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アンジェラ・加瀬 text by Angela Kase 
[2010.01.12]

山本康介のサヨナラ公演となったBRB『くるみ割り人形』

The Birmingham Royal Ballet
バーミンガム・ロイヤル・バレエ団
Sir Peter Wright / Vincent Redmnon / Lev Ivanov : The Nutcracker
サー・ピーター・ライト、ヴィンセト・レドモン、レフ・イワノフ『くるみ割り人形』
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バーミンガム・ロイヤル・バレエは、11月27日〜12月13日まで本拠地ヒポドローム劇場にてピーター・ライト・ヴィンセント・レドモン版『くるみ割り人形』を上演した。
初日は佐久間奈緒が金平糖の精、曹馳(ツアォ・チ)が王子、ロバート・パーカーがドロッセルマイヤー、キャロル・アン・ミラーがクララを踊った。
ロイヤル・バレエ団のライト版『くるみ割り人形』と共に、BRBのライト、レドモン版も吉田都主演でDVDが出ているので、日本のバレエ・ファンの皆様も良くご存知かもしれない。

同じピーター・ライト作品でありながら、ロイヤル版、BRB版では雰囲気、振付共に大きな違いがある。
BRB版は、クララの母は元有名バレリーナで、クララも母のようなバレリーナになるべくバレエ学校で研鑽を積んでいるという設定。ロイヤル版では、くるみ割り人形は人形からハンス・ペーターに変身しクララと旅をするが、BRB版では人形は王子に変身。2幕、ドロッセルマイヤーの魔法により夢がかないバレリーナに変身したクララ(金平糖の精)が王子は王子とグラン・パ・ド・ドゥを踊る。
ロイヤル版ではクララ、ハンス・ペーター、金平糖の精、王子、ドロッセルマイヤーと主要登場人物が5人であるのに対し、BRB版はクララ、金平糖の精、王子、ドロッセルマイヤーと主要登場人物は4人である。 よってBRB版は王子が1幕後半から作品の終わりまで踊る。

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佐久間は2幕の登場から大スターの艶やかさで舞台に君臨した。ポアントでの足の運びは、まるでボリショイかマリインスキーのスター・バレリーナのよう。アームスは優雅にして雄弁である。曹馳(ツァオ・チ)とともに入団以来10年以上この作品を主演している。

曹馳(ツァオ・チ)は、98年のヴァルナ国際バレエ・コンクール金賞受賞者。現在英バレエ界がロイヤル・バレエのカルロス・アコスタと共に世界に誇るトップ男性ダンサーの一人である。曹馳(ツァオ・チ)は、1幕の登場シーンからエレガントで、クララとのデュエットでの難しいパートナーリングも難なくクリア。手のポジションを入れ替えてのピルエットやマナージュにも品格の高さが香る。2幕のグラン・パ・ド・ドゥのコーダでは、佐久間と完璧ともいえるパートナーシップを披露し、ヒポドローム劇場の観客を熱狂させた。

曹馳(ツァオ・チ)の初主演映画『毛沢東のバレエ・ダンサー』(北京舞踊学校から米ヒューストンに留学、その後亡命したダンサー、リー・ツンシンの数奇な半生を描いたベストセラー小説の映画化)は、今年オーストラリアで公開され同国の映画としては史上第3位の興行収入を上げており、日英での公開が待たれる。彼は、映画の縁で12月10日より米ヒューストン・バレエ団に招かれスティーブンソン版『くるみ割り人形』を2度主演。今後ますます世界レベルでの活躍が期待できそうだ。

