痛めることもないとバレエ団も安心なのかもしれない。
ヘレーラは登場直後から音楽を御すようにシャープなポアント技術を披露。バランシン作品の多くが、音楽の視覚化をテーマとし、この作品もそうなのであるが、音に対して鋭敏な反応を見せるヘレーラと、優美なリアクションのホールバーグとでは、音楽の感じ方に微妙なタイム・ラグ(時差)があるように思えた。
だがパ・ド・ドゥの中ほど、男女のソロから、それぞれのパフォーマンスが炎となり、互いを燃え立たせた。
ホールバーグは、ソロのグラン・ジュテで、美しいラインとダイナミズムを披露して観客を驚かせたし、その後のコーダは、ヘレーラ、ホールバーグの絢爛豪華なダンス・テクニックの掛け合いとなり、大いに盛り上がって幕となったのである。
残念だったのは、照明がとても暗かったこと。
正面前方からのスポットライトが一切入らず、舞台真上からの、いわゆるワーク・ライトだけだったため、2人の表情が良く見えず、また衣装も映えなかった。

公演の後半に紹介されたシディ・ラルビ・シェルカウイ作品とズー・ネイションによるパフォーマンスは、それぞれナショナル・ダンス・アワードの最優秀振付賞(シディ・ラルビ・シェルカウイ)と最優秀カンパニー賞(ズー・ネイション)にノミネートされただけに、驚きと感動に満ちていた。

シディ・ラルビ・シェルカウイの作品は09年振付の『牧神』。
これはディアギレフのロシア・バレエ団(バレエ・リュッス)創設100周年にちなんで、同年秋にサドラーズ・ウェルズ劇場で行われたオマージュ公演「ディアギレフのエスプリ(The Spirit Of Diaghilev)」で発表され、高い評価を得た小品である。
この年はバレエ・リュッス一大回顧年となり、世界の著名団体がバレエ・リュッス作品を上演したり、復刻上演したものだが、サドラーズ・ウェルズ劇場では、世界的に注目を浴びている現代作品の振付家であるラッセル・マリファント、ウェイン・マクレガー、シディ・ラルビ・シェルカウイらにバレエ・リュッスやディアギレフにちなんだ新作を依頼したのであった。

シェルカウイの『牧神』の音楽はニジンスキーが1912年に振付、自ら主演してパリに一大センセーションを起こした『牧神の午後』と同じドビュッシーの楽曲。ダンサーはフセイン・シャライアンがデザインしたシンプルで現代的な衣装を着た若い男女、ジェイムス・オハラとデイジー・フィリップスの2人のみだ。
背景には森林のスライドが映し出され、牧神を暗示するオハラのソロの後、フィリップス扮する美しい乙女=ノンフが現れ、踊り手はドビュッシーのスコアや劇場空間、それぞれの肉体と戯れるかのように踊る。
フィリップスは踊り手らしからぬ非常に豊満な体に、幼女のようなあどけない顔と求心的な視線で、牧神を誘惑するともなく虜にする。オハラの脱色したブロンドの髪や髪型と現代の若者らしさを見れば、これは確かに21世紀の作品のはずなのだが、その中にバレエ・リュッスが、ニジンスキーが、ディアギレフが見え隠れする不思議。
やわらかな木漏れ日がこぼれる森林の背景、幻想的なドビュッシーの音楽、そして若い2人の踊り手が醸し出す清々しい雰囲気が会場に満ちあふれ、観客は皆、夢見心地となった。

「優れた現代振付家に作品を依頼、発表の場を与える」というサドラーズ・ウェルズ劇場のポリシーにより、優れた作品の数々が生まれ、それを目の当たりにできることは、ロンドンの観客にとって何と幸せなことだろう。
この劇場ではまた、昨年から世界の無名振付家を発掘する試み「グローバル・ダンス・コンテスト」も行われている。
これはコンテスト参加希望者が作品の映像を送ると、劇場HPで紹介され、審査員のみならずHPの映像を観たファン投票と合わせて勝者が決まる仕組みだ。
今回のサンプルドでは去年のコンテストの覇者、ジェイムス・ウィルトンと仲間の3人のダンサーによる『ショーテスト・デイ』が紹介され、パフォーマンスの前には、同劇場芸術監督のスポールディングが映像の中から「グローバル・ダンス・コンテスト」の詳細と、今年のコンテストへの応募方法、ファン投票の方法を説明、振付を志すものやファンの参加を促した。

受賞作品『ショーテスト・デイ』は、マヤ族の人類滅亡神話に構想を得たものだという。
ロックの激しいサウンドにのり、男女各2人のダンサーが舞台を走り回り、跳びすさび、交差するダイナミックな作品だ。
ウィルトンは、ロンドン・コンテンポラリー・ダンス・スクールを09年に卒業したばかりの新人。この作品はプロの振付家としての処女作。それでコンテストに優勝してしまったというのだから、今後が楽しみな逸材である。

ナショナル・ダンス・アワードの最優秀カンパニー賞にノミネートされたズー・ネイションは、ヒップホップの人気カンパニー。
『サム・ライク・イット・ヒップ・ホップ』では、60年代を舞台に白人と黒人の男女ダンサーと歌い手が繰り広げるストーリーのあるダンス・パフォーマンスで、老若男女を問わず幅広い観客がミュージカルを楽しむように味わえる作品だ。
メガネをかけた白人のダンサーが、英文学の魅力に取り付かれ、床に置かれたたくさんの本の間を這い回るように動きながらヒップホップの技を披露する場面や、白人と黒人の女性ダンサーがそれぞれつけ髭をつけ、スーツを着て男装して男性ダンサーとヒップホップの掛け合いを見せるシーンでは観客が大爆笑。
ノリの良い音楽とリズミカルなヒップホップのルーティーンに、立ち見客、着席客の多くが、その場で体を揺れ動かしたり、足踏みをしてしまう。

今年も「サドラーズ・ウェルズ・サンプルド」は、多くの観客にダンスの魅力を伝え、この道を志す若者に夢と希望を与えてその幕を下ろしたのである。
(2011年1月29日 ロンドン サドラーズ・ウェルズ劇場)