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守屋光嗣 text by Koji Moriya 
[2007.02.10]

年末、年始のバレエに関する報道

 通常、年末年始、イギリスのバレエ/ダンス・シーンは各バレエ・カンパニーの『くるみ割り人形』のレヴューが出たあとはしずかなものだが、この冬はいろいろと大きな話題が続いた。幾つか気になる情報を各新聞の報道を元に記していく。

マックグレガーとウィールドン

11月のロイヤル・バレエのミックス・プログラムでの『Chroma』の成功の余韻が鮮明に残っていた12月1日に、ウェイン・マックグレガーがロイヤ ル・バレエの常任振付家に任命された。このニュースは、翌日のTheTimes紙で大きく報道され、The Independent紙は12月18日に特集記事を組むほどだったので、かなり衝撃があったといえよう。
75年のロイヤル・バレエの歴史の中で、マックグレガーは4人目の常任振付家になる。彼が任命されるまで過去13年間は空席のままだった。マックグレ ガーの前は、フレデリック・アシュトン、ケネス・マクミラン、そしてデイヴィッド・ビントレー(現バーミンガム・ロイヤル・バレエ監督)とロイヤル・バレ エの関係者ばかりで、マックグレガーはロイヤル・バレエにゆかりのない最初の常任振付家となる。また、マックグレガーは、バレエの訓練をダンサーとしても 振付家としても受けていない、という点も異例中の異例だろう。

モニカ・メイソン芸術監督の前任者、故ロス・ストレットンが彼の2シーズン目が始まる直前に突然退団した時にも言われたことだが、ロイヤル・バレエは外 部から全く異なる人材を受け入れることに強い抵抗を示しがちのようだ。今回のマックグレガーの任命に対してどのような反応があるかと思っていた。
任命から約ひと月後の12月30日付けのThe Daily Telegraph紙のバレエ・クリティク、イズメン・ブラウンとのインタビューの冒頭、マックグレガーは彼の任命が引き起こした様々な報道や議論に ショックを受けた、と率直に語っている。一方で、ロイヤル・バレエで彼がやりたい、やろうと考えていることは、ロイヤル・バレエを変えるのではなく、カン パニーのアイデンティティを広げること、と既に彼の中では明確なヴィジョンがあるように感じた。彼自身をロイヤル・バレエの伝統に無理にあわせることはせ ず、マックグレガー自身の創造性をロイヤル・バレエとともに活かしていく計画を描いているようだ。また、新作だけでなく、カンパニーの中の、振付家の若い 才能とのコラボレーションにも期待しているとも語っている。

The Times、 The Independent、 The Daily Telegraph各紙の報道で強調されていたのは、マックグレガーはこの任命によって彼自身のカンパニー(ランダム・ダンス、サドラーズ・ウェルズ劇場 のアソシエイト・カンパニー)やフリーランスとしてのキャリアを止める必要はない、言ってみればとても緩やかな契約だ。契約期間は4年、ロイヤル・バレエ への新作は年に1作品で、どうやら全幕ものは無いらしい。気になる次の新作だが、今シーズン、既にマックグレガーの予定は、ランダム・ダンスの次の企画、 パリでのユッスー・ンドゥールとのコラボレーション(ミュージカルとのこと)、パリ・オペラ座バレエへの新作と続き、その後にロイヤル・バレエへの「短 い」作品が予定されている。
マックグレガーの任命にモニカ・メイソン芸術監督は大きな期待を抱いて居るようだし、マックグレガー本人も新しい挑戦を楽しみにしているようだ。この任 命が機能するかどうかは、「ロイヤル・バレエはこれまで築いてきた歴史を重んじるべきカンパニー」という意識をもつ内外の人々が、新しい変化をどうやって 受け入れていくか、受け入れていこうとしていくか、ということに左右されるのではないかと考える。

