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守屋光嗣 text by Koji Moriya 
[2007.09.10]

夏のバレエ・シーン@ロンドン

今夏のロンドン、ミラノ・スカラ座バレエ団と、昨年に続いて2年連続でボリショイ・バレエ団が訪れた。どちらのカンパニーも評論家、バレエ・ファンから 注目を集め、ロンドンのバレエ・シーンを大いに盛り上げた。都合でどちらの舞台も全く観ることが出来なかったので、主に新聞に掲載されたレヴューを中心に 紹介する。

『眠れる森の美女』
  スカラ座バレエは、ルドルフ・ヌレエフによる『眠れる森の美女』(1966年)を上演した。舞台装置や衣装については、絢爛で見応えがある、との高い評価を得ていた。しかしながら、バレエ公演としては、イギリスの評論家からは厳しい見方をされていた。
まず、ヌレエフの振付家としての評価が芳しくなかった。各紙からの指摘をまとめると:「このプロダクションの制作当時、ヌレエフ自身が経験を積んだ振付 家ではなかったためにある失敗をした。マリウス・プティパのオリジナルを残そうとした意思は見える。だが、一方で、ヌレエフ自身が取り入れたかったものを すべて詰め込んでしまったために、構成に無理がある。例えば、第2幕のデジレのヴァリエーションは、ダンサーの身体的能力の限界をはるかに超えるものでは ないか」。
さらに、スカラ座バレエ団への見方も厳しかった。ヌレエフによる振付が、ダンサーに要求することが高いことが判ってそれを持ってきたにしては、現在のカ ンパニーの水準が、それをこなせる状況ではなかった、と。  数年前のロンドン公演では、シルヴィ・ギエムが再構築した『ジゼル』を上演したスカラ座バレエ団。その際は、ギエムと、アルブレヒトを踊ったマッシモ・ ムッル以外のダンサーへの評価もかなり高かったように記憶している。今回は、ロンドンで何度も踊っているムッルやロベルト・ボッレが参加していなかった。 ダンサーへの苦言を読んだ上での推測になるが、現在、いわゆる「客を呼べる」スター・ダンサーが不足している、そんな印象を持った。

イギリスのバレエ・クリティクから手厳しい評価を突きつけられたスカラ座バレエとは対照的に、2年連続のロンドン公演にもかかわらず、ボリショイ・バレエ団の3週間にわたる公演は昨年同様、もしくはそれ以上の高い評価を得た。
  公演が始まる直前、ボリショイ・バレエ団に関して興味深い特集記事があった。記事によると、ソ連崩壊後に起きた経済的混乱がさほど昔のことでないにもかか わらず、現在のボリショイは、恐らく世界で最も予算が潤沢にあるバレエ団であろうとのことだった。これまでのレポートでも何度か触れたが、現在、イギリス にはロシアのビリオネアーが押し寄せてきている。そのようなビリオネアー二人が、ボリショイに多額の寄付をしていること、また、故ボリス・エリツィン大統 領がバレエ団を国家として資金的に援助する方針を決めたことが、現在のカンパニーの予算を強力にバックアップしているそうだ。2012年のロンドン・オリ ンピックの影響で予算が削られ、資金難にあえぐイギリスのパフォーミング・アーツの団体には、とても羨ましい話だろう。
そのような状況であれば、予算がおよそ£100万(2億5千万円)といわれる新しいプロダクションの『海賊』を制作することも可能。ロンドン公演の数週 間前に本拠地モスクワで初演となった『海賊』は、ダンサーを中心に160人の登場人物、衣装の数は500着を超える。さらに、舞台で使われた船は11メー トルの長さ、その総重量は1トンだそうだ。この重さのために、会場となったロンドン・コリシアム劇場は、ステージを補強したとのこと。
『海賊』
  3週間のロンドン公演の初日を飾った新しい『海賊』は、新しくなったとはいえ、バレエ・ファンであればご存知の物語は、「荒唐無稽」のままだったそう だ。ホッとする。今回の公演は他に、『ラ・バヤデール』、『スパルタクス』、『ドン・キホーテ』、「トリプル・ビル」、そして『明るい小川』が上演され た。いずれの作品も、現在のカンパニーの絶好調さを余すことなく表現できる演目ばかりだったのではないかと思う。
興味を惹かれたのは、ダンサーの評価。世代交代が続いていると思われるボリショイにおいて、今のカンパニーを代表するプリマ・バレリーナであるスヴェト ラーナ・ザハロワへの評価が、昨年と比べると少しばかり辛口だったように感じた。技術は確かに素晴らしい。しかしながら、メドーラ(海賊)、ニキヤ(ラ・ バヤデール)を踊っても、舞台にいるザハロワからはその役が浮かび上がってこない、という指摘を何度か目にした。本国での彼女への評価のポイントが、どの ようなものなのかは知らない。文化の違いがあることを考慮しても、バレエ・ダンサーの演技力を重視するイギリスらしい意見のように感じた。
さらに、現在のボリショイは、女性優位にあるようだ。セルゲイ・フィーリン、ニコライ・ツィスカリーゼ、デニス・マトヴィエンコなど、男性プリンシパ ル・ダンサー以外に取り上げられた男性ダンサーは、若干18歳にしてバジルを踊った、イヴァン・ヴァシリエフくらい。逆に女性ダンサーは、プリンシパルか らコール・ドに至るまで煌く才能がしのぎを削っているようだ。昨年も注目を集めたアンナ・ニクーリナ、エカテリーナ・クリサノワの名前は何度か取り上げら れていた。中でも、昨年、キトリでロンドンのバレエ・ファンに将来「伝説」になるであろうと言わしめたナタリア・オーシポワは、『ドン・キホーテ』、『明 るい小川』、『イン・ジ・アッパールーム』(トワイラ・サープ振付)で、趣の全く違う作品で手放しの評価を得ていた。
 
