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アンジェラ・加瀬 text by Angela Kase 
[2009.01.13]

吉田都、崔、佐々木が活躍した『くるみ割り人形』

ロイヤル・バレエ団『くるみ割り人形』

 12月、ロイヤル・バレエ、バーミンガム・ロイヤル・バレエ、イングリッシュ・ナショナル・バレエ(ENB)という、英国3大バレエ団がロンドンとバーミンガムでそれぞれ『くるみ割り人形』を上演した。
ロイヤル・バレエ団はアントニー・ダウエル、アリーナ・コジョカル、イヴァン・プートロフ、吉田都らによる公演がDVDになっているイワーノフ、ピー ター・ライト版。バーミンガム・ロイヤル・バレエ団は、一部に現代的な魅力が盛り込まれたイワーノフ、ピター・ライト、ヴィンセント・レドモン版。ENB は視覚的にカラフルでモダンなクリストファー・ハンプソン版の上演である。

 日本出身ダンサーが数多く活躍するイギリスでは、3大バレエ団のそれぞれが『くるみ割り人形』の主役であるクララや金平糖の精、王子に日本人のダンサーを抜擢し、観客に夢を与えた。
バーミンガム・ロイヤル・バレエ団では、佐久間奈緒が長いこと金平糖の精を主演している他、07年は平田桃子がクララ役にデビュー。08年は山本康介も 主役デビューし話題になった。イングリッシュ・ナショナル・バレエ団では、高橋絵里奈がかつてはクララを、今では金平糖の精を踊っている。
11月、ロンドン地下鉄構内にロイヤル・バレエ団の『くるみ割り人形』のポスターが貼り出された。中央で微笑むのは、07年の同バレエのポスターに続き 吉田都。ゲスト・プリンシパルとなり日本での活動の場を増やした吉田だが、今年もこの作品のためにイギリスに戻ってきたのである。
ロイヤル・バレエ団では吉田の他にも、日本人でありながら英国紳士のエレガンスを体現するダンサー、佐々木陽平が毎年恒例の王子役を、12月20日には 今シーズン数々の抜擢を受けてアーティストとしての輝きを増すソリストの崔由姫が、金平糖の精役でデビューし話題を集めた。

 12月19日の吉田都主演公演と20日(昼)の崔由姫の金平糖の精デビューを観る。
毎年のことだが、今年もロイヤル・バレエ団の『くるみ割り人形』のチケットは早くから完売。当初主役を踊るダンサーの怪我による配役変更があったことから、熱心なファンは当日券入手に奔走した。
吉田主演日の夜、ロイヤル・オペラ・ハウスに足を運ぶと、会場はいつもとだいぶ違う雰囲気に包まれていた。
ロンドン在住の日本人カップルや日本人の親子連れであふれていたのだ。公演のポスター効果であろうか、いつもはバレエを見ない在英の日本人たちが、一目吉田を観ようとコベント・ガーデン・デビューを遂げた様子である。
通常ロイヤル・バレエ団の公演プログラムは、赤の無地に英国王室の紋章がついたシンプルなデザインだが、今回は表紙に公演ポスターと同じく、吉田とボ ネッリが微笑む写真のついた特別仕様である。両親に連れられてバレエを観に来た日本のちびっこたちが、プログラムを大切そうに小脇に携えて幕間にアイスク リームを食べている姿はなんとも微笑ましかった。

 当日の主要キャストはドロッセルマイヤーにギャリー・エイヴィス、クララにイオナ・ルーツ、ドロッセルマイヤーの甥ハンス・ペーターとくるみ割り人形をリッカルド・セルヴェーラ、金平糖の精を吉田都、王子にフェデリコ・ボネッリ。
ドロッセルマイヤーのエイヴィスが素晴らしい。孤高の賢者といった雰囲気を漂わせながら、クララやハンス・ペーターを前に見せる細やかな愛情が、作品に スケールの大きさや深みを与えていた。アントニー・ダウエル以来、この役を踊るに最もふさわしいアーティストである。
ハンス・ペーターとくるみ割り人形を当たり役とするセルヴェーラも、ロイヤル・バレエ・スクールの子供たち扮するおもちゃの兵隊軍を率いてネズミの大軍 や王様と闘う場面で見せる軍人らしい所作は、音楽の見事な視覚化である。シャープなダンス技術、お菓子の国で金平糖の精と王子を前にクララに救われた経緯 を語るマイムの雄弁さで白眉であった。

 クララの弟フリッツ役には、ロイヤル・バレエ・スクールからキリアン・スミスが抜擢された。演劇大国イギリスで舞台やミュージカルを観ると、優れた舞台俳優・女優の多さと共に、素晴らしい子役が多く存在することに驚く。
毎年このバレエのフリッツ役や、1幕のクリスマス・パーティに連れてこられる子供たち、おもちゃの兵隊やねずみたち、天使たちにもそういった大人顔負け の演技力を持つ付属バレエ・スクールの子供たちが抜擢され踊る。今年ファースト・キャストのフリッツを踊ったキリアン・スミスも、ドロッセルマイヤーに可 愛がられる姉クララに嫉妬する弟役を巧みに演じ、踊って見事だった。
1幕では、またコロンビーヌ人形を踊ったキャロリーヌ・デュプロの音楽性、相手役のブライアン・マロニーの人形ぶりや技巧も強く印象に残った。

 2幕、吉田は英国バレエ・スタイルのお手本ともいうべき舞踊技術を披露。優美な腕使いやよどみなく流れるパ・ド・ブレ、たおやかな女らしさと、クララやハンス・ペーターを暖かく包みこむ優しさと包容力で観客を魅了し、舞台に君臨した。
相手役のボネッリは、彼本来の魅力であるノービリティー(品性の良さ)と、その中に見え隠れする男性的なパッション(情熱)の比率の絶妙さが、古典バレエの王子役に見事なまでにマッチする。
当日も、コベント・ガーデンの女王である吉田を、あくまでも前面に押し出すステージ・マナーと真摯なサポート、そして短いソロにもてるダンス技術のすべてを奮う様子に感心すると共に、現在ボネッリがアーティストとして最も充実した時期にあることに気がついた。

『くるみ割り人形』終演後、カーテン・コールは幾度となく続き、主役バレリーナに贈られる花束の数は、吉田がイギリスの観客に今も心から愛されている事実を見事に証明していた。
主役以外では、花のワルツの中心、薔薇のフェアリーを踊ったラウラ・モレーラが、舞台を後にする直前のアラベスクのバランスを長々と披露して観客にア ピールした他、薔薇のフェアリーのお付き4名の男性、フリストフ、マロニー、佐々木、ポルーニンのうち、佐々木とポルーニンが、アントルシャに見せる確か な技巧や優美で品格高い存在感で、観る者の目にひときわ鮮やかに写った。

 今では日伊ハーフの二人の男の子の父でもある佐々木陽平は、昨年から英国バレエの総本山であるロイヤル・アカデミー・オヴ・ダンシング(RAD) の教師の資格取得のための勉強を始め、忙しい舞台の隙間時間に集中的に勉強した結果、12月5日にめでたく試験にパスしたという。舞台人として素晴らしい だけでなく、日本語・英語でのコミュニケーション能力に優れる知的な佐々木のこと、将来優れたバレエ教師になることは間違いない。

 翌20日(昼)は、期待の新人崔由姫が金平糖の精役でデビュー。相手役は長いことアキレス腱の怪我とリハビリのため舞台を降板していたスティーブ ン・マックレー。大型新人2名による古典大作の主役デビュー、マクッレーのカムバック公演とあって、関係者とファンの期待が最も高い公演であった。
主要キャストは、ドロッセルマイヤーにアリステア・マリオット、クララにエリザベス・ハロッド、ハンス・ペーターとくるみ割り人形は前日夜に続いてリッカルド・セルヴェーラ、金平糖の精に崔由姫、王子にスティーブン・マックレー。

 1幕、蔵健太の兵隊人形が素晴らしい。この役は踊り手が人形ぶりと共に、銃を持って闘う兵士としての覇気や勇壮さを見せた時に最も大きな輝きを放 つ。前日に同じ役を踊ったホセ・マルティンが、人形ぶりと跳躍を中心に役作りしたのに対して、蔵は勇壮な兵士としての役作りと技術を見事に調和させ、見ご たえたっぷりのソロを披露した。
蔵は11月下旬~12月初旬に4回公演されたフレデリック・アシュトン振付『オンディーヌ』の準主役である地中海の神テェレニオ役にデビューしたばかり。出演作品のほとんどで、ここ数シーズンの快進撃阻む者なき活躍を見せている。
バレエ『オンディーヌ』と蔵のテェレニオ役については、5月下旬~6月初旬の再演時に舞台写真とあわせて皆さまにご紹介する予定である。

 クララ役のエリザベス・ハロッドは少女らしさと控えめながらも確かな演技力で、好感度が高い。連日の出演にもかかわらず疲れ知らずのセルヴェーラのくるみ割り人形、ハンス・ペーターとのつりあいも良かった。

 2幕、崔とマックレーは白い鬘や華やかな装飾のチュチュや衣装もよく似合い、共に少女漫画から抜けだしたような金平糖の精と王子ぶり。当日オペラハウスに集まった関係者、観客ともに、登場シーンから2人に魅了され、一挙手一投足に注目した。
私が2人を知ったのは、コンクールの取材・撮影に行ったスイス、ローザンヌ市ボーリュー劇場でのことだった。崔は2002年に世界の著名バレエ団で1年 研修することのできる研修賞を、マックレーは2003年に世界の著名バレエ学校に1年留学することのできるスカラシップ賞を受賞している。
2人とも既にいくつかのコンクールの覇者であったせいか、ティーンらしからぬ落ち着きと完成されたバレエ技術の持ち主であった。それでいて世界から集 まったバレエ関係者の心をつかむ青年らしいフレッシュな魅力とスター性を兼ね備え、コンクール出場の時点で、すでに非常に芸術性の高い踊り手であった。そ の後、崔はロイヤル・バレエ団で1年間研修し03年に、マックレーはロイヤル・バレエ・スクールに1年留学し04年に入団している。

 20日の2人は古典大作の主役デビュー、ペア・デビューとは思えぬ充実した演舞を見せ、ソロに良し、パ・ド・ドゥのデュエットもまた良かった。その上ステージ・マナーと品性に優れ、古典大作をそれぞれの魅力でより一層輝かせてみせた。
何とも末恐ろしい大型新人のペア・デビューであった。
一部のファンの間で「マックレーのソロのマネージュがいつもに比べ大人しい」「怪我の後遺症のせいなのでは?」と噂されたが、私自身は初めて王子役を踊る彼が王子としての優美さを追求した結果なのではないかと想像している。
日本人ダンサーでは2幕、花のワルツの中心である薔薇のフェアリー役で小林ひかるが、フェアリーのお付きとして平野亮一が出演した。

 英バレエ関係者の間では、「マックレーはすべてにおいて傑出しているが、小柄なため似合いのパートナーがいない」と言われてきた。ガラでアリー ナ・コジョカルと組んだこともあるが、コジョカルには私生活のパートナーでもあるヨハン・コボーという相手役がおり、現代最高のパートナー・シップとして 内外に知られている。またスター性が希薄で、儚いコジョカルと、観客へのアピール力の強いマックレーは、ダンス技術的には互角のパートナーだが、個性とい う意味では大いに異なる。私は今回崔とマックレーの舞台に触れ、この2人が、コジョカル・マックレー以上の可能性を持つペアであることを確信した。

 崔は翌21日にも病気のため降板したアレクサンドラ・アンサネッリの代役として金平糖の精を踊った。相手役は入団2年目の大型新人セルゲイ・ポルーニンであった。
(2008年12月19日、20日(昼)ロンドン ロイヤル・オペラ・ハウス)