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守屋光嗣 text by Koji Moriya 
[2007.07.10]

Farewell to Bussell:ロイヤル・バレエのトリプル・ビル 『大地の歌』

マクミランが、1965年に創作した『大地の歌』の初演は、ロイヤル・バレエではなくシュトゥットガルト・バレエでだった。初演の成功を受けてすぐさまロイヤルでも上演されたそうだ。
構成は、グスタフ・マーラーが曲をつけた中国の詩(6部構成)をなぞる形になっているが、具体的な物語は舞台上では語られない。主要キャストは、女性、 男性、そしてThe Messenger of Death. 舞台袖に交互にオペラ歌手(男女一人づつ)が立ち、時にオリエンタルな、また静かに心に染み込んでくるようなうねりを持った歌、そして曲にあわせて踊られ るのは、恐らく人間の命の素晴らしさ、更に儚さ。
バッセル、アコスタ、エイヴィス
  ファースト・キャストは、ダーシー・バッセル、ギャリー・エイヴィス、そして「死」をカルロス・アコスタが演じた。ここで何度か紹介してきたが、過去2 年の間、バッセルとアコスタは素晴らしいパートナーシップを築いてきた。一見、技術的に、そしてダンサーとして歩んできた道は水と油のようだ。しかしなが ら、二人の間にある差異を認めた上に築かれた信頼感とでも言うものが感じられ、バッセルとアコスタ双方を更に高めるマジックが常に舞台上で生み出されてい る。
また、プリンシパル・キャラクター・アーティストのエイヴィスは、技術的にはアコスタには及ばないものの、抽象的な振付の中に、物語を紡ぎだす緊張感溢れた演技で、シーズン最後のプログラムと印象深いものにしていた。
バッセル
  5月のサドラーズの公演で紹介されたインタヴューの中で、バッセルはもっと物語性のある役を踊りたかった、と語っていた。今回、『大地の歌』でのバッセ ルを観て感じたのは、 バッセルは振付の中に眠っている物語を、自身の身体を通して舞台上に再現できる稀有なダンサーだったということ。トップ・ダンサーとして、そして一人の人 間として彼女が培ってきた経験は、バレエという儚く、そして鮮烈な芸術にとって必要なものだったのではないか、と。
余談になるが。サドラーズのインタヴューの中でバッセルが使っていた手鏡はどうやら日本製。ドレッシング・ルームでのテレビのインタヴューでは、日本の ある漫画のキャラクターがあしらわれたTシャツを着ていた。バッセルにとって、日本のファンは大切だったのではないだろうか。

バッセル、エイヴィス バッセル、アコスタ エイヴィス、
バッセル、アコスタ

(SONG OF THE EARTH 振付:Kenneth MacMillan 音楽:Gustav Mahler("Das Lied von der Erde") デザイン:Nicholas Georgiadis)

6月8日
ロイヤル・オペラ・ハウスには巨大なテレビ車が横付けされ、ハウス内には、10人以上のカメラクルーが。会場内には、ロイヤル・オペラ・ハウスのチー フ・エグゼクティヴのトニー・ホールを始め何人ものカンパニー関係者や、かつてロイヤル・バレエの舞台を彩ったダンサーたちがいた。特別な夜だった。
バッセルが『大地の歌』にキャストされたのは、これが2度目。最初は1990年ということだから、プリンシパル・ダンサーに任命された翌年だ。17年も のあいだ踊ってこなかったというのも驚きだが、実際の舞台からは、踊りなれているような熟成感と、まるでたった今しがた創られたばかりのバレエを踊ってい るような、迸る生命力を感じることもあった。
インタヴュー中に語っていたが、バッセルにとってケネス・マクミランは特別な存在だったとのこと。が、それはマクミランにとっても同様だろう。マクミラ ンの創造力に共鳴し、創造力を増幅させるものをバッセルは備えていたのだろう。

佐々木陽平、ダーシー・バッセル    

  8日の『大地の歌』は、初日と同じように、会場内の緊張感を高めながら終わりに向かっていた。バッセルの表情からは表現者以外の感情を見ることはなかっ た。が、最後、「男」と「死」と共に、観客に向き合う状態で、何もない空間へゆっくりと歩きつづけるバッセルの表情は、今にも何か叫びのようなものが溢れ 出しそうだった。

 カーテンが下りき る寸前の、ほんの一瞬の静寂のあと、会場内は拍手、そして足踏みで大いに揺れた。緊張から開放されたからか、おさなごのように泣きじゃくるバッセルに、ア ンソニー・ダウエルが、ジョナサン・コープが、クリストファー・サウンダーズが、そして彼女のコーチ、ドナルド・マックリーリーが大きな花束を差し出す。 出番を終えたダンサーたちが、そしてモニカ・メイソン監督をはじめ、カンパニーの関係者たちが舞台に現われバッセルに暖かく拍手を送る。

     
  舞台終了後の2度目のカーテン・コールで幕が上がると、舞台にはアコスタとエイヴィスの姿はなく、一人バッセルが舞台の中央に立っていた。
何かとてつもなく大切なことが終わりを迎えた悲しみを誰もが抱いたことだろう。が、ダーシー・バッセルという偉大なダンサーに別れを告げ、バッセルからのさよならを受け止めることが出来た、幸せな夜でもあったに違いない。