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守屋光嗣 text by Koji Moriya 
[2007.04.10]

デボラ・ブルインタビュー

ROH2、デボラ・ブル・クリエイティヴ・ディレクターへのインタヴュー
昨 年末から2007年にかけて、ロイヤル・オペラ・ハウスの地下にあるリンベリー・スタジオ・シアター(Linbury Studio Theatre)で上演された「The Wind in the Willows」はほぼ完売状態の人気ぶり。更に、ダンスの他にも、モーツァルトの初期のオペラや、チャンバー・オーケストラの公演などで、最近話題に上 ることが特に多くなってきた感のある「ROH2」プログラム。ロイヤル・オペラ・ハウスの中にあって、やや特異な感じがするのも確かだが、パフォーミン グ・アーツに興味を持つ人々には、その存在は既に広まりつつあるように思う。
そこで、ロイヤル・バレエの元プリンシパル・ダンサーだった、デボラ・ブル・クリエイティヴ・ディレクターにプログラムの設立から今後の方向性をうか がってきた。ROH2はオペラの上演もするのだが、今回はバレエ・ダンスを中心にインタヴューした。舞台に戻るつもりは無いそうだが、斬新なプログラムに ついて率直に語ってもらえた。(インタビュー、翻訳、構成は筆者)


クリエイティヴ・ディレクター
デボラ・ブル
ROH2創設のいきさつ
ロイヤル・オペラ・ハウスを拠点にしている二つのカンパニー、つまりロイヤル・バレエ、ロイヤル・オペラは、簡 単に言えば、17世紀から20世紀のオペラ、バレエ作品を中心に上演することが通常です。この二つのカンパニーに寄せられる期待の大きさはかなりのものだ し、その期待に応えるのは大切なこと。反面、それが大きなプレッシャーとなって危険を冒す、つまり何か全く新しいことに取り組む、ということを時に難しく しています。
  1999年の改装に伴い、ロイヤル・オペラ・ハウスは、その地下にリンベリー・スタジオ・シアターという新しい舞台を持つこと になりました。このことによって、実験的で何か新しいことに取り組む、という環境が出来上がりました。リンベリーとクロア・ルームを活発に利用することに よって、アーティストや幾つかのタイプの芸術の様式を発展させ、育て上げる、そのためにROH2というプログラムが始まりました。
4年前に、アーツ・カウンシルがROH2のために特別な予算を提供してくれたの。そのおかげで、リンベリーで上演されるオペラやバレエ、更に幾つかの教 育プログラムの予算をかなりカヴァーしています。現在、政府からの予算と一般からの寄付の割合は丁度半々といったところです。

クリエイティヴ・ディレクターの役割
ROH2のクリエイティヴ・ディレクターとしての役割は、多岐にわたります。ロイヤル・オペラ・ハウスの様々な部門が携わる企画を調整したりもします。例えば、イギリス国内の他の都市での公演をオーガナイズすることもします。
  チャコット・ダンス・キューブの読者の皆さんが最も関心を持たれるのは、ROH2が企画するパフォーミング・アーツでしょう。ROH2には、「Arts Team」が有ります。ティームのメンバーは、観客が期待していること、パフォーマーがやってみたいこと、新しい企画、新しい才能、あらゆるニーズを探し 出してきます。
彼らのリサーチを受けて私がすることは、クリエイティヴ・ディレクターとしてROH2プログラムの方向性を考え、プログラムが何をすべきか、ということを決めていくことです。
私の経験からいえることは、バレエ・ダンサーは世界中で最も優れたオーガナイザーよ。彼らはデッド・ラインの意味を理解しているわ。例えば、このインタ ビューの締め切り、大袈裟に言ってしまえばいくらでも延長できるでしょう。でも、カーテンが上がったら、それがデッド・ライン。その経験は、クリエイティ ヴ・ディレクターとして働くことに大いに役立っているわ。


ROH2プログラムの特色
ROH2のプログラムは、実験と娯楽のどちらも兼ね備えているわ。例えば「ピノッキオ(ウィリアム・タケット 作)」が良い例ね。オペラ歌手が踊り、バレエ・ダンサーが歌うことなんて観客は予想していなかったかもしれない。言い換えれば、実験(エクスペリメント) と娯楽(エンタテイメント)のブレンといえます。
同じくタケットが演出した「The Wind in the Willows」は既に古典ね。とてもよく形作られ、娯楽であると同時に、観客に常に何かを伝える。そのことによって、観客の皆さんは、自分について考え ることも有るでしょう。「エクスペリメント」と「エンタテイメント」がとても素晴らしいフォームで混ざり合っていると思います。
プログラムのいくつかは確かに家族向けに企画してあるわ。でも、プログラム全体からみれば、違ったタイプの観客を惹きつけている。家族であったり、プロ フェッショナルとして活躍し始めたばかりのパフォーマーなど。プログラムごとに、かなり違ったタイプの人々がリンベリーを訪れているのよ。
新しいことを経験することはROH2プログラムに限ったことではないと思います。オペラやバレエを観る時だって、観客はある程度、全く予想していなかった経験をするわけですし、それはどんな芸術にも欠かせないものだと思います。


