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アンジェラ・加瀬 text by Angela Kase 
[2008.01.10]

ロイヤル・バレエ団によるバランシン『ジュエルズ』初演

11月23日、ロイヤル・バレエ団がバランシン振付の『ジュエルズ』を新制作初演した。同バレエ団は20年ほど前に「ルビー」だけ上演しているが、「エメラルド」「ダイヤモンド」を含めた全3部作を披露するのは、今回が初めての試みであった。

バランシンの作品の数々は、バランシン・トラストが管理しており、上演を希望するバレエ団には事前に指導者を派遣し、巨匠の作品をその意図する通りに上 演するよう指導に当たる他、衣装やセットについても各担当者が指示を出し、出来上がりサンプルを厳しくチェックする決まりがある。トラスト派遣の指導者 が、指導している団体が「バランシン作品を上演する実力に達していない」と判断した場合は、作品上演は不可能になる。

『ジュエルズ』は、ここのところヨーロッパの著名バレエ団が好んでリバイバル上演しており、2000年にパリ・オペラ座が、昨年はハンブルグ・バレエ団が新制作上演した。
トラストはオペラ座がクリスチャン・ラクロワのデザインで衣装を一新するのを許可したものの、結局はその衣装が気に入らず、以降新制作にあたっては、衣装はすべてカリンスカ女史デザインのオリジナル版に戻すよう指示を出している。

『ジュエルズ』は、バランシンが1967年に、ニューヨークの有名宝石店ヴァン・クリーフ&アーペルの宝石に触発され、バレエ芸術を熱愛した店の御曹司クロードと意気投合して出来た作品である。

3種の宝石に触発されたバランシンは、「エメラルド」にはパリ、「ルビー」にはニュー・ヨーク、「ダイヤモンド」にはサンクト・ぺテルブルグという、自 らがよく知る世界の大都市をあてはめ、音楽も「エメラルド」にはフランス人作曲家フォレのメランコリックなメロディーを、「ルビー」には20年代のアメリ カのジャズ・エイジを連想させるストラヴィンスキーによるスコアを、多数のダンサーが舞台に登場しグラン・デフィレをみせるフィナーレの「ダイヤモンド」 には、ロシア帝国華やかなりし頃の作曲家であるチャイコフスキーの第3シンフォニーを使用している。

この作品初演時のバランシンには、また当時ご執心であった16歳のミューズ、スザンヌ・ファレルを「ダイヤモンド」に主演させ、大々的に売り出そうという個人的な思惑もあった。

トラストは、作品上演40周年にあたる今年、ロイヤル・バレエ団が同作品に取り組むに当たって「ダイヤモンド」の指導にマリア・カレガリ、「ルビー」にパトリシア・ニアリー、「エメラルド」にエリーゼ・ボーンの3人を派遣。
宝石店ヴァン・クリーフ・アーペルは、再び作品のスポンサーとなりロイヤル・バレエを全面的に支援すると共に、バレリーナを型どった宝飾コレクションを 発表。初日に先立ちチャールズ皇太子がお住まいになるクラレンス・ハウスで行われた皇太子ご臨席のワークショップでは、トラスト派遣の元バランシンの ミューズたち3名に、高価なティアラやブレスレットなどの同店自慢のジュエリーを貸し出し身に着けさせた他、ロイヤル・オペラ・ハウスでの作品上演当日、 数回にわたって顧客を多数招待し華麗な夜を演出して見せた。


ロホ、ワトソン

ロホ、ワトソン

タマラ・ロホ

初日の11月23日と、セカンド・キャストによる27日の公演を観る。
ファースト・キャストは「エメラルド」を、タマラ・ロホとエドワード・ワトソン、リアン・ベンジャミン、イヴァン・プートロフ、スティーブン・マック レー、「ルビー」をゼナイダ・ヤノースキー、サラ・ラム、カルロス・アコスタ、「ダイヤモンド」をアリーナ・コジョカルとルパート・ペネファーザーが踊っ た。

ワトソンはバランシン作品を自らの色で見せることに秀で、特に『フォー・テンぺラメント』の演技は内外で大いに評価され、今年5月には同作品によりバレ エ界のアカデミー賞に相当する「ブノワ賞」の男性ダンサー賞にノミネートされている。ダンス・ノーブルの容姿こそ持たないが、「エメラルド」の男性リード を踊っても非常にエレガント。またマックレーが、跳躍の大技を音楽性豊かに披露し印象に残った。本領がドラマティック・バレリーナであるロホとベンジャミ ンは、バランシンの抽象バレエを踊っては、優美でこそあるが、可も無く不可もなくといったところであろうか。

「エメラルド」

「ルビー」は初日にアコスタとヤノースキーというバレエ団のスターを擁し、ストラヴィンスキーのインパクトの強い音楽と共に一際華やかに幕を開けた。だが このパートをバランシンの意図するように踊ったのは、セカンド・キャストのアレクサンドラ・アンサネッリとリッカルド・セルヴェーラであった。アンサネッ リはNYCB出身で、古巣で32のバランシン作品に抜擢された経験を持つ。セルヴェーラは、音楽性に秀でバレエ団内で最もすばやい動きに冴えを見せる男性 舞踊手。この2人の見せるバイタリティと音楽すら御してしまう躍動感は正に圧巻で、満場の観客を圧倒した。

バランシンが初日の舞台を見ていたなら「ダイヤモンド」を踊ったコジョカルの少女のような容姿、素晴らしい音楽性と身体能力、リリシズムには大いに注目 したことだろう。相手役のペネファーザーも英国ロイヤル生粋の貴公子らしく、主演バレリーナの影に徹し、控え目でいながら自らのソロでは音楽と一体化し、 跳躍、旋回に技をふるい見事であった。彼もまた生前のバランシンが好んだであろうダンスール・ノーブルである。


コジョカル、ペネファーザー
コジョカル ペネファーザー  
コジョカル、ペネファーザー 中央に佐々木、蔵 「ダイヤモンド」

セカンド・キャストのマリネラ・ヌニェズとティアゴ・ソアレスは、南米出身、私生活のパートナーである2人ならではの、熱い大人の男女の愛を描き、ファースト・キャストの2人とは対照的な魅力を放った。
ヌニェズはダイヤモンドの輝きそのままのスター・オーラの強さでも観客を圧倒。グラン・デフィレで群舞を従え踊る主役が殊の外良く似合った。

日本人ダンサーでは、「ルビー」の小林ひかるがコケティッシュな魅力をふりまき印象に残ったほか、佐々木陽平もまた溌剌とした魅力にはじけ、「ダイヤモ ンド」では、佐々木陽平、蔵健太の2名が、目に鮮やかな跳躍と威風堂々とした貴公子ぶりで、デフィレで多数のダンサーの中央に陣取り、他を制して見事で あった。

(※ 筆者注/バランシンの『ジュエルズ』の各パートの原題は、それぞれの宝石の英語複数形で正しくは「エメラルズ」「ルビーズ」「ダイヤモンズ」と発音されま すが、ここでは日本の読者の皆様に、理解して頂きやすいよう、単数形の「エメラルド」「ルビー」「ダイヤモンド」と表記した)