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アンジェラ・加瀬 text by Angela Kase 
[2009.05.11]

バーミンガム・ロイヤル・バレエがバランシン、アシュトン、ビントレー作品を上演

Birmingham Royal Ballet
George Balanchine: " Serenade" Frederich Ashton : "Enigma Variations" David Bintley : " ’Still Life’ at the Penguin Café"
バーミンガム・ロイヤル・バレエ
ジョージ・バランシン『セレナーデ』、フレデリック・アシュトン『エニグマ・ヴァリエーションズ』、ディヴィッド・ビントレー『スティル・ライフ・アット・ザ・ペンギン・カフェ』

4月14日~18日までバーミンガム・ロイヤル・バレエ(BRB)がロンドン公演を行った。
BRBのロンドン公演は通常は年に一度、秋にサドラーズ・ウェルズ劇場で行われるが、今年は同劇場が昨年春よりコロシアム劇場とタイアップして始めた「スプリング・ダンス・シリーズ」の一環として、アメリカン・バレエ・シアター(ABT)、「ラッセル・マリファントと仲間たち」といった団体と共に招聘されて行ったもの。
 
演目は小品集とバレエ団芸術監督であるビントレー振付の新『シルヴィア』全3幕。雰囲気の異なる4作品に、才能あふれるきら星のようなダンサー多数が技と個性を奮った。
初日は、バランシン『セレナーデ』、アシュトン卿振付『エニグマ・ヴァリエーションズ』、ビントレーの88年作品『スティル・ライフ・アット・ザ・ペンギン・カフェ』の3作品で開幕した。

『セレナーデ』の女性ソリスト3人のうち2人は、プリンシパルの佐久間奈緒とソリストの平田桃子。02年以来プリンシパルとして君臨する佐久間がBRBを代表するバレリーナであるが、03年入団の実力派、平田桃子にも今や脚光が当たるようになり、準主役や主役を踊るようになっているのが嬉しい。佐久間は、同じ初日に『エニグマ・ヴァリエーションズ』でも主人公のエルガーに愛された少女ドラ・ペニーを踊り、ロンドンのバレエ関係者やファンの元に実に半年ぶりに帰ってきたのである。
当初初日を鑑賞し、日本人バレリーナ2人の活躍をレポートする予定であったが、体調を崩し公演鑑賞ができなかったため、翌15日の公演を昼・夜観る。

『セレナーデ』は昼の部をレティシア・ロッサルド、キャロル・アン・ミラー、セリーヌ・ギデンズ、ジェイミー・ボンド、マシュー・ローレンスが、夜の部をナターシャ・オートレッド、アンブラ・ヴァッロ、ゲイリーン・カマフィールド、曹馳(チ・ツァオ)、ジョゼフ・ケイリーが踊った。
それぞれ適役であったが、昼の部を踊ったミラー(昨年の英国批評家賞女性古典の部スポットライト賞受賞)がチャイコフスキーの音楽を見事に視覚可し、バランシン・バレリーナの資質を存分に証明した他、入団2年目のギデンズが将来優れたバランシン・ダンサーになるであろう可能性を感じさせた。男性では、あくまで女性ダンサーをたて、控え目ながら優れた音楽性と叙情を見せたボンドなど、昼の部を踊ったダンサー3人の魅力が、この作品を見慣れている私の目にひときわ新鮮に映った。

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『エニグマ・ヴァリエーションズ』は、作曲家エルガーとその妻や友人たちを描いたアシュトン卿68年作品。エドワード・エルガーといえば『威風堂々』や『チェロ・コンチェルト』があまりにも有名なイギリスの国民的作曲家だが、出世作『エニグマ変奏曲』で有名になったのは42歳と、遅咲きであった。『エニグマ(謎)変奏曲』は、14の短い音楽で妻や身近な友人たちを表現したもので、アシュトン卿はそれらの曲とテーマを使い、エルガーとそれぞれの登場人物を視覚化してみせた。

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舞台は1899年、イギリスのカントリーサイドにあるエルガーの邸宅。エルガーと妻、作曲家の親友イェーガーがくつろいでいると、音楽家や役者、学者など様々な友人たちが登場し、それぞれがソロやデュエットを踊る。作品の終盤、エルガーの元に1通の電報が届く。それこそは『エニグマ変奏曲』がロンドンで成功を収めたという知らせであった。エルガーは不遇の時代の自分を、支え励まし続けてくれた妻や友人たちの祝福を受け、バレエは登場人物が一同うちそろって記念撮影をする場面で終わる。
 
非常に演劇的なバレエであることから、主人公エルガーと妻、親友のイェーガー、ロマンティックなパ・ド・ドゥを踊る若き恋人たちイソベルとアーノルド、チェロ奏者のネヴィンソン、メアリ・ライゴンを踊るダンサーは、それぞれ容姿に優れ、観客に目線の使い方一つや後姿でストーリーを物語ることのできる俳優・女優でなければならない。またウィニフレッド・ノーベリーやドラ・ペニーといった淑女役には美貌や可憐さと共に、エレガントなアームス(両腕)や足先使いができるバレリーナが必須である。またアントニー・ダウエルが初演したトロイト(ピアノを頑張ったがなかなか上達しなかったフラストレーションが音楽と振付に表現されている)や、大聖堂のオルガン奏者のシンクレアが踊る男性ソロには、短いながらさまざまな超絶技巧が散りばめられていることから、音楽性と技量に優れた男性ダンサー複数の存在もなくては上演が不可能な作品である。
そしてこの『エニグマ・ヴァリエーションズ』をトリプルキャストで上演できるだけの、個性と技量を誇る男女の逸材がひしめいているのが現在のBRBなのである。