舞台から見た客席
  プログラムのもうひとつの特徴は、アソシエイト・アーティストがいること。ROH2とアソシエイト・アーティストの関係は、かなり緩やかなもの。ROH2 にだけ作品を提供しているわけではないし、最近は多くのアーティストが一つのカンパニーに縛られるのを好みません。言ってみれば、「21世紀型の契約」と いった関係です。彼らが取り組んでみたいアイデアがROH2の方向性と合致すれば、私達はそのための予算と場を提供します。
アソシエイト・アーティストがいることはプログラムにとっても大切なことです。まず、リンベリーが、外部の小さなカンパニーには丁度いいキャパシティ。 ロイヤル・オペラ・ハウスの二つのカンパニーがやるには難しいプログラムを実現できる。それに、いつもいつも、お客様のような「Visiting Companies」だけでは、プログラムの意義には合わないわ。

英語は国際化への足枷?
ロンドンで上演されている他のミュージカルと同じように、幾つかの演目で英語が使われるから海外からの観客が観に来ない、ということはないわ。それに、「ピノッキオ」や「The Wind in the Willows」などは、どんな言語でも上演できると思います。
言うまでもなくバレエは、「International Language」でしょう。その点からすると、ROH2プログラムの中の「Dance Theatre」プログラムのパフォーマンスは、もしかすると「International Language」とは言えないかもしれない。ただ、今の所、海外からのオーディエンスを積極的に惹きつける、というのは第一目的ではないわ。
というのもアーツ・カウンシルからのROH2への予算は、すべてイギリス国内でのプログラムのためだけなのよ。これは、ロイヤル・オペラとロイヤル・バ レエにもいえること。だから、オペラやバレエが例えば日本に行く時は、そのための別の予算を獲得する必要がある。オリジナルのパフォーマーやミュージシャ ンと一緒にプロダクションを海外に持っていきたいけど、そのためには別の予算が必要。勿論、海外の劇場やカンパニーがそのための予算を組んでくれたり、ま た独自のキャストを組んでプロダクションだけ、というのは可能性があるわね。
  ROH2にとっても、新しいプロダクションにかかる予算は大きいのよ。だから、その予算を、海外の他の劇場やカンパニーとシェアできればそれは理想的だ わ。例えば、ROH2が衣装を負担するから、提携先にはセットを負担してもらうとかね。まだこういった共同プロダクションはしたことがないけど、今後の目 的の一つね。

育てること(nurture)
若い才能を支援していくことは、ROH2の重要なポイ ントです。彼らとのコミュニケーションを通して、彼らが何をしてきたのか、何をまだしていないのか、アーティストとしてどこが弱くどの点が強いのかを見出 していきます。そして、適切なタイミングで、彼らが自己を表現できる適切な機会を提供します。例えば、「First」というバレエ/ダンスのミックス・ビ ルがあります。チケットは大体5ポンドです。このプログラムの中に、若い振り付け家の最初の作品をいれることがあります。もしかしたら見る人は失望するか も知れない。でも、5ポンドだったら許容範囲だと思うし、ROH2は才能を育てる「場」と「時間」を持ちつづけるべきだと思っています。
  も う一ついえることは、「ロイヤル・オペラ・ハウス」という強力なブランドにとっては、メイン・ステージでこういった若い才能を育てるのは、かなり難しいこ となの。「新しい経験、新しい才能!」と謳っても、観客の皆さんの期待は、私達が思う以上にとても高いわ。「何でイギリスが誇るオペラ・ハウスがこんなも のを上演するんだ!」、といわれることもよくおこります。
でも、私たち(ロイヤル・オペラ・ハウス)がやらなかったら、誰ができるのかしら?これだけの施設が有るのに何も新しい挑戦をしなかったら、私なら怒るわ。ロイヤル・オペラ・ハウスは「Working-Theatre」であって、宮殿ではないのよ。
勿論、ROH2のクリエイティヴ・ディレクターとしては、若い才能による新しい作品を上演することへの批判に直面することはあるわ。まして、「(かつて のプリンシパル・ダンサーとしての)デボラ・ブル」としては尚更ね。いろいろな意見に立ち向かうのは難しいことでも有るけど、同時にやり甲斐のあること よ。
ロイヤル・バレエの常任振り付け家に任命されたウェイン・マックグレガーは、ロイヤル・オペラ・ハウスとはかなり長いつながりがあるのよ。私がまだ踊っ ていた2001年、ROH2が始まる前のプログラムのArtist Develop Initiativeで、私が彼に頼んでダンス(Symbiont(s))を創ってもらったの。これは、2001年のTime-Out誌の 「Outstanding Achieve in Dance」を受賞したのよ。
ウェインは、今後ROH2を通して、ロイヤル・バレエの若い世代とのコラボレイションに興味を持ってくれています。彼のパーソナリティを一言で表現すると、「Strategic Thinker」。個人的に、ウェインがハウス内にいることは素晴らしいことだと思うわ。

