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アンジェラ・加瀬 text by Angela Kase 
[2008.06.10]

アリーナ・コジョカルと仲間たちによるチャリティ・ガラ公演

 5月7日、ロイヤル・バレエ団のプリンシパル、アリーナ・コジョカルが、テムズ河畔のクィーン・エリザベス・ホールにて、チャリティ・ガラを行った。
 これはコジョカルの祖国ルーマニアとその周辺の貧しい国々にある、がん患者の病院をサポートする目的の公演で、ロイヤルからはコジョカルの舞台と私生活 のパートナーであるヨハン・コボーをはじめロベルタ・マルケス、ファースト・アーティストの崔由姫、エマ・ジェイン・マグワイア、コール・ド・バレエのロ マニー・パジャックとセルゲイ・ポルーニンが出演。またアメリカとドイツからそれぞれ一人ずつゲストを迎えての公演となった。

 アメリカからは、3月末にNYCBと共にロンドン公演を行い、関係者に鮮烈な印象を残した同バレエ団新進プリンシパル、ダニエル・ウルブリヒト、ドイツからはベルリン国立バレエ団ソリストのマリアン・ワルターが客演した。
 この日のロンドンは初夏のような陽気で、開演直前の6時半になっても眩しい太陽がテムズ川の水面に照り映えていた。
 ホールでは、ルーマニアの病院「ホスピス・オヴ・ホープ」で過ごすがん患者の映像がくり返し流れ、観客に同国とその周辺の貧しい国々の現状や、病院のイ ギリス人医療スタッフの働きについていて訴えていた。コジョカルには祖国の医大に進んだ親族がいるとのことで、以前から「祖国と周辺国の病気に苦しむ人々 のために何かしたい」と考えていたのだという。

 幕開けの演目はコジョカルとコボーによる、ロビンズ振付『アザー・ダンシィズ』。コジョカルの類稀なる音楽性と身体能力、優雅な魅力が、同じ身体能力の 高さと音楽性を有するコボーとのかけあいで一層輝き、コボーのよる包容力あふれるパートナーリングによって忘れがたい印象を残した。
 コジョカル・コボーといえば、現在世界屈指のパートナーシップとして知られるが、それぞれの故障により、最近では2人の共演の機会が減り、ファンを大いに嘆かせていた。
 当日の『アザー・ダンシィズ』は、そんなファンへの何よりの贈り物となった。

 続いて崔由姫がマリアン・ワルターを相手役に『パリの炎』を踊った。崔の音楽性とバランス能力、女性らしい優雅な腕使いや所作、目線を使ってのアピール は、観客の目に優しくコジョカルの魅力にも大いに通ずるところがある。ソロで見せたポアントでの足の入れ替えなどのエレガンスに、工藤大弐とドミニク・カ ルフーニを師に持つ崔に息づくフランス・バレエの粋を見た。一方相手役のワルターは、ロンドン・デビューに大いに緊張していたのかソロでもはじけることが 出来ず残念であった。

 続いてティム・ラッシュトン振付の『牧神の午後』を披露したのはヨハン・コボー。これはニジンスキーのオリジナル版ともロビンズ版とも違い、男性ダン サー一人によるソロである。天井から一条の照明によって照らし出された舞台をコボーが移動する振付であったが、背景のない素の舞台と暗い照明のせいか、残 念ながら、作品と踊り手が生きなかった。
 同じ問題は、次に上演されたキム・ブランドストラップの新作『バード・オブ・プロフェット』にも当てはまった。小柄なコジョカル一人が、素の舞台で踊るソロは地味かつ小さくまとまってしまい、印象が薄かったのである。

 その後『コッペリア』のパ・ド・ドゥで、ロベルタ・マルケスとダニエル・ウルブリヒトという観客へのアピール度の一際強いペアが登場した時は、だから目が覚める思いであった。
 マルケスはコケティッシュな魅力をふりまいて、観客にコジョカルを忘れさせてしまうかのようなスター性を発揮。ウルブリヒトは3月のNYCBとの来英時 に見せた、男らしさや、音楽性と共に、踵を床につけずに舞台を縦横無尽に高速移動するバランシン・ダンサーならではのお家芸を披露。作品も2人によく似合 い、観客にも馴染み深く理解しやすことから、このペアの存在は当夜、随分と際立って見えたものである。

 ガラの最後を締めくくったのは、『ドン・キホーテ』よりディベルティスメント。
 コジョカルが赤いチュチュでキトリとして登場、コボーとパ・ド・ドゥの一部を踊り、またキトリのソロを披露。バランスに音楽性に優れたところを見せれ ば、2年前のローザンヌ・コンクールでもバジルを踊ったセルゲイ・ポルーニンが同ソロを踊り、フィナーレは、男女共にフェッテなど旋回の大技で一夜限りの ガラを華やかに締めくくった。

 バレエ・シーズン終盤であったこの時期、ロイヤル・バレエ団は毎晩のように本拠地ロイヤル・オペラ・ハウスで公演を行っており、ダンサーは複数の作品のリハーサルや公演で毎日非常な忙しさであった。
 その合間を縫っての公演準備は、座長のコジョカル、実質上のプロデューサーであるコボーにも、ダンサーたちにも大変な努力を要したと思う。たとえばワルターと初共演の崔にとっても、ワルターとあわせる時間は殆ど無かったと聞く。
 そういった時期に行った公演としては、作品構成も古典のパ・ド・ドゥから、現代作品の新作まで網羅し非常に充実していたし、久しぶりにコジョカル・コ ボーの名パートナーシップを堪能することも出来た。ウルブリヒトやワルターといったロンドンで見る機会の少ない外国人ダンサーのゲスト出演や、怪我のため 惜しくも出演を逃したスティーブン・マックレーが作品の合間にチャリティについてのスピーチとタップダンスを披露するという、バレエ・ファンを喜ばせる一 幕もあった。

 ダンサーや作品、構成、照明や背景、音楽にいたるまで細かくチェックする関係者の眼から見ると、少しばかりの問題が無きにしもあらずであった。
 まず『アザー・ダンシィズ』のコジョカル・コボー、『コッペリア』のマルケス・ウルブリヒト組、『ドン・キホーテ』のウルブリヒト以外のダンサーが、本人たちに最も似合った作品を踊ったようには思えないこと。
 狭い舞台とすり鉢型、舞台照明にも限界があるという、バレエに適さない劇場で行われたため、何人かのダンサーは舞台の狭さから本領を発揮できず、作品のいくつかが生きなかったこと。
 素晴らしい身体能力や音楽性、優美を兼ね備えながらも、「儚く繊細な個性の持ち主」のコジョカルが、ガラ形式の公演の中央にいることにやや無理があったことなどである。
 またこの企画そのものの発表が遅く、演目や出演者の発表も直前であった為、ファンや関係者の多くを話題のバレエ・ボーイズによる公演初日に奪われてしまいチケットを完売にすることができなかったのも淋しかった。
 この公演前後に、首や背中の痛みを訴えていたというコジョカルは、この後ロイヤル・バレエの『ダンシズ・アット・ア・ギャザリング』を踊ったが、直後に同作品もコボーとの共演が予定されていた『真夏の夜の夢』も降板。日本公演での主演への影響が心配されている。
(2008年5月7日、クィーン・エリザベス・ホール)