ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

From London <ロンドン>: 最新の記事

From London <ロンドン>: 月別アーカイブ

アンジェラ・加瀬 text by Angela Kase 
[2009.06.10]

ロイヤル・バレエのカスパートソンの『ジゼル』。コジョカルも全幕復帰

The Royal Ballet
英国ロイヤル・バレエ
Sir Peter Wright:" Giselle"
サー・ピーター・ライト『ジゼル』

英国ロイヤル・バレエ団は4月6日より5月26日まで、サー・ピーター・ライト版『ジゼル』を再演した。
今回のリバイバル上演はバレエ団の黎明期から黄金時代にかけて活躍した男性舞踊手、ロバート・ヘルプマンの生誕100年を祝し、彼に捧げられたもの。

マリアネラ・ヌニェスとローレン・カスバートソンのタイトル・ロール、ティアゴ・ソアーレスとルーパート・ペネファーザーのアルブレヒト、小林ひかるのミルタ役のデビュー公演があり、ロンドンのバレエ・ファンを色めき立たせたほか、4月22日には、長らく首の故障に苦しみ手術の後リハビリを続けていたアリーナ・コジョカルが全幕カムバックを遂げた。22日はオフィシャルなカムバック公演であり、実はコジョカルは、その前の週に一般観客には非公開のファミリー・パフォーマンスで、『ジゼル』全幕を踊り、観客の約半数を占めた子供たちを涙させたという。

4月22日はタイトル・ロールをコジョカル、アルブレヒトをヨハン・コボー、ジゼルの母ベルタをジェネシア・ロサート、クールランド公をウィリアム・タケット、1幕のパ・ド・シスを、崔由姫、スティーブン・マックレー、べサニー・キーティング、ジェイムス・ヘイ、イオナ・ルーツ、ポール・ケイ、ミルタをラウラ・モレーラ、モンヤをイオナ・ルーツ、ズルメをべサニー・キーティングが踊った。

筆者は3月下旬から4月いっぱい体調を崩していた関係で、5月の中旬まで公演を観ることができなかった。コジョカルのカムバック、小林ひかるのミルタ・デビューを含むゲネプロ撮影キャストの公演をご紹介できず残念である。

london0906a02.jpg london0906a01.jpg london0906a03.jpg
london0906a04.jpg london0906a06.jpg london0906a05.jpg
ロベルタ・マルケス、ティアゴ・ソアーレス

5月16日昼の公演を観る。1幕はジゼルをカスバートソン、アルブレヒトにペネファーザー、ヒラリオンをホセ・マルティン、ジゼルの母をロサート、エリザベス・マクゴリアンのバチルダ姫、パ・ド・シスの中心のカップル(通常の版でのペザント・パ・ド・ドゥ)をヘレン・クローフォードと蔵健太が踊った。2幕はローラ・マクロッホがミルタ、崔由姫がモンヤ、ズルメをシャーン・マーフィーが踊った。
 
カスバートソンは登場から所作に雰囲気に気品があふれ、村娘というより気高い身分の少女に見えた。かつてダーシー・バッセルがジゼルを踊ると、やはりお姫様か深窓の令嬢にしか見えなかったことが懐かしく思い出され、長身バレリーナであったバッセルの幻影が同じく背の高いカスバートソンのジゼルに一瞬ダブって見えた。
ペネファーザーも同様に村人に身をやつしていながらも、ダンスール・ノーブル(王子役ダンサー)らしく、所作が非常に貴族的である。
1幕、長身の2人がグラン・ジュテの繰り返しで舞台を渡ると、小柄なダンサーには醸し出せないダイナミズムによってコヴェント・ガーデンのステージが大いに華やいだ。
 
パフォーマンスが最もその華やぎを増したのはパ・ド・シスの6人が登場してからであった。通常の版では、村の男女一組によって踊られるペザント・パ・ド・ドゥは、ピーター・ライト版では、村の若者男女各3人、計6人によって踊られる。その内男女各1名が中心のペアとして・パ・ド・ドゥを踊る。通常中心のペアは次期プリンシパル候補が踊ることが多い。
そんな背景から特に中心の男性のソロは、「村の若者」であるはずなのにもかかわらず、貴公子然としてしまうことが往々にしてあり、実は貴公子であるアルブレヒト役との対比のメリハリが失われてしまう。
だが蔵健太は違った。彼の一挙手一投足には、貴族のような生活の豊かさこそ持たぬとはいえ、自由に生を謳歌することの出来る村の若者ならではの闊達さがあり、収穫の祭りに心躍らせる男の心の高揚があった。
ソロでダイナミックな跳躍を披露したほか蔵の持つ優れた音楽性がうかがえたし、相手役に見せる暖かな思いやりや包容力、確かなパートナーリングまで、すべてにおいて文句なしの出来。蔵の持つ大きなスター・オーラが、自らにスポットライトを引き寄せ、また彼の周囲をも明るく輝かせることもあって、1幕の収穫の祭りとパ・ド・シスにおいて舞台は非常な盛り上がりを見せ、当日オペラハウスに集った観客を大いに喜ばせた。
 

london0906a07.jpg london0906a08.jpg london0906a09.jpg


近年、演技も上手になり、主役らしさが増したペネファーザーではあるが、蔵やヒラリオンのマルティンといった芸達者なダンサーに出てこられると、とたんに存在感が希薄になってしまうのが残念であった。
カスバートソンは花占い、バチルダのドレスのすそに頬ずりをする場面や、狂乱シーンもデビューしたばかりのバレリーナの演舞とは思えぬ充実があり、安心して観ることができた。
 
2幕はローラ・マクロッホのミルタが良かった。ウィリの女王としての存在感に優れ、また静謐な中に非情さを秘め、血の通わぬ蒼い精霊そのものであった。崔由姫も浮遊感にあふれ、優美なポール・ド・ブラやつま先使いで見事なウィリぶり。
06年ヴァルナ国際バレエ・コンクール銀賞のカスバートソンの強みは、アレグロの強さや跳躍とともにパ・ド・ブレのつま先の運びの美しさである。ロシア人教師に師事していただけに、ボリショイやマリインスキーのトップ・バレリーナさながらの美しく確かな足の運びが2幕のウィリになったジゼルの各場面に生きたし、ソロの大小の跳躍は浮遊感にあふれ、クラシック・チュチュの中に足先を隠す所作も優美であった。
 
ペネファーザーは巧みなパートナーリングで長身のカスバートソンの好演をよく助けたほか、ソロも充分良く、演舞に健闘したが観客を涙させるまでにはいたらなかった。
思えばカスバートソン、ペネファーザー共に、古典の大曲である『ジゼル』の男女主役にデビューしたばかりである。これからこの役を踊りこみ演舞の経験を積むことによって、いつの日にか、オペラハウスの観客を涙させる日が来るであろうことを祈りたい。
(2009年5月16日昼 コヴェント・ガーデン、ロイヤル・オペラ・ハウス 写真は4月6日の最終ドレス・リハーサルを撮影)

london0906a10.jpg london0906a11.jpg london0906a20.jpg
london0906a12.jpg london0906a13.jpg london0906a15.jpg london0906a14.jpg
london0906a16.jpg london0906a17.jpg london0906a18.jpg london0906a19.jpg
 london0906a21.jpg  london0906a22.jpg