ROH2の演目の中から
バレエ・ブラック( HYPERLINK "http://www.balletblack.co.uk/index1.htm") は今シーズンで3回目の公演を行い大成功でした。彼らは素晴らしいバレエ・カンパニーです。ROH2が彼らのパフォーマンスを上演し続けているのには、い くつか理由があります。現在のロンドンは、たくさんの人種が存在しています。一方、バレエ・ダンサーになるためのトレーニングは最短でも10年は掛かりま す。その長い訓練期間結果の一要素として、「非白人」のプロフェッショナルのバレエ・ダンサーを舞台で見る機会はロンドンですら少ないし、社会の「多文 化」に比例しているとは言いがたいわ。
更に、バレエ・ブラックのような小さなバレエ・カンパニーには政府からの財政援助は殆どないのが現状です。ROH2は彼らにリハーサル用のスペースを、また公演のための新しい振付を提供します。
  バレエ・ブラックの公演は、パフォーマーが才能を発揮できる機会と場を提供するというROH2の目的の好例だし、リンベリーで彼らの素晴らしいバレエを観 るのはとてもエキサイティングなことです。新しい「多様性(Diversity)」を劇場に持ってくることは、得がたい経験の一つです。
  更 に重要なのは、ダンサーの「多様性」が、黒人のバレエ・ダンサーやイギリス生まれのアジア系ダンサーの「ロール・モデル」になるということです。恐らく、 十数年後には状況は変わっているかもしれないけど、例えば、現在、非白人の親子が「くるみ割り人形」を見たとします。子供は舞台を観て、親にこう言うかも しれません:「舞台には、私のようなダンサーがいないわ。どうして?」。貴方なら、どう応える?
  「Into the Woods」(2007年6月に上演)は既存の演目だけど、ウィリアム・タケットが「Music Theatre」として取り組んでみたい、と企画を持ってきたのよ。彼は、「兵士の物語」のような斬新なことをやり遂げてきた。ROH2というプログラム にとっても意義のある企画だと思う。ダンスと音楽の境界(Boundary)にどう取り組むかというのは常に興味深いわ。

ROH2の将来
日本から来てくださる観客の 皆さんだけではなくて、まだまだたくさんのロンドナーだってROH2はおろか、リンベリー劇場がどこにあるかすら知らないのよ。一つの理由としては、ロイ ヤル・オペラ、ロイヤル・バレエがとても有名な存在だからその陰に隠れてしまうのかもしれない。存在をアピールすること自体が、ROH2プログラムにとっ て挑戦でもあるわ。
最近感じるのは、観客の皆さんが、ROH2が企画する経験的なテイストを理解し始めているということ。プログラムにとって大切なのは、如何に観客の期待 に取り組むかということです。どういう風に広告を企画し、どういう風に新しい企画を説明し、料金設定をどうするか。例えば、「First」のチケットが 25ポンドだったら、観客の皆さんはどう思うかしら?
最近では、平均すると客席の75%が埋まっているので、こういった実験的なプログラムとしてはかなり成功しているほうです。ちょっと微妙な言い方だけ ど、観客の皆さんにも新しいことに慣れてもらえるようにガイドする、という点は忘れてはならないわ。これは、私達にとっては、とても難しいことです。
  ROH2はロイヤル・バレエやロイヤル・オペラのように、例えば100万ポンドの予算が有るわけではない。言い換えると、ROH2は、比較的低いリスク環境の中で何か新しいことを試そう試せる、というプログラム。
  創造性の大切な要素の一つは、リスク・テイキングです。ROH2というプログラムは、そしてそれに携わる私達は、芸術的なリスクを常に考え、それを発展さ せているのです。芸術は、いつも何かしらのリスクを内包している。試さなかったら、リスクをおかさなかったら、何も始まらない。(私の立場で)リスクをと らなかったら、それは仕事をしていないことになる。成功するかもしれないし、失敗するかもしれない。でも、やってみなければ判らないことだわ。
ROH2はロイヤル・オペラ・ハウスという組織、建物の中で極めてユニークな存在です。パフォーミング・アーツという観点からは、オペラとバレエ双方に 関わっています。私達は、特定のダンサーやカンパニーを擁しているわけでは有りません。また、劇場という存在でもありません。これからも変わっていくで しょう。もしかしたら、「ROH2」というタイトルだって変わるかもしれないわ。

2007年5月14日(月)に、ロイヤル・オペラ・ハウスのクラッシュ・ルームで、ブル・ディレクターへの公開インタビューが催される。チケットは、ロイヤル・オペラ・ハウスのウェブから購入可能。