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守屋光嗣 text by Koji Moriya 
[2006.09.10]

カルロス・アコスタが抱く危機感

8月2日のザ・ガーディアン紙で、ロイヤル・バレエのプリンシパル・ゲスト・アーティストのカルロス・アコスタが、バレエの将来に対する危機感を語った。現役の、しかもトップ・ダンサーからこのような率直な発言がされたことに驚いたが、内容もとても興味深いものだった。

アコスタが指摘する舞台芸術としてのバレエが抱える『深刻な危機』は、「若い振付家と、新作の全幕バレエの危険なほどの欠如」。
アコスタはこう続ける。「ジョン・クランコ、ジョージ・バランシーン、フレデリック・アシュトンなどは、自分(アコスタ)たちの現在のためにバレエの未 来を創り上げた。彼らと同じことをするのが、僕たちの役目だ」。「バレエの枠組みの中で語られるべき物語はたくさんあるのに、どうして『シンデレラ』や 『白鳥の湖』に大きな予算を割くのか?」
「勿論、『白鳥の湖』や『眠れる森の美女』(のチケット)は売れる。でも、何が売れて、何が売れないのかなんて誰にも判らない。同じことを繰り返してい たら、僕たちはバレエという芸術を深めることはできない。お金を失ったとしても、バレエを進化させる傑作(新作)を創作するリスクをとらなければ」。
「今でも、新作を創る機会はある。でも、(ほとんどが)15分や30分のものばかり。『われわれは君に、偉大な作曲家とデザイナーと創作する機会を与え よう。君は全幕バレエを作ることが出来るし、われわれは君を支援するよ』とは、誰一人としていわない」。加えて、「プティパとチャイコフスキー、フォーキ ンとストラヴィンスキーといった、古典バレエを生み出してきた振付家と作曲家の強力な関係も今ではなくなってしまった」。

同じ記事の中で、デボラ・マクミラン女史(ケネス・マクミランの未亡人)は、現在のダンサーたちが、振付家とともにバレエを創作する機会をもてないこと を指摘している。「ケネスは、かつてダンサーたちが驚くような役を彼らに創作した。ケネスは、ダンサーたちが気付いていない何かをいつも(彼らから)引き 出していた。そんな経験を、今のダンサーたちは持つことが出来ないのは悲しいこと」。

ザ・ガーディアン紙のダンス批評家のジュディス・マックレルは、両者の発言についてコメントを寄せている。「アコスタが指摘する危機を、古典バレエと新 作バレエの単純な比較と捉えるのは間違いかもしれない。19世紀に創作された『白鳥の湖』や『眠れる森の美女』はバレエ・カンパニーにとって売れる演目で あることは事実だ。しかし、古典バレエを上演し、次世代のためにそれらを維持していけるのはそういった(大きな)バレエ団だけというのも事実」。
「一つ問題点を挙げるなら。過去の振付家たちには、低予算で小さな舞台向けの作品を作る修行時代があった。が、現在の若手振付家たちは、大きな舞台ですぐにでも成功しなければならないプレッシャーにさらされている」。

伝統芸能の範疇に入るであろうバレエ。それに携わるすべての人々、マネジメント、制作サイド、そしてダンサーにとって、新作バレエと振付家の枯渇は、今 に始まった問題ではないし、捉え方も人それぞれだろう。単に一人の観客という立場からだと、こういった話題を文化・芸能の付録雑誌でなく、イギリスの全国 紙がその1ページを割いて議論する所に、バレエの将来はまだ開かれているように思う。