「どうして、クリストファー・ウィールドンではないの?!」、こんな会話がいたるところで交わされたであろう、マックグレガーのロイヤル・バレエの常任振付家への任命。そんな溜息を吹き飛ばして余りあるニュースが、新年早々もたらされた。
The New York Times(1月4日付)、The Guardian(1月8日付)で大きく取り上げられたのは、クリストファー・ウィールドンが、自身のカンパニー、「Morphoses」を2007年に 旗揚げするニュース。ニュー・ヨーク・タイムズによると、8月にコロラドで開催されるVail International Dance Festivalがカンパニーのデビューとなり、ついで9月にロンドンのサドラーズ・ウェルズ劇場、10月にニュー・ヨークのシティ・センターでの上演を 予定しているとのこと。この公演のために、ニュー・ヨーク・シティ・バレエ(以下NYCB)やロイヤル・バレエ(以下RB)のダンサーが出演する予定らし い。RBから噂に上っているのはアリーナ・コジョカル、ヨハン・コボー、ダーシー・バッセルだが、ウィールドン曰く、彼らを移籍させる目的はもっていない とのことだ。

個人のカンパニーを創設する難しさ、例えば資金集めやパトロンを得られるかどうかについて、ウィールドンは十分にリスクを承知しているとのこと。そのよ うなリスクがあるにもかかわらず自身のカンパニーを創設するのは、創造力を高めたいというウィールドン本人の強い意思があるように報道からは感じた。
The Guardian紙のバレエ・クリティク、ジュディス・マックレルとのインタビューでは、「常任振付家」として彼自身が思っている問題点を語っている。ま ず、NYCBの常任振付家として、彼自身ではなく、周りの人々がバランシーンから逃れることが出来ず、いつまでもウィールドンに何かしらバランシーンの影 響を見ることが出来る作品を期待しつづけている。更に、他の振付家との接点が持ちがたい点に言及している。
昨年11月のRBでのミックス・プログラムでの新作(DGV)の創造過程では、隣のスタジオのマックグレガーとの競争意識はかなり熾烈だったらしい。反 面、二人が発するエネルギーがロイヤル・オペラ・ハウス内ではっきりと感じることが出来、非常に楽しい経験だったようだ。

現段階でウィールドンが描いているカンパニーは、ダンサーは20人。どうやら、大きなカンパニーで起こりがちな、内部での勢力抗争を自身のカンパニーで は見たくない、という思いが強くあるようだ。ウィールドンも振付する一方で、他の振付家とのコラボレーションも進めていく。アシュレイ・ペイジ(元RB、 現在スコティッシュ・バレエの監督)やAnne Teresa de Keersmaekerなどに作品を委嘱する考えがあるそうだ。一方で、ウィールドンはカンパニーのレパートリーの大半は「バレエ(The Guardianのインタビューではon pointe)」であることを望んでいるとのこと。パーマネントなカンパニーとして動き出すのは、ウィールドンのNYCBとの契約が切れる2008年か ら。当面のベースは、サドラーズ・ウェルズ劇場(ロンドン)とシティ・センター(ニュー・ヨーク)の両劇場になる。サドラーズの、アラステア・スポルディ ング芸術監督は、「サドラーズ・ウェルズ劇場がウィールドンの新しい挑戦をサポートできるのは大変嬉しい。彼の挑戦は勇気のいることだが、賢明な前進だと 思う」、と1月5日付のThe Guardian紙で語っている。

ウィールドンの選択が無謀なのか、それとも先見のあるものかは今年の夏の公演まで待たなけれならない。が、2007年のバレエ・ダンスシーンを活性化す るニュースであることは間違いない。また、ロンドンだけでなく世界のバレエ・ダンスシーンに多大な影響を及ぼすと予想される二人の動向に、サドラーズ・ ウェルズ劇場が深く関わっているのも見逃せない。


バレリーナと人種差別問題

12月21日のThe Guardian紙の第1面を飾ったのは、同紙の記者が身分を隠して人種差別を標榜して勢力を拡大している極右政治団体(BNP)に潜入し、内部情報を すっぱ抜いたニュース。何故そんなニュースがここに、と思われる方が多いと思うが、BNPを支援するメンバーのリストの中に、イングリッシュ・ナショナ ル・バレエ(ENB)のプリンシパル・ダンサー、シモーネ・クラークの名前があったのだ。
一般から浴びる注目度が高いとはいえ、プリンシパル・ダンサーも、我々同様に個人の見解を持つことは自由だ。問題は、ENBが、他の文化団体同様、公的資金の援助を受けていて、援助を受ける条件として、団体内で政治活動や人種差別意識の存在は受け入れられないものだ。
メディアは、クラーク本人は政治的にナイーヴだからBNPに参加してしまった、という見方をしている。が、それだけでは済まされない。1月上旬、クラー クが『ジゼル』を踊る日、ロンドンのコリシアム劇場の前では、クラークの解雇を叫ぶ反人種差別団体と、彼女を支援しようとするBNPの議員とサポーターた ちが小競り合いを繰り広げた。何でもありのロンドンとはいえ、バレエと縁遠いと思われる光景だった。