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私が観た2キャストの中では、15日(夜)の配役が優れており、まるで『モーリス』や『眺めのいい部屋』といった美しいマーチャント・アイヴォリー映画を観ているかのようであった。
エルガーにドミニク・アントヌッチ、エルガー夫人にサマラ・ダウンズ、タウンゼントにマイケル・オヘア、アーノルドをジェイミー・ボンド、トロイトをセザール・モラレス、ノーブリーをレティシア・ロッサルド、イェーガーをウォルフガング・ストルウィッツアー、ドラ・ペニーをエリーシャ・ウィリス、シンクレアを曹馳(チ・ツァオ)、ネヴィンソンをジョナサン・ペイン、メアリ・ライゴンをアンドレア・トレディニックが踊った。

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口ひげが似合いのアントヌッチは、包容力あふれる大人の男の魅力にあふれ、作曲家エルガー役がことのほか良く似合であった。夫人(ダウンズ)とのやりとりに見せるこぼれんばかりの愛、可憐な少女ドラ・ペニーと戯れる姿も父性に満ちて魅力的で、まばゆいスター・オーラを放って多数の登場人物を有するこの作品を統べてみせた。

この変奏曲の中で最も有名な第9変奏「ニムロッド」(エルガーが親友のイェーガーとベートーヴェンについて論じた夏の一夜を表現したといわれる曲)で、アントヌッチとストルウィッツアーが互いの肩を抱き踊る男2人のデュエットには、両名だけが表現しうる男同士の深い友情と絆といったものが感じられた。
他にもパイプをくわえ、自転車に乗って登場するパウエル(ホルダー)、タウンゼント(オヘア)やベイカー(ラーセン)といったイギリスならではのエキセントリックな登場人物たち、ロマンティックな恋人たちイソベル(バセルガ)とアーノルド(ボンド)、美貌のノーブリー(ロッサルド)、可憐なドラ・ペニー(ウィリス)、ミステリアスな女性メアリ・ライゴン(トレディニック)を踊ったダンサーたちは、それぞれが役に似合いであったし、トロイト役に技を奮ったモラーレスもまた良かった。技量という意味では、シンクレア役の数ある跳躍や旋回の超絶技巧を何とも優雅に披露した曹馳(チ・ツアオ)のアーティストとしての充実が光っていた。

同日昼部は、パウエル役をジェイムズ・バートンが踊り、特徴ある跳躍の数々の中に自らの個性をくっきりと刻印して見せたし、ドラ・ペニーを踊った平田桃子のアームスとつま先の繊細にして音楽性あふれる使い方は玄人ファンや関係者の目を奪った。また07年のローザンヌ賞受賞者で、今シーズン入団したばかりの新人デリア・マシューズがイソベルを踊り、美貌と大人びた雰囲気で新人らしからぬ存在感を見せた。

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小品集の最後はビントレー振付『スティル・ライフ・アット・ザ・ペンギン・カフェ』。この作品を世界初演した英国ロイヤル・バレエ団が17, 8年前の日本公演で披露しているから、ご記憶の方もあるかと思う。
 

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これは80年代に日本や世界で人気であったペンギン・カフェ・オーケストラの曲にビントレーが振付けたバレエ。ハイドン・グリフィンによるカラフルな衣装を身にまとったダンサー多数が、耳に快い音楽に乗って軽快に踊る。タキシードにロングドレス姿の優美な男女が羊と踊ったり、ノミがイギリスの民族舞踊モリス・ダンスを踊る男性ダンサーと戯れたりと、作品は終盤まで一見ひたすら軽快で陽性の雰囲気に満ちている。
だが、ペンギンの祖で1844年に絶滅してしまったグレート・アークや、ウタ州の巻角ひつじ、テキサスのカンガルー・ラット、ブラジルのむく毛猿など作品に登場する動物は、実は今では絶滅してしまった種類の生き物。熱帯雨林に降る雨の中、逃げ惑う動物たちは、作品の最後でノアの箱舟に乗る。軽快な作品の根底にあるのは「動物愛護」という重く大きなメッセージである。

88年の世界初演はウタ州の巻角ひつじをデボラ・ブル(現ROH2芸術監督)、カンガルー・ラットをブルース・サンソム、レインフォレスト(熱帯雨林)ファミリーの父をジョナサン・コープ、ブラジルのむく毛猿をスティーブン・ジェフリーズ(元香港バレエ団芸術監督)という錚々たる顔ぶれが踊った。
 
BRBロンドン公演2日目(昼)(夜)2公演で印象に残ったのは夜の部でスカンク・フリー(ノミ)を踊ったアンブラ・ヴァッロ、昼夜ブラジルのむく毛猿を踊ったボンド、昼夜とレインフォレストの父役を踊った厚地康雄とその相手役のレイ・ザオ(昼)とセリーヌ・ギデンズ(夜)であった。
厚地は入団3年目。欧米人男性並みの長身とプロポーションの持ち主で、バレエ団の群舞にあって手堅い踊り手である。今回はビントレーの抜擢を受け、地方公演中にレイン・フォレストの父役でデビュー。子と妻を思いやりながら、美しい音楽と一つになり滅びゆく生き物であるわが身を情感たっぷりに踊る厚地に、昼は両親に手を引かれてバレエを観に来た子供たちが、夜はコロシアムに集った熟年層の観客が大いに感情移入して見入っていた。やはり欧米人顔負けのプロポーションに美貌の持ち主で、なんとも女性的な香りがあふれる中国人ファースト・ソリストであるレイ・ザオと厚地のペアは、それぞれの持つ美質や個性が、互いを高め忘れがたい印象を残した。
(2009年3月15日(昼)(夜)の2公演を鑑賞 ロンドン・コロシアム劇場。写真は3月4日バーミンガム・ヒポドローム劇場での最終ドレス・リハーサル)

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