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守屋光嗣 text by Koji Moriya 
[2007.08.10]

アリステア・スポルディング芸術監督インタビュー

スポルディング芸術監督
  6月号でお知らせしたロンドンのサドラーズ・ウェルズ劇場の新しい試みは、大きな注目を集めている。筆者自身、これまでサドラーズがやってきたことと比 較すると、かなりリスクが大きい挑戦のような印象を持った。また、通常、秋のプログラムと一緒に発表になっていた冬のプログラムについてはいまだに公に なっていないなど、何か大きなプロジェクトが進んでいるのでは、という別の期待をもった。
昨年に引き続き、アリステア・スポルディング芸術監督に今後のサドラーズ・ウェルズの方向性について、7月4日に話を伺うことが出来た。イギリスの文化 施設が直面している財政的な困難を含めて、ざっくばらんに多くのことを語ってくれた(インタビュー、翻訳、構成は筆者)。

5月に発表された「Spring Programme」の概要には少なからず驚きました。この、新しい試みを、芸術監督してどのように考えられているのでしょうか?

スポルディング:まず、この試みはサドラーズ・ウェルズ劇場(以下SWT)にとってはとても前向きなことだと考えている。我々にとっては得ることが多い試 みだと思う。一つに、例えば、ニューヨーク・シティ・バレエは、カンパニーの規模からして本拠地であるSWTで公演を行うのは事実上不可能に近い。また、 古典バレエをやろうとしても、大掛かりな舞台装置をこの劇場に持ち込むこともかなり難しい。しかしながら、このSpring Programmeによって、それが可能になる。
このプロジェクトを立ち上げたもうひとつの理由は、SWT独自の演目・舞台をより多くの人々に観てもらえる機会が増える、ということがあるからだ。勿 論、今ではたくさんの人々が、SWTがロンドンのどこにあるかを知っている。でも、コリセアム劇場は、ロンドンの中心地にある(トラファルガー広場からす ぐの所)。(SWTと違って劇場にわざわざ来なくても)劇場内でどのような演目が上演されているのかが誰にでもすぐ判る。そういうところで、SWT独自の 演目を上演できる機会を持つことができる。
リスクは確かに伴う。でも、とても前向きだし、エキサイティングなことだと思っている。

 スプリング・プログラム

ニュー・ヨーク・シティ・バレエ

カルロス・アコスタ

シュトゥットガルト・バレエ
『ロミオとジュリエット』

仰るとおり、SWTがもつ可能性を高め、またプログラムの拡充は観客にとっては嬉しいことだと思います。が、チケットの価格はSWTでの公演より、かなり高額に設定されています。外部のプロモーターと協力するにもかかわらず、どうして値上がりしたのでしょうか?

スポルディング:残念なことに、コリシアム劇場を借りるのはとても高いんだ。施設だけでなく、スタッフの人件費も含まれるからね。また、海外からバレエ・ カンパニー、しかもカンパニー全部を招待するのは、これも高額なビジネスだ。今回組むパートナーとともに、我々はこの企画が商業的に成り立つことを考えな ければならない。資金的に困難な状況に陥ることは避けなければならない。そのためにはチケットの金額をほんの少し上げざるを得ない。
一方で、コリシアム劇場での企画が上手くいったとき、SWTは次のステップを踏み出すことができると考えている。それは何かと言うと、SWTでのプログ ラムの料金を長期間上げない、もしくは今よりももっとリーズナブルな金額にすることが可能になるだろう。今でも、我々はチケットの価格、特に£10-の席 をできる限り多く設けるようにつとめている。他のロンドンの劇場と比べると、その数は多いはずだ。

今年2月の「Sadler’s Wells Sampled」では全てのチケットが£10-という面白い企画でしたね。これは続くのでしょうか?

ス ポルディング:2008年も続けるつもりだ。今年はソニー・プレイ・ステイションによる協賛があったことも成功した一因だ。次回のためのスポンサーはまだ 見つかっていないけど、同じようにできればと思っている。座席を外してダンス・エリアを設けることは、コリシアム劇場では出来ないからね。

もう一つ、今回の「Spring Programme」を興味深くしているのは、5年というかなり長期にわたる企画の一環という点だと思います。芸術監督として、次の「5年」へのモチヴェイションはどんなものなのでしょうか?