多国籍化が日常になりつつあるイギリスのバレエ・ダンス・カンパニーにとって降ってわいたような騒動だろう。今回の件に限ると、クラーク本人よりも、 ENBが困惑しているようだ。現在の所、表立った行動は何もおきていない。が、クラークのENBとの契約が切れる6月に何かしら起こるのではないか、と噂 されている。後味の悪い終わり方はやめて欲しいものだ。


Dreams to Reality:夢から現実へ

クリスマスの翌日、26日のボクシング・デイにロイヤル・バレエのプロダクション、『ジゼル』全幕と、ロイヤル・バレエのダンサーや関係者へと、ロイヤ ル・バレエ・スクールの生徒たちへのインタビューをまとめた「Dreams to Reality」という1時間のドキュメンタリーがBBCで放送された。
元ロイヤル・バレエのプリンシパル・ダンサーのデボラ・ブル(現ROH2プログラムのクリエイティヴ・ディレクター)による解説付きの『ジゼル(コジョ カルとコボー)』も大変見ごたえがあったが、ドキュメンタリーのほうは、ここまで本音、舞台裏の現実を曝け出していいのかと驚くほど、濃い内容だった。

スクールでのレッスン風景や、ロイヤル・バレエの実際のステージ、リハーサル映像をふんだんに挟みながら、中心はインタビュー。生徒たちは、いちように 「ロイヤル・バレエのプリンシパル・ダンサーになるのが夢」と口にするが、ロイヤル・バレエに入団すること自体が難しい。数年に渡る訓練を受けてきて、カ ンパニーに入団できるのはほんの一握り。実際、運やタイミング、そしてオーディションを受けるときの体型とたくさんの条件が奇蹟的に結びつかなければなら ないのではないかと感じた。
スクールの最終学年に在籍する女子生徒の身長は173センチ。ヨーロッパ中のカンパニーのオーディションを受け続けているが、身長の所為で未だにどこか らもオファーが来ない。「8年間レッスンに明け暮れて来たけど、諦めたほうがいいのかも、と思うことも有る。(膝を切る仕種をしながら)切り落とせるなら ね」。
ドキュメンタリーのタイトルは、ロイヤル・バレエのコール・ドの一員、イオーナ・ルーツのインタビューから。彼女は現在30歳で、カンパニーに入団した のは8年前。当初はカンパニーになじもうとして必死だったが、気がついたら馴染みすぎて自分の個性を伸ばす機会を失ってしまった。ジュリエットを踊る夢は まだ持ちつづけているけど、今より上のランクにいけるとは思えない。
最近は、将来のことを不安に思うことがある。ロンドン中心地に近い所にあるフラットを購入できるローンを組むことすら出来ない。今住んでいる所は、郊外 のスタジオ・フラット。その家賃を払うだけで、蓄えなんて。あと数年踊れるとしても、その後は?他のことを勉強したくても、余裕はないし。 「Midlife crisis」を感じるわ。
30歳の、しかも華やかな舞台に立つバレエ・ダンサーに最も似つかわしくない言葉であろうミッドライフ・クライシス(違和感は否めないが、中年の危機)という言葉が出てくるとは。職業としてのバレエ・ダンサーの厳しい現実を、痛いほど感じた。

映画、ミュージカルの『ビリー・エリオット』の影響で、バレエ・ダンサーを目指す子供たちは増えている。その一方で、このような現実を淡々と描き出す所 に、イギリスらしいバランス感覚を見いだす想いだ。個人的にも、このドキュメンタリーは是非、日本でも放送されて欲しい。