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アンジェラ・加瀬 text by Angela Kase 
[2010.05.10]

観客は最も美しい姿を残して去る吉田都の姿を目に焼き付けた

The Royal Ballet 英国ロイヤル・バレエ団
Cinderella by Sir Frederick Ashton
Miyako Yoshida's Farewell performance 23 April 2010
吉田都によるロンドンさよなら公演
サー・フレデリック・アシュトン振付『シンデレラ』

4月23日、ロイヤル・バレエ団ゲスト・プリンシパル吉田都のロンドンでのさよなら公演が行われた。演目はフレデリック・アシュトン振付『シンデレラ』。相手役はスティーブン・マックレーである。
昨年12月の『くるみ割り人形』主演初日に、当日オペラ・ハウスに招待された在英国のバレエ関係者に吉田が今シーズン限りでロイヤル・バレエを離れること、ロンドンでのさよなら公演は4月の『シンデレラ』、英国外では日本公演での『ロミオとジュリエット』が、吉田がバレエ団と踊る最後の舞台になると発表されて以来半年あまりの時間が経っていた。

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4月17日と23日の吉田主演の『シンデレラ』のチケットは早くから完売となり、ファン・サイトのチケット譲渡コーナーに「チケット求む」の広告を出すファンが多数見受けられた。
そしてとうとう運命の日が来てしまったのである。
当日のコベント・ガーデンにはデビュー当時より吉田を見守ってきた関係者やファン、在英邦人、日本から駆けつけた熱心な吉田のファンであふれた。
暗い劇場に『シンデレラ』の序曲が流れる。シンデレラの家の居間の暖炉を描いた紗幕の左上に、ロイヤル版の振付家フレデリック・アシュトンの肖像画が、右上には作曲家プロコフィエフの肖像が浮かび上がる。
その情景が幻のように薄らぐと、舞台上手の暖炉の前に灰色の衣装の吉田がいた。

吉田都は83年のローザンヌ・バレエ・コンクールでスカラシップ賞を受賞し、ロイヤル・バレエ・スクールに留学、卒業公演では『眠れる森の美女』の3幕でフロリナ王女を踊り、その様子は写真付きで当時の日本の新聞に紹介されている.
84年にサドラーズ・ウェルズ・ロイヤル・バレエ団(以下SWRBと略=現バーミンガム・ロイヤル・バレエ)に入団、4年後にプリンシパルに昇進。バレエ団の殆どのレパートリーを踊った。
95年、アーティストとして新天地を求め当初アメリカに行こうと考えたが、恩師ピーター・ライトの薦めもありイギリスに留まり英国ロイヤル・バレエ団に移籍。当時バレエ団に在籍していたバレエ界の風雲児、熊川哲也と『くるみ割り人形』で競演したのも今では懐かしい思い出である。

筆者は87年よりイギリスで活躍する吉田の公演を観たり、時としてオープンスタジオでレッスンする姿を目にしていた。美しい長い手脚、メリハリのある上半身と英国のバレエ・ファンに愛されたミヤコ・スマイルが何とも印象的な女性であった。
バレリーナを目指す日本の子供たちが憧れる高い舞踊技術と優雅な所作、物語バレエの主役を演ずる豊かな演技力と音楽性。吉田による優れた舞台の数々を目の当たりにできた私の人生は何と豊かなものであったか。
ダンス・ジャーナリストとしてはロイヤル・バレエ団と仕事をするようになった95年以来、数え切れないほどの主演舞台のレポートや、インタビュー記事で一緒にお仕事をさせて頂いた。舞台写真家としては『ジゼル』『オンディーヌ』『ロミオとジュリエット』『シンフォニック・ヴァリエーションズ』『アナスターシア』のクシェシンスカ役など、多くの主演舞台を撮影させて頂いている。

