ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

From London <ロンドン>: 最新の記事

From London <ロンドン>: 月別アーカイブ

アンジェラ・加瀬 text by Angela Kase 
[2008.04.10]

ロイヤル・バレエ ウィールドン新作世界初演とバレエ小品集

ヤノースキ
  ロイヤル・バレエは2月28日から3月19日まで、新旧4作品による「バレエ小品集」を上演。ウィールドンによる新作『エレクトリック・カウンターポイ ント』世界初演と、ロビンスの『牧神の午後』、バランシンの『ツィガーヌ』、アシュトンの『田園の出来事』という魅力的な作品群に、2キャストが挑戦し た。

3月5日のファースト・キャストと11日のセカンド・キャストによる公演を観る。
ウィールドンの新作『エレクトリック・カウンターポイント』はバッハとスティーブ・ライヒによる音楽に、元バレエ団のプリンシパルとファースト・ソリス トで、熊川哲也がKバレエを立ち上げた際のダンサーでもあり、現在は自分たちのカンパニー、ジョージ・パイパー・ダンスィズを主催するウィリアム・トレ ヴィットとマイケル・ナン(ダンサーとして、またバレエ・ドキュメンタリー製作者として、テレビ番組を通じてお茶の間の人気者である)の2人が背景のビデ オ・アートを担当。

ファースト・キャストにはゼナイダ・ヤノースキー、サラ・ラム、エリック・アンダーウッド、エドワード・ワトソンの4人が抜擢された。

ヤノースキー、アンダーウッドヤノースキー、アンダーウッドラム、ワトソン

幕が開くと暗い舞台の上にダンサーが一人ずつ登場する。背景には同じダンサーの映像が映しだされ、彼らの独白が聞こえてくる。
「私は鏡と不思議な関係を持っているの。スタジオで鏡は私の友だち。私たちは強い信頼関係に結ばれているのに、一度舞台に立つと、もうそこに鏡はなくなって私は一人」
着飾り、メイクをし、登場人物になりきる古典バレエの中ではうかがい知ることの出来ないダンサーたちの赤裸々な素顔が見え隠れする冒頭。
そして、ビデオ映像とともに近未来のサイボーグのような衣装で4人が踊る作品中盤、華美な衣装に着替えた4人が観客の前に姿を現すエンディング。

カーテン・コールでは「何と美しく斬新な作品なの!」と叫ぶ観客から、首を振る者まで観客の意見が大きく分かれた。
ダンサーのモノローグや映像を用いたダンス作品は、近年多く見受けられるが、再演を繰り返す成功作というのは類を見ない。
ウィールドンとトレヴィット、ナンによるコラボレーションは、視覚的に優れた作品を創り上げ、非常に印象的であった。だが繰り返し観るとなると、観客は毎回同じダンサーの「独白」に疲れ、視覚的にも最初の衝撃は薄れ色褪せて感じることであろう。

『エレクトリック・カウンターポイント』『エレクトリック・カウンターポイント』
『エレクトリック・カウンターポイント』『エレクトリック・カウンターポイント』『エレクトリック・カウンターポイント』

セカンド・キャストを踊ったのはラウラ・モレーラ、ディエドル・チャップマン、リッカルド・セルヴェーラ、マーティン・ハーヴェイの4人。
作品を無機質に踊ったファースト・キャストに対して、セカンド・キャストはより人間的で、役に熱い血を通わせ各々の個性を際立たせようとしたのが興味深かった。

『エレクトリック・カウンターポイント』『エレクトリック・カウンターポイント』

『牧神の午後』はファースト・キャストをカルロス・アコスタとサラ・ラム、セカンド・キャストをイヴァン・プートロフとアレクサンドラ・アンサネッリが踊った。
ダンス・スタジオで午睡から醒める男性舞踊手、そこに現れた美しいバレリーナは現実であったのか、まどろみのさなかに見た美しい夢だったのか?

包容力のある男性的なアコスタとクールな金髪美女ラム、繊細なプートロフと可憐で表現力に富むアンサネッリという対照的な取り合わせ。
レッスン場の鏡の中にお互いを見出す「出会い」、2人が共に踊る場面でリフトされ、男性の肉体に宿る秘められた力に驚き、おののく様子を演じたアンサ ネッリが素晴らしい。NYCBからロイヤルに移籍後、最近では非常な演技力を身につけ、現在バレエ団で最も注目されるバレリーナに成長を遂げている。

アコスタ、ラムアコスタ、ラム
アコスタ、ラムアコスタ、ラムアコスタ、ラム
アコスタ、ラムサラ・ラムカルロス・アコスタ
プートロフ、マルケスプートロフ、マルケスイヴァン・プートロフ
『ツィ ガーヌ』は、バランシンのミューズの一人でありながら、結婚によりMR.Bの逆鱗にふれ、バレエ団を離れることを余儀なくされたスザンヌ・ファレルが、 NYCBに復帰した際に創作された小品。ロイヤル・バレエは同作品を今回バレエ団の演目に加えるにあたりスザンヌ・ファレル本人を指導に招いた。

ファースト・キャストは、マリネラ・ヌニェズとティアゴ・ソアーレス、セカンド・キャストはアコスタとタマラ・ロホ。主役の2人が仲間の8人を率いて踊る作品構成。
ジプシー女ならではの情念を見せ、アンサンブルの中、一人光を放ったヌニェズに対して、セカンド・キャストのロホとアコスタは、スター同士の火花散る一 騎打ちを見せた。同じ音楽性と技量を持つ2人が、目にも留まらぬ高速シェネで、舞台の上手と下手から現れ舞台中央で一つになると、コヴェント・ガーデンの 観客が沸いた。
通常バランシン作品の男性主役には、女性より一歩下がった品位と節度が要求されるが、良い意味でそれを裏切るアコスタの熱い個性が、ロホとともに観客の 興奮を大いに煽りたてたのである。二人は、それが11分たらずの出演であろうと、スターなら観客に充分大きな喜びで満たすのだ、ということを見事に証明し て見せたのである。

ヌニェズ、ソアーレス
『ツィガーヌ』
ヌニェズ、ソアーレスマリネラ・ヌニェズマリネラ・ヌニェズ

『田園の出来事』は、貴婦人ナタリア・ペトロヴナが、息子の家庭教師としてやってきた魅力的な男性ベリャーエフと許されぬ恋に落ちるというツルゲーネフの小説を元に、アシュトンが、アントワネット・シブレーとアントニー・ダウエルの2人に振付けた作品である。

ショパンの美しい音楽、貴族の館と美しいロシアの夏の風景、短いながらも感動的なストーリー展開を持つ優れた小品で、初演以来イギリスの観客に愛され続けている。

観客の目にこそ美しく優しく映るが、ダンサーにとっては上半身を常に美しいポール・ド・ブラ(腕の動き)とエポールマンを保ちながら、すばやい足の動き や小さな跳躍を次々と披露し、流れるように舞台上を移動しながら踊るソロやデュエットが盛り込まれ、踊ることで物語や文化背景を語る、非常に消耗する作品 であり、かつ優れた演技力が必要とされ、各々の音楽性と演舞の実力を大いに試される作品である。
まだ演技力が充分ではなかった頃のシルヴィ・ギエムも、ジョナサン・コープを相手役に、かつてこの作品に挑戦したことがある。技巧・音楽性ともに申し分 なく、彼女の美貌も役に似合いであったが、この作品を愛する批評家や観客には「演技が伴わない」と評判が芳しくなかった。

今回ファースト・キャストの女性主役ナタリア・ペトロヴナにはアンサネッリ、ベリャーエフにはプートロフ、セカンド・キャストのナタリアにはヤノースキー、ベリャーエフには怪我から復帰のルーパート・ペネファーザーが扮した。
ファースト・キャストのアンサネッリは女優バレリーナとして、許されぬ恋に苦悩する女性を何とも魅力的に演じた。一方プートロフのベリャーエフは、朴訥なベリャーエフで、感情表現も控え目。

ベリャーエフベリャーエフ束の間の幸せ
束の間の幸せ夫人とベリャーエフ『田園の出来事』

夫人への想いを打ち明ける
  セカンド・キャストのヤノースキーは貴婦人らしい気品に溢れながらも、アンサネッリのような豊かな喜怒哀楽の表現ができずやや単調であったのに対して、 ここ数年役者として大いに成長したペネファーザーが、控えめなダンスール・ノーブルの仮面をかなぐり捨て、別れの場面で迫真の演技を見せ観客を驚かせた。

主役以外で印象に残ったのが、ベリャーエフに激しい恋心を抱くナタリアの召使のヴェラを演じたべサニー・キーティングである。非常な音楽性とともに繰り 出す小さな跳躍は、どれもバレエの教習本写真から抜け出したかのように美しく正確で、腕のポジションやエポールマンもエレガント。セカンド・キャストの脇 役ながら、アシュトン・バレリーナとしては主役のアンサネッリ、ヤノースキーをしのぐ完成度を見せた。
キーティングといえばロイヤル・バレエ・スクール時代から、その才能の片鱗をうかがわせ、関係者の誰もが注目したバレリーナである。これほどの存在に成長しながら、なぜか昇進が遅く、最近では目立った役への抜擢も少ないのが惜しまれる。

またボールを持ってのソロを披露するお坊ちゃまのコーリャ役は、代々バレエ団の小柄な男性ダンサーが踊るのが常だが、やはりどうしても不自然になりやすい。
今回ファースト・キャストで同役を演じたポール・ケイは、ソロでも力まず演技も自然で子供らしさに満ち溢れ、ここ20年間に同役を演じた踊り手の中で、最も評価されるべき存在であった。

3月15日に『シルヴィア』を主演したゼナイダ・ヤノースキーは公演後に、夫でオペラ歌手のサイモン・キンリーサイドとの第一子を妊娠中であると発表。 その後、3月31日からコロシアム劇場で予定されていた「カルロス・アコスタとロイヤル・バレエの仲間たち」公演からの降板が発表された。
ヤノースキーといえば、同バレエ団日本公演中も『シルヴィア』の主役に予定されている。残念ながら、この配役にも変更が加えられるのではないだろうか。
コーリャアンサネッリ夫人とラキーチン
アンサネッリとプートロフ束の間の幸せ別離