スポルディング:僕がやりたいと思っていることは、イズリントン(SWTがあるロンドンの区)だけにとどまらず、僕らがこれまでに成し遂げてきたことを携 えて、もっと大きな所に飛び込んで行くこと。SWTが創り上げてきた素晴らしい舞台を、シルヴィ(・ギエム)、ラッセル(・マリファント)、アクラム(・ カーン)などと一緒に世界を回る。SWTが創り上げた作品を、世界の多くの場所で観てみたい。ロンドンに留まっていなければならないとは思わない。
これは何も僕自身だけの考えではないと思っている。昔のサドラーズ・ウェルズ・バレエ(現在のバーミンガム・ロイヤル・バレエ)が、素晴らしいダンサー とともに各地をツアーしたことと同じことだと考えているし、SWBはツアーすることがカンパニーの目的でもあったからね。

お話を伺っていると、SWTの現状に満足されていないように思えますが。

スポルディング:(ひとしきり楽しそうに笑ってから)傲慢と捉えてもらっては困るけど、我々はこれまでに様々なことを成し遂げてきた。それらを繰り返すこ とは現在の我々には難しいことではない。また、数年前と比べると、劇場が満員になることも多い(筆者注:ある報道ではサドラーズの観客動員率は毎年伸びて いる)。
このような状況では、次の挑戦、違ったプログラムを考え、実行に移すのは自然な流れだと思う。これが、我々が今取り組んでいることであるし、SWTは常にいろいろな可能性を考えていかなければならないと考えている。

   オータム・プログラム

アルヴィン・エイリー
『リヴェレイションズ』

アルヴィン・エイリー
『The golden section』

昨年10月の、ニューヨーク・シティ・センターでの公演は大成功だったようですが、ほかにも世界の別の劇場との共同企画はあるのですか?

スポルディング:現在交渉中だけど、北京の新しい国立劇場との企画を考えている。まだ流動的だけど、北京オリンピックにおける、文化交流の一環で企画して いることがある。僕自身は行かなかったけど、今年のグラストンベリー・ロック・フェスティバルにランダム・ダンス(ウェイン・マックグレガーが主催するカ ンパニー)が参加した。
他には、恐らく2009年くらいに、ウィリアム・フォーサイスのワークショップをサポートすることを考えている。現在のフォーサイスは、これまでの伝統 的な劇場というスタイルを必要としないことがあるかもしれない。それは、SWTがここに留まる必要はない、という考えに合うと考えている。

ポジティヴとは思います。一方で、芸術監督として取るリスクはかなり大きいように思います。

スポルディング:僕はリスクを取りたい。それに、何かを成し遂げるためには、我々はその対価を払う必要があるからね。

外部のプロモーターとのコラボレイションは、SWTにとってどのような意味があるのでしょうか?
昨年11月のダーシー・バッセルとイゴール・ゼレンスキーのプログラムは、あるプロモーターが企画したものでした。プログラムのクォリティが良くなかったので、今後はプロモーターとはコラボレイトしないのではないかと思っていました。


 オータム・プログラム
クリストファー・ウィールドンの
カンパニー『Morphoses』の
リハーサル風景
スポルディング:そのプロモーターとは、恐らく組むことはないと思っている。我々もあの出来には大いに不満を感じた。
SWTで上演されるプログラムにもかかわらず、我々がそれを統括できない、と言うのは良いことではない。上演する意義のあるプログラムを企画する時には、我々はできる限り、SWTが全てのリスクを負う立場にいるようにしている。
外部のプロモーターと組むことはない、ということをいっているのではない。例えば大成功に終わった歌舞伎の舞台は我々だけでは難しいだろう。明確にして おきたいのは、SWTは共同で舞台を創り上げていく、ということ。単に、劇場だけを貸す、ということはこれからはしないつもりだ。
常に、共同の舞台を、という企画が持ち込まれている。幸いなことに、SWTの財政状況はかなり良くなっているので、断ることもかなりあるんだ。それに、 実際の所、SWT独自のプログラムは多くなってきているので、持ち込まれる企画を組み入れる余裕がない、というのも事実だ。

財政的に余裕があるということは、SWTだけで例えばニューヨーク・シティ・バレエを招聘することも可能なのですか?

スポルディング:それは出来ない。前の質問に答えたとおり、大きなバレエ・カンパニー全体を招聘するための予算は、莫大なもの。仮に僕個人が望んでも、SWTの役員会は認めてはくれないだろう(笑)。これに関わる予算は、桁が違うんだ。
ただ、プロモーターと組むことには利点もある。例えばSpring Programmeで組むRaymond Gubbayはマーケティングに長けている。SWTだけではカバーできないことを補完してもらえるというのは重要なことだ。

「Spring Programme」の期間に、SWTで行われるプログラムはどうなるのでしょうか?まだ発表になっていませんが、こちらも何か違った演目を期待できるのでしょうか?

