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アンジェラ・加瀬 text by Angela Kase 
[2010.01.12]

ビントレーの最高傑作『シラノ』が初演キャストを招いて新装・再演

The Birmningham Royal Ballet
バーミンガム・ロイヤル・バレエ団
David Bintley "Cyrano"
デイヴィット・ビントレー『シラノ』
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11月10日から14日までバーミンガム・ロイヤル・バレエ(BRB)が1週間に渡るロンドン公演を行った。 2つのプログラムを持っての公演で、『パウダー』『E=mc2』『ザ・センター&イッツ・オポシット』(10月号でご紹介)の3作によるバレエ小品集と、芸術監督で振付家のデイヴィッド・ビントレーが2007年に本拠地バーミンガム・ヒポドロームで世界初演した全幕バレエ『シラノ』を披露した。

ビントレーは今をさかのぼる20年ほど前、当時、常任振付家だった英国ロイヤル・バレエ団に、現在のBRB版の前身ともなる『シラノ』を振付けている。
筆者も若かりし頃にコヴェント・ガーデンの世界初演を観ている。
初演キャストは、シラノにスティーブン・ジェフリーズ、ロクサーヌにレスリー・コリア、クリスチャン役をブルース・サンソムが踊った。ダンサーそれぞれが素晴らしく、特にスティーブン・ジェフリーズのシラノは包容力あふれ見事であったのだが、結局再演を重ねるほどの成功を収めるにはいたらなかった。

現BRB版『シラノ』は、映画『フランス軍中尉の女』の音楽で知られる在英の米国人作曲家カール・デイヴィスにスコアを依頼し音楽を一新。他にもさまざまな場面や振付、登場人物を加え、オリジナル版とは大きく異る。
07年初演時のファースト・キャストは、シラノにロバート・パーカー、シラノの従姉妹で美女のロクサーヌをエリーシャ・ウィリス、ロクサーヌに想いを寄せられるガスコン銃士隊の美男クリスチャン役をイアン・マッケイ、シラノの親友にしてガスコン銃士隊隊長、文学者のアンリ・ル・ブレを曹馳(ツァオ・チ)が踊った。
だがその後、シラノを初演したロバート・パーカーが、一時バレエを辞めてアメリカに渡り、また準主役のイアン・マッケイもスペインのコレーラ・バレエに移籍したことなどから、初演キャストでの再演は無理と言われていた。
それが昨年パーカーがアメリカから戻りバレエ団に復帰したこと、また今回バーミンガムでの再演から一部地方を除いてロンドン公演までイアン・マッケイがゲストとして駆けつけたこともあり、10月のベルファストや首都ロンドンで、幻ともまで言われたBRB版世界初演キャストによるパフォーマンスが実現したのである。

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まず、ストーリーを簡略に書く。
1幕
1640年のパリの街の広場。
人々は人気役者モントフリューリーとその一座の劇が始まるのを待っている。
大貴族にして陸軍司令官のド・ギッシュ公爵はパリの美女と誉れの高いロクサーヌを連れて劇場に現れる。たくさんの男たちの熱い視線に微笑みを送るロクサーヌは、一人の美男子(クリスチャン)と出会い2人の間にほのかな愛が芽生える。
舞踊劇が始まり、詩人にして理学者、剣客でもある貴族シラノ・ド・ベルジュラックが登場。ルイ14世と数々の愛人についての舞踊劇を上演するモントフリューリーを咎め、上演禁止を言い渡す。

シラノは従姉妹のロクサーヌを愛しているが、自らの醜い容貌(大きな鼻)を気に病み愛を告げることができない。実際広場でド・ギッシュ公の手下であるヴァルヴェに大きな鼻を笑われたことから決闘になり、ヴァルヴェの鼻を剣でそぎ落とし自らの名誉を守った。

するとロクサーヌの侍女が一通の手紙を持って現れる。中にはロクサーヌの筆跡で、シラノの親友でパン屋にして詩人の「ラジュノーの店で貴方に会いたい」というメッセージが書かれていた。
ロクサーヌに愛されていると勘違いし、勇気百倍となったシラノは、ド・ギッシュがヴァルヴェを傷つけられた報復として放ったたくさんの刺客を、得意の二刀流でなぎ倒し見事勝利する。