ボリショイのダンサーとリハーサルを
しているクリストファー・ウィールドン
  全公演を通して高い評価を得たのは、まずカンパニーの勢いがあるからということは間違いないだろう。その一方で、カルロス・アコスタとクリストファー・ ウィールドンという、イギリスのバレエ・シーンで最も注目を集める二人が参加している、ということがさらに好意的に受け取られたのではないかと感じた。特 にクリティクが我がことのように誇らしげに書いていたのは、ウィールドンは、ボリショイ・バレエに新作を振付けた最初のイギリス人であり、アコスタは 「西」のダンサーとして初めて『スパルタカス』のタイトル・ロールを踊ったということ。アコスタはキューバ出身だから、厳密に言えば的外れな喜びと思うの だが。
アコスタは、ロンドン公演を前にボリショイの本拠地、モスクワで既に踊っている。素晴らしい舞台だったようだ。ロンドンでも、アコスタとボリショイのダ ンサーたちとの踊りの違いは顕著だったものの、アコスタは彼の『スパルタカス』を創り上げたとの高い評価を贈られていた。
公演前に出たインタヴュー記事によると、ウィールドンとボリショイのダンサーたちとの創作過程は、「Agony(懊悩)」の一言に尽きると。まず、ボリ ショイのダンサーが持つ動きと彼がダンサーに望む動きが全くの両極端にあったこと。この創作過程は、バレエ・ボーイズの二人、ウィリアム・トレヴィットと マイケル・ナンの二人によってビデオ収録されていた(イギリスでの放映は今年12月の予定)。あるとき、ウィールドンが何度説明しても、彼が望むリフトを ダンサーたちが掴めないままでいたとき、ナンがカメラを置いて、リフトを実際にやって見せて漸く前に進むことが出来たとか。
一度コミュニケーションが出来上がれば、ダンサーの理解は早かったそうだ。が、さらに別の障害が。それは、かつて、ダンサーとして輝かしい踊りを舞台で 披露していた、ボリショイ・バレエの教師陣。ダンサーたちがウィールドンの動きを習得するそばで、「You don’t look nice doing this, that movement is too sexual, it’s not classical enough, the costume is wrong」、と。あるときウィールドンはダンサーたちにこう言わなければならなかったそうだ。 「信じて欲しい。僕は君たちを醜くみせることはしない」。
こうして出来上がった『Elsinore』。ハムレットにインスパイアされた、プロットレスの25分の一幕もの。老獪なイギリスのバレエ評論家もどのよ うに評価するか明確には出来なかったようだ。面白い指摘だったのは、ボリショイのダンサーたちが、ウィールドンの「アシンメトリ」な動きを彼らのものにす るにはもう少し時間がかかるだろう、という点。
公演が成功に終わったからであろう、ボリショイ・バレエを率いるアレクセイ・ラトマンスキー芸術監督の方針に疑問を示す報道はなかった。が、彼の契約は 2008年の夏まで。契約を延長するかはいまだに発表されておらず、ボリショイ・バレエが長期安定にはいるかどうかは、彼の去就次第のように思う。
『スパルタクス』
カルロス・アコスタ、アンナ・アントニーチェワ
『Elsinore』