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アンジェラ・加瀬 text by Angela Kase 
[2008.03.10]

ロイヤル・バレエ『クローマ』『ディファレント・ドラマー』『春の祭典』

ロイヤル・バレエ団は2月2日~23日、ウェイン・マクレガーとケネス・マクミランという新旧の常任振付家の小品によるトリプル・ビルを上演した。
話題はマクミランの『ディファレント・ドラマー』の久々の上演と、先シーズン、バレエ団の常任振付家に就任したマクレガーによるローレンス・オリビエ賞受賞作品『クローマ』の再演であった。
『ディファレント・ドラマー』を2キャストで観ようと2月18日と22日の公演に足を運ぶ。

『クローマ』は女性ダンサー4人と男性6人による現代作品。上半身をうねるように彎曲(コントラクション)させる、(つま先を美しく伸ばすのではなく)足 をフレックスにする、オフ・バランスで今にも均衡を崩しそうなポーズで静止する、など振付家マクレガーは、ダンサーたちに身体能力の極限を要求し、古典バ レエにはない動きを次から次へと表現させる。
先シーズンの初演時には、「素晴らしい」と叫ぶ者から「グロテスクだ」と、受け入れない者まで、観客の評価が大きく分かれた。
冒頭ジョビィ・タルボットによる激しい音楽に合わせ、エドワード・ワトソンとマーラ・ガリアッツィが現れ、柔軟にして強靭なダンサーの肉体だけが表現し える、美醜入り混じった動きを見せ観客を圧倒する。初演はワトソンとコジョカルで、コジョカルの驚異的な身体能力に観客は言葉を失い見入ったものだった。
続いてロホ、マックレー、カスバートソン、アンダーウッドらが、衣装らしい衣装を剥ぎ取られた姿で、一人一人観客に向かって各々の身体能力の極限に挑む。
鋭い音楽性と魔性の女の魅力を見せるカスバートソン、リリカルな現代音楽と共にボネリと詩情豊かなデュエットを踊るサラ・ラム、憑かれたかのようにイン パクトの強い音楽を自らの肉体で表現しようとするマックレー。10人のダンサーが横一列に並んでそれぞれ異なる動きや跳躍を繰り返す場面では、彼らはまる で譜面に書きなぐられた音符のようにも見えた。
今回、時を置いて再びこの作品と向き合うことにより、われわれ関係者やファンの多くが、マクレガーがロイヤル・バレエのダンサーたちに与えた贈り物の大きさに気がついた。
様々なポジションやトゥ・シューズといった制約を脱ぎ捨てて、古典バレエやネオ・クラシック作品では表現しえない自らの資質と個性を、舞台上で思う存分表現する自由という名の贈り物に。
音楽の持つインパクトに、舞踊の視覚的インパクトを重ねることに長けたマクレガーは、優れた振付家であり、観客の多くはこのダブル・インパクトにより本能を根底から揺さぶられ、ある者はノックアウト状態にすら陥る。
ワトソン、カスバートソン、マックレーの3人が素晴らしい。今回代役に立ったガリアッツィはベストを尽くしたものの、やはり初演者コジョカルの身体能力は凌げず、このキャストチェンジだけが大いに惜しまれた。


  マクミランの『ディファレント・ドラマー』は、赤ん坊までなした内縁の妻マリーを刺殺してしまう下級兵士を描いた物語バレエ。
舞台はドイツの田舎。下級兵士ウォイゼックには魅力的な内縁の妻マリーと赤ん坊がいる。彼は生活のために、上官の身の回りの世話や軍医の実験台となって 小遣い稼ぎをしている。軍医は実験のため、彼にグリーンピースだけを食べる食生活を指示。ウォイゼックは、次第に精神の均衡を失い人類滅亡の幻覚に悩まさ れるようになっていく。一方マリーは、そんな彼との生活に疲れ、魅力的な軍のバンド・リーダー(ドラム・メイジャー)に惹かれるが、彼はマリーを愛するこ となく、マリーの肉体的な魅力にのみ興味を示し、彼女をレイプしてしまう。マリーの裏切りに気づいたウォイゼックは、嫉妬から彼女をめった刺しにして殺 害。事件後返り血を浴びて血まみれになった自らの身体を浴槽で洗う。舞台には刺殺されたマリーの死体を嬉し気に縫合する狂った医師の姿がある、というおぞ ましいエンディング。
84年の上演時は、当時バレエ団の新星でマクミランのミューズであった21才のアレンサンドラ・フェリがマリーを演じ話題をよんだ。
この作品が今も全く色褪せていないのは、マクミランがウォイゼックのソロや、彼とマリーとのデュエット、ドラム・メイジャーのソロに、当時としては非常に斬新な舞踊テクニックを多数盛り込んでいることである。
ファースト・キャストはエドワード・ワトソンとリアン・ベンジャミン。ワトソンの魅力はアーティストとしての芸域の広さだ。バランシン作品から『クロー マ』のような抽象現代作品で、男性らしからぬラインの美しさを見せるかと思えば、また卓越した演技力で、『マイヤリング うたかたの恋』のルドルフ皇太子 のような難役を見事に踊りこなす性格俳優でもある。そしてウォイゼックのようにグロテスクになりがちな役を演じても、観る者に許してもらえる繊細で壊れや すい個性の持ち主だ。
ベンジャミンもまた『ユダの木』をはじめとするマクミランのドラマティック・バレエのヒロインに定評があり、『ディファレント・ドラマー』『ユダの木』 ともに、レイプや殺人という暴力的なテーマを描いたバレエの唯一の女性登場人物として、聖女、母、娼婦といった女性のすべての側面を見せることに秀でてい る。
この作品においてもワトソンの狂気の演技と、ソロで見せるアラインメントの美(身体の美しいライン)や柔軟性、ベンジャミンの身体能力と演技者としての魅力が光った。
また故障のため、長いこと舞台を離れていたサミョードロフが、ドラム・メイジャー役で舞台に復帰。短い出演時間ながら雄々しく華やかなバンド・リーダーの雰囲気を上手く伝え、暗い舞台を自らのスター性で輝かせた。
マクミラン作品に定評のあるワトソン、ベンジャミンの主演は非常に見ごたえがあったが、それぞれがスターとして各々の魅力を伝えても、2人の間にしげる愛が見えなかったのが残念である。


それと全く対照的だったのが、セカンド・キャストのイヴァン・プートロフとロベルタ・マルケス組であった。若い2人の間には甘やかな愛情があふれ、プー トロフのウォイゼックは愛する内縁の妻と子供のために、苦しい人体実験に耐えている様子がわかる。小柄であるがゆえに同じソロを踊ってもワトソンのような 美しいラインを見せることはできないが、役を生きることに徹したプートロフの演舞には観客が心から感情移入できる人間愛に満ち満ちていた。マルケスは84 年上演時のフェリを髣髴とさせる愛らしさで、複数の男性に惹かれながらも、結局彼らのサディスティックな性暴力の犠牲となる女性の哀しさを描いてみせた。
20日、ドラム・メイジャーを踊ったのはマーティン・ハーヴェイ。男性的魅力のサミョードロフとは対照的に、ハーヴェイはまるで貴族の名家出身の高級軍人のような気品と魅力を漂わせ、観る者の目を奪った。
準主役、脇役では18日にウォイゼックの鬼上官を演じたティアゴ・ソアーレス、20日に医師を演じたホセ・マルティンの芸達者ぶり、また20日にソルジャー役を演じた平野亮一が印象に残った。
戦争で人を殺すことの出来ない男が、一番愛する者を愛ゆえに殺めてしまう哀しさ。極限下におかれた人間の愚かしさ。観客の魂をえぐるマクミランによる優れた小品であった。

トリプル・ビルの最後を飾ったのはマクミランの62年の作品『春の祭典』である。ニジンスキーによる世界初演より、グラハムやベジャール他様々な現代作家がテーマとストラヴィンスキーのパワフルなスコアに惹かれ、同作品のリメイクに挑戦している。
マクミランによる『春の祭典』の魅力は、群舞ダンサー多数を使って、人間の肉体による造形美を深く追求したことである。
62年初演時に『選ばれた処女』を踊ったのは、バレエ団現芸術監督モニカ・メイソン。今回は同役をファースト・キャストではタマラ・ロホ、セカンド・ キャストではマーラ・ガリアッツィがつとめた。それぞれ魅力的であったが、物語バレエの主人公とは全く異質な作品を踊っても、圧倒的な存在感を見せたロホ の体当たりの演舞に敬意を表したい。

英国ロイヤル・バレエ団のような欧米の大バレエ団にとっても、通常現代作品のトリプル・ビルで劇場を満席にするのは至難の業である。ところが、今回の 「クローマ、ドラマー、トリプル・ビル」は非常な話題で、チケットはあっという間に完売。バレエ団は通常車椅子客のために設けている劇場1階席の空きス ペースに椅子を配して特設関係者席を作り、劇場のチケット売り場前には、連日リターン・チケットを求めるバレエ・ファンの姿が多く見受けられた。