デビュー当時から20代にかけての吉田は、バランシン作品や『ドン・キホーテ』「黒鳥のグラン・パ・ド・ドゥ」でのバランスやグラン・フェッテで強靭なテクニックを見せ、舞踊技術で他を圧倒した。
あれはいつのことだったか。旧サドラーズ・ウェルズ劇場でのガラ公演で踊った『ドン・キホーテ』のパ・ド・ドゥのコーダで、1とクオーター・ターン(1.25回転)を見せ、スポットを四方に分散させてイギリスのファンをあっといわせたことがあった。「ムハメドフと仲間たち」公演で見せたバランシンの『タランテラ』のスピード感あふれるパフォーマンスも忘れがたい。
だが吉田がバレリーナとして素晴らしいのは初期の技巧派ダンサーとしての日々を経て、演舞に充実した全幕バレエの主演者として自己実現したことであった。
両ロイヤル・バレエで英国バレエの薫陶を受け、ド・ヴァロワ、アシュトン、マクミラン、ピーター・ライト、ビントレー作品を踊り、ギエム、デュランテ、バッセルらが在籍したのと同時期に自らの個性と魅力で、バレリーナとしてコベント・ガーデンの頂点を極めた。日本人でありながら古き良き時代の英国ロイヤル・バレエのスタイルを最も良い形で継承・体現するアーティストとなったのである。

同時代のスター、マリア・アルメイダ(ジョナサン・コープ夫人)やヴィヴィアナ・デュランテが、プレッシャーからあまりにも早くコベント・ガーデンに別れを告げたのとは対照的に、吉田はキャリアの半ばで腰を痛めても、問題と共生しながら踊り続けることを選び舞台を諦めなかった。
ロンドンでのさよなら公演となった4月23日の『シンデレラ』は、そんな吉田のキャリアの集大成ともいえる舞台であった。

虐げられた毎日の中にも明日への希望を失わない善良な少女である吉田=シンデレラを、魔法使い(ラウラ・モレーラ)が見逃すはずはない。魔法により、豪華なティアラとドレスをまとったシンデレラは、舞踏会場に登場するなり王子(スティーブン・マックレー)を魅了する。馬車を降り王子に手を引かれ階段を下りる有名な場面では、吉田の美しい脚とその動きが一際目に眩しかった。

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続く王子とのデュエットで見せる所作や表情も白眉であった。
シンデレラに魅了され彼女を追いかけるかのように跳躍を繰り返す王子から、恥ずかしさのあまり逃れるかのように舞台を左右に移動するシーンでは、小さなパの一つ一つにいたるまで完璧ともいえる足のポジションを見せた他、腕の運びや手から指先にかけての所作はあくまでも優雅である。愛らしく、それでいてどこか男性の胸を熱くさせる悩まし気にも見える目線は、王子だけではなく観客をも魅了して止まなかった。

3幕、家の暖炉の前でのうたた寝から覚めたシンデレラは、いつもと同じ灰色のドレス姿の自分に気がつき「舞踏会での出来事は全て夢だったのだろうか?」といぶかしむ。その後、エプロンの中にガラスの靴を見つけ、「自分は確かに舞踏会で王子と踊ったのだ」と気がつき靴に頬ずりする。
2幕で見せる舞踏会にデビューするプリンセスさながらの初々しさとエレガンス、それとは対照的に3幕で魔法が解けた後の灰色のドレス姿で見せる細やかな演技。
ガラスの靴を手に現れた王子と再会後、フィナーレの結婚の場面で、観客に向かって背を向けた直後に気持ち振り返って空を見上げ、夢のような物語のエンディングに感極まった表情を見せる吉田都。
彼女のコベント・ガーデン最後にして最高の舞台に、ロイヤル・オペラ・ハウスに集ったファンたちは、惜しみない声援と拍手を贈った。

カーテン・コールには恩師ピーター・ライトや現在バレエ・マスターとなっている往年の男性プリンシパルで、かつて吉田のパートナーもつとめたジョナサン・コープの姿もあった。
コベント・ガーデンの舞台は、吉田の周囲だけを残して、ファンから贈られた花束と、ファンが投げた花で埋まった。
そしていつもは大人しいイギリスのバレエ・ファンが、踊り手として円熟を極め、最も美しい姿を残してロンドンの舞台を後にしようという吉田を、両の眼に焼き付けようと、脚で床を激しく踏み鳴らしては、吉田をいつ終わるとも知れぬカーテン・コールに誘うのだった。
(2010年4月23日 ロイヤル・オペラ・ハウス)

写真:Bill Cooper
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次回は、4月17日(昼)の崔由姫『シンデレラ』デビュー公演の模様を、多数のオリジナル舞台写真と共にお届けいたします。