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守屋光嗣 text by Koji Moriya 
[2006.08.10]

カルロス・アコスタとロイヤル・バレエのダンサーによる公演

  ロイヤル・バレエのゲスト・プリンシパル・ダンサーのカルロス・アコスタが、初めて自身のグループ公演をサドラーズ・ウェルズ劇場で上演した。8月第1週 には、イングリッシュ・ナショナル・バレエの本拠地のコリシアム劇場で、『Tocororo』公演も予定されているので、この夏、アコスタはロンドンで一 番忙しいバレエ・ダンサーだろう。

  今回のグループ公演を前に、各新聞は競うようにアコスタのインタヴューを掲載した。7月15日付のThe Guardian紙でのインタヴューで、アコスタは1998年にロイヤル・バレエに移籍した当初の戸惑いを率直に語っている。プリンシパル・ダンサーとし て初めての黒人、どのプロダクションでも初日を踊れると思っていた期待が大きすぎたことなど。そんなアコスタも、ある新聞の批評家曰く、「同世代のダン サーだけでなく、バレエの歴史の中でも、傑出したダンサーのうちの一人」、とまで言われるようになったのだから、彼がロイヤル・バレエに移籍して以来やり 遂げてきたことは大きいといえるだろう。

今回のグループ公演の出演者は、正式なタイトル「Carlos Acosta with Guest Artists from The Royal Ballet」が示すように、すべてロイヤル・バレエから。アコスタ、セナイダ・ヤナウスキー、マリアネラ・ヌニェス、マーラ・ガレアッツィ。来シーズン からプリンシパル昇進が発表されたサラ・ラムとティアゴ・ソアレス。そしてホセ・マーティン、ルパート・ペネファザー、カロリーヌ・ドゥプロとサマンサ・ レイン。当初出演が予定されていた崔由姫が、怪我で降板してしまったのは残念だったが、6人のプリンシパルが出演する、豪華なキャストだった。加えて、現 在のロイヤル・バレエのトップに占めるヒスパニック・ラテン系のダンサーが多いことに改めて気付いた。ここに、タマラ・ロホ、ロベルタ・マルケス、ラウ ラ・モレーラ、リカルド・セルヴェラが参加していたら。音楽は、一部を除き、ロイヤル・バレエ・シンフォニアによる。

  プログラムは2部構成。第1部は、マクミランやバランシーンなどオーソドックスな演目。第2部は、7作品中5作がイギリス初演となる、比較的新しめの振付 中心という具合。前半、後半ともプログラムの流れにはかなり気を配った印象がある。後半は、具体的な構成はなかったが、どの振付でも、ダンサーが観客の拍 手にきっちり応えるようなことはなく、何気ない感じで舞台袖に戻っていく。第1部では、舞台には脚立やレッスン・バーが後方に置かれ、上演時間になると、 ダンサーが次々に舞台上に現れる。皆、練習着のままで挨拶を交わすもの、おもむろにストレッチをはじめるもの。ダンサーが踊っている間は、黒い幕が下ろさ れるものの、演目が終わるたびにその「舞台裏」が現れた。踊り終わった者が戻ると、次に控えているダンサーは既に衣装を着ている。華やかな舞台の裏で、ダ ンサーはこのように準備している、ということを表したかったのだろう。

このような構成は、恐らく評価が分かれるのではないかと思う。演出とはいえ、いつもなら観ることのないダンサーの面を見られる。反面、メリハリのなさ、ということを指摘する意見があってもおかしくはない(7月22日夜公演)。
第1部は、バランシーンの『アゴン』からのパ・ド・ドゥ。ヤナウスキーとアコスタの切れの良い動きは幕開けとしてはインパクトがありすぎとも思えたが、 アコスタの体力配分から冒頭に持ってきたのではと想像する。続いて、『ラ・シルフィード』(ブルノンヴィル版)から第2幕のパ・ド・ドゥ(ラムとペネファ ザー)、『ウィンター・ドリームズ』(マクミラン振付)のフェアウェル・パ・ド・ドゥ(ガレアッツィとソアレス)と続いた。演じたすべてのダンサー(特に ガレアッツィ)に観るべき所はあったのだが、今シーズンはどちらも何度も観てきたので、個人的にどうしても新鮮味にかけた。
続く、フォーキンの『瀕死の白鳥』では、ヤナウスキーが一気に観客の熱狂を引き出した。腕の動き、上半身の動きともとても優美なものでまさしく息絶える 直前の儚げな美しさを湛えていた。反面、彼女ならもっと凄い舞台を作り上げることが出来たのでは、との欲張りな事を考えてしまった。
第1幕の最後は、『ディアナとアクティオン』(ワガノワ振付)のパ・ド・ドゥ(ヌニェスとアコスタ)。アコスタはいつもの通り、舞台せましと踊っていた が、連日の疲れでもあったのだろうか回転にいつもの切れがかけていたようだった。それでも、滞空時間を長く取る跳躍では、彼が今でも変化しつづけているの が見て取れた。アコスタ以上に輝いていたのがヌニェス。非常に高度な技術を持っているといわれる彼女だが、思うに、これまではそれを出し切るだけの精神的 な強さが欠けているイメージがあった。この夜は、何かが吹っ切れたようで、踊ることを存分に楽しんでいた。

