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アンジェラ・加瀬 text by Angela Kase 
[2010.08.10]

ペレンの円熟、マトヴィエンコの超絶技巧、メッセレルが復刻した『ローレンシア』

Mikhailovsky Ballet ミハイロフスキー・バレエ団
Laurencia ; Choreography: Vavtang Chabukiani Mikhail Messerer Production
ワフタング・チャブキアーニ振付、ミハイル・メッセレル復刻『ローレンシア』全幕
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7月20日、『ローレンシア』のロンドン初演を観る。
この作品は、ロシア・バレエ史上最も男性的で超絶技巧の踊り手として知られるキーロフ・バレエ(現マリィンスキー)のワフタング・チャブキアーニが1939年に全幕振付けた。その後、ほとんどの振付が失われてしまい、近年はガラで男女主役によるグラン・パ・ド・ドゥや、女性主役であるローレンシアのソロが踊られるだけになっていた。
今回のミハイロフスキー・バレエ版は、今年、主席バレエ・マスターであるミハイル・メッセレルが全幕復刻し、本拠地であるサンクト・ペテルブルグで世界初演した。初演はバレエ団の看板バレリーナ、イリーナ・ペレンと夫君のマラト・シュミウノフが主役のローレンシアとフロンドーソを踊っている。
ロンドンでは7月20日と21日に2回公演され、初日はイリーナ・ペレンとゲスト・プリンシパルのデニス・マトヴィエンコが踊り、世界初演以上にパワーアップされた配役となった。

舞台はスペイン。村人を苦しめる領主とその配下の貴族たちに業を煮やした庶民が武器を手に立ち上がり一揆を起こして自由を手にする物語。
主役ローレンシアと恋人のフロンドーソによる華やかなソロやパ・ド・ドゥの他に、カスタネット・ダンスに代表されるスペインの民族舞踊、パ・ド・シスなど、たくさんのダンス・シーンが盛り込まれた大変エキサイティングな作品である。
ダンス・シーンのクライマックスは2幕のローレンシアとフロンドーソの結婚式の場面で2人が踊るグラン・パ・ド・ドゥである。
ペレンの美貌と愛らしさはこの作品のタイトル・ロールにぴったりで、演舞ともに絶品ともいえる好演を見せた。グラン・パ・ド・ドゥのソロで披露する5回のキック・ジュテで舞台を1周する場面でも、力は見せず優雅にふわりと空に浮き静かな着地をくり返し、踊り手として現在、円熟の極みにあることをロンドンのバレエ関係者やファンに強く印象付けた。

マトヴィエンコは超絶技巧のオン・パレードともいうべきチャブキアーニのソロも破綻なく踊りぬき、ペレンと共に見事な踊りのかけあいを見せたが、技術的に何の不足のないマトヴィエンコをしても時々表情が苦し気であったのだから、チャブキアーニ本人の舞踊技術とスタミナがどれだけ特出していたかがうかがわれる。

作品は最大の見せ場である結婚式のグラン・パ・ド・ドゥで、めでたくハッピー・エンドになるか? というとそうではない。
以前からローレンシアの美貌に着目し、彼女を我が物にしようと試みながらフロンドーソに邪魔立てされた領主が復讐に現れ、フロンドーソを逮捕し、ローレンシアを城に拉致してしまう。
領主に乱暴されたローレンシアは、その後用済みとなって村に下るが、破れたドレスのまま村人を先導し、一揆軍を率いて夜の城に潜入。男たちと共にフロンドーソを救い出し、領主の首を取るのである。
この作品は冒頭にチャブキアーニの姿が映し出されるほか、一揆軍が松明や棍棒を手に夜の城に潜入する場面など一部に映像が使われるが、それぞれほんの数分であり、バレエ作品のリズムを乱すことはなく非常に優れた演出となっていた。
 

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スペインの郷土色豊かな舞台セットやカラフルな衣装も目に鮮やか。
『白鳥の湖』や『眠れる森の美女』のような芸術性高い作品には見られない、庶民の暮らしを描いた場面もユニークで心に残った。
マトヴィエンコ扮するフロンドーソが山の湧き水で洗濯をしているローレンシア(ペレン)に、愛を打ち明ける場面がそうだ。高まる心をおさえられなくなったフロンドーソの愛の告白を喜びながらも、洗濯に忙しいペレンが、湧き水を恋人の顔や身体にまきちらしてからかう姿が何とも愛らしかった。
主役以外では村の若者を演じたデニス・モロゾフ、村の若い女たちを演じたサビーナヤ・パーロヴァとオクサナ・ボンダレワが演舞に好演。

演技に優れるソリストと音楽性に優れる群舞を擁するバレエ団による復刻版『ローレンシア』の上演は大成功をおさめ、観客と関係者に大いに評価された。だが2年前のロンドン・デビュー公演に比べ、今年は『白鳥の湖』のような万民に愛される作品ですらチケットの売上が奮わなかった。
『ローレンシア』も一般市民には馴染みのない作品であったせいかチケットが売れなかった。劇場側は最上階を閉鎖し廉価のチケットを購入していた観客の席をアップグレード。また当日券を10ポンド以下で放出するなどして何とか劇場を8分入りにした。
『白鳥の湖』も当日売れていない席を15ポンドで放出し、夏休みにロンドン観光に来ていた海外からの親子連れや観光客に喜ばれた。
今年はボリショイ・バレエですら完売になった公演は僅かだったことを振り返れば、(バレエ団のネーム・バリューや演目とは無関係の)世界的な不景気が芸術の世界に反映された出来事であったのかもしれない。
(2010年7月20日 ロンドン・コロシアム劇場)

Photos:(C) Mikhailovsky Ballet Company
※記事で紹介している公演当日の写真ではありません
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