「今日こそロクサーヌへの想いを打ち明けるチャンス」と、シラノは世にも美しい恋文を書き、ラジュノーの店に向かう。
そしてロクサーヌとパ・ド・ドゥを踊るが、従姉妹から「自分はシラノと同じガスコン銃士隊のクリスチャンを愛しているので、恋文を彼に渡してほしい。」と告げられる始末。
シラノは激しいショックを受けるも、愛するロクサーヌを思い、クリスチャンに恋文を渡す。
だが、美男クリスチャンは「自分は文盲のため手紙を読むことも返事を書くこともできない。」という。驚いたシラノは、自らがラジュノーの店でロクサーヌに渡そうとした恋文を彼に託す。
その後も、クリスチャンに代わりロクサーヌへの恋文を代筆することになった。

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2幕

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ロクサーヌは満月の夜、自らの家の庭で愛するクリスチャンから届く美しい愛の詩の数々を読み返している。詩と恋文に酔いしれ、彼を素晴らしい詩人だと信じ、クリスチャンへの愛をますます募らせていく。
そこにド・ギッシュ公が現れ「もうすぐ戦になるので、その前にロクサーヌと結婚したい」と迫る。シラノに助けを求めるロクサーヌ。

シラノはクリスチャンとロクサーヌを引き合わせ、口下手のクリスチャンに代わり、ロクサーヌの部屋のバルコニーの下で愛の詩を読む。感動したロクサーヌはクリスチャンと愛のパ・ド・ドゥを踊る。
シラノはロクサーヌとの結婚のために館に現れたド・ギッシュ公に、ランプ・シェードを頭にかぶって『自分は月から落ちてきた宇宙人なのだ」と告げ、時間を稼いで、ロクサーヌとクリスチャンを秘密裏に結婚させる。

怒ったド・ギッシュはクリスチャンとシラノを前線送りにする。
初夜を迎える前に夫との仲を引き裂かれたロクサーヌは、シラノに「クリスチャンに時々手紙を書いてくれるよう伝えてほしい」と頼む。
会心の笑みをうかべてそれに答えるシラノ。

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3幕
アレスの戦場。ガスコン銃士隊は激しい戦闘に疲れ眠っている。
だがそんな中でシラノだけはランプを灯してロクサーヌへの恋文を書いている。
書き終わった彼は、恋文をロクサーヌの館に届けるべく前線に一人駆け出していくが、敵方に発砲され手紙を打ち抜かれて戻ってくる。
すると突然、変装したパン屋のラジュノーがたくさんの食べ物とともに、男装したロクサーヌを連れて現れる。

クリスチャンとロクサーヌは再会を喜び合い愛のパ・ド・ドゥを踊る。
「なぜこんな危ないところまで自分を追ってきてくれたのか?」と訪ねるクリスチャンに、ロクサーヌは(実はシラノが代筆していた)クリスチャンからの数々の恋文を見せる。
自分が頼んでもいない恋文を見せられたクリスチャンは、実はシラノが自分以上にロクサーヌを愛していること、またロクサーヌも実は自分ではなく恋文の書き手であるシラノを愛しているのだという事実を知り、絶望のあまり鎧も身に着けず戦いに赴き重症を負う。
シラノは自分が書いた最後の恋文を瀕死のクリスチャンの手に握らせ、クリスチャンはロクサーヌの目の前で息絶える。

クリスチャンの死後、ロクサーヌは修道院に身を寄せ、毎週土曜日に自分を訪ねてくれるシラノの訪問にだけ心癒されていた。15年後のある日、珍しくシラノが待ち合わせに遅れてくる。

実はシラノは、長年彼を亡き者にしようと企んでいたド・ギッシュ侯爵配下の男たちにより闇討ちにされ、ひどい怪我を負っていたのだ。怪我を隠しながらもロクサーヌとの逢瀬はこれが最後と覚悟したシラノは、ロクサーヌがクリスチャンの戦死以来肌身離さず身につけている(自分が代筆した)最後の恋文を見せてほしいと頼む。