  第2部は、新しい演目を、という意欲は買うのだが、振付とダンサーのミスマッチが気になった。例えば、後半最初の演目、『End of Time』(ベン・スティーヴンソン振付)でのマーティン。彼の魅力である快活さを全く発揮できないスロー・テンポのパ・ド・ドゥで、何故これを取り上げ たのか首をかしげざるをえない。更に、このパ・ド・ドゥ自体が、『マノン』(マクミラン)の沼地のパ・ド・ドゥにかなり影響されたのではないかと思える振 りがいくつか見受けられて、そちらのほうが気になってしまった。
ヌニェスとソアレスによる『ブエノスアイレス』(Gustavo Mollajoli振付)に続いて、ベルギー出身で、現在ドイツのヘッセン州立劇場のバレエ監督である、Ben Van Cauwenberghによる2作品。両作品とも、歌われるシャンソンのタイトルが使われている。舞台後方にパリのカフェのようなテーブルが並べられ、一 組のカップルがワインを楽しんでいる中、一人の女性(サラ・ラム)が現れる。黒のシンプルなドレスをまとった彼女はエディット・ピアフの「Je ne regrette rien(私は後悔しない)」が流れる中、笑みを絶やすことなく、軽やかに踊りだす。彼女が踊り終わると、カップルに話し掛けていたちょっと酔った感じの 男(アコスタ)が、煙草を持ったまま踊る(音楽はジャック・ブレルのLes Bourgeois)。
 普段ロンドンでは余り観られないであろう類の振付で、面白かった。資料によると、『La vie en rose』という舞台の一部とのこと。機会があれば、全体の中でどのようなパートに振付けられているのか、是非見てみたい。
ロイヤル・バレエのコール・ドの一人、リアム・スカーレットによる『マーゴとルディ』(ガレアッツィとペネファザー)。スカーレットは振付に熱心なよう だし、いくつかの賞も獲得しているそうだ。が、これは、タイトル自体がミスマッチ。この伝説的なダンサー二人のパートナーシップが、そんな緩やかな踊りで 表現されるようなきれい事だけではなかったであろうに。
個人的に、パフォーミング・アートしてこのプログラムのピークと感じたのは、ヤナウスキーが踊った『Nisi Dominus』(ウィリアム・タケット振付)。抽象的な振付で、正直な所、なにを表現したいのかは理解していない。が、モンテヴェルディの厳かな音楽が 流れる中、正視するのを躊躇ってしまうような奇抜な衣装に身を包んだヤナウスキーが、何かを伝えよう、何かを表現したいと必死に、同時に躍動感を失うこと なく踊る姿から、彼女の表現者としての誇りを感じた。
最後は、Georges Garciaの『Majisimo』(音楽はマスネのオペラ、Le Cidから)で華やかに舞台は終わった。そして、舞台の熱狂の余韻が静まる中、始まりとは逆にダンサーは衣装を脱ぎ、それぞれが舞台裏から去り、最後にア コスタが舞台袖に歩み去っていった。

構成やキャスティングに再考の余地があるように思う。が、初めてのグループ公演としては、成功といっていいだろう。興味深かったのは、ダンサーがなんの てらいもなく楽しんでいたように見えたこと。本来のロイヤル・バレエでは演じる機会のない振付が新鮮だったのではと思う。ダンサーにとって、このようなガ ラ公演は刺激にもなるだろうし、振付が新鮮であれば、観客にとっても楽しみであることはまちがいない。