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アンジェラ・加瀬 text by Angela Kase 
[2009.01.13]

『ザ・レッスン』で崔が主役デビュー

ロイヤル・バレエ、マックレガー『インフラ』世界初演ほか

 ロイヤル・バレエ団は11月、マクミランとアシュトン卿というかつての常任振付家2名の全幕作品である『マノン』と『オンディーヌ』を上演。11月13日にはバレエ団の現・常任振付家マックレガーによる新作『インフラ』を含むトリプル・ビルを上演した。

 トリプル・ビルは、グレン・テトリー振付『ヴォランタリーズ』、フレミング・フリント振付『ザ・レッスン』、マックレガーの『インフラ』である。
現在、ロイヤル・バレエ団では日本出身のダンサーが中核を担っており数多く出演、活躍している。私は崔由姫が『ザ・レッスン』の生徒役にデビューする2日目の14日にコベントガーデンに足を運んだ。

 幕開け作品『ヴォランタリーズ』の中心を踊ったのはリアン・ベンジャミンとフェデリコ・ボネッリ。準主役の3人には、マーラ・ガリアッツィとティアゴ・ソアーレス、セルゲイ・ポルーニン。その他男女各6名のダンサーが出演した。
振付は米国人のグレン・テトリー。かつてはジョフリー・バレエやABT、マーサ・グラハム・カンパニーで活躍したほか、ブロードウェイの舞台に立ったこ ともある。ネザーランド・ダンス・カンパニーのダンサー(後に芸術監督)としてヨーロッパに渡るまでは、米バレエ界とエンターテーメントの世界でダン サー、振付師として活躍した。
『ヴォランタリーズ』はジョン・クランコの死後、73年にシュツットガルト・バレエ団の芸術監督として招かれたテトリーが、バレエ団のために初めて作った 作品。テトリー80歳の誕生日を祝して、2年前の06年にロイヤルバレエ団の演目に戻った。06年再演時には、シュツットガルト・バレエ団からジェイソ ン・レイリーが客演し、花を添えた。

  12日のゲネプロ撮影の際には、マリネラ・ヌニェズとルーパート・ペネファーザーが中心のペアを踊った。二人とも06年のリバイバル時に同作品にデビュー している。ヌニェズは抽象作品を踊りながらも香る女性らしさで、同日オペラ・ハウスに集まった「コヴェント・ガーデン友の会」の人々を魅了。
抽象作品ゆえ、ダンサーには音楽性と音楽の視覚化が第一に求められる。また他の作品には見られないユニークなリフトやパートナーリングが、ところどころ にちりばめられていることから、男性ダンサーはそれら難易度の高いリフトやパートナーリングにも神経を使わねばならない。

  ゲネプロ当日、ペネファーザーも途中まではソロやパートナーリングを難なくこなしていたのだが、終盤に後ろに下がっていく部分で仰向けに転倒。その後、作 品の最後まで踊りぬいたが、11月17日の『マノン』の男性主役デ・グリュー役ビューを降板したのは、この時のアクシデントが原因だろうと言われている。

 14日の主役ベンジャミンとボネッリは物語バレエと共に、抽象作品も大いに得意とし、音楽性にも優れている。ボネッリは細身にもかかわらず、パートナーリングも巧みで包容力も充分。見ごたえのあるパフォーマンスを披露してくれた。
準主役では、『船旅への招待』に続き、入団2年目のセルゲイ・ポルーニンの充実が光っていた。
大人の身体に変貌を遂げた彼は総タイツ姿にも風格が漂い、ソアーレスとのデュエットにも、観客やファンの視線を一身に集めるオーラをまとっていた。ダンス 技術と共に、各作品の音楽・照明を含めた雰囲気=舞台上の空気とでもいうべきものを感じ取り、その空気に自らを同化させる能力、感受性に優れている。

 また蔵健太はアームスや首、胸といった上半身の使い方に男性ばなれした美しさを見せ、音楽性と各種跳躍と共に観客の目を奪った。
音楽性という意味では小林ひかるは常にロイヤルのバレリーナの中でも特出すべきダンサーで、『セレナーデ』に次いで、『ヴォランタリーズ』でも、その個性が大いに際立っていた。

Photo/Angela Kase

『ザ・レッスン』は狂気のバレエ教師の下に個人レッスンに訪れた少女が、レッスン中に教師に絞殺されるという凄惨な物語バレエの小品である。
これは5年ほど前に、プリンシパルのヨハン・コボーが仲間たち公演を行ったさいに、自分とパートナーのアリーナ・コジョカル主演作品として取り上げ、そ の後ロイヤル・バレエ団のレパートリーになった。仲間たち公演でも、バレエ団上演時も、少女の雰囲気を持つ小柄なコジョカルに良く似合い、コボーの狂気の 演技にも背筋寒くなるものがあった。

 今回はファースト・キャストにヨハン・コボーとロベルタ・マルケス、セカンド・キャストを崔由姫とエドワード・ワトソンが踊った。崔は今回が初役で14日に入団以来念願の主役デビューを遂げた。
ワトソンの教師役は、コボーに比べるとかなり繊細な雰囲気。第一印象は若いながら、深い舞踊知識を持った名教師といった面持ち。神経質で文弱そうなマスクの下に狂気を押し隠しているため、生徒は彼の異常ぶりになかなか気がつかない。
役の年齢に近い崔は登場より可憐な少女の様子と、バレエが好きでたまらない少女がトゥ・シューズ見せる愛着や、お稽古場のカーテンと戯れたりする様子が 愛らしい。バレエのお稽古場が舞台だけに、バレエ・シューズでの基本のバーレッスンの一部や、トゥ・シューズに履き替えてのセンターのお稽古が見られる が、バーではお手本ともいえる技術を、センターのグラン・ジュテやキック・ジュテでは鮮やかなテクニックを披露してみせた。

  この作品の登場人物はたったの3名。ピアニストは教師の異常ぶりを知っており、数々の生徒殺害事件を隠蔽する教師の共犯者。ファースト・キャストのラウ ラ・モレーラも威厳があり怖いのだが、私が見た14日にピアニストを演じた美人プリンシパル・キャラクター・アーティストのエリザベス・マクゴリアンの狂 気ばしった面持ちも、観客に大きな恐怖を感じさせた。
ワトソンの繊細さと若さ、崔のフレッシュな魅力は、コケティッシュなマルケスと、威圧的な狂人教師コボーという「こってりしたペア」とは対照的。二組それぞれの魅力を堪能することができた。

写真はファーストキャスト Photo/Angela Kase

 マックレガーの新作『インフラ』は、バレエ団の芸術監督モニカ・メイソンのバレエ団在籍50シーズンを祝し、女史に捧げられた作品。
 公演プログラムにはTSエリオットが現代人の生活とロンドン・ブリッジについて記した詩と、それと共に今回振付家マックレガーとコラボレーションした英国人ヴィジュアル・アーティストのジュリアン・オピーの作品画や、ビデオ・アートの写真が掲載された。
エリオットの詩が示唆するように『インフラ』には、舞台背景の壁上部に、橋の上を左右に行き来する人物のビデオ(電光)アートが映し出される。その下で男女各6名がある時はペアとなり、ある時はソロを披露する趣向。
マックレガー作品といえば、踊り手に身体能力の限界を極めさせる振付が特徴である。今回抜擢されたのはベンジャミン、崔、カスバートソン、ガリアッ ツィ、メリッサ・ハミルトン、ヌニェズ、リッカルド・セルヴェーラ、平野亮一、ポール・ケイ、エリック・アンダーウッド、ジョナサン・ワトキンス、エド ワード・ワトソンの12名。

 作品にストーリーらしいものはないが、現代人のせちがらい毎日や孤独な都会生活を示唆しているようだ。暗い舞台でダンサーがひとしきり踊った後、舞台背景のビデオアートと同様にたくさんの人々が歩み去っていく舞台の中央で一人カスバートソンが泣き崩れる。

 抽象作品や現代物に強いワトソンが、休憩を挟んで『レッスン』の教師とはまったくイメージを異にして舞台に登場。ベンジャミンとのデュエットやソロに優れた個性を奮った。
やはり現代作品に強みを発揮するセルヴェーラとアンダーウッドも見逃せない。平野亮一はガリアッツィを相手にマックレガー作品の特徴であるユニークなパートナーリングも堂々クリアし、振付家の抜擢に応えた。
サラ・ラムの怪我により『船旅への招待』に続いて抜擢されたメリッサ・ハミルトンが、身体能力の高さと美貌で強い印象を残した他、カスバートソンも、や やもすると機械的になってしまうマクレガー作品に、女性的な香り添えた。崔はパートナーのポール・ケイの未熟なサポート技術にいく分翻弄された様子。

  現代作品の古典とも言うべき『ヴォランタリーズ』、物語小品『ザ・レッスン』、マックレガーの新作という様々な作品を一晩に見られるトリプル・ビルであっ たにもかかわらず、チケットの売れ行きはいまひとつ。空席を埋めるためにフリーペーパーに広告を出すなどして、有志を募った。
(2008年11月14日 ロンドン ロイヤル・オペラ・ハウス 撮影は11月12日の最終ドレス・リハーサル)

写真はファーストキャスト Photo/Angela Kase