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アンジェラ・加瀬 text by Angela Kase 
[2008.03.10]

バーミンガム・ロイヤル・バレエのライト&サムソヴァ版『白鳥の湖』

12年ぶりの日本公演を終えたバーミンガム・ロイヤル・バレエ(BRB)は、2月6日~9日まで北アイルランドのベルファスト、2月19日~23日までバレエ団の本拠地バーミンガム市ヒポドローム劇場で『白鳥の湖』を上演した。
BRBが『白鳥の湖』を上演するのは実に4年ぶり。同バレエ団のピーター・ライト、ガリーナ・サムソヴァ版は、これまで数多の『白鳥の湖』を観た私が、シュツットガルト・バレエ団のジョン・クランコ版と共に、最も敬愛してやまない作品である。
バーミンガムでの最終日の2月23日、昼夜2公演を観るため、現地に向かった。

佐久間奈緒 曹馳
  現在同バレエ団はロンドンからの批評家の足を考慮し、各作品のファースト・キャストを土曜日のお昼に踊らせるシステムをとっている。お昼のファースト・ キャストは、オデット・オディールに佐久間奈緒、王子ジークフリートを曹馳(ツアオ・チー)、王子の友人ベンノに山本康介、イタリアの姫君に平田桃子とい うオール東洋人キャスト。
夜の部はオデット・オディールをジェンナ・ロバーツ、ジークフリートをイアン・マッケイ、ベンノをジェイミー・ボンドが踊った。
ライト・サムソヴァ版『白鳥』の魅力は、多種・多様のダンス・シーンが盛り込まれていること、そして王子の友人であるベンノという登場人物をしっかり描くことによって、より一層の深みと、おとぎ話以上のリアリティを与えていることである。
またバレエ団のダンサーたちは、様々な登場人物やダンス・シーンを踊りこむことによって、群舞からプリンシパルまで踊り手としてより一層の成長を促さ れ、観客はこの優れた作品を見ることにより、ダンサー一人一人の個性に魅了され、群舞や中堅アーティストの中に明日のスターを見出し、大きな感動と共に帰 路につける。

冒頭、舞台を葬列が横切ってゆく。棺の上には金の王冠、そのすぐ後を父王の死をいたみ嘆く王子の姿がある。ジークフリートの後ろに影のようにつき従うの は親友のベンノ。父の死から立ち直る時すら与えられず、王国の行方のすべてが双肩に覆いかぶさり、今やその重圧に押しつぶされそうな友に心を痛めている様 子である。
1幕の宮廷の宴。王子やベンノと同年代の貴族の子息・令嬢たちによる群舞が披露され、それに続く「乾杯の踊り」では、父王の廷臣であった熟年貴族たち が、次期国王の成人を祝い励ますかのように踊る、心暖かい男たちの勇壮な舞が披露される。続くパ・ド・トロワで登場する女性2人は、ベンノが王子を慰め元 気づけるために招いた美しく優雅な高級娼婦たちである。
2幕、湖畔の場での白鳥の群舞には優れた形象美が見られ、主役によるパ・ド・ドゥ以外にも見所が多い。
3幕の宮廷舞踏会では、まずベンノと貴族の子息・令嬢たちによるパ・ド・シスが踊られ、次いでハンガリーとポーランド、イタリアの姫たちが王妃に選ばれ るべくソロを踊り、彼女らに従って来た各国舞踊団が民族舞踊を披露する。最後にオディールがロットバルトと登場し、スペインの踊りが踊られる。
黒鳥のパ・ド・ドゥの後、愛を誓った王子は、ロットバルトに図られたと知るとオデットの許しを請うため湖畔へと走る。事の顛末に気を失いかける王妃。ベンノはジークフリートを心配し、一人湖畔へと彼を追っていく。
王子とオデットは再会するが、呪いが解けぬことが分かったオデットは絶望して湖に身を投げる。ジークフリートと白鳥たちはロットバルトと戦い、王子が悪魔の王冠を奪うことで、悪魔は滅亡するが、王子はオデットを追って湖に身を投げ、2人は天国で結ばれる。
ベンノは一人湖で溺死しているジークフリートを見つけ、彼の亡骸を引き上げ、抱きしめ涙して幕が下りる。このジークフリートとベンノの関係は、さながら悩める王子ハムレットとホレイショーのようである。