スポルディング:コリシアム劇場でのプログラムがバレエ中心であるのに対し、SWTではコンテンポラリー中心のプログラムを企画している。その中には、 La la la Human Steps とピナ・バウシュのプログラムがある。ピナは、『春の祭典』と『カフェ・ミュラー』を上演する予定だ。
これも、「Spring Programme」の効果の一つだといえる。コリシアム劇場では、バレエの範疇にはいる演目中心に、そしてSWTではモダンやコンテンポラリー中心のプ ログラムを組むことができる。個人的には、このやり方は現在のSWTが目指す方向によくマッチしていると感じている。我々の本拠地で、「新しい」バレエを 創り上げる環境が整ったといえるだろう。

新しいバレエという点を異なった視点から伺います。クリストファー・ウィールドン、ウェイン・マックグレガーという、とても稀少な「イギリス生まれ」の才能に溢れる二人の振付家が、共にサドラーズと深い関係にあります。彼らと共にどのようなことをしていくのでしょうか?

スポルディング:クリストファー、ウェインについて興味を惹かれるのは、(両腕を大きく交差させながら)二人の進む方向が全く逆ということ。ウェインはコンテンポラリーから古典バレエに、クリスは古典バレエからコンテンポラリーに、という具合だね。
ロイヤル・バレエの常任振付家になった今でも、ウェインはここでランダム・ダンスとの活動を続けていくし、我々もこれまで同様にサポートしていくつもりだ。
クリスは、このまま古典バレエの世界だけに留まることを望んでいなかった。全く違った方向へ進むことは、彼自身が決めたことだ。SWTは、これまでシル ヴィやラッセルにしてきたような形でクリスをサポートしていこうと考えている。僕たちにとっても、クリスが我々と活動していくことは素晴らしいことだと 思っている。

これからも積極的に、イギリス人の才能ある若手を探し求めていくのでしょうか?

スポルディング:若い才能をサポートし始めた頃は、確かにイギリス生まれの若手が中心だった。が、現在、そして近い将来は、国際的な若い才能も支援してい きたいと思っている。国内に限らず、若い才能を見つけるのは非常に難しい。幸運なことに、SWTは世界中の若いクリエイターたちと一緒にプログラムを創り 上げてきている。

2012年のロンドン・オリンピックのために、バレエ・ダンスを含む芸術分野への政府からの予算が大幅に削減されました。SWTにも影響はあるのでしょうか?

スポルディング:残念ながら、影響は大きい。もともと我々への予算はそれほど大きな金額ではないのだけど、現在、これからどんなことが起こり得るかを見極 めようとしている。2008年から3年間の予算は既に決まってしまったので、変更は期待できないけど、これからも政府との話し合いは続けていくことになる だろう。一般論として語れば、財政的には難しいことも起こり得る可能性は否定できない。ただ、これまでのプログラムの成功で、現在、SWTの収益の7割強 はボックス・オフィスからのものだ。これは、他のヴェニューに比べると非常に高い数字なんだ。
オリンピックに話を戻すと、我々にとってまたとない機会でもある。恐らく、多くのチャンスがパフォーミング・アーツの世界にももたらされるだろう。SWTも既にいくつかのプランを検討し始めていて、近い将来、それらを発表できると思う。
さらに、人々の関心をもっと惹きつけるために、最近、ウェブサイトを新しいスタイルにした。また、E-MAILによる公演案内を積極的に行っている。こ れの成功例は、5月のダーシー・バッセルのフェアウェル公演だ。登録してある人々にE-MAILでチケット発売を告知して、たった一日で完売したからね。

新しいシーズンのプログラムからは、今日うかがってきた現在のSWTの方向性を表しているように思います。

スポルディング:そうなんだ。秋の公演のプログラムを見てもらえばわかると思うが、上演予定の演目、カンパニーは多岐にわたる。既にSWTはこれまでの演 目を通して世界中のダンスをロンドンにもってきている。さらにこれからは、東南アジアのカンパニーにも注目して行くつもりだ。サドラーズ・ウェルズの芸術 監督して、世界中のダンスをここで見せていきたい、それが僕がいつも望んでいることなんだ。

インタヴュー中には、時折、ことを急いでいる印象を持った。恐らくこれは、ロンドンという、世界でも一、二を争う、バレエ・ダンスが大きな注目を浴びる 都市にSWTがあるからだろう。また劇場間で、それぞれの特質を明確にしておかなければならないということも考えられる。SWTにとっては、特にバービカ ン・シアター、ロイヤル・フェスティヴァル・ホールのように演目が似通う可能性の高い劇場の存在は常に気になるのではないだろうか。
しかしながら、SWTはそんな中で、確実にその存在感を高めることに成功している。それは観客動員率の驚異的な伸び、チケットの完売の多さに表れてい る。スポルディング監督が語ったことは、絵空事ではなく、これまで成し遂げてきたことへの自信の現われだと思う。これからしばらくの間、サドラーズ・ウェ ルズ劇場の動向は要注目だろう。