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アンジェラ・加瀬 text by Angela Kase 
[2009.11.10]

絵になったペネファーザーとハミルトン、マクミラン『マイヤリング』

The Royal Ballet
英国ロイヤル・バレエ
Keneth McMillan:Mayerling
ケネス・マクミラン振付『マイヤリング(うたかたの恋)』

10月8日、ロイヤル・バレエの2009・10新シーズンがケネス・マクミラン振付『マイヤリング』で幕をあけた。
配役はハプスブルグ皇太子ルドルフにヨハン・コボー、ルドルフと情死する愛人マリー・ヴェッツラにベテランのリアン・ベンジャミン、皇太子の元の愛人ラリッシュ夫人にラウラ・モレーラ、今でいえば皇太子のお抱え運転手に相当するルドルフの御者ブラットフィッシュに新男性プリンシパルのスティーブン・マクレーが扮した。
12日の公演では長い故障から復帰のサラ・ラムがロイヤル・オペラ・ハウスの舞台に返り咲きラリッシュ夫人を好演した。27日にゲネプロ撮影キャストの公演を鑑賞した。

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ルドルフ皇太子にルパート・ペネファーザー、マリー・ヴェッツラ役をバレエ団期待の美貌の新人メリッサ・ハミルトン、ラリッシュ夫人をマリネラ・ヌニェズ。3人がそれぞれの役でデビューする1回限りの公演とあって、それぞれのダンサーや英国のバレエ・ファンが心待ちにしたパフォーマンスであった。
マクミランの『マイヤリング』は当初アントニー・ダウエルをルドルフ皇太子役に振付が始まったのだが、ダウエルの故障のため振付の半ばからデイヴィッド・ウォールを初演者として作られた作品。
英国バレエ・スタイルのダンスール・ノーブル(貴公子ダンサー)にして類稀な演技者であったダウエルに対して、ウォールは身体能力に優れ、男性的な包容力をかね備えていた。マリーヴェッツラを初演したのはマクミランのミューズ、リン・シーモアであった。

バレエ史上、最も難役といわれる男性主役が『マイヤリング』のルドルフ皇太子役である。
当時ヨーロッパの大半を支配したハプスブルグの皇太子としての気品や華やぎといったスター性をそなえ、ソロや難解なリフトとパートナーリングをこなす。さら
に、父皇帝フランツ・ヨーゼフや当時の政情に翻弄される知性派ロイヤルとして、また愛なき結婚に苦しむヘロイン常習者として、自らを表現し演ずることのできる実力の持ち主でなければ絢爛豪華なこのバレエを統べることはできない。
作品の冒頭、ステファニー姫との結婚初夜に、新妻を髑髏や拳銃で脅し、レイプ同様のむごたらしい扱いを加えながらも最後まで主役として観客の心をつかみ、要所要所で涙させることのできる魅力の持ち主はあるいは存在しないのではないか。
マクミラン最晩年に、当時ノーブルな演技派として将来を嘱望されていたマイケル・ナンや、難解なステップやパートナーリングを短時間で習得する才能を持っていた若き日のアダム・クーパーなどがルドルフ役としてデビューしたが、この役を自分のものにすることはできなかった。
当時、ボリショイから移籍してきたムハメドフの身体能力の高さとドラマ性は故マクミランを大いに触発。マリー・ヴェッツラ本人によく面ざしの似ていたヴィヴィアナ・デュランテとの名演を映像でご覧になっているファンも多いことだろう。
最近のルドルフ役では、高貴な身分と爛熟したウィーン文化の退廃を背景に表現して抜きんでていたロバート・テューズリー。包容力・演技力・パートナーリングともに申し分なかったマーティン・ハーヴェイの演舞が忘れ難い。だが二人とも若くしてロイヤル・バレエを離れてしまっている。

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ペネファーザーは10月7日のゲネプロでもハプスブルグ皇太子の高貴さを感じさせ、演技力にも不足なく、退廃や苦悩するさまも絵になり、観客として集っていた「コベント・ガーデン友の会」メンバーや写真家を大いに感心させた。
27日のデビュー当日は、より役に入り込み、ダンスール・ノーブルらしく長身の相手役メリッサ・ハミルトンを美しく見せるパートナーリングにも充分に心を配っ
て、満を持したデビューを果たした。
立ち姿はハプスブルグの皇太子そのもので、母である皇后エリザベートにも父にも自らを理解してもらえぬ苦悩や、狩猟の場で父である皇帝を暗殺しようとした、という嫌疑をかけられた場面の表現、家族からも宮廷からも孤立し、マイヤリングでワインやヘロインに溺れ、若き美女のマリー・ヴェッツラにすがる様子には観客が感情移入させる繊細さがあった。

ハミルトンは北アイルランド出身の21歳。美貌と柔軟な肢体で先シーズン、マイケル・コーダーの『船旅への招待』やウェイン・マクレガーの『インフラ』に抜擢され、頭角をあらわした。長身で金髪、控え目な演技は非常にロイヤル・バレエ的であり、ペネファーザーとは視覚的にも非常に絵になった。
彼女についていうと7日のドレス・リハーサル当日のほうが魔性の女ヴェッツラの魅力をより良く表現していた。

ラリッシュ夫人役のヌニェズは艶やかで感情表現にすぐれ、かつて愛したルドルフに立ちきれぬ想いを残す愛人役が良く似合った。

 

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アルゼンチン出身で長身のヌニェズには、オデットやオーロラといったプリンセスよりも、『マノン』のレスコーの愛人や、『マイヤリング』のラリッシュ夫人といったマクミランのドラマティック・バレエ作品の妖艶な愛人役が似合うのではないだろうか。

ブラットフィッシュはブライアン・マロニー。先シーズン蔵健太とともに何を踊っても演舞に充実し、観客や関係者の目を奪うとともに、主役ダンサーを凌駕したダンサーである。
7日のゲネプロ、27日ともに手足のコーディネーションの素晴らしさや身体の描くラインの美しさ、類まれなる音楽性などで、2つのソロに忘れ難い印象を残した。
この役はスティーブン・マクレーも当たり役にしているが、ペネファーザー、ハミルトンという非常にロイヤル・バレエ的な美貌のペアには、やはり端正で舞台に100パーセント自分を捧げながらも、ダンスール・ノーブル的な抑制を見せ好感度の高いマロニーの御者が良く似合った。最後のマリーの密葬の場面でもこの重苦しい雰囲気に満ちた作品を上品に締めくくることができた。
先シーズンからのマロニーの快進撃は、芸術監督モニカ・メイソンや常任振付家ウェイン・マクレガーをも魅了した様子。
12月にご紹介する予定のマクレガーの世界初演作品『リーメン』にキャストされた他、来年3月には『リーズの結婚』を崔由姫とともに主演する予定である。

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愛なき結婚に翻弄されるステファニー王妃には新人の美人バレリーナ、エリザベス・ハロッドが抜擢された。ペネファーザー扮するルドルフとの1幕のパ・ド・ドゥでは演技力が光ったが、当日のバリー・ワズワースの指揮のテンポがダンサーの求めるものと違ったせいか、またはハロッド自身が自らのデビューに緊張していたのか、相手役とのからみではペネファーザーを難儀させていた。

オーストリー・ハンガリーの二重帝国であるハプスブルグからハンガリー独立を迫る四人の士官役には、セルゲイ・ポルーニン、ヴァレリー・フリストフ、蔵健太、ルドヴィック・オンデヴィエラが扮した。
中心となるリード・オフィサーを踊ったのはポルーニン。演舞には申し分なかったが、役に必要な「重さ」やハンガリー人的な「情熱」を表現して見事だったのは先輩の蔵健太であった。

佐々木陽平はヌニェズ扮するラリッシュ夫人の夫のラリッシュ伯爵、平野亮一はルドルフの友人であるコバーグ家のフィリップ王子に扮し、登場人物の多彩なことで知られるこのバレエの要所で好演した。

春に行われた09/10シーズンのプレスコンファレンスのさいには、かつてマリー・ヴェッツラを好演したタマラ・ロホがこの作品に出演する予定がなく、多数の記者から「なぜロホは『マイヤリング』に出演しないのか?」という質問が上がった。対してモニカ・メイソンは「彼女の相手役マーティン・ハーヴェイが退団し、パートナーがいないのです」と答えた。
肉感的な肢体と黒髪、マリー・ヴェッツラ本人を彷彿とさせる容姿とミステリアスな魅力で、男性の惑溺を誘う女優バレリーナ、ロホ。
彼女は最終的にカルロス・アコスタを相手役にマリー・ヴェッツラ役を踊り、持てる魅力と演技力を奮ってコベント・ガーデンに集った観客を涙させたという。

ロイヤル・バレエの主要ダンサーはまたシーズン初めから複数が怪我に倒れ、バレエ団は配役変更に忙しい。
ローレン・カスバートソン、フェデリコ・ボネッリの2名のプリンシパルの怪我による年内不在は、バレエ団にとって何とも大きな痛手である。だがサラ・ラム、アリーナ・コジョカルはコベント・ガーデンの舞台に帰ってきた。吉田都はボネッリ
の代役をつとめるスティーブン・マックレーと『くるみ割り人形』を主演する予定である。

現在新人・中堅に注目すべきダンサーが多数存在するロイヤル・バレエは、来年の日本公演でもまた内外のバレエ・ファンに多くの話題を提供しそうである。
(2009年10月27日 コベント・ガーデン ロイヤル・オペラ・ハウス。舞台写真は10月7日最終ドレス・リハーサルを撮影。)

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※写真をクリックすると大きな画像でご覧いただけます。

英国ロイヤル・バレエ団は最近、公認写真家の数を減らす方針を発表しました。
しかし私は、公認招聘写真家の一人として残ることができました。
これからも舞台写真をお届けしてまいりますので、よろしくお願いします。
写真についてのご感想などございましたらチャコットまでメールをお寄せください。

アンジェラ加瀬