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11月29日は当初ジェンナ・ロバートとジェイミー・ボンドが主演予定だったが、ロバートの故障により急遽、平田桃子が代役に立った。平田とボンドは、それぞれ20代でありながら非情に落ち着いた雰囲気を持った男女で、同じ音楽性を有する。
グラン・パ・ド・ドゥで平田は得意のピルエットで4回転を見せ、ボンドは跳躍でウルトラCを見せたが、それぞれがあくまで芸術性にこだわり、それ以上技巧を誇示することがなかったことにも好感が持てた。
夏に『モーツアルティーナ』を踊る平田とアレクサンダー・キャンベルを見たときに、何とエキサイティングなペアが誕生したことかと感じたが、平田とボンドは『くるみ割り人形』のような古典作品を踊る優れたペアである。今後2人が『眠れる森の美女』や『白鳥の湖』などで共演するチャンスがあれば素晴らしいものになるであろうと思う。

最終日12月13日は平田桃子と山本康介が主演。ドロッセルマイヤーはヴァレンティン・オロヴィヤニコフ、クララはヴィクトリア・ウォルトンが踊った。
この日は、バレエ団と10年の月日を共にしたシニア・ソリストの山本康介のさよなら公演であった。
愛媛出身の山本は15歳でロイヤル・バレエ・スクールに留学。2000年にビントレーが芸術監督をつとめるBRBに入団している。入団当初より観客の目をひきつける陽性の魅力、高い舞踊技術と芸術性を発揮し、バレエ団が英国内各地をツアーするツアー・カンパニーであることからイギリス各地の多数のファンを獲得、魅了している。
当日はまた山本と同じくシニア・ソリストのクリストファー・ラーセンの引退公演でもあり、また同バレエ団にとって年内最後の公演ということで、ところどころにおふざけも入る楽しい公演となった。

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1幕クララのダンス・パートナー役のアレクサンダー・キャンベルは少年役が似合い、クララのお友だちのダンス・スクールの少女たちと踊る士官候補生の
中心を踊り、包容力あふれるパフォーマンスを見せ、演舞の充実を印象付けた。今シーズン、クララ役も踊ったアンジェラ・ポールがコロンビーヌで見せた人形ぶりも見事。
ねずみの王様は、厚地康雄が踊った。
今回、厚地はねずみの王様役以外にも、1幕のパーティ・シーンのゲスト、兵隊人形、雪の国の風、2幕のスペインの踊り、アラビアの踊り、花のワルツの貴公子と
さまざまや役柄を踊った。今シーズンは特に役ごとの踊り分けがより巧みになり、それぞれの役での存在感が増し、将来が楽しみである。

山本は1幕の登場後、クララと踊る場面でクララに見せる眼差しはあくまで優しく、難解なパートナーリングにも巧みに対処。2幕のグラン・パ・ド・ドゥのソロのマナージュで見せるシャープな跳躍、旋回技が得意な平田との掛け合いも見事で、満場の観客を大いに盛り上げた。
バレエ団関係者の多くが山本とラーセンの最後の公演に涙、終演後は団員の多数が号泣したと聞く。ファンにも2人と仕事を共にしたダンサー、関係者たちにもこの個性豊かな男性ダンサー2人の退団は大事件であった。

スクール時代より山本の舞台を数多く観てきた私にとっては、彼が踊った役の一つ一つが愛おしい。中でもインド、ヒンドゥー教の神を描いたバレエ『クリシュナ』で、山を指一本で持ち上げる少年時代のクリシュナや、ジョン・クランコの名作『レイディー&フール』の準主役、『美女と野獣』のカラスを踊った山本の熱演の数々は一生涯忘れることの出来ない宝物として私の心に残る。
私を含むイギリスのバレエ・ファンの多くが、山本の公演を目にすることで生きる勇気をもらい人生の節目を乗り越えてきた。
その山本は10年の舞踊キャリアに終止符をうち、今後は日本を中心に振付家としての活動に専念する意向であると聞く。これまでビントレー作品になくてはならぬダンサーであった彼のこと、今後もまたBRBの新作にゲスト出演するような可能性もあるかもしれない。
今後の山本の振付家としてのキャリアに注目したい。
(2009年11月27日、29日、12月13日 バーミンガム・ヒポロドーム劇場。
撮影は11月26日最終ドレスリハーサル)

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撮影/Angela Kase
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