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アンジェラ・加瀬 text by Angela Kase 
[2009.07.10]

マルケス/ボネッリ、アネッサリ/フリストフ、吉田/ワトソンが踊った『オンディーヌ』

The Royal Ballet
英国ロイヤル・バレエ
Sir Frederick Ashton : " Ondine "
サー・フレデリック・アシュトン『オンディーヌ』
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6月、ロイヤル・バレエはフレデリック・アシュトンの『オンディーヌ』を再演した。
貴公子パレモンが水の精オンディーヌを愛し結ばれるが、仲を引き裂かれた後、元の許婚と結婚。心破れたオンディーヌの死の接吻を受け落命し、海底に下ったオンディーヌに永遠に見守られる、という全3幕の物語バレエ。初演は1958年で、マーゴット・フォンティーンがタイトル・ロールを踊っている。1幕でオンディーヌが自らの影と戯れ踊るソロ、3幕オンディーヌが夜の海で波と戯れる場面が有名である。
 
6月2日と6日の公演、および3日にロンドンのトラファルガー広場を始めとする英国主要都市の広場に設置された大スクリーンに映し出された公演生中継を観る。
2日は当初タイトル・ロールをアリーナ・コジョカルが踊る予定であった。
首を痛め長くリハビリに励んでいたコジョカルも4月に『ジゼル』で全幕復帰したことから、イギリスのバレエ・ファンは当日は彼女が主演するものと思い、コベント・ガーデンに集結。だが大事をとったバレリーナがこの作品からも降板したことから、急遽代役としてロベルタ・マルケスが踊ることになった。相手役は長らく脚の怪我のため舞台から遠ざかっていたプリンシパルのフェデリコ・ボネッリで、当日が全幕カムバック公演であった。ベルタはクリスティーナ・アレスティス、テレニオはベネット・ガートサイドがつとめた。
 
舞台に登場したマルケスは、幼女のような無邪気さと愛らしい微笑み、だが一方で非常に強いダンス・テクニックを見せて、観客の目をくぎ付けにし、ロイヤル・オペラ・ハウスに集った、コジョカル・ファンをも魅了。オンディーヌが自らの当たり役であることをアピールしてみせた。
ボネッリは身長差のあるマルケスをていねいにサポートし、彼女が小さな体を十二分に伸ばしてこの作品の主演バレリーナに要求される美しいラインを披露する手助けをした他、妖精と人間の女性の間で苦悩する貴公子を巧みに演じた。
ベルタを意地悪な貴婦人として演じ、踊るバレリーナが多い中で、アレスティスは貴族階級の女性ならではの優美を体現し、興味深かった。
またこの日は、これまで特別当たり役といったものを持たないように見えたベネット・ガートサイドが、中性的にして呪術的なテレニオを踊り、観客にアーティストとしての大いなる成長を印象付けた。

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6日(昼)は、今シーズンをもって引退を発表したアレクサンドラ・アンサネッリがタイトル・ロールを、ヴァレリー・フリストフがパレモン、ラウラ・モレーラのベルタ、テレニオは蔵健太が踊った。
アンサネッリのオンディーヌ、蔵のテレニオは、それぞれにとって当たり役で、昨年11月〜12月にかけて、このバレエが久しぶりに再演された際、関係者や長年ロイヤル・バレエを見ている玄人ファンに、大いに評価されたものである。
 
アンサネッリは自らの影と戯れるソロから結婚式、船旅の場面、最後に愛する人の生命をキスで奪うまでフェミニンでコケティッシュな魅力を存分にふりまき、フォンティーンを彷彿とさせるあでやかな微笑みで、古くからのバレエ・ファンをこの作品が初演された頃にタイム・スリップさせた。
アシュトンお気に入りのダンサーで、その昔テレニオを踊ったアレクサンダー・グラントの映像を見て自らの役の充実を考えたという蔵健太は、登場から持ち前のスター性をふるって群舞とオンディーヌを支配。腕使いの美しさや数々の跳躍、見せ場である弓なりに背をそらせるポーズも美しくまとめてみせた。
蔵といえば、ここ1年ほど何を踊っても関係者やファンの期待以上のパフォーマンスを見せ、バレエ団内に確固たる地位を築いている。テレニオ役の圧倒的な存在感と魅力たるや、まるで食虫植物が鮮やかな色と香りで生き物をおびき寄せ、捕え、餌食にするかのような、妖しいまでの吸引力に満ちている。蔵のこのバレエでの好演は、アントニー・ダウエルをはじめとするバレエ団関係者や、英国の舞踊評論家に大いに評価された。
 
フリストフは作品を通じてノーブル・ダンサーとしての節度ある立ち居振る舞いやエレガントな所作、鷹揚さを見せ、オンディーヌの接吻を受けて死を迎えるその瞬間まで品格高く目に優しく、現在バレエ団で最も優れた貴公子ダンサーに成長したことがうかがえた。
オンディーヌ役のアンサネッリとのパートナーシップには始終温かな思いやりが見え隠れし、アンサネッリ引退により2人のパートナーシップが舞台から失われてしまうのは、バレエ界にとって何という損失であることか。
3幕のディベルティスメントには佐々木陽平や崔由姫も登場し、作品を一層華やかなものにした。
 
3日、吉田都のオンディーヌ、エドワード・ワトソンのパレモン、リッカルド・セルヴェーラのテレニオによる舞台は、ロンドンやリバプール、マンチェスターなどイギリス国内20都市の大スクリーンに生中継され、各都市の広場に集ったバレエ愛好家の目を楽しませた。
トラファルガー広場の大スクリーンの前にはバレエ・ファンから、ロンドン観光途中の世界各国からの観光客、市民が集まり中継に見入った。幕間の休憩時間にはこの作品のスタジオでのリハーサル風景が映し出されたり、終演直後にバックステージにカメラが入り、現ROH(ロイヤルオペラハウス)2の芸術監督でバレエ団の元プリンシパルであったデボラ・ブルが吉田とワトソンをインタビューするなど、劇場で公演を見るのとはまた別の楽しさがあった。
吉田のオンディーヌは、彼女のイギリスでの研鑽と活躍の集大成ともいえるもの。ワトソンは、持ち前の変容能力で、中世の貴公子そのものと化し、手ののばし方や小さな所作の一つ一つにも品性の良さを香らせた他、オンディーヌを想う気持ちも切なく、現在バレエ団で最も充実した舞台を見せる踊り手であることを印象付けた。
この配役の舞台は後にDVD化が決定しており、今から楽しみである。
(2009年6月2日、6日 ロンドン ロイヤル・オペラ・ハウス 3日トラファルガー広場の生中継。舞台写真は08年11月29日の最終ドレス・リハーサルを撮影)

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