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アンジェラ・加瀬 text by Angela Kase 
[2010.07.12]

ダンス公演、市川海老蔵一座の舞台を堪能したロンドンの観客

市川海老蔵 歌舞伎公演『義経千本桜』
Kabuki Featuring Ebizo Ichikawa XI at Sadler's WellsTheatre
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6月4日から15日まで、歌舞伎の成田屋こと市川海老蔵が4年ぶりのロンドン公演を行った。
日本の伝統芸能の一つである歌舞伎は、ロンドンではダンス公演として区分され、世界的に話題のダンサーや団体、興味深い作品を招聘し続けるサドラーズ・ウェルズ劇場で上演されることが多い。
市川海老蔵は2006年に同劇場で「かさね」を演じてロンドン・デビューを遂げ、その好演により世界的に権威あるローレンス・オリビエ賞にノミネートされている。
今回はロンドン再訪とローマでのデビューを目指し、公演前のインタビューでは「海外公演は、自分の名前を知らない世界の観客の前で、ひとりの名もない役者として舞台に立てる貴重な時間。演技の良し悪しを見て自分をジャッジしてくれる環境は、今の自分には必要なこと」と語った。

ロンドンとローマで披露したのは『義経千本桜』の「鳥居前」「吉野山」と「河連法眼館(通称四ノ切)」。義経の家臣である佐藤忠信と狐の忠信の2役に挑戦。お家芸である荒事や「にらみ」、日本舞踊に姿の良さと役者としての技量を奮った。 

狐の忠信は、今では静御前が持つ「初音の鼓」の皮となった親狐を慕い鼓を追い続ける役。観客は人間・忠信と狐が化けた忠信を演じ分ける役者の技量を楽しむと共に、万国共通の親子の絆に心打たれる。満開の桜のセットや衣装・隈取りも欧米人の目には非常にエキゾチックかつ魅力的に映るものである。
初日の公演を鑑賞する。
実は筆者は日本の古典・伝統芸能も大好きで、一時は日本帰国のたびに歌舞伎や能狂言を観たものである。ロンドンやパリなど海外の歌舞伎公演にも足を運ぶし、平成十六年の市川新之助改め海老蔵の襲名記念公演の『暫』と『勧進帳』も東銀座の歌舞伎座で観る幸運にあずかった。

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今回のロンドン公演を観て、海老蔵は素晴らしい大スターに成長したものだと心底感心した。
実はこの作品がロンドンで上演されるのはこれが初めてではない。1987年に市川猿之助と中村児太郎時代の福助が、やはり旧サドラーズ・ウェルズ劇場で『義経千本桜』を演じているのである。
87年の猿之助、今回の海老蔵による忠信を見ることで、それぞれの役者の魅力を再発見することができた。

スーパー歌舞伎で一世を風靡していた当時の猿之助(48歳)主演の『義経千本桜』は、狐・忠信に人間を超越した妖しさと色気が漂い、舞台から消えたかと思えば縁の下やかもいの上から姿を現す様にはスムースで一切体重を感じさせず、最後の宙乗り場面も霊的で妖気漂う忘れえぬ名演であった。
一方の海老蔵は32歳。若く美貌の成田屋の御曹司らしく、人間・忠信の荒事場面での存在感が抜きん出ていた。
花道や舞台での「けれん」や「にらみ」で猿之助が見せる、大きな体いっぱいにみなぎる男性的なパワーには、人種や老若男女を問わず観客の心を鷲づかみにする抗いがたい魅力がある。
狐・忠信の場面でも、舞台から膝を折った状態のままで階段を一気に飛びこして義経や静の前に着地し二人を驚かせる場面の跳躍力、舞台に片膝をついた状態で回転し続ける姿に若い役者らしい「勢い」や「思い切りのよさ」があり観客を熱狂させた。
中村芝雀演ずる静御前は優美で流し目に色香が漂い、海老蔵とは「動と静」のバランスが素晴らしい。

ロンドンの観客はチケット代に含まれている英語のイヤホン・ガイドを使って、物語の詳細を把握しながら海老蔵一座の舞台を大いに堪能。初日の舞台の様子は日本から駆けつけた写真家、篠山紀信が一階席後方から撮影にあたった他、ロイヤル・バレエ団プリンシパル吉田都の姿もあった。
2階席前列には日本大使館の重鎮と、イギリスのダンス批評家たち、大向こうには日本からツアーで来た後援会のご贔屓で埋まり、海老蔵や芝雀に要所要所で「成田屋!」「京屋!」と声をかけ、公演を大いに盛り上げた。
海老蔵歌舞伎は今年上半期ロンドンで最も話題のダンス公演としてチケットの売れ行きにも目覚しいものがあった。
第1週に海老蔵の魅力に痺れ、第2週に再度公演を観ようとしてもチケットが完売で涙をのんだ観客は数知れない。
今や公私共に充実、役者としても大いに成長し、余裕で海外公演をのりきった市川海老蔵。ロンドンの観客は日本歌舞伎界の若きヒーローの再訪を今から心待ちにしている。
(2010年6月4日 サドラーズ・ウェルズ劇場 最終リハーサルを撮影)

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撮影:Angela Kase
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