ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

From London <ロンドン>: 最新の記事

From London <ロンドン>: 月別アーカイブ

アンジェラ・加瀬 text by Angela Kase 
[2010.01.12]

吉田都、ロイヤル・バレエと最後のシーズン金平糖の精をエレガントに踊る

The Royal Ballet
英国ロイヤル・バレエ
Sir Peter Wright after Lev Ivanov : The Nutcracker
サー・ピーター・ライト、レフ・イワノフ振付『くるみ割り人形』
london1001a01.jpg

11月26日ロイヤル・バレエはピーター・ライト版『くるみ割り人形』を上演した。主演は吉田都と今シーズン、プリンシパルに昇進したばかりのスティーブン・マックレー。当初フェデリコ・ボネッリが相手役をつとめる予定であったが、すねの疲労骨折の再発から降板し、このユニークな顔合わせが実現した。

初日の公演を観るためロイヤル・オペラ・ハウスに集まった批評家たちは、チケットとプログラムを受け取るべく集まったプレス・デスクでプレス・リリースを渡され、吉田都が今シーズンを持ってバレエ団を離れると告げられた。
ロイヤル・オペラ・ハウスでの最後の公演は4月23日の『シンデレラ』、バレエ団との最後の共演は6月の日本公演での『ロミオとジュリエット』であるという発表。全く予想していなかっただけに「とうとうこの時が来てしまったのか。」という衝撃を受けた。
ギエム、バッセルがバレエ団を離れた後、ベンジャミンと共に佳き時代のロイヤル・バレエを知る最後の世代のバレリーナとしてバレエ団を牽引してきた吉田。それだけに、彼女の引退は英国のバレエ界にとって、またバレエ・ファンにとっては大事件であった。
 

london1001a04.jpg

当日は長らくサドラーズ・ウェルズ・ロイヤル・バレエとバーミンガム・ロイヤル・バレエの芸術監督をつとめ、ロイヤルとバーミンガムの『くるみ割り人形』の振付家であるピーター・ライト卿も、お気に入りのバレリーナである吉田をご覧になられるべくオペラハウスに足をお運びになった。
また客席には、吉田とマックレーの公演を後世に残すべく要所要所にカメラが据えられ、カメラマンがスタンバイしていた。

ローザンヌ・コンクールでスカラシップを受賞した吉田は、10代でロイヤル・バレエ・スクールに留学。卒業後サドラーズ・ウェルズ・ロイヤル・バレエ(現バーミンガム・ロイヤル・バレエ)に入団、95年にロイヤル・バレエに移籍、20年以上もの長きにわたってイギリスで活躍した。その功績を称えられ2007年には大英国勲章を受勲している。

通常ロイヤル・バレエやオペラの公演プログラムはA5版ほどのサイズで、表紙は無地で色は赤である。だが昨年『くるみ割り人形』のプログラムだけ、冬の夜空のようなミッドナイトブルー(濃紺)の地色に金平糖の精を踊る吉田の写真を中央にフィーチャーしたデザインになり、ファンの間で話題になった。
ピーター・ライト版『くるみ割り人形』は、99年に現在のオペラハウスが改築後再オープンしてからバレエ団が最初に上演した全幕作品。10周年を祝う今年も、この作品のプログラムだけ吉田を中心にしたユニークなデザインで目を奪った。
 

london1001a02.jpg

26日の配役はドロッセルマイヤーにギャリー・エイヴィス、クララをイオナ・ルーツ、ハンス・ペーターとくるみ割り人形をリッカルド・セルヴェーラ。1幕、クララのダンス・パートナーを踊ったのは、ポール・ケイ。小柄ゆえ子役を踊ることも多いケイだが、確かな技術とともに近年ますます包容力が増し、存在感が光った。
ハーレクイン人形はブライアン・マロニー、コロンビーヌはべサニー・キーティング、兵隊人形を蔵健太、ヴィヴァンディールはヘレン・クローフォードが踊った。
吉田、マックレーと共に、こういった芸達者たちが映像に残るのは嬉しい限りである。

2幕のキャラクター・ダンスでは、「アラビアの踊り」の男性の中心を平野亮一がつとめた。女性は長身のローラ・マクロッホ。バレエ団で最も長身の平野は、今シーズン『眠れる森の美女』リラの精のキャバリエや赤ずきんちゃんを狙うオオカミなど、背の高さを生かした役への抜擢が多い。「アラビアの踊り」ではエキゾチックな雰囲気とリフトに強さを発揮する堂々の好演。
「ロシアの踊り」ではポール・ケイとマイケル・ストイコが尽きぬスタミナを奮い、あし笛はエリザベス・ハロッド、ベサニー・キーティング、エマ・マグワイア、ピエトラ・メロピットマンらの綺麗どころが揃った。花のワルツはローズ・フェアリーをラウラ・モレーラが踊り、音楽性とシャープな技巧で会心の演舞。繊細な音楽性としなやかなパフォーマンスの崔由姫も一際目をひいた。
リッカルド・セルヴェーラといえば、これまで様々な役柄を踊っているが、当たり役といえば何といってもハンス・ペーターとくるみ割り人形だろう。特に2幕で金平糖の精と王子に「ねずみの王様との闘いに苦戦していたところを、勇敢なクララに救われた」様子を物語るマイムから跳躍にいたる流れの雄弁さは他の追従を許さない。
 

london1001a03.jpg

当日オペラハウスに集った関係者や観客は吉田とマックレーのパートナーシップに興味津津。微笑みながら中央壇上に登場した2人は身体的バランスも良く、絵になるペアであった。
吉田は登場直後から少女クララに向ける眼差しに慈愛があふれ、たたずまいは優美そのもの。英国バレエのスタイルとロイヤル・バレエのレパートリーのほとんどを踊り、極めたバレリーナだけに宿る充実が、目線やエポールマン、つま先の運びや小さな所作の数々から香り立つかのよう。ソロではチャイコフスキーがフランスの発明家に特注して作らせた楽器セレストの音色の一つ一つを、何とも繊細にエレガントに表現した。
容姿も技量も若かりし頃と何も変わっていない。吉田は、バレリーナとして最も充実している今、英国の観客とロイヤル・オペラ・ハウスに別れを告げようとしている。

一方2003年のローザンヌ・コンクールの昔から、舞台では常に冷静で持てる力を存分に発揮できるタイプのダンサーであるマックレー。当日も登場から落ち着いているように見えたのだが、大御所の吉田との共演やDVD録画のために緊張していたのだろうか。
グラン・パ・ド・ドゥの冒頭のパートナーリングで少々破綻し、観客をひやりとさせた。だがそれ以降は破綻もなく、芸術性あふれるソロを披露した後、コーダでは吉田と息のあったところを見せた。

『くるみ割り人形』が終わった今、イギリスのバレエ・ファンが吉田のパフォーマンスを生で見る機会はたったの2回。4月の『シンデレラ』のチケット争奪戦はすざまじいものになりそうだ。
(2009年11月26日 コベント・ガーデン ロイヤル・オペラ・ハウス)

舞台写真:(C)Johan Persson
※画像をクリックすると、大きな写真をご覧いただけます。