紅葉照り映える秋の庭でシラノが読む愛の詩(うた)に耳をふさぎ、クリスチャンの死を悲しむロクサーヌ。今でも恋文の内容を一句たがわず覚えているシラノは、手紙が自分の手を滑り落ちたのも気づかず、暗くなった修道院の庭で愛の詩を口にする。
その様子に気づいたロクサーヌが、恋文を書いたのはクリスチャンではなくシラノであったこと、自分を心から愛し、また彼女が手紙や詩を通して愛したのはクリスチャンではなく、従兄弟で自分の後見人であったシラノであったことを知った直後、シラノは彼女の腕の中で息絶えるのであった。

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ビントレーの最高傑作と言われるだけにストーリー展開、振付、衣裳、音楽のそれぞれが素晴らしい調和を見せており、見どころには事欠かない。
1幕の劇中劇の場面では、ルイ14世時代のバロック・ダンスが見られる他、シラノとヴァルヴェの決闘、ロクサーヌから貰った薔薇の花を手に報われぬ愛に苦悩するシラノのソロ、パン屋にして詩人であるラジュノーのソロとパン屋の弟子たちの踊り(『眠れる森の美女』でオーロラ姫が求婚者より薔薇の花を受け取りながら踊るローズ・アダージォのごとくラジュノーが弟子からフランスパンやフルーツ・タルトを受け取りながら踊るので会場は爆笑のあらし)、シラノとロクサーヌのパ・ド・ドゥ、ガスコン銃士隊による踊りと隊長アンリ・ルブレのソロ、2幕のロクサーヌとクリスチャンの愛のパ・ド・ドゥ、シラノが踊る「月から落ちてきた男」のソロ、3幕の男装したロクサーヌが前線のガスコン銃士隊野営地で踊るソロ、ロクサーヌとクリスチャンのパ・ド・ドゥ、修道院で働く修道女たちのアンサンブル、シラノ最期のソロなど。

またビントレーは1幕冒頭の辻音楽師のソロには、ド・ヴァロワの「道楽もののなりゆき」の登場人物を彷彿とさせるソロを踊らせ、ロクサーヌが大貴族ド・ギッシュ侯に手をひかれ登場する場面では、マクミランの『マノン』の1シーンを思わせる振付を散りばめるなどして、尊敬する巨匠たちに敬意を表している。

ロンドン初演となった11月12日は、シラノのパーカー、ロクサーヌのウィリス、クリスチャンのマッケイ、ド・ギッシュ侯のアントヌッチ、ラジュノーのラーセン、ル・ブレの曹馳(ツァオ・チ)ら主要キャストの一人一人が非常に熱の入ったスーパー・パフォーマンスを見せ、満席のサドラーズ・ウェルズ劇場の観客を大いに楽しませ、そして涙させた。

パーカーは詩人の繊細さ、ロマンチシズムと剣の達人でもある勇壮さをあわせ持ち、ル・ブレ役の曹馳、ラジュノー役のラーセンとの間に見せる友情の絆も深く強く、「月から落ちてきた男」の場面で見せるユーモアあふれるソロにも踊り手としての完成度の高さと充実ぶりを強く印象付けた。

マッケイは得意のサポートやリフトなどパートナーリングの巧みさを大いに発揮し、ソロでも跳躍に技量を奮い、曹馳はスムースな旋回技、アームスの指先やつま先の美しい伸びといった技術や佇まいも素晴らしいが、それ以上に銃士隊の隊長で、文筆家という文武両道に優れたル・ブレという男性像を演技の力を持って存分に表現し観客の目を奪った。
ウィリスは繊細な持ち味が役に似合いで、クリスチャンからの手紙の1通、1通を大切に、彼の死後もたった一つの愛を支えに生きる姿がいじらしい。アントヌッチはルイ王朝の装束で舞台に現れるや否や、観客を物語の時代に誘うスター性の持ち主だ。

終演後のサドラーズ・ウェルズ劇場は、作品の完成度とダンサーの熱演に感動した観客の拍手と歓声で大変な盛り上がり。楽屋口も久しぶりにロンドンを訪れる彼らに一目会おうというファンであふれた。
だが騒ぎは初日だけにとどまらなかった。
現在のBRBは個性あふれ技量に富むダンサーが粒ぞろい。全キャストそれぞれによる公演の一つ一つが思い出に残る素晴らしい舞台となったのである。

13日はシラノをマッケイ、ロクサーヌに女優バレリーナの佐久間奈緒、クリスチャンを曹馳、ル・ブレをアレクサンダー・キャンベルが踊った。
長身のマッケイによるシラノはあくまで優しく、佐久間は登場直後から艶やかさとスター性で舞台を支配。
小柄ながら容姿と品性に優れる曹馳(ツアォ・チ)は、クリスチャン役の帽子や衣装も良く似合い、前日に踊った隊長ル・ブレとは全く異なる役を生き連日劇場に駆けつけるファンを驚かせた。
全編中最も素晴らしかったのが、ロクサーヌ役の佐久間とクリスチャン役の曹馳(ツアォ・チ)が2幕で披露した愛のパ・ド・ドゥであった。
この日の公演もロンドンのバレエ・ファンの胸に長く残る優れたもであった。

この作品には1幕にシラノとロクサーヌがラジュノーの店で踊るパ・ド・ドゥ、2幕のロクサーヌとクリスチャン愛のパ・ド・ドゥ,3幕アレスの野営場でのロクサーヌとクリスチャン再会のパ・ド・ドゥと、3つの主要なパ・ド・ドゥがあるが、どれもパートナーリングが非常に難しく、ビントレーのスタイルに慣れているプリンシパルたちでも非常なプレッシャーを感じながら踊っている。
特に2幕のパ・ド・ドゥは暗い照明と少ない舞台スペースを使い、男女ダンサーが難しいデュエットを観客にそれとは知らせず踊らねばならない。
長くこのバレエ団のトップ・ペアとして踊ってきた佐久間と曹馳の2人によるパ・ド・ドゥは、難易度の高いパートナーリングを観客に全く感じさせないスムースで芸術性に満ち満ちたもの。
2人の奇跡のパートナーシップに観客は酔わされ陶然。そしてそのパ・ド・ドゥの終わりと共に劇場は水を打ったように静まり返った。

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佐久間は3幕、アレスの野営場で見せる男装のソロも闊達にして見事で、また修道院の場で見せるクリスチャンの死後15年たっても、彼の死の痛手から立ち直れない様子も哀れで、曹馳ともどもそれぞれ役を生きることで観客の心をつかみ、大いに涙させた。
後で知ったのだが、当日の佐久間はコンタクト・レンズで片目を傷つけており、1幕ラジュノーの店の場面から回りが良く見えない状態であったという。特に前述の2幕のパ・ド・ドゥは、照明の関係で回りが殆ど見えない状態で踊ったのだという。観客はそんなアクシデントがあったとは夢にも思わぬ、スーパー・パフォーマンスであった。

他14日土曜日のマチネでシラノを踊ったアレクサンダー・キャンベルの包容力と優れた演舞、夜の公演でアンリ・ル・ブレを踊った新人アーロン・ロビソンの鮮烈なソロ、地方公演で善良にしてコケティッシュなロクサーヌを踊ったナターシャ・オートレッド、クリスチャンを踊って品格高かったジェイミー・ボンド、冒頭の辻音楽師やパン屋の弟子で演舞に魅力を奮ったジェイムズ・バートン、修道女マルテを優美に踊った平田桃子、同役をチャーミングに踊ったクリスティン・マクガリティーらも忘れ難い。

BRBは2010年3月9,10日に、バーミンガム市移転20周年を祝う記念ガラを予定している。演舞に充実したスターダンサーと話題の新人たちが、どのような演目を披露してくれるのか。ゲスト・ダンサーは誰か、などとファンは今からガラを心待ちにしている。
(2009年11月12,13,14日昼・夜 サドラーズ・ウェルズ劇場。
撮影は9月29日 バーミンガム・ヒポドローム劇場最終ドレスリハーサル)

撮影:Angela Kase
※画像をクリックすると、大きな写真をご覧いただけます。

  • 撮影したキャスト
  • シラノ:ロバート・パーカー
  • ロクサーヌ:エリーシャ・ウィリス
  • クリスチャン:イアン・マッケイ
  • 銃士隊隊長:ル・ブレ A キャンベル
  • ド・ギーシュ侯:ドミニク・アントヌッチ