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アンジェラ・加瀬 text by Angela Kase 
[2010.07.12]

ヒポロドームで佐久間奈緒、平田桃子がオーロラ姫を競演

The Birmingham Royal Ballet バーミンガム・ロイヤル・バレエ団
The Sleeping Beauty by Marius Petipa, Sir Frederick Ashton, Sir Peter Wright
サー・ピーター・ライト振付『眠れる森の美女』
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4月中旬、アイスランドの火山の噴火に伴い大量の火山灰が北ヨーロッパを中心とした近隣諸国を覆い、イギリス、フランス、ドイツ、オランダなどの各国主要空港が閉鎖された。多くのフライトが欠便。イギリスではちょうど学校の春休みが終わり新学期が始まる時期と重なったことから、海外のホリデー先で多くの児童や両親,学校関係者が足止めされた。問題は長引き一時は英国海軍の軍艦を南欧に派遣し、ホリデー先から戻れない英国人の救出にあてるといった緊急措置も考えられたほど。
この時期はロンドンで吉田都のコベントガーデンさよなら公演や、バーミンガム・ロイヤル・バレエ(BRB)の『眠れる森の美女』など話題のバレエ公演が重なり、それらを一目見ようと海外から遠征を考えていた熱心なバレエ・ファンやダンサーの家族の多くが、ロンドン入りできない悲劇に見舞われることとなった。
 

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ホーム・シアターのバーミンガム移転20周年を祝うバーミンガム・ロイヤル・バレエは、記念ガラ公演前後の3月、本拠地ヒポドローム劇場にてサー・ピーター・ライト版『眠れる森の美女』全幕をリバイバル上演。その後、サンダーランド、プリマス、マンチェスターとイギリス各都市をツアーした後、4月20日〜24日までトラファルガー広場に近いコロシアム劇場にてロンドン公演を行った。
コロシアム劇場はコベントガーデンのロイヤル・オペラ・ハウスと並んで格式の高い大劇場。過去にはディアギレフ率いるロシア・バレエ団もこの劇場で長期公演を行っている。
ロンドン公演初日と最終日にオーロラ姫を踊ったのはプリンシパルの佐久間奈緒。
バーミンガムと各都市での初日に佐久間の相手役フロリムンド王子を踊ったのは曹馳(ツァオ・チ)であったが、ロンドン公演については、曹が初日直前まで主演映画『小さな村の小さなダンサー(毛沢東のバレエ・ダンサー)』のプロモーションの為シンガポールに滞在していたことからイアン・マッケイが主演。曹は最終日に佐久間と踊る予定であった。
ロイヤル・バレエ団が『眠れる森の美女』の振付、衣装、セット・デザインを何度も新調したのに対して、BRBはもうかれこれ20年以上ライト版の上演を重ねている。

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豪華にして重厚なセット・デザイン、美しい衣装は、日本人が想像するペローのおとぎ話の世界によくマッチし、何度見ても見飽きることがない。今回、久しぶりに日本公演の演目に選ばれ、来年日本のバレエ・ファンの目を楽しませることになった。
この版のリラの精はカラボス同様、ドレス姿でトウ・シューズを履かない。よって通常リラの精がトウで踊る部分の振付けは、「喜びの精」という名の妖精が踊る。この役は通常BRBのプリンシパルや期待の新人が踊るならわし。
リラの精とカラボスがドレス姿で現れることによって「善と悪」の対比がよりクリアに描かれ、またプロローグでソロを踊る妖精が通常の5人から6人に増えることによって、舞台がより華やかなものに仕上がっている他、カラボスが倒され無事オーロラ姫とフロリムンド王子が結ばれる場面で、主役2人がリラの精に感謝し、両の手に頬ずりする姿が観る者の心に余韻し、「オーロラの結婚」の前に主役2人が踊るデュエットもロマンティックで印象的である。
 
初日のプロローグは「美の精」をジェンナ・ロバーツ、「純潔の精」をアンブラ・ヴァッロ、「しとやかさの精」をレテシア・ロッサルド、「歌の精」をソニア・アグイラ、「情熱の精」をキャロル・アン・ミラー、「喜びの精」をエリーシャ・ウィリスが踊った。
6人のうち半数に女性プリンシパルを導入。カラボスには長らくバレエ団のプリンシパルをつとめ、現在はバレエ・ミストレスのマリオン・テイト。
リラの精は美貌のベテラン・バレリーナのアンドレア・トレディネック。バレエ団はロンドン公演初日を迎えるにふさわしい特別キャストを組んで挑んだようだ。

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女優バレリーナ佐久間奈緒は、古典やビントレー作品のさまざまな役を踊って見事だが、華やかな魅力を持つ彼女には『眠れる森の美女』のオーロラ姫が殊の外よく似合う。当日は風邪をおしての主演だったと聞くが、1幕の登場から、オーロラの結婚で終わるフィナーレまで、艶やかさをふりまく美貌のプリンセスとして圧倒的な魅力で舞台を支配。
1幕で基本に裏打ちされた優れたダンス技術、2幕では物語をつむぐ女優としての魅力、「オーロラの結婚」で見せるスター性と、佐久間の魅力の全てが見られるのもファンには嬉しいところ。

長身のイアン・マッケイは、コロシアムの大舞台を存分に使って胸のすくようなソロを披露。スペインのコレーラのバレエ団旗揚げに加わり2年間各地で活躍した後、今年初めに帰国しBRBに復帰。恵まれた容姿と共に「神の手の持ち主」とでも評すべき素晴らしいパートナーリング技術を持つ 。
容姿に技に優れる佐久間とマッケイの競演は、フィナーレの「オーロラの結婚」で二人のスター性が炸裂。青い鳥やフロリナ王女、赤頭巾ちゃんや狼、猫たちなど多数の登場人物の中心に君臨して見事で、ロンドンの関係者やバレエ・ファンから熱狂的な拍手が贈られた。

ライト版『眠れる森の美女』は、オーロラの結婚の幕のパ・ド・カトルも見所のひとつ。初日はキャロル・アン・ミラー、アンジェラ・ポール、アレクサンダー・キャンベル、マティアス・ディングマンが踊り、4人の一糸乱れぬパフォーマンスが見事であった。

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初日にフロリナ王女を踊ったのは平田桃子。エレガントな佇まいと落ち着いた演舞で場を引き締めた。
ロンドン公演に先立つこと1ヶ月。3月6日平田によるオーロラ姫デビューを観ようとバーミンガム・ヒポドローム劇場に足を運んだ。
ローザンヌ・コンクールからロイヤル・バレエ・スクールに留学。卒業の年の学校公演では「ゼンツァーノの花祭」を主演した平田。在学中そしてBRB入団直後から実力派の若手として知られたが、多くの女性プリンシパルやソリストのひしめくバレエ団で、なかなか主演のチャンスに恵まれなかった。
そんな平田も1年前にビントレーの『シルヴィア』全幕を主演。その後『モーツアルティーナ』も佐久間奈緒と主役を分けた他、今年、満を持してオーロラ・デビューを遂げることになった。

相手役はオーストラリア出身のアレクサンダー・キャンベル。スティーブン・マックレーが脚光浴びた2003年のローザンヌ・コンクールのファイナリストの一人だ。マックレーがローザンヌの時点で既に完成されていた早熟な踊り手であったのとは対照的にAキャンベルはBRB入団後に急成長したダンサー。優れた身体能力で古典からネオクラシック、ビントレー、アシュトン作品を自分の物にしている。

平田のオーロラは清楚で初々しい。プリンセスとして大切に育てられ、まだ外の世界のことを何も知らぬような乙女である。佐久間とは異なる魅力を持ちながら、平田もまたオーロラ姫役が良く似合う。
技巧的やスタミナ配分が最も難しいといわれる1幕、ピルエットに3回転、4回転を盛り込み、ローズ・アダージォで見せるバランスにも十分な余裕がある。力に任せてバランスを取るのでも、回るのでもない。静謐な雰囲気の中に盛り込むウルトラCは、関係者やファンもじっと目を凝らさねば見逃してしまうほど芸術の中に溶け込んでいる。

Aキャンベルとの相性のよさは、去年の『モーツアルティーナ』やガラ公演で披露した『アラジン』で証明済み。包容力に富み、パートナーリングも巧みなキャンベルは、アーティストとしての平田を大いに触発するようで「オーロラの結婚」のグラン・パ・ド・ドゥは大いな盛り上がりを見せた。私の隣ではバーミンガム在住のダンス評論家が平田を大絶賛。ひときわ大きな拍手を送っていた。
平田はロンドンでも2日目の昼にオーロラを主演。この日はレイ・ジャオの怪我により佐久間奈緒がフロリナ王女を踊ったという。

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最終日24日の昼の部を主演したのはジェンナ・ロバーツとジョゼフ・ケイリー。
先シーズンまで足の故障で長らく舞台から遠ざかっていたJ・ロバーツは、復帰後また足の調子を悪くし年末の『くるみ割り人形』からも降板。ファンを心配させていたが、今回は完全復帰を印象付ける好演を見せた。

青い鳥は厚地康雄。エレガントな所作と音楽性、真摯なパートナーリングで非常に好感度の高い踊り手である。今シーズンに入ってアーティストとしてますます洗練され、1幕でガーランド・ダンスの群舞にいても目を引く存在に成長している。
ゲネプロでは赤頭巾ちゃんを追う狼を踊りダイナミックな跳躍を披露。役の踊り分けも巧みになった。

今シーズン、バレエ団は『眠れる森の美女』のプロモーションとして佐久間奈緒と曹馳(ツァオ・チ)が「オーロラ結婚」のGPDDを踊るポスターやカード、バッヂを作った。ロンドンにの街角や地下鉄のエスカレーター脇にもバレエ団が誇るゴールデン・コンビである2人のポスターが貼られ、ファンは二人の共演を楽しみにチケットを購入していた。
ところが冒頭でご紹介した火山灰による空港閉鎖やフライトのキャンセレーションの関係で、映画のプロモーションのため、シンガポールに滞在していた曹馳が
公演に合わせてイギリスに戻ることができなくなってしまったのである。

公演数日前にはロンドンの空港閉鎖が解かれ飛行機も飛び始めたことから、ファンは最後まで曹馳主演に望みを繋いだが奇跡は起こらず、
佐久間は急遽ベテランのマシュー・ローレンスと簡単なリハーサルをして舞台に挑んだ。
バレエ団はロンドン公演後に米国ヴァージニア州で『白鳥の湖』を公演するため、団員やバレエ団関係者の米国入国査証申請をしていたのだが、アジアで足止めされていた曹馳はそれにも間に合わず米国公演初日からも降板したという。
(2010年3月6日バーミンガム・ヒポドローム劇場、4月20日、24日(昼・夜)公演を鑑賞。舞台写真は3月3日バーミンガム・ヒポドローム劇場でのドレス・ドレス・リハーサル。佐久間奈緒の写真はバレエ団提供)

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撮影:Angela Kase / BILL COOPER
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