ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

From London <ロンドン>: 最新の記事

From London <ロンドン>: 月別アーカイブ

アンジェラ・加瀬 text by Angela Kase 
[2009.08.10]

アダム・クーパー振付・主演の『シャル・ウィ・ダンス?』が開幕

Adam Cooper Shall we dance?
アダム・クーパー 『シャル・ウィ・ダンス?』

7月23日、アダム・クーパー主演作品『シャル・ウィ・ダンス?』が初日を迎えた。
これは『王様と私』『オクラホマ!』『オン・ユア・トゥズ』などの作曲家リチャード・ロジャーズのミュージカル曲をスコアに、クーパーが振付けたダンス・ショーで8月30日までのロングラン上演が予定されている。
日本のファンにとって、初のクーパー体験は89年に東京で開催されたローザンヌ・コンクールであろうか。
86年からロンドンに住むようになった私が、初めてクーパーを観たのは89年のロイヤル・バレエ・スクールの学校公演でのこと。その年最高学年に在籍していたクーパーが、アシュトン振付『2羽の鳩』の主役の若者を踊ったのである。以来、ロイヤル・バレエ団時代から今まで、彼の主演作品はデビューを含め殆ど観たり撮影していることになる。

ロイヤル・バレエ入団後に踊ったマクミランの『マノン』のレスコー役で見せた退廃と鮮烈な最後、マシュー・ボーンの『スワン・レイク』のスワンとストレンジャーに抜擢され世界的にブレーク、スター街道を駆け上ったことも、今では、懐かしい思い出である。

イギリスでも日本でも根強いファンを持つクーパーだが、イギリスでの彼のキャリアのピークは『スワン・レイク』世界初演の95年から05年の『危険な関係』までの10年間。06年にミュージカル『ガイズ&ドールズ』に主演した頃には、その人気に翳りが見えはじめていた。

クーパーにとって不運だったのは、圧倒的な存在感と悪の魅力で観客を酔わせた代表作『危険な関係』のロンドン初演が、ちょうど05年のロンドン多発テロの時期にあたったため、日本のようにはチケット売り上げが伸びず、一般市民に作品や彼の魅力が浸透しなかったこと。

ここ数年は、彼の個性を120パーセント生かせる作品やヒット作に恵まれず、昨年ミュージカル『オズの魔法使い』で案山子を演じた時には、ファンの多くが「クーパーも、もはやこれまでか」と心を痛めたものである。
今年は2月下旬に、クーパーが振付家・ディレクター・主演者として9月から日本で公演すべく準備していた『踊る大紐育』の上演が延期される事件があった。

また4月にはロンドンでコンテンポラリー・ダンスの振付家ラッセル・マリファントのグループ公演に参加し、マリファントと男2人のデュエットを踊った。だが40代後半にして容姿に舞踊技術にますますの冴えを見せるマリファントの隣にあって、30代後半のクーパーはダンサーとしてかつてのような精彩を放つことができなかった。

ロンドンで長年彼を応援してきたファンのクーパーばなれが進みつつある時だけに、関係者は『シャル・ウィ・ダンス?』が、アダム・クーパーのダンサーや振付家としての今後を計る試金石となるであろう、と考えていた。

ロンドンの下町出身のクーパーは、ロイヤル・バレエ・スクール(以下RBSと略)高等科に編入するまで、アーツ・エデュケーショナル・スクールというダンス・スクールで学んでいた。「アーツ・エド」と呼ばれるこの学校は、バレエ中心のRBSに比べ、ミュージカル・スターを育成する学校として知られ、生徒たちはバレエの他、演技、歌、ジャズやタップの習得に余念がない。
アーツ・エド時代に舞台人としてのオールラウンドな基礎を習得したクーパーには、また振付の才能もあり、RBS高等科の最終学年には学内の振付コンクールで賞を取りその才能を認められた。

『スワン・レイク』で世界的な名声を得たクーパーが、マシュー・ボーンと袂を分かって以来、主としてミュージカルの舞台や振付家として活動したのには、このような背景があった。だがミュージカルの主演者たるには、声と歌唱力に問題があり、それがミュージカルでは『スワン・レイク』や『危険な関係』以上のヒット作と評価に恵まれない理由になっていた。

london0908a01.jpg london0908a02.jpg london0908a03.jpg

『シャル・ウィ・ダンス?』のゲネプロ撮影は、初日の23日朝11時半から行われ、当初は舞台の全行程を撮影させるという話であった。ところが写真家たちが現地に集合してみると「撮影は作品冒頭の15分のみ。所要時間は最長30分」という申し渡しがあり、集まった写真家を大いに失望させたのであった。
写真家たちは皆、クーパーがこの作品で4年ぶりのカムバックを遂げる、妻で長年の共演者サラ・ウィルドーと踊り、撮影をさせるのだろうと思っていたのだが、ウィルドーの姿はなく、スインギング・ガールを踊る熟年女優のエマ・サムズと踊るのみであった。

批評家を招いてのプレスナイトは初日から約1週間後の7月29日に行われた。
作品のストーリーは、主人公のクーパーが様々な国籍・年齢・容姿の美女と出会いかりそめの恋に落ちるが結局は結ばれずに終わる、というもの。

冒頭レストランのウェイターをしているらしいクーパーを誘惑する熟年女性に扮したのは、かつて英米で非常な高視聴率を誇ったアメリカの人気テレビ・シリーズ『ダイナスティー』に出演していたイギリス人女優のエマ・サムズ(スィング・ガール)。
シャンデリア輝く舞踏会場でロング・ドレスを身にまとい優雅にワルツを踊るヨーロピアン・ガールを踊ったのはロレイン・スチュワート。
広場で人形劇を見せるグループの美女ロシアン・ガールにはレイチェル・ムルドーン。
『王様と私』の音楽に導かれ、王の後宮入りする姫に扮したのはノイ・トルマー。
『オクラホマ!』のスコアにのり、チェックのシャツにジーンズ姿でタップダンスを披露するワイルド・ウェスト・ガールはピピ・ジョーダン。
『オン・ユア・トゥズ』の「10番街の殺人」の場面で、クーパーと恋に落ちながら射殺されるスローター・ガールに扮したのは、クーパー夫人で昨年女児を出産した元ロイヤル・バレエ団プリンシパルのサラ・ウィルドー。

高級レストラン、舞踏会場、ノスタルジックな時代のアジアの国、アメリカの牧場、高級ナイト・クラブ。それぞれの場面では、ワルツ、ガムラン舞踊、キャラクター・ダンスやタップが踊られ、主演のクーパー自身も6人の美女それぞれと、ワルツやタップ・ダンスを披露したかと思えば、回転舞台の上でスタイリッシュなソロを踊ってみせる。ダンサーとしての自分の美質を前面に押し出し、苦手な歌を披露する必要のない作品をセルフ・プロデュースしたのである。
エマ・サムズとサラ・ウィルドーを除く、女性リード・ダンサー4人とアンサンブルの男女は皆若く、様々なダンス・スタイルを時に優雅に時にエネルギッシュに踊り好感が持てた。

振付家としてのクーパーは、作品に様々なダンス・スタイルを盛り込み、リチャード・ロジャースのミュージカルやメロディを愛するイギリスの熟年世代を楽しませるショーを作り上げてみせた。自身も自らの振付とアイディアでウェイターからアメリカの牧場の働き手までの七変化を見せるなどしてファンを喜ばせた。

ただ広場で人形劇を披露しているロシア人たちが踊るキャラクター・ダンスは凡庸で、また『王様と私』の場面の振付が、ガムラン舞踊と中国のドラゴン・ダンス、新体操のリボンが混在した内容で、日本人の私の目には不自然に映った。

ダンサーとしてのクーパーが作品中最も魅力的だったのは「10番街の殺人」。黒いスラックスにタンクトップ姿でギャング相手に拳銃を構えるシーンが白眉で強く印象に残っている。

判然としなかったのがアダム・クーパーのソロである。緩やかに回転する舞台の上で、自身の振付で短いソロを踊るのだが、ロイヤル・バレエのプリンシパル時代にシルヴィ・ギエムの指名で彼女とソロを踊った時や、マシュー・ボーンの『スワン・レイク』で世界を席巻していた時のような踊り手としての輝きが一切感じられないのである。
23日の初日からプレスナイトの29日までの間に疲れたり、どこか痛めてしまったのであろうか? まるで1ヶ月以上のロングラン作品に出演するスタミナ保持のため、関係者やファン、観客にとっては一番の見所である主役のソロを、クーパー自身は軽く流して踊っているように見えた。
4月のラッセル・マリファントのグループ公演を観た関係者やファンの多くが語る通り、これが38歳を迎えたダンサー、アダム・クーパーの真実の姿なのであろうか? 体調を崩し4月の公演を観ることの叶わなかった私は、まだその答えを出せないでいる。

残念であったのが4年ぶりに舞台にカムバックした妻のサラ・ウィルドー。私にとってウィルドーといえば、ロイヤル・バレエ時代から、ジュリエット、マノン、オンディーヌ、『真夏の夜の夢』のティターニアといった代表作の全てのデビューに立会い、時代を共にしたバレリーナであったし、関係者として常に彼女の才能を高く評価してきた。
その彼女も今や37歳。かつての容姿も色あせ、昨年、母になってからは非常な体重の増加に悩んでいる様子。踊り手としては、まだまだ脚も上がるし、音楽性にあふれているのだが、体型の問題から「10番街の殺人」の主演女性ダンサーとして、また広場での人形劇シーンの群舞において非常に目立ってしまい、ファンや関係者を驚かせた。

ギエム、吉田、ベンジャミンといったロイヤル・バレエの先輩たちが、若かりし日と何ら変わらぬプロポーションで活躍を続けているだけに、ウィルドーのカムバックには、あまりにも哀しいものがあった。私自身、往時のウィルドーを非常に評価していただけに、昔の美しい思い出をこなごなに打ち砕かれた思いで劇場を後にしたのである。
(2009年7月29日サドラーズ・ウェルズ劇場 23日ドレス・リハーサルを撮影)

london0908a04.jpg london0908a05.jpg