山本康介
  昼の部、山本康介は、持ち前の明るい個性と包容力を大いに発揮し、魅力的なベンノを演じた。踊り手としては優れた技巧を持ちながら、優雅なエポールマン に彼が芸術性高いアーティストであることがわかる。また当日はフィリップ・エリスの指揮が何度か破綻し、1幕ベンノのソロ出だしを外す失態があったが、音 楽性に秀でた山本は咄嗟の判断で瞬時にテンポを合わせ難を逃れた。
3幕のパ・ド・シスは、ベンノが中心になって踊るのだが、山本はここでもジェイミー・ボンド、クリストファー・ラーセンら男性と女性3人を見事に率いて、威風堂々準主役として華を奮った。
佐久間と曹馳は同期入団。2・4幕では技巧を抑え叙情と芸術性に徹した役作りと、長らく共に踊るペアならではのパートナーシップの充実を見せた。
佐久間は、2幕の登場場面のアラベスクの長いバランスから観客の心を掴み、湖畔のパ・ド・ドゥ終盤の哀しみの表情がことのほか秀逸であった。3幕の黒鳥 の素晴らしさについては、デビュー時から大いに話題になったものだが、当日も後ろで悶絶するオデットをさえぎり、ジークフリートの心を自分に惹きつけるた めにわざと儚げに見せる演技に「踊る女優」としての豊かな資質が見うけられた。
曹馳は1幕のピルエットに冴えを見せ、3幕の黒鳥のグラン・パ・ド・ドゥのソロでは、トゥール・ザン・レールで続けざまにダブルを披露、クライマックスのロットバルトとの闘いで驚異的な跳躍を見せた。

夜の部の女性主役は、当初、日本公演を怪我で降板したプリンシパルのウィリスが踊るはずであったが、大事をとったのか、ファースト・アーティストのジェ ンナ・ロバーツがつとめた。王子は日本公演でも活躍したイアン・マッケイ、ベンノはバレエ団期待の演技派ダンスール・ノーブル、ジェイミー・ボンドであ る。
ロバーツはマイムに舞踊にベストを尽くしたが、まだ観客の心をつかみ涙させる域には達していない。入団4シーズン目の新人であることを考えれば、今後の研鑽によってアーティストとして開花することを期待したい。
マッケイは『白鳥の湖』のような悲劇的な役柄より、『コッペリア』や『リーズの結婚』といった明るいバレエや、『ダフニスとクロエ』のような純粋で善良な若者役のほうが似合うようだ。
主役3人のうち、ベンノのジェイミー・ボンドが最も役に似合いで、持ち前の演技力とロイヤル・バレエ・スクール出身のダンスール・ノーブルならではの控え目さを発揮して、主役の2人に花を持たせながらも、作品を見事に引き締め長く心に残る物にまで高めた。
主役以外では、昼に1幕パ・ド・トロワの高級娼婦を、夜に3人の姫の中で最も華やかなソロを披露するポーランドの姫君を踊ったリー・ザオの優美さと女ら しいコケットリー、昼夜とポアントで足の入れ替えにエレガンスと所作を問われるイタリアの姫君を踊り、洗練された爪先使いとしなやかなポール・ド・ブラを 見せた平田桃子、男性では1幕の群舞でロシアでのバレエ教育を受けたダンサーならではのエポールマンの美しさを見せたヴァレンティン・オロヴィヤニコフ、 夜の部でナポリの踊りを踊った山本康介が心に残った。

マッケイ、ヒメネス夫妻
  2月中旬バレエ団は、男性プリンシパル、イアン・マッケイと夫人で在団12年目のシルヴィア・ヒメネスの退団を発表。2人はかねてから噂の通り、ヒメネ スの故郷であるスペインのマドリッドに移り、マッケイはアンヘル・コレーラのバレエ団にプリンシパル入団、ヒメネスは引退して母になりたいと願っていると いう。BRBとのさよなら公演は、シーズン半ばの3月下旬、『白鳥の湖』英国地方公演プリマスの予定である。
同バレエ団は、先シーズン長らくプリンシパルとして活躍し、『アーサー王』パート1、2他様々なバレエ創作にあたり、振付家ビントレーを触発し続けたロバート・パーカーを失ったばかり。
ビントレーのバレエには、若く美しい善良な魅力を持つ若者の存在が不可欠で、マッケイはパーカーの後を次いでバレエ団の数々の作品で活躍し始めたばか り。現在若手男性陣の層が厚いバレエ団ではあるが、パーカーに次いであまりにも早すぎるマッケイの退団は、ビントレーとBRBにとって大きな損失といえよ う。
BRBは、このたび06年の東京世界バレエ・フェスティバルや、オーストラリア・バレエ団来日公演で活躍したマシュー・ローレンスと、同じくオーストラ リア・バレエ団のゲイリーン・カマーフィールドをプリンシパルとファースト・ソリストとして招聘。2月20日のバーミンガムでの『白鳥の湖』2日目に2人 のお披露